孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク・クルド自治政府の独立に向けた“危険な賭け”は頓挫 “IS後”のシリアでも再現の可能性

2017-10-19 22:07:02 | 中東情勢

(キルクークでクルド自治政府の旗を降ろすイラク治安部隊 【10月17日 BBC】)

クルド側の抵抗なく、キルクークはイラク軍支配へ
イラク・モスルに続いて、シリア・ラッカからもISは追われ、イラク・シリア情勢は“IS後”の支配権をめぐる各勢力の争いという第2ステージが本格化しています。

クルド自治政府がイラクからの独立を問う住民投票を強行し、自治区外にある油田地帯であり、クルド側がISを実力排除して実効支配するキルクークをめぐるイラク中央政府とクルド自治政府の緊張が高まっていること、イラク同様にクルド人を自国内に抱えるトルコ・イランがイラク中央政府と協調してクルド側に軍事的圧力を含む強い圧力をかけていること、これまでクルド側と協調して対IS作戦を戦ってきたアメリカもクルド独立は支持していないこと、そしてイラク軍にキルクーク奪還に向けた進軍の情報があること・・・などは、10月13日ブログ“イラク・クルド自治政府が実効支配するキルクークをめぐり、イラク軍が奪還作戦開始の報道”で取り上げました。

その後事態は急展開し、前回ブログでも触れたイラク軍の奪還作戦が本格的に行われ、クルド側は大きな抵抗を示すことなく撤退、IS侵攻時にはキルクークを捨てて逃走したイラク軍が、1日程度の“電撃作戦”でキルクークを再び支配する形になっています。

これにより、キルクークの石油収入を財政的な柱としてあてにしていたクルド自治政府の独立計画は大きく後退することにもなっています。

****クルド独立の夢遠のく、イラク軍がキルクークの油田制圧****
イラク軍が17日、係争地の北部キルクーク州内の油田をほぼ制圧したことで、独立を目指すクルド自治政府の希望は打ち砕かれる形となった。
 
9月25日にクルド自治政府が独立の是非を問う住民投票を実施したことを受け、イラク軍および親政府派勢力はキルクークに進軍して知事庁舎や主要基地などを掌握。クルド人治安部隊ペシュメルガの部隊は抵抗せずに撤退した。
 
親政府派の部隊が進軍してくる中、クルド人の技術者らは16日夕方に油田の操業を停止して避難。AFPのカメラマンによれば、イラク軍は17日午前、バイハッサンとアバナの原油施設の上に掲げられていたクルドの旗を降ろし、イラク国旗を掲揚した。
 
クルド自治政府は中央政府の意向を無視して原油を輸出してきた。1日当たりの原油輸出量65万バレルのうち40万バレル以上がキルクークの油田で産出されたものだ。原油生産拠点をイラク軍に掌握されたことは、すでに財政難にあり、経済的自立を目指している同自治政府にとっては大打撃となる。
 
キルクークでクルド人が今も掌握している最後の油田は、クルド自治区の中心都市アルビル南方のクルマラにあり、1日の産油量はおよそ1万バレルと規模は小さい。
 
キルクークとクルド自治区からトルコ経由で輸出される原油は、クルド自治政府の財源の大部分を占めている。クルド人部隊がキルクークの多くの地域を掌握したのは2014年。この時期、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が勢力を拡大する中で、イラク軍は弱体化していた。
 
フランスの地理学者でクルド問題専門家のシリル・ルーセル氏は、油田をイラク軍に掌握されたことでクルド自治政府の歳入は半減するとみている。
 
クルド自治政府が実施した住民投票では独立賛成票が圧倒的多数を占めたが、ルーセル氏はキルクーク産の原油収入がなければ同自治政府が選挙結果を実行に移すことはないだろうと指摘している。【10月18日 AFP】
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クルド側がほとんど抵抗することなく撤退したのは意外な感もありますが、クルド自治政府内部に二大勢力の“内紛”があるとの報道もなされています。

****<イラク軍>キルクーク掌握 背景にクルド内紛****
・・・・衛星テレビ局アルジャジーラなどによると、ほぼ1日でイラク軍がキルクークを掌握した背景には、クルド側の「内紛」があったとの見方が出ている。

主戦派が多かった自治政府トップのバルザニ議長の出身母体・クルド民主党(KDP)に反発する有力政党・クルド愛国同盟(PUK)が支配地域の明け渡しでイラク軍側と協力したとの情報がある。
 
