現実逃避

この現実が破壊されてしまったのも全部ディケイドって奴のせいなんだ

『現実逃避』 10周年記念 : いろいろと振り返ってみた

2017-07-16 01:21:11 | キリバン・記念


おかげさまで『現実逃避』は10周年を迎えました。勢いで始めたブログでしたが,案外長続きしたなあという印象です。そんなわけで,ちょっとした記念記事です。

以下,Q&A形式で徒然と書いてまいります。


Q.1 『現実逃避』の中の人について


アロハなシャツを着た只のオッサンです(イメージ)。一人暮らしではない。なのでブログを書く時間の捻出に苦労したり,マンガを買うのは電子書籍のみなどいろんな制約があります(そういう趣味に家族が理解を示さないため)。



Q.2 ブログを始めたきっかけは?


家族がニチアサ(日曜朝にやっているお子様番組←大人も観ている人多い)を観る年頃になった頃,付き合ってみていたら自分もはまって感想を書き始めたのがきかっけ。



Q.3 ブログを中断したきっかけは?


家族がニチアサを見なくなったので一旦,自然消滅しました。なお再開したのはご存知のとおり『ニセコイ』感想を書き始めたからです。



Q.4 ブログを書く事をどう思うか


壮大な時間の無駄。それをする時間を現実に充てれば,何十倍も自分の実になって返ってくると思います。なのであまりお勧めしません。どうしても伝えたいことがある人は採算度外視でやりましょう。



Q.5 なんでGooブログなの?


ニチアサ感想を書いていたときによく読んでいたサイトがGooブログを使われていたから。



Q.6 Gooブログはお勧め?


記事更新をすると検索上位に表示してくれる点はお勧め。読者を増やしたい方むき。ただ,ほとんどカスタマイズできなかったり,アフィリエイトで稼ぎたい人向きではないと思います。



Q.7 アフィリエイトで稼ごうと思わなかったの?


『ニセコイ』感想を書いていた頃は月10万PVぐらいだったので誘惑がなくもなかったですが,制約の多いGooからブログ移転するのが面倒くさいのと,人様のコンテンツに乗っかって稼ぐというのにいまひとつ乗れなかったため。でも稼げる人の方が凄いと思います(おい)



Q.8 ブログやっていて楽しかったことは?


大勢の人が読んでくれて,レスポンスをいただいたこと。コメント100件越えたあたりは返事が大変でしたが,ブログ記事更新してコメントのやりとりしてからが「本番」といった感があり,楽しかったです。



Q.9 ブログやっていて辛かったことは?


辛いことは特にないのですけれど,僕の感想を外部(某大手掲示板とか)に持ち出して自分の意見のように書く人がいて,そこでトラブられたことを『現実逃避』に持ち込まれるのは違和感がありました。その結果,アクセス管理を厳密にやらなければならない羽目に。



Q.10 いつまで続けるの?


『ニセコイ』感想を書き終えたときに辞めるつもりだったのですが,意外な人に煽られてしまったので辞めるに辞められず。いまは書きたくて書いていますが



Q.11 オフ会って行ったことある?


あります。いまでもお付き合いさせていただいている方もいます。



Q.12 千葉県のYさんとは本当に会ったことあるの?


すまない。NDAなんだ。信じるかどうかは君に任せる。(関連記事)




Q.13 他の人の感想を読みますか?


定期的に読ませていただいているサイトはあります。だいぶ減りましたが。自分が気づかなかったことを指摘されていたり,文章自体が読んでいて楽しいサイトは好きです。



Q.14 集英社からアポイントがあったことある?


無いです。ただし,記事をご覧いただいたことがあることは承知しています。



Q.15 ファンレターは送ったことある?


無いです。ブログに書いた感想記事がファンレターみたいなものなんじゃないかなと。ああでも,『ニセコイ』の初代編集担当だった斉藤さんに送ってみようかと思ったことはある(ちょ)



Q.16 会ってみたい漫画家さんはいる?


感想記事を書いているとき,対象となる作品の作り手に関心が無いこともないです。でも,究極的には読者と漫画家は漫画を通じてコミュニケーションするものなのでしょう。(でもお会いできたら嬉しいでしょうね)



Q.17 ぶっちゃけ古味直志先生についてどう思っているの?


