孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  民主主義の後退が懸念される新憲法草案

2015-03-18 23:28:23 | 東南アジア

(2月25日朝、タイ国王の次女のシリントン王女が4月2日に60歳の誕生日を迎えることを祝賀する式典がバンコクのタイ首相府裏のパドゥンクルンカセーム運河で開かれ、プラユット首相(左)らが、舟で托鉢に訪れた僧侶に食品などを喜捨しました。 プラユット首相率いるタイ軍事政権は文化面で「タイらしさ」を振興する政策を打ち出し、パドゥンクルンカセーム運河に水上市場を開設するなど、タイの伝統、文化の復興に努めているとも。【2月25日 newsclipより】

一方、バンコクの観光名物の屋台が、歩行者の妨げになっているとの理由で当局から移転・撤去を迫られています。軍事政権によるタイの「イメージアップ」キャンペーンの一環だそうです。【3月12日 AFPより】)

【「半分の民主主義」】
タイ軍事政権は民政移管に向けて憲法起草委員会で新憲法案を審議してきましたが、その草案もまとまりました。
国会議員以外の首相就任を認める、比例代表制のウェイトを大きくする、上院は現在の公選・任命半々からすべて任命制にする・・・といった内容のようです。

****非議員首相、上院議員すべてを任命制に。「半分の民主主義」と批判も****
憲法起草委員会(CDC)が策定を急ぐ、新憲法の骨格が固まりつつある。

目玉の新選挙制度では、まず首相選出は国会議員以外、いわゆる非議員の選出も認め、任期は最長2期とした。

下院議員は、小選挙区比例代表制をそのままに、得票率が基準に達しなければ、当選としない最低得票数の規定は設けない。これにより、小政党にも議席獲得の可能性が高まる。

議会は小選挙区250人、比例代表200〜220人で構成。比例代表の選挙区は北部、南部、東北部を二分割、中部を二分割の6ブロックに分ける。

過去に汚職や選挙に絡む不正で有罪判決を受けた者は、下院議員への立候補資格を失う。一方、上院議員については定員200人のすべてを任命制とし、任期を6年、再選は認めない。議員は、元首相、軍首脳、元高級官僚、公社トップ経験者などから選出する。

また、首相や閣僚に対する罷免権に加え、首相が選ぶ閣僚や公社トップ人事を審査する権限をも与える。
さらに、CDCは、新たに首相や閣僚、国会議員に対する規律を作成し、監視機能を持つ組織を新設。規律に背けば、弾劾の是非を問う国民投票を実施できる力を与える。

新憲法の骨格について、タイ人ジャーナリストはこう評価する。「非議員が首相となることや、選挙を経ないで選ばれる上院の権限が強く、政治家の力が削がれる。まるで『半分の民主主義』と言われたプレーム政権時代(1980〜88年)と同じです」。

タクシン元首相派のタイ貢献党、ウォラワット元下院議員は「任命制で選ばれる上院が、最高機関であるべき内閣をコントロールすることは、もはや民主政治とは言えない」と批判。

民主党のニピット副党首も「首相と内閣が不信任決議されると同時に下院議会も解散とするのはおかしな話だ。本来であれば、首相と内閣だけに留めるべきだ」と不信感を募らせるなど、新憲法成立への道のりは険しそうだ。

とはいえ、プラユット暫定首相は、外遊先で今年中の新憲法成立と、早期民政移管を約束しているだけに、急がねばならない。着地点はどうなるのか、今後の成り行きに注目したい。【3月8日 WISE WEEKLY】
********************

非議員の首相については、“「軍・官僚を中心とする伝統的支配層の意に沿う人物を首相にする余地を残す狙いでは」(アッサダーン・パーニッカブット元ラムカムヘン大学政治学部長)との指摘がある。”【1月28日 朝日】とも。

小選挙区比例代表制については、現在は小選挙区が375人、比例代表が125人です。
比例代表の比率を高めることで、巨大政党の台頭を抑制する効果があります。

総じて改正内容は、タクシン派政党のような巨大政党が出現することを抑制し、選挙で選ばれた政治家の権限を一定の範囲内び限定し、選挙によらない機関(軍や司法機関、国家汚職追放委員会など)による政治コントロールを可能にする・・・そうしたものに思われます。

“タマサート大学講師のプラチャーク・コンキラティ氏(政治学)は「タクシン政権は、政党が多数派の大衆の支持を基盤に強い指導者・政権として国を運営する形だったが、タクシン氏の登場以前に引き戻そうという印象だ」と話す。”【1月28日 朝日】