イラク軍と進軍したシーア派民兵はイランの支援を受けるとされ、PUKの地盤はイランに近く親イラン派も多い。ペシュメルガ高官は「歴史的裏切り」とPUKを批判した。
 
クルド情勢に詳しいカイロ大学のハッサン・ナファ教授は「クルド側が本格抗戦し内戦になればシーア派とスンニ派が結束していた」と分析。「勝ち目なし」とみたクルド側が撤退したと分析する。
 
トランプ米大統領は16日の記者会見で「どちらにも肩入れしない」と述べた。【10月17日 毎日】
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対IS作戦で評価を高めたクルド人治安部隊ペシュメルガも、内実はクルド民主党(KDP)支持勢力とクルド愛国同盟(PUK)支持勢力が同居しているに過ぎない・・・とも言われています。

クルド民主党(KDP)とクルド愛国同盟(PUK)という二大勢力は今は連立与党を組んでいますが、かつては内戦を戦った犬猿の仲でもありますので、上記のような話にもなるのでしょう。(事実関係はわかりませんが)

財政的な柱を失い、遠のく独立の夢
もとより、今回の混乱のもとになった独立を問う住民投票自体が、こうした政治的対立を抱え、任期の切れた議長職に関する正統性に疑問も出ているバルザニ議長が、その求心力を高めるために打って出たものだ・・・との指摘もあります。

そういうことであれば、バルザニ議長の“危険な賭け”だった・・・とも言えます。
住民投票実施直後は思惑どおり、民族的一体感が高揚しましたが、“虎の子”のキルクークを失うことになって、風向きは大きく変わることが予想されます。

****賭けに負けつつあるイラクのクルド自治政府****
キルクークの陥落は、住民投票がクルド人自治の存続を危うくしたことを示す
 
イラク政府軍が16日にキルクークを掌握したことは、イラクのクルド自治政府が実施した独立の是非を問う住民投票の一つの具体的な帰結を明確にした。

クルド自治政府は先月、国際社会からの助言に反して住民投票を実施したが、それは既存のクルド人による自治の存続自体を危うくしたということだ。
 
イラク連邦政府(中央政府)は電撃的な軍事作戦を行い、クルド人が実効支配するキルクークとその周辺の油田を制圧した。(中略)

この軍事作戦は、クルド人自治区内の空港への国際便の飛行を停止する動きや、同地区からトルコを経由した石油輸出を遮断する動きに続くものだ。

中央政府のハイダル・アバディ首相は、16日に新たな要求を突き付け、常時独立した活動を行ってきたクルド武装勢力のペシュメルガに対し、中央政府の支配下に入るよう求めた。

キルクークのあっけない陥落は、クルド人自治区内に大きな亀裂を生じさせている。キルクークは歴史的に重要な都市で、クルド人たちが「クルドのエルサレム」と呼ぶほどだ。

自治区の2つの主な政治勢力が互いの背信行為を非難し合うなか、このいがみ合いが1994年から97年まで続いたような内戦につながりかねないとの懸念が再燃している。
 
英エクセター大学のガレス・スタンスフィールド教授(中東政治)は、「問題は、クルド人自治区が生き残れるかどうかだ。自治政府の指導部は賭けに出て、負けたのだ」と述べる。
 
実際、最近の出来事は、内陸に閉じ込められているクルド人自治区がいかに脆弱(ぜいじゃく)な立場に置かれているか、そして、自治政府を率いるマスード・バルザニ議長がクルド人の政治力と軍事力をいかに過大評価していたかを示している。

米国はこれまでのところ、双方に自制を求める以上の介入はしておらず、近隣のトルコとイランはイラク中央政府を支持している。このため、クルド自治政府をめぐる状況は当面、苦しさが増すばかりだろう。(中略)
 
クルド人自治区では、2015年にバルザニ議長の任期が切れると、自治区内で同議長の正統性に疑問を投げかける政治勢力が現れた。こうした勢力は、同議長の住民投票計画にも反対していた。 
 
しかし米国の駐イラク大使や国連大使を務めたザルメイ・ハリルザド氏は、バルザニ議長に対するこうしたフラストレーションを、クルド危機への米国の今後のアプローチに反映させ続けるべきではないと論じる。
 
ハリルザド氏は「バルザニ氏はイラクに逆らい、この地域に逆らった。そして住民投票を実施しないよう彼に助言し、交渉のオプションを与えた米国にも逆らった」と述べた。その上で「それでも、米国の国益は、出来るかぎり早急にこの危機を封じ込め、交渉を開始することだ。実施されてしまった住民投票に対する怒りにもかかわらず、クルド人自治区とイラク間の戦争は、イランの影響力が自治区とイラクで増している現在、我々の利益にならない。自治区の不安定化は我々の利益ではないのだ」と語った。
 