好き勝手に感想を書いてすいませんと思っています。お会いすることは無いでしょうけれど,万が一お会いする機会があったら土下座して謝る(え)
まあ,謝るというのはおかしいかもしれませんが,正しく作品を読み取れなかったことは僕の過失ではないかと。



Q.18 ぶっちゃけ『ニセコイ』についてどう思っているの?



『ニセコイ』はニセモノの恋が本物の恋を越える物語だったと思っています。

そのために桐崎千棘には徹底して偽物の属性を与え,小野寺小咲に対しては徹底して本物の属性を与えた。それが最後の瞬間に偽物が本物になる。そういう構造の物語で,ラブコメの物語としては非常にロジカルに組み立てられた優れた恋物語だったと思います。(関連記事 123



Q.19 では『ニセコイ』の評価についてはどう思っているの?


先に述べたように『ニセコイ』は構造的にはとても綺麗な物語で,非常にロジカルに組み立てられています。一方で,読者からは共感を得にくい構造になってしまっている。

というのは,小野寺小咲は本物の恋の象徴だった故に,物語の最後の瞬間まで本物として表現され続けてきた。対して桐崎千棘は小出しに楽が魅かれている様子は言及されていたものの,基本的に偽物の象徴だったため,最後の瞬間に「本物を上回る偽物の恋」という仕掛けに読者が感覚的についていけなかったと思います。

僕が最後まで小野寺小咲と楽が結びつくと考えていたのも,10年前の約束・高校生活の大半を占めた両片想いの描写・一条楽は誠実であるという設定が「あまりにも本物すぎた」ためです。

うまくいいたいことが伝わっているか自信が無いのですが,小野寺小咲と楽の関係性が本物すぎたために物語り構造的に「それを偽物が上回った」というロジックに説得力を持たせることができなかった。少なくとも,多くのファンの反応を見る限りそうです。


もし「偽物の恋が本物を上回った」という形で物語の決着をつけるには,桐崎千棘と楽の関係に一定の説得力を与えなけなければならなかった。しかしそれは桐崎千棘と楽の間に「本物としての属性」がなければ説得力を与えることができない。

にも関わらず,桐崎千棘は最後の瞬間ひっくり返すそのときまで「徹底して千棘を偽物の象徴として描かなければならなかった」。そういう設定の物語であり,最後の仕掛けがそうだからです。こうなると鶏が先か卵が先かという問題で,桐崎千棘と楽の関係性に(本物属性を与えることより)説得力を持たせるのは「物語構造上無理であった」ということになる。


完璧な物語構造を与えた故に,桐崎千棘と楽のどんでん返しのロジックに「説得力」を持たせることが構造的にできなかった,という点が『ニセコイ』という作品が読者に共感されることを難しくしたという,皮肉なことになってしまったのかな,と思ったり。

もちろん,結ばれた千棘ファンの方は肯定的に捉ええられるでしょうけれど,小野寺小咲の本物属性に魅かれて『ニセコイ』を楽しんでいたファンは,構造的にそのロジックを受け入れるのはまず無理なんじゃないかなと。

もしこの物語構造で成功したかったら,最後にどのように読者共感を誘うかまで計算して物語を組み立てなければダメだったのでしょう。



Q.20 自分の感想を作者が読まれていたとしたら,どう思いますか


多分,僕の感想記事を直接読まれたことはないと思っています。

ただ関係者の方がご覧になっていたことは知っています。ご家族の方,サポートされていた方からすれば,的外れな考察・予想に苦笑されたこともあるでしょう。作品に対する厳しいコメントがあったときには,腹立たしいこともあったでしょう。その点,完璧にブログ内の秩序を保ちきれたかといえば,できていなかったかもしれない。その点はお詫びすべき点があると思います。

一方で,読者は作品をよみ,それを評価する者ですから個々人がさまざまな感想を述べようとも(人格否定や人権侵害にならない限り),それは許容されるべきではないかと思っています。



Q.21 古味先生の次回作は読みますか?


一読者として楽しみにしています。



Q.22 ジャンプ作品で注目している作品は?



