硬派な生き方を選択しながらも、都会の生き方を忘れずに暮らす「頑固なボス」の痛快辛口日記

誰かがやらなければならない社会貢献がある。利他主義を貫く信条を主張するボスの独り言!

勤労高校生…⑧

2017-07-17 17:37:43 | 自叙伝

貧しさは慣れる…という人がいるが、私はそう思わないし そもそもそう言われる方達とは「貧しさ」の定義が違うと思うのだ。

 

私の家族が経験した貧しさは、単に経済的な背景だけの貧困ではないからだ。

一般的な家庭には、父親が外貨を稼ぎ 母親が内助の功を発揮することでバランスがとれる構造がある。

 

では、父親が給料を一切「家」に入れない場合は どうだろうか…家族や家庭はあっという間に破たんするだろう。

母親の内職や出稼ぎだけでは、子供達3人を育てる事は厳しいし限界がある。

 

私が小学校・中学校の時、母親は春・夏・秋には田植えの仕事があった。町の郊外に広がる田畑の手伝い依頼が毎年あるからだ。

仕切るのは 例の入れ墨おばちゃん…ヒモリさんだ。

 

と言っても、田植えの時期・草取り・稲刈りと季節と期間が限定され、毎月の給与はたかが知れている。(ましてや当時は日当の即払いだった)

 

当然 冬には仕事は何もない…社会人になるまで、「誕生日」という祝い事をされたことがないのも、単に貧しさだけなのか 家族に祝う気持ちや余裕が無いのか…だ。当然のようにプレゼントも無いわけだ。

 

 

私の誕生日は、8月17日…運のない典型的な誕生日だ。

炭鉱の給与日は 25日であり、1週間前は一番経済的にタイトになる。また、夏休みの最終日でもあり皆 やり残した宿題や提出物の仕上げに大変な日だ。

カレー…毎年の私の誕生日のメニュー。

 

貧しさの象徴は、親の愛情を認識できない事でもある。経済的な事は 借金してでも何とかなるが、こればかりは「借り物」でカバーすることはできない。

家族愛…高校を卒業するまで 理解不能なフレーズであり、とうとう体感せずに家を出ることになる。

 

生きていく意味や価値が 何処にあるのか? と、いつも考えるようになった。

 

 

 

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小説
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