硬派な生き方を選択しながらも、都会の生き方を忘れずに暮らす「頑固なボス」の痛快辛口日記

誰かがやらなければならない社会貢献がある。利他主義を貫く信条を主張するボスの独り言!

オヤジの過去…

2017-08-09 16:25:47 | 自叙伝

 

 

オヤジが私の自宅へ来てから、しばらくそっとしておいた…

 

こちらからも あえて連絡せず、平穏な日々を過ごしていた。

 

ところで…

 

思い起こせば、オヤジは平成13年1月に亡くなった…

危篤の連絡があったが正月早々だったこともあり、航空券をゲットするには大変だったが何とか兄と二人で先発として現地へ向かった。

 

フライト中…たしか12時45分だったと思う。

ウトウトしていた私は、ハッとして目が覚めたのだ。兄に「オヤジが逝ったよ…」と伝えた。

兄も私に不思議な感覚がある事を知っていたので、さほど驚かずに うなづいただけだ。「そうか…」

 

新千歳空港から電車で向かう途中 多少の乗り換え時間があったので、入院先の病院へ連絡を入れた。

 

やはり「12時44分」だったらしい。1分程度の誤差は何てことない…私の時計か先方の時計の見方による…

 

友人から4輪駆動の車を借りて、大雪の中病院へ着き やせ細ったオヤジを見た時は衝撃的だった。

「ほねかわ すじえもん」とは この事か…と。

 

さらに枕の下には現金300万円が封筒に入っていた…これで葬儀をやってくれという事だ。オヤジらしい…

別途 何十年も前から街の葬儀会社と契約していたらしく、間もなく葬儀会社の担当者が現れた。契約内容によると、プランの最上級クラスの葬儀が該当するらしい。

 

兄と相談して、葬儀は契約上の最高プランで執り行ってもらい 枕の下にあった現金で会葬者への最高のもてなしを計画した。

オヤジの金だ…一銭も残さずに使おうと。

 

 

オヤジの面倒を看てくれた石井さんという女性宅へお邪魔した。

私たちは知らないが、我々と同じく美唄から越してきた方らしい。あの炭鉱事故でご主人を亡くされており、我々のように炭鉱住宅へは住めないのだが 小さな一軒家に住んでいた。

世帯主がいない場合は、当然炭住へ住む事は許されないが引っ越し先が同じ会社…三菱でもあり 住む家くらいはあてがってもらったのだろう。

 

その女性には娘さんがおり、たしか我々より年が上だったと思う。我々を歓迎する素振りはカケラもないどころか 迷惑そうな表情がありありだ。

ともあれ、その石井さんの家に祭壇を設けて遺体を帰宅させてもらったのだ。

石井さんと娘さんから オヤジの晩年の生活ぶりを聞かされた…皆でバーベキューをやったり 海へ出かけたりと、結構楽しい日々を送っていたようだ。

 

オヤジの人生の終盤は幸せだったと思う。

 

とりあえず「日の良い」日程で葬儀を行うように充分な話し合いを進めることになったが、後から来るはずの姉夫婦と母親がなかなか来ないのだ。

そりゃ母親からすれば別れた男の葬儀になり、足早に現地へ来るような心境ではないだろうし、来なくてもホテルで待っていても構わないのだ。

しかし、私も兄もその時点でほとんど睡眠をとっておらず この先祭壇の灯明(ろうそく)の番をする必要がある。

石井さんご家族の仕事でもないし 要求するのもおこがましい…気の毒でもある。

 

何度か姉に連絡したが、平気で人にウソをついたり仮病を使うバカな女であり 期待する方が間違っていた。

ただ、姉本人でなくともダンナでも良いわけで 我々の仮眠する時間だけでも大いに助かることを伝えたが、とうとう何ら行動を起こさなかった。

私と兄は、2時間おきに仮眠しながら交代で灯明を守り切ったが、三日間で睡眠時間3~4時間はさすがにキツイ…

 

まだやることは山積しているのだ。市役所・金融機関・各種手続きのための事務所…市内をグルグル走り回り私もフラフラになりながらの運転だった。

なかなか勝手も分からず、書類の手続きであちこちの事務所や市役所などを行ったり来たりの時間だけが経過する。

 

あいつら(姉夫婦)は、一体何をやっているのか…

 

 

通夜の晩がきた。

例の歌志内の大きい兄ちゃんと美人姉妹の姉さんが来てくれたのだ。

改めて姉さんから 「大きい兄ちゃん」の若かりし頃の武勇伝をたくさん聞かされた…ただただスゴイの一言だ。

私の友人たちや古い仲間たちも駆けつけてくれ、当然のように酒宴が始まった…

 

そうこうしていると、姉夫婦と母親が現れたのだ…

口裏を合わせているのか、どこで何をやっていたのかの説明はない。


私の腹の中は煮えたぎっている…

その場から離れて、友人たちの席へ移って飲んでいた。

姉夫婦が私たちの席へ来て、「うちの主人も仲間に入れてくれる?」…と ぬけぬけと言い放った。

急に場がシラケたが、私がそっと話しかけた…「今までどこ行ってたんだ? 正直に話せよ」と…


この男…私が高校1年生の時 工業高校の3年生で当時ナナハンのバイクに乗っていたチンピラだ。

ボンドやシンナーをやっていた…姉もこの男に影響されてワルの道へ突き進んだ訳だ。


いわく…温泉へ行っていた…とのこと。

私はブチ切れた! 葬儀場の裏方へ引っ張り込んで ボコボコにしてやったのだ。

その前に、兄に打診していたからだ…「俺がヤキいれるけど 兄貴は手を出すなよ」と。兄は公務員…ゴタゴタに巻き込むわけにはいかない。

さらに歌志内の大きい兄ちゃんにも 断りを入れていた。「ほどほどにしておけよ」とだけ小声でアドバイスがあったのだ。


私の友人が背後から止めに入ったが、勢いが止まるはずがないのだ…我々が眠い目をこすっていた頃 温泉? ふざけるな!


積年の恨みが一気に出た…


自分から手を出したのは 生涯でこれ1回しかない。


落ち着き…また飲みだした。

歌志内の大きい兄ちゃんと姉さんから 耳を疑う話が飛び出したのだ。

オヤジが亡くなったから言えた話だという。

オヤジは 若いころ精神障害があったとのことだ。母親も顔を硬直させて聞き入っている…我々も初めて聴く話だ。

歌志内のおじさん…いわばオヤジの年の離れた兄も 当然知っており オヤジが暴れても冷静に対応していたことに合点がいった。


知らなかったのは 我々家族だけという訳だ…

今さら聞いてもどうしようもない事だが、なぜに母親と結婚させたのか?


ショックだった。。。

 

  

 

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