現在感想を書いている『シューダン!』はサッカーというジャンプではキャプテン翼以来大ヒットの無い題材を取り上げられ,かつうまく素材を調理されている点を高く評価しています(偉そうでスイマセン)。(関連記事)




現在連載中のものでは『約束のネバーランド』は考察してみたくなるような面白さがありますが,言語化するのが難しいので感想記事を書けずにいます。




周辺で評価の高い『鬼滅の刃』『Dr.Stone』は楽しく読ませていただいていますが,感想記事を書くところには至っていません。まあ周囲の方が熱く語られているので,それを読んで満足しています。




ラブコメでは『ゆらぎ荘』,『ぼくたちは勉強ができない』,『クロスアカウント』があります。『ニセコイ』無き後のラブコメ戦線はなかなか見ていて楽しいです。

『ゆらぎ荘』は安定していますが,個人的に肌色大目な部分はあまり訴求力をもっていないので,楽しく読むに留めています。(関連記事

『ぼく勉』についてはマジパテのころ読んでいた作者さんであり,お話作りに興味を持っていますが,感想を書くには至っていません。個人的に誰押しというのは無いですが,いま第三者的に引いた位置にいる古橋さんがどうなるかは注目しています。(関連記事 12)

『クロスアカウント』は表現方法を工夫すれば可能性がある(あった)作品だと思っています。どちらかというと,アイドルヒロイン側の視点で描いた方がいいと思いますが,それだと少女漫画になってしまうので難しいですね。




連載休止中の漫画では葦原先生のご回復を願っています。『ワールドトリガー』は最後まで見届けたい作品ですね。



Q.23 『かぐや様は告らせたい』について





ラブコメの描き方として,切り口次第でこんなに面白くなるのかと驚かされた作品です。

毎回のお話がとても楽しいこともさることながら,作品から伝わってくる作者の赤坂アカ先生の才能が恐ろしいくらいですね。「かぐや様」で赤坂先生を知ったのですが,その後に「ib」を読んだときに確信しました。

赤坂先生は「天才」ですね。それをうまく隠していますが「かぐや様」の紙面からも才能がにじみ出てきています。



一方で,「家族観」に一物あることが伺えて,作品にどう影響するのか注意深く見守っています。(関連記事)



Q.24 『恋と嘘』について





人に薦められて読み始めたのですが,設定の妙をうまく使った作品だと思います。

物語構造的には最後は政府通知の恋よりも最初からの恋で貫かなければおかしいのですが,そう単純ではない部分もあり物語を面白くしていると思います。今のところ,最後はハッピーエンドにならないのではないかという方に予想が傾いているのですが,さてどうですかね。(関連記事)



Q.25 最後に一言



本当は100問まで続く予定だったのですが,眠くなってきてしまいました(おい)。

というわけで,いつまで続くか分かりませんが,引き続き『現実逃避』をお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。





ジャンル:
ウェブログ
コメント (14)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 『シューダン!』 第6話 「奮... | トップ | 『かぐや様は告らせたい』 第... »

14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (mick)
2017-07-16 10:45:49
お久しぶりです

ニセコイは、物語が物語であるが故に内包する「冗長性」を軽視してしまったことが、最後の「まとまりのなさ」を感じさせる終わり方の原因になってしまったのではないかと思っています。

言語というものは、言語として成立するための約束事があり、そこから外れると意味不明になります。
サルを訓練してワープロのキーボードをいくら叩かせても、意味のある文章にはなりません。正しく「単語」として読み取れる文字列にならないからです。これが単語レベルでの冗長性の表れです。

次に、単語がきちんと日本語であっても、文法がめちゃくちゃなら意味のある文になりません。「今日が笑わせるタヌキが日だ。」という文章はほぼ意味不明です。

さらに単語も文法も日本語の規則に則っていても、論理構成の冗長性から外れると、やはり意味のある文にはなりません。「今日は雨なので、アフリカのホッキョクギツネの構成が笑った。」のような文はほぼ解釈不能です。

言語が言語として意味が通じるためには、言語が内包する予測可能性に沿った展開でなければ、素直に読み取れません。「今日は雨なので」のあとには、「傘を持って行きなさい」とか「車に乗せてって」とか「畑の枝豆が喜ぶな」などが来なければおかしいことになります。

この予測可能性を担保するものが、言語の冗長性です。

そして、物語にも当然冗長性が内包されています。民話の研究では「見るなのタブー」という用語があり、「見るな」という要請があったときには「必ずそれは破られる」ことを示したものです。鶴の恩返しが分かりやすいと思いますが、古くは古事記の黄泉の国でのイザナミの言葉や、浦島太郎の玉手箱など、「見るな」と言われたら物語の構成上「必ずそのタブーは破られなければならない」のです。そうでなければ話が進まないし、読者もそれを予測する。

