黄金の門より入れ、さなくばはいることなかれ。
わが木の実はひとのためにとれ、さなくばひかえよ。
木の実をぬすむもの、つい地をこえるものは、
心の欲はみたすとも、つきぬ絶望も見出さん。
「ナルニア国ものがたり6/魔術師のおい」(C・Sルイス作 瀬田貞二訳)より
「ナルニア」の6巻目「魔術師のおい」を読了した。上に引用したのは、この物語の主人公の子どもたちディゴリーとポリーがアスランに命ぜられて、リンゴをとりに行った、とおい緑の谷間にある果樹園の門のとびらに書かれていた文句です。この巻では、ナルニアがアスランによって、どのようにしてつくられたか、またそのできたばかりのナルニアに子どもたちのせいで悪がまぎれこんでしまう様子が語られています。ディゴリーとポリーはそのつぐないのためにリンゴをとりに行くことになるのです。また、「1/ライオンと魔女」に出て来る”衣装だんす”の秘密や、ルーシィが初めてナルニアに行った時に見つけたあの”外灯”のなりたちも語られていますので、興味のある方は読んでみてください。
映画「ナルニア国ものがたり ライオンと魔女」の感想をいくつか読みましたが、何か本質と関係ない(美形が出てこないとか、「指輪物語」と比べて物足りないとかの)ピントのずれたものが多かったです。皆、何を観てるんだかねえ。極端に”美”にこだわることについてはいずれまた書きたい(前記事に書いた女性の主に外見に関する完全主義とも関連していると思うので良かったら見てください)と思ってますが、この「ナルニア」の中では、悪が美の顔を持っていることが多いということだけは言っておきます。
それと「指輪物語」と比べて物足りない、お子様向けだという意見ですが、よい児童文学は大人が読んでも読み応えがあります。エドマンドがターキッシュ・デライトというお菓子を食べて悪に引き込まれるところの表現などは本当にうまいと思います。映画が物足りなかったひとは是非原作を読んでほしいですね。原作を読んでも物足りないと思ったひとは、暴力あふれるメディアに慣らされて、強い刺激やショッキングな描写でしか満足できない自分の感性の鈍化を疑ってみてください。
私は人間をとりまいているさまざまの固定観念、限界、束縛などを解き放とうとするときに生じる摩擦音のようなものとして、ファンタジーを考えてみたい。
「子どもの本の現在」清水真砂子著(62頁)より
追記:ローリング・ストーンズの来日ツアーも終わったのかな?何かでインタヴューをやっていたのを見た記憶があるが、今さら、「アーイキャーンゲッノォーサァーティースファークショオーン」なんて聞く気もないが、今回ではなくて、ちょっと以前にニュース23で草野さんがインタビューしていた時のキースのインタビューはすごかった。例によって酔っ払っていたと思うが(いつもしている髑髏の指輪の意味についても説明していたと思う)、「若者に何かメッセージを」と言われてカメラに向かって言ったひと言 「生きのびろ!」 は、言ったひとがキースだけに強烈なインパクトがあった。
「”どうやったら生きのびられるか”ということを子どもたちに伝えるのが子どもの本のいのちである」と上述の清水真砂子さんが「幸福の書き方」という著書で言っておられますが(彼女は、「今時、幸福なんて、口にするのも恥ずかしい」と前置きされて語られていることは断っておきますが)、私も、それを知りたくて子どもの本を読んでいます。
「ナルニア国ものがたり」読了の記事をココログに書きましたので、よかったらのぞいてみてください。