相次ぐ政治家弾劾
政党政治を抑制しようという方向の流れがすでに強まっています。

インラック前首相(タクシン元首相の妹)は1月下旬、軍政が設置した暫定議会に弾劾を決議され、5年間の政治活動禁止となりましたが、タイ検察当局は2月19日、「コメ買い取り制度」の不正疑惑を巡り不正を見逃したとして、インラック氏を職務怠慢罪などで最高裁判所に起訴しています。

最高裁は3月中旬にも受理するかどうかを判断酢予定ですが、公判で有罪となれば最長10年の禁錮刑となります。

更に、タイ国家汚職追放委員会(NACC)は2月17日、インラック政権下で実施されたコメ担保融資制度で巨額の損失を出したとして、財務省に対し、インラック前首相に損害賠償を請求する訴訟を起こすよう求めることを決めています。

刑事・民事両方で、未だ国民的人気が衰えないタクシン派インラック前首相を徹底的に叩くつもりのようです。

抑制の対象はタクシン派だけでな、タイ国家汚職追放委員会(NACC)は2月24日、2010年に首都バンコクで起きた騒乱をめぐり、最大野党民主党のアピシット元首相とステープ元副首相の弾劾に向けた手続きも開始することを決めています。

NACCによる元上院議員38人を弾劾する動きもありましたが、こちらは頓挫しています。

****立法議会、元上院議員の弾劾決議案を否決****
立法議会で3月12日、改憲が違憲とされた問題に絡んで元上院議員38人を過去に遡って議員罷免とし、公民権5年停止に処すとの弾劾決議案が否決された。

弾劾は国家汚職制圧委員会(NACC)が請求していたものだが、賛成票が議員数の5分3に及ばず否決となった。
改憲は一昨年末に当時のインラック政権主導で行われたが、すぐに憲法裁判所が違憲と判断し、改正が無効とされた。【3月13日 バンコク週報】
*****************

同様にNACCはタクシン派の元下院議員250人についても追及の構えですが、上院議員弾劾が否決されたことでどうなるのでしょうか。

****憲法改正支持の元議員250人の不正容疑を追求****
一昨年のインラック政権(当時)主導の憲法改正が違憲とされたことで国家汚職制圧委員会(NACC)がこの改憲に賛成した当時の下院議員250人の責任を問おうとしていることについて、NACCはこのほど、これら元議員の不正容疑に関する調書の立法議会提出を延期したことを明らかにした。

これは、議会で現在、同じ容疑をかけられている元上院議員38人のケースが取り上げられていることによるもの。同ケースに決着がついてから、NACCは元下院議員250人の調書を議会に提出する予定という。

なお、これら元議員の多くはタクシン派であり、仮に有罪となって公民権5年停止に処されれば、同派にとって大きな打撃となるのは必至だ。【3月4日 バンコク週報】
********************

政党政治をタイから根こそぎ引き抜いてしまおう・・・というようにも見えます。

一方で、国家平和秩序評議会(NCPO)などの軍事政権メンバーについて、新憲法制定後の政治活動は禁止されていません。

****軍政メンバーの政治活動禁止せず=憲法起草委で提案、暫定首相反対―タイ****
タイの憲法起草委員会は6日、昨年5月のクーデターに伴い軍事政権下で設置された国家平和秩序評議会(NCPO)など5機関のメンバーについて、新憲法制定から2年間は政治活動を禁止するとの提案を反対多数で否決した。

5機関はNCPOのほか内閣、立法議会、国家改革評議会、起草委。起草委の一部委員が「NCPOが権力の座に居座ることを防ぐ」などの目的で、起草作業中の新憲法案に政治活動禁止規定を盛り込むよう提唱した。

しかし、NCPO議長を兼務するプラユット暫定首相は5日、政治活動が禁じられるのは暫定憲法の規定通り起草委の委員のみとし、他の4機関を対象に加えることに反対する意向を表明した。

起草委スポークスマンによると、起草委は6日の会合で、「(起草委以外のメンバーは)政治活動が禁じられることを事前に知らされていなかった」などの理由で、他の4機関を禁止対象から除外することを決めた。【3月6日 時事】 
*******************

意見を控えるように求めるプラユット首相
タクシン派も、反タクシン派の民主党も、今回新憲法案には民主主義をそこなうものと批判しています。

****旧与党・野党幹部がともに新憲法を批判、「民主主義の後退****
現在起草作業が進められている新憲法について、タクシン派・タイ貢献党の幹部が、「国民と主権への信頼・尊敬が感じられず、非議員のエリートに大きな権限を与えるものだ」などと批判した。