物語の冗長性はこのような形で、展開の予測可能性を読者に提示するとともに、物語自身を縛るものにもなります。

ニセコイにおける「見るなのタブー」に当たる言葉は、羽姉さんの「約束の女の子が分かったらその子を好きになるの?」という問いかけでした。これに楽さんが答えを出せないまま終局に突入したなら、「約束の女の子は選ばれない」が読者の持つ心証になるのですが、楽さんはほぼノータイムでそうじゃないと結論を出しています。

この時点で、物語の冗長性としては、「約束の女の子が選ばれなければならない」構造が仕込まれてしまっていたのに、そこから外れた終局に行き着いたために、読者がついて行けない、読者が物語を「共有できない」事態になったのだと思っています。

私も自分なりの「ニセコイの総括」をしなければと思いながら、まだ果たせていません。

今でもニセコイは「ここ10年で一番おもしろかった」レベルの作品だと思っています。そのニセコイを生み出し、読ませてくれた古味先生にはただただ感謝していますし、尊敬しています。次の作品もずっと期待して待っています。ただ、5巻あたりまでの勢いで最後まで描かれていれば「ラブコメ史上最高傑作」になりうると思っていたので、その点が少し残念です。

最後になりましたが、ayumieさん、ブログ開設10周年おめでとうございます。無理のない範囲で楽しい文をこれからも読ませてくださいね!
ありがとうございます (ayumie)
2017-07-16 12:50:11
>mickさん

お久しぶりです。コメントありがとうございます。

「冗長性」ということばの定義を文字通り受け止めてよいのかな?と少し考えました。通常の意味である,余分な部分が付加されていることという意でよろしいですか。

mickさんの仰る意味では,「言語外にある暗黙知」つまり書かれた文字以上に存在する「含み,予見知」のことであり,「予知可能性を担保するもの」のことでよいですかね。とりあえずその前提でお返事します。

読者は物語を読み,そのから当然類推できる予測を「当然起こりうるもの」として自身の読書の「前提」にします。それがmickさんのおっしゃるところの「物語の冗長性」ですよね。

羽姉さんが「約束の女の子が分かったらその子を好きになるの」とした問いかけに対して,一条楽は「そうじゃない」と即座に否定しました。それは事実です。

今にして思えば,古味先生の中ではこれは冗長性を含まない文字通りの意味だったのではないでしょうか。言い換えれば「最後に選ばれるのは約束の女の子ではない」という宣言です。

だから約束の女の子であった小野寺小咲は選ばれなかった。古味先生からしてみれば,物語で示したとおりの物語展開をしただけであって,読者が自分なりに解釈した部分(物語の冗長性)を前提にアレコレ言われるのは心外ではないでしょうか。

僕はこの羽姉さんの問いかけはそのまま文字通り受け止めた上で,一条楽は約束の女の子だからその子を選ぶのではなく,「いまその子が好きだから選ぶ」という選択の前提を示したものと捉えました。結果的にそれは桐崎千棘を選ぼうと小野寺小咲を選ぼうと成立する前提です。

そのためにわざわざ「二人の女の子を好きになっている」という事実を別に明らかにしていることからも,古味先生からしてみれば「物語の冗長性」の部分からみても矛盾したことは描いていない。そういうお気持ちなのではないかと思います。

にもかかわらず僕が最後は小野寺小咲を選ぶであろうと思っていたのは,小野寺小咲は約束の女の子であったけれども,同時に「いま現在一条楽が好きな女の子である」という事実として示されており,かつそれが本物の存在としてきちんと描かれており,また一条楽が誠実であるというラブコメの主人公にとって必須の要素を提示されていたからです。

であれば,一条楽は小野寺小咲を選ぶしかない。これも古味先生が示した物語とその冗長性からすれば「真」となりうる答えだったと思います。


故に,mickさんが仰るように,古味先生からしてみれば「約束の女の子が選ばれなければならない」構造などというものは導入したつもりもないし,仮にそのように捉えられたとしても,物語の「どんでん返し」を添えるものになる,ぐらいの認識ではなかったかなと僕は感じます。

それはさておき。
最後の共感性の部分を除けば,『ニセコイ』は文句なしに面白い物語だったと思います。僕らはなんとなく物語を理屈で読み解く癖がありますけれど,古味先生からしてみれば漫画として「面白かったですか?」という問いかけに対して素直に「面白い!」「ありがとう!」という声が聞きたかったのではないかな,と今は思います。

