孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  民族のアイデンティティーとしてのペルシャの歴史 イラン発祥のゾロアスター教

2017-07-27 19:10:48 | イラン
(イランではgooはアクセスできませんでした。帰国後、遡ってアップしています)


(ナグシェ・ロスタムの有名なへレリーフ「騎馬戦勝図」 捕虜となったローマ皇帝と馬上のササン朝ペルシャのシャープール1世)


中央集権的専制国家アケメネス朝ペルシアの評価
7月26日 イラン観光三日目 今日はタフな1日でした。


朝7時過ぎにシラーズのホテルを出発、近郊に位置するアケメネス朝ペルシアの栄華を今に伝えるペルセポリスの遺跡を観光、その後、アケメネス朝の王の墳墓でもあるナグシェ・ロスタム、アケネス朝最初の都パサルガタエを回ります。


その後、ザクロス山脈及び砂漠地帯を超えてヤズドへ。

ヤズドではゾロアスター教の鳥葬施設であった「沈黙の塔」を観光したのち、市内に点在するゾロアスター関連施設、イスラム関連施設、ササン朝ペルシア当時の街並みを残す旧市街散策、更ににはイラン伝統の身体鍛錬術でもあるズールハーネも見学・・・・食事を終えてヤズドのホテルに入ったのが9時半頃。


詳しい観光内容は帰国後に旅行記サイトにアップするとして、今日見聞きした話などをアトランダムに。

もちろん“独断と偏見”であり、一般的考えではないかも。事実とは反するものもあるかも。

ただ、そうした考えの一部に着目すべきものもあるようにも思えます。


紀元前6世紀頃~同4世紀のオリエント世界統一王朝でもあるアケメネス朝ペルシアの壮大さは、祭礼都市ペルセポリスの威容、特に階段レリーフに描かれたペルシャ王に贈り物を献上するイラン、中央アジア、インド、イラク、トルコ、エジプト、リビア、エチオピアなどに至る多くの属国使者などを見れば明らかです。

しかし、同時期に西欧文明の基盤を築いたギリシャ文明が栄えたこと、そのギリシャがはぐくんだ民主主義に対し、アケメネス朝ペルシャはオリエントの中央集権の専制国家であったということから、どうしてもペルシャは歴史において“脇役”的な立場にあります。


高校教育の世界史にあっても、アケメネス朝ペルシャが登場するのはギリシャに進攻して「ペルシャ戦争」で敗れたとか、アケクサンダー大王の東征で崩壊した・・・・という文脈が多く、ペルシャの統治がどのようなものであったkについては、あまり多くは触れられません。


「王の道」と呼ばれる道路整備、「王の目、王の耳」と呼ばれた監察官制度を確立したことで世界規模の中央集権国家を実現したことぐらいは「世界史」教育でも出てくるかとは思いますが、例えば「王の道」ひとつにしても、そのスピード感から世界初の銀行制度や郵便制度を可能にしたことなどは、あまり触れられることもないように思えます。


また、専制国家というと一般国民を虫けらのように扱うイメージがありますが、キュロス2世やダリウス1世の統治はかなりの“善政”であったとも。


ペルセポリスの女性奴隷は、出産時には3か月分の給与を与えられたとか・・・・給与がある時点で“奴隷”とは異なりますが、国会議員の産休取得がバッシングを受ける国と比べても・・・


「バビロン捕囚」で強制移住を強いられていたユダヤ人を解放したのもキュロス2世ですし、バビロニアの有力者は、みずから進んでキュロス2世の統治を受け入れたとか。


版図を拡大したダリウス1世も被征服民族に対する寛容政策をとり、固有の言語・文化・慣習などを認めたとか。


技術・文化水準の高さはペルセポリスの遺跡を見ればよくわかりますが、列柱建設には“滑車”を使用していたようです。


上下水道が整備されたペルセポリスには美しい庭園がつくられ、その庭園「パルディス」(? 正確な発音は忘れました。)が、その後のインド・アーリア語族における天国「パラダイス」の語源となったように、多くの言葉の語源が当時のペルシャ語にあるとか。


王権強化だけが突出した冷酷な政治体制としの専制政治イメージとは大きく異なるものがあるようです。


そうした古代より世界文明の中心に位置していた・・・という民族的誇りが、前回ブログでも取り上げた「イランはイスラムではない」という発想の源流にあるようです。


アケメネス朝ペルシャからさらに遡れば、メソポタミア文明を築いたシュメール人も、イランからイラクの地域に移住した人々であるとかで、イランのペルシャ文化との共通性もあるようです。


柔軟なゾロアスター教
ヤズドはかつてはゾロアスター教徒の街でしたが、アラブ進攻以降の長年のイスラム化政策で、現在はゾロアスター教徒はごくわずかにヤズド旧市街付近やテヘランに暮らすだけとか。


キリスト教やイスラムなど多くの宗教の源流ともなったゾロアスター教の教えは非常にシンプルで、この世は善と悪との戦いであるが、やがては善が勝利する。それまで人々は悪を断ち切るため、良いことを考え、良い言葉を使い、良い行いをしないといけない。何が“良い”かは自分が決める・・・・といった考えとか。


戒律や原理的な思考で固まったイスラムなどその後の宗教にくらべフレキシブルとも言え、現在イランではイスラムを嫌い、イラン固有で柔軟な宗教ゾロアスターへ改宗する若者も多いとか。(もちろん、イスラムにあって“改宗”は公には認められませんが)


なお、ゾロアスターの神が手にしているリングは約束・誓いを示すもので、“指輪”の習慣の起源ともなった・・・・とか。


イラン・イラク戦争の記憶
シラーズからヤズドへ移動する道路脇に、若い男性の顔写真が交通標識のような感じでたくさん並んでいます。

イラン・イラク戦争の犠牲者で、この若者ら犠牲があったから今のイランがあるとか。


イラン革命の混乱期にサダム・フセインのイラクの進攻に直面したイランは、ミサイルなど武器もなく、アメリカなど世界はみなイラクを支援するなかで孤立無援の戦いを強いられ、それでも血の犠牲でバグダッドに迫るまでにもなったが、フセイン・イラクは化学兵器を使用してイラン側に多大な犠牲が出た・・・・。


このときのミサイルも何もなかった口惜しさが、その後のミサイル(核?)開発のもとになっているとも。
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