さらに、このような憲法が制定されれば混乱が生ずると指摘しているが、この点については、最大のライバルである反タクシン派・民主党とも意見が一致しているようだ。

アピシット民主党党首(元首相)は、「新憲法は政治問題に対する回答ではない。民主主義を後退させるものだ」などと批判的な見方を公言している。【3月10日 バンコク週報】
*******************

現行の暫定憲法には、新憲法に関する国民投票を実施するとの規定は存在しませんが、主要政党などは国民投票実施を求める意見を表明しています。

こうした新憲法草案への批判に対し、プラユット首相は意見を控えるように求めています。

****憲法草案巡って喧々諤々、プラユット首相が自制を要求****
新憲法の最初の草案がまとまったことを受けて声高に国民投票の実施を求めたり、内容を批判したりする意見が出ていることから、プラユット首相は3月16日、現在はまだ憲法作成の初段階にすぎないと指摘し、批判者らに対し、憲法起草委員会(CDC)などの作業を妨害するような意見を控えるよう呼びかけた。

首相によれば、これからの選択肢は、憲法草案について意見をまとめた上で国王陛下のご承認を求めるか、憲法起草をやり直すか、の2つしかなく、批判などが続くようなら、憲法草案を最初から作り直す必要があるとのことだ。その場合、さらに時間がかかり、総選挙も新政権の誕生も遅れることになる。

また、新憲法の是非を国民に問う国民投票の実施を二大政党(タイ貢献党、民主党)が求めているが、プラユット首相は、「決定を下すのは時期尚早」と述べ、明言を避けた。【3月17日 バンコク週報】
*******************

国王承認を求めるか、やり直すかの二つにひとつ、やり直すなら大幅に遅延するぞ・・・・殆ど“黙って従え”という恫喝に近い言い様です。

もともと、プラユット首相は“ぶっきらぼうな語り口と短気で知られ、記者会見の最中に怒り出し、机を叩いたり、言葉を荒らげることもしばしばだ。ただ、率直で裏表がないというイメージと、タイ人独特のユーモアで、国民の間で一定の人気を保っている。”【3月11日 newsclip】という人物評価があります。

軍政全般についても高い国民支持があります。

****世論調査、「プラユット政権に満足」が80%****
スアンドゥシットラチャパット大学の世論調査センターは3月1日、「80%以上がプラユット政権に満足している」との調査結果を発表した。調査は2月20日-28日にかけ全国の1632人を対象に実施された。

それによると、「過去6カ月間のプラユット政権の仕事ぶり」については、53・9%が「満足」、27・5%が「どちらかと言えば満足」、12・1%が「どちらかと言えば不満足」、6・45%が「不満足」と回答。

また「政府の措置で最も印象に残っているのはなにか」(複数回答)では、87・25%が「農民への支援と(インラック前政権が導入したコメ質入れ制度で遅延していた)農家へのコメ代金の支払い」、81%が「官民両部門における不正撲滅」、76・35%が「各省が打ち出した国民救済策」、74・5%が「大量輸送手段の開発と高速鉄道導入の道筋をつけたこと」、66%が「諸外国との関係改善」と回答した。

また、「現在の軍政の弱点はなにか」では、82・1%が「教育問題、物価高、薬物問題を解決できていない」、75・9%が「言論の自由が制限されている」、71・69%が「経験や高度な見識に欠ける分野がある」、70・3%が「自らの行為の評価・検証が不十分」、69%が「選挙を経ていない政権であるため、外国からあまり認められていない」と答えている。【3月2日 バンコク週報】
*******************

評価が高い「農家へのコメ代金の支払い」は、弾劾理由となったインラック政権施策の履行でもあります。

軍事政権への高評価は、タクシン派と反タクシン派の対立・混乱に疲れた国民の選択ではありますが、権威に従順に従うことで、“お上”から善政の“施し”を受け、安定を手にするというアジア的権威主義のようにも見えます。

政治対立という角を矯めることで、民主主義という牛を殺してしまうことを憂慮します。
改めるべきは、大規模直接行動で反対勢力・政権に圧力をかける手法に安易に走る政治風土であり、政党政治・民主主義そのものではないと思うのですが。

もちろん、示威行動などの非暴力直接行動は民主主義の正当な手段です。
矛盾するようにも思えますが、タイにおいても現在の憲法改正の流れを是正するにはおそらく大規模直接行動しかないでしょう。

ただ、社会混乱も惹起する直接大衆行動の民主主義における位置づけは微妙なものがあります。

ある重要な広場を占拠することによって社会にあるメッセージを発していくといった民衆の直接行動が世界中に広がっていることが、現代政治の特徴とも思えます。

「アラブの春」や香港の雨傘革命、あるいはウクライナの政変等々

そのあたりの話になると、整理しきれないものがありますので、また別機会に。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする