孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エジプト  モルシ大統領、タンタウィ軍最高評議会議長を更迭 軍とも合意のうえ、権限掌握へ

2012-08-15 22:37:17 | 北アフリカ

(イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区との境界付近で兵士16人が殺害されたことを受け、シナイ半島を視察するエジプトのモルシ大統領(右)とタンタウィ国防相・軍最高評議会議長(左)【8月13日 AFP】http://www.afpbb.com/article/politics/2894865/9356938

【「(人事は)評議会内で協議した結果だ」】
権限維持を図る軍最高評議会と、議会を制したイスラム主義穏健派のムスリム同胞団出身のモルシ大統領の間の対立が注目を集めていたエジプトで、モルシ大統領による急速な権力掌握の動きが報じられています。

「アラブの春」によるムバラク政権崩壊を受けて民政移管したものの、これまでは軍部が実質的権限を維持し、イスラム主義勢力が勝利した人民議会(下院)は、選挙法に関する最高憲法裁判所の違憲判断を受けて解散を命じられました。
軍最高評議会は6月に暫定憲法を修正し、解散を命じられた議会再選挙までは軍が立法権を握り、解散前の議会が設置していた憲法委の委員人選も軍がやり直せるとしていました。

今月初めに組閣されたカンディール首相を首班とする内閣でも、タンタウィ軍最高評議会議長が国防相にとどまるなど、軍の影響が強く残る政権となりました。
(8月5日ブログ「エジプト  軍部との関係、身内のムスリム同胞団への配慮などで難しい運営を迫られるモルシ大統領」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120805

こうした流れは、軍最高評議会が主導権を握った流れのように思われましたが、モルシ大統領は12日、軍トップであるタンタウィ軍最高評議会議長を更迭し、タンタウィ氏が兼務していた国防相の後任に、陸軍のシシ少将を任命。アナン参謀総長(軍最高評議会副議長)も解任し、後任にシドキ司令官を昇格させました。
空席だった副大統領には、破棄院(最高裁に相当)幹部のメッキ判事を指名。メッキ判事は、在任中のムバラク前大統領を批判したことで知られる人物です。

更に、モルシ大統領は、暫定憲法の修正を無効とし、大統領が行政執行権と立法権、新憲法の主導権を握るとする大統領令を発布しています。
なお、解任されたタンタウィ氏とアナン氏は、大統領顧問に就くとも報じられています。【8月13日 毎日】

今回の動きの背景としては、“今月5日にパレスチナ自治区ガザとの境界線付近で武装勢力がエジプト国境警備部隊を襲撃し、16人が死亡する事件が発生。未然に防げなかったエジプト軍と情報機関に対する批判が高まり、ムルシ政権は情報機関幹部や現場を統括する北シナイ県知事の更迭を発表していた。ムルシ氏は、これを利用して軍評議会から権力を奪い、政権基盤の強化に動いたものとみられる。” 【8月13日 朝日】とのことです。

ただ一連の人事は軍の協力が不可欠で、もし軍部が反発すればクーデターにも繋がりかねない急展開ですが、軍部とは何らかの合意が出来たうえでの動き・・・と報じられています。

****エジプト大統領:軍と事前に協議し合意か 国防相解任など****
エジプトのモルシ大統領が12日、軍トップであるタンタウィ軍最高評議会議長を更迭し、軍最高評議会が大統領権限の一部や立法権を掌握するとした暫定憲法修正を無効とした一連の決定は、軍と事前に協議して合意を得ていたとみられる。

合意が事実なら、民政移管の前進を示唆する展開と言えそうだが、モルシ氏の出身母体の穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団と軍部はこれまで権力争いを続けており、両者の「和解」が実現するか今後の展開を注視する必要がある。(中略)

ロイター通信によると、軍最高評議会のメンバーでこの日新任されたアサル副国防相は「(人事は)評議会内で協議した結果だ」と語った。モルシ大統領が軍の同意のうえ一連の決定をしたようにみえる。大統領は演説し「国益を考えた決定だ」と語った。(後略)【8月13日 毎日】
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“タンタウィ軍最高評議会議長はずし”の動きには、軍内部の争いも想像されます。
“軍高官の一人はロイター通信に対し、76歳と高齢で守旧派の象徴ともされていたタンタウィ氏らの解任は「軍最高評議会との相談で決まった」と指摘しており、モルシー氏側が周到に根回しを進めていた可能性がある。 タンタウィ氏の後任のシシ新国防相は軍情報部出身で、主に作戦畑を歩んだタンタウィ氏のような陸軍本流ではないことから、軍内部の権力闘争が絡んでいるとの見方もある”【8月14日 産経】
モルシ大統領と軍内部の反タンタウィ勢力は手を握ったということでしょうか。