イランは自国内に反体制的なクルド人住民を抱えており、クルド人自治区の独立に最も声高に反対した。

イラン革命防衛隊の精鋭組織、コッズ部隊のトップであるカセム・ソレイマニ少将は、イラク中央政府、そしてクルド人自治区内の反バルザニ勢力と密接な関係を育んできた人物で、16日のキルクーク接収で主要な役割を果たした。

この動きを受けて、バルザニ議長の運動母体は激しい反イラン姿勢をとっており、この対立を、もっと広範な中東の亀裂と同列にする潜在性がある。つまり親テヘラン陣営と反テヘラン陣営の亀裂だ。
 
住民投票以前、クルド人地域は自治のピークにあった。クルド勢力は広大な領土を掌握した。とりわけ石油の豊富なキルクーク地域で、イラク軍が2014年にこの領土を放棄し、過激派組織「イスラム国(IS)」の手に下った地域だった。

クルド人自治区内のエルビル、スレイマニヤ両空港はバグダッドから独立したビザ発給政策を実施し、ビジネスマンや援助活動家を運ぶ国際航空便でにぎわった。イラク北部の都市モスルからISを放逐する共同軍事作戦を受けて、クルド人自治区とイラク中央政府の関係も過去になく親密になったかにみえた。
 
しかしバルザニ議長は、イラク中央政府、クルド人自治区内のライバル勢力、そして事実上すべての国際社会(例外はイスラエルであることが注目される)からの反対を無視して、独立を問う住民投票の実施を主張した。

これを受けてイラク中央政府は、権威を取り戻す口実を得た。そして2014年に失ったキルクークなどを再び取り戻すための主張をする口実を得たのだ。
 
だが、この対立が激化し、イラク中央政府が強く出過ぎれば、国際世論、そして米国の支持はクルド人たちへと揺り戻される可能性がある。
 
シンガポール国立大学のイラク政治専門家、ファナール・ハダド氏は、バルザニ議長がまさしくこの種のエスカレーション戦略(対立激化)の道を選択する可能性があると警告する。

そうなれば、「バルザニ氏を、自治の存立を危うくさせる失態を犯した人物としてではなく、むしろクルド人の誇りの唯一の庇護者に見せることになるだろう」とハダド氏は予想している。【10月17日 WSJ】
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これ以上クルド自治政府を追い込むと、自治政府内で反イラン勢力と親イラン勢力の争いが勃発する危険、また、バルザニ議長が事態をエスカレーションすることで、自らの失敗を糊塗しようとする危険があるとの指摘です。

ただ、住民投票後にイラク中央政府が態度を硬化させること、クルド自治政府のキルクーク支配を座視することはないであろうこと、更にはトルコ・イランは猛反対するあろうこと、アメリカもあてにできないことは、誰もが思っていたところで、そこらへの対応をバルザニ議長が考えていなかったというのも不思議な話です。

IS侵攻に戦わず、兵器を捨てて敗走したイラク軍を見くびっていた、また、キルクークを実力でISから奪い取ったペシュメルガの力を過信していたのでしょうか?

バルザニ議長は、クルド人に「団結と信念」の維持を呼びかけ、「独立を求めた声は無駄にはならない」と述べて将来的に独立を達成できるとの見通しを改めて示しています。

****独立」追求捨てず=クルド議長、イラク進軍非難****
イラク北部クルド自治政府のバルザニ議長は17日の声明で、イラク中央政府と帰属を争う係争地キルクークをイラク軍が掌握したことに対し、「クルド人は長年抑圧を受けながら、決して戦争を求めなかった。いつも戦争を押し付けられてきた」と非難した。

また、「クルド独立のために上げた声は無駄にはならない」とクルド人住民に訴え、9月の住民投票で示された「独立支持」の実現を追求する考えを示した。
 
自治政府の治安部隊ペシュメルガは、イラク軍と大規模な衝突がないままキルクークから撤退した。議長は「イラク政府などとの合意に基づく措置だ。クルド人自治区の安定のため、必要なすべてのことを行う」と強調した。
 
一方、イラクのアバディ首相は17日の記者会見で、「キルクークの住民は中央政府による管轄を求め、独裁的な支配を終わらせるよう促した」とキルクーク制圧を正当化。「違法な投票は、クルド人の利益を害することになる」と語った。【10月18日 時事】 
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【「イラク政府などとの合意」でこれ以上の混乱拡大は回避?】
キルクーク撤退について、議長が「イラク政府などとの合意に基づく措置だ」と語っているように、キルクーク周辺ではイラク軍とペシュメルガの間の棲み分け・共同統治がなされているとも。

****クルド問題(イラク****
一時は非常に緊迫していたかに見えたクルド自治区問題は、その後イラク軍とペッシュメルガが話し合いで、協力したり、ペッシュメルガが撤収したり、どうやら現在のところは大きな衝突は生じていない模様です。

なお、クルド自治区の選挙委員会議長は、11月の始めに予定されていた、クルド自治区の大統領と議会の選挙を、暫定的に凍結すると発表しました。
その理由は大統領選への立候補者が出ていないこと、その他準備期間の不足等の由。

・イラク軍はモースルダムに入り、そこでの任務をペッシュメルガと分担したと発表した。双方の合意で、ダムの西側は楽軍が管理し、東側はペッシュメルガが管理する由
・モースル南のmakhamour 郡では、イラク軍とペッシュメルガの合同軍が展開することになったが、重要拠点に関しては、イラク軍はペッシュメルガの展開を拒否している由
・al rabia地域では、双方の衝突が起きた(ペッシュメルガによれば、イラク軍がその前進について、事前に通告しなかったための由)が、イラク軍のニノワ西部司令官の仲介でおさまった由
・モースルの北では、クルド自治区との境界の最後の検問所からペッシュメルガが撤退し、クルド自治区内2㎞地点まで撤収した由
・イラク軍によれば、ペッシュメルガは2014年のISの占拠前の、クルド自治区内に撤収した由【10月19日 「中東の窓」】
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イラク軍とペシュメルガの間の棲み分け・共同統治が実行されているということは、これ以上の“エスカレーション”はない・・・・ということでしょうか?

“クルド系メディアは、自治政府の治安部隊ペシュメルガが19日未明にキルクーク周辺に展開し、再び奪還の準備を進めていると伝えている。”【10月19日 時事】といった報道もありますが・・・・。

“16日以降、キルクークから約10万人が混乱を恐れて退避したと明らかにした。ロイター通信が伝えた。多くはクルド人自治区内の主要都市に逃れたという。”【10月19日 時事】ということで、戦争・内戦の最大の被害者はいつも一般市民です。

【“IS後”のシリアでも再現されそうなクルド人をめぐる問題
クルド人をめぐる“IS後”の混乱は、シリアでも再現されることが予想されます。

****ISの弱体化、新たに表面化する紛争とは****
・・・・「ISの弱体化は今や既成事実と見なされている。ISに反対してきた勢力の間にはもはや共有点はなくなった。ISの崩壊で、中東地域では新たに多くの紛争が発生するだろう」。レバノン議会のバセム・チャブ議員はそう予想する。(中略)

ISが2014年に急速に台頭して以降、ISに対する戦いは異例の連携関係を生み出してきた。その中には、米国と地域の宿敵イランとの事実上の連携もあった。ISと対峙する必要性が、地域の一部主要プレーヤーの間の長年にわたるライバル関係をも抑え込んだのである。(中略)
 
国境をまたいだシリアでも(イラクと)同じような紛争が起きる可能性がある。米国が支援するシリアのクルド人勢力は、ISをシリア北部のラッカから追放する主要勢力となった。(中略)

だが今後は、シリアのクルド勢力も同国の中央政府軍の攻撃を受ける可能性がある。イラクの中央政府と同国のクルド人との対立では、米国は中立の姿勢を維持すると宣言した。シリアで同様の紛争が起きた場合、連携するクルド人勢力を守るために米国が行動を起こすどうかは分からない。(後略)【10月18日 WSJ】
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シリアの場合、イラクのとき以上に、トルコが強く介入すると思われます。
イラクのクルド自治政府はトルコとは友好関係にありましたが、それでもトルコは独立の動きには強く反対しました。

ましてやシリアのクルド人勢力はトルコにとっては国内テロ組織PKKと同じものですから、勢力拡大を容認することはないでしょう。

アサド政権の後ろ盾ロシア、クルド人勢力を敵視するトルコを相手に回してアメリカがクルド人勢力を支援する・・・というのも考えにくいところです。

シリアのクルド人勢力が“IS後”の権利を強く主張すれば、イラクの自治政府同様、孤立無援の状況に置かれるでしょう。どこまでなら権利主張が容認されるか・・・そのレッドラインを慎重に見極める必要があります。

比較的安定したイラクとは異なり、多くの勢力が入り乱れ、血みどろの戦いが続くシリアでは皆が銃の引き金に指をかけた状態にあります。
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