本当にこれで軍部が収まるのだろうか・・・という懸念もありますが、今のところは至って平穏に推移しているようです。モルシ大統領は解任したタンタウィ氏とアナン氏の功績を讃え勲章を授与し、アナン氏は笑顔で勲章を受け取った・・・とのことです。

****前軍政トップに勲章授与=権力闘争幕引きか―エジプト大統領****
エジプトのモルシ大統領は14日、解任したタンタウィ前軍最高評議会議長(前国防相)とエナン前軍参謀総長に対し、国家への貢献を評価して勲章を授与、国営テレビがその模様を伝えた。ムバラク政権崩壊後に軍政トップを務めたタンタウィ氏が大統領決定を穏便に受け入れたことを示し、権力闘争に幕引きを図る狙いがあるようだ。

大統領は「国家や国民に誠実であり続けた人へのエジプト国民からの感謝の念を表すものだ」とタンタウィ氏をねぎらった。エナン氏も笑顔で勲章を受け取った。また、大統領は同日、海軍や空軍の司令官を相次いで任命し、軍上層部の人事刷新を図った。【8月15日 時事】
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【「憲法裁は早急に手を打つべきだと思う」】
軍部と並び、これまで大統領と対立してきた司法の出方も注目されます。
司法対策としては、副大統領に任命されたメッキ判事が重要な役割を担うと見られています。

****大統領令、司法の判断焦点 エジプト国防相解任*****
エジプトのムルシ大統領が軍のトップだったタンタウィ国防相らを解任し、軍部が行った暫定憲法の修正を無効として権限を奪う大統領令を出した。これまで軍と歩調を合わせ、大統領と対立してきた司法の出方が今後の焦点となっている。

大統領令について、最高憲法裁判所のゲバリ判事は13日付の政府系紙アハラム電子版で「暫定憲法の条文を一方的に無効にする権限は、大統領にはない」と述べ、「一市民としての意見」としたうえで「憲法裁は早急に手を打つべきだと思う」と語った。

司法はムバラク政権崩壊後、軍部とともにムルシ氏や出身母体のムスリム同胞団と対立。大統領選直前の6月には憲法裁が、同胞団系が第一党だった人民議会(下院)を「選挙制度が一部違憲」として解散を命じるなど、ムルシ氏らに不利な決定を出してきた。
今回の大統領令の違憲審査などを求める提訴があった場合、裁判所が大統領に不利な判決を出す可能性は否定できない。

一方、ムルシ氏は大統領令で、「改革派判事」として知られるマフムード・メッキ氏を副大統領に任命している。メッキ氏の兄は、すでに法相に任命された元裁判官アハマド氏。ムルシ政権が司法界に通じたメッキ兄弟を通じて裁判所の人事異動に乗り出し、裁判所側の動きを封じる可能性もある。

軍部の動向については、複数の政府系メディアが13日、「軍部は今回の大統領令を支持している」とする軍幹部のコメントを伝えた。タンタウィ氏を含め、反発の動きは今のところ伝えられていない。
ただ、軍部はこれまで維持してきた軍事予算の非公開などの特権を新憲法に盛り込もうとする動きを見せてきた。ムルシ政権と軍部との間で新憲法の起草作業などをめぐり、対立が再燃する懸念もある。

昨年の反政権デモを主導した青年グループ「4月6日運動」は「革命を進め、旧体制の支配を終わらせるための重要なステップだ。タンタウィ氏らの訴追を待ちたい」と評価。
ノーベル平和賞受賞者で民主化運動家のエルバラダイ元国際原子力機関(IAEA)事務局長は「軍の政治関与を終わらせるのは、正しい道筋に向けたステップだ」との声明を出した。

一方、「これは同胞団の権力独占だ」(左派政党幹部)などと警戒感も出始めている。【8月14日 朝日】
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民主化を是とする立場に立てば、軍部から民意を反映した大統領・議会に権限を移すのは、至極当然のことと言えます。
ただ、議会・大統領はイスラム主義だけでなく、広く国民全体の権利を保護する必要があります。

軍部の巻き返しがあるのか、司法が議会・大統領に厳しい姿勢を変更するのか、ムスリム同胞団の権力が肥大化してイスラム主義の国民への強制につながることはないのか・・・まだしばらくは、多くの不安定要素尾を抱えた展開になるようです。
コメント
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