それについては,いまさらではありますが,とても面白い作品を読ませていただいてありがとうございます,と感謝を述べたいですね。


最後に,mickさんがいなければ『ニセコイ』考察を深めることは無かったと思います。楽しい時間をすごすことができました。よろしければ,引き続きご笑読ください。
Unknown (カズジョウ)
2017-07-16 22:37:54
10周年おめでとうございます!
ブログをこんなに長く続けられるって、すごいと思います。
特に『ニセコイ』コメントの全盛期にあれだけの数に丁寧にご返信されてたのは感嘆しました。
少なくとも俺には絶対マネできません(笑)

『かぐや様は告らせたい』と『シューダン!』は両方とも追いかけてるマンガなので、今後もコメントさせていただくと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。


そういえば、多くの同志が絶望のどん底に叩き落とされた日から今日でちょうど一年経つんですね…早いものです。
久しぶりに『リカバーデコレーション』を聴いてみたら、悲しさではなく「花澤香菜さんの声はやっぱいいなぁ」という感想が思い浮かんだのでよかったです。

…ただ、完結したら最初から読み直そうと思っていて未だに読めてませんが。


ちなみに今回ayumieさんが記事に書いた内容は全く同感です。「楽と千棘のやり取りの描写」は単体で見るととても良いものですが、「楽と小野寺さんのやり取りの描写」が強烈過ぎて、比較すると、若干見劣りしたというか、説得力に欠けてしまったのは否めませんでしたよね。

変な言い方をすると「小野寺さんとのやり取りの描写」がもう少し変わっていれば納得できていたのかなぁ……(汗)なんて…ね。


あぁ、少し湿っぽいコメントになってしまって申し訳ありませんm(_ _)m

これからはナナセさんやかぐや様ヒロインズ萌勢として(⁉︎)記事を楽しみにしてますので、よろしくお願いします。
「ニセコイ」だからこその魅力 (コー)
2017-07-16 23:17:34
ayumieさん、10周年おめでとうございます!ニセコイのことを書かれていたので飛びついてきました。
今回の記事で再びニセコイについて考えを深めることができました。連載終了直後(あるいは小咲が振られた直後)の読者からの不評っぷりは、物語の構成上避けられない「説得力の低さ」が原因だったのだと分かりました。それは小咲が「本物の象徴」すぎた、千棘が「偽物の象徴」すぎたために起こってしまった、ということですね。もっと早く千棘を本物の相手と見えるように描いていれば…などとも思いましたが、それは作者である古味直志先生の考えとは異なってしまうため、それはできない。しかし皮肉にも、小咲が「本物」として、千棘が「偽物」として綺麗に描かれたからこそ、あれほどの魅力があったのだと私は思います。読者の多くもそれに惹かれたのでは、と思います。だからこそ、読者が納得し難い結果となってしまった。作者の意図が上手く読み取られないのは大好きだった作品だけに少し悲しいですが、自分は自分なりに物語を考察して楽しむことができたのではないかと思います。それもこのブログに出会ったから、というのが大きいと思います。
最後に、これからもできる範囲で、頑張ってください。応援しています。
Unknown (0757)
2017-07-17 16:14:51
10周年おめでとうございます
ニセコイに関してはここで言うと、罵詈雑言の嵐になりそうなので自重させていただきますが、一つだけ言えるのは、
ニセコイがあんな斜め下な終わり方をしてしまったのは、小野寺さんとの関係があまりにも強すぎた事もそうですが、1番の失敗は、ファンブックに書かれてた「3話先を考えない」という制作姿勢によって、伏線と積み重ねが意味をなくしてしまった事だと思います。
そもそもそういう制作姿勢は、ストーリー漫画として致命的と思わざるを得ない気がします。よほどの優秀な漫画家でも、この制作姿勢で面白い作品を作るのは至難の技だと思います。

なぜこんな制作姿勢を取ってしまったのかが分かりませんが、少なくとも行き当たりばったりでは、どんな作品も面白くならないと思います。
Unknown (洋菓子)
2017-07-17 20:24:57
ご無沙汰してます。
10周年、おめでとうございます!すごい、の一言です。
私にとって「ニセコイを読む」という行動には、ayumieさんの感想記事を読むことも含まれていました。むしろそれが最優先事項である感すらありました。毎週楽しませていただいたこと、改めて感謝、お礼申し上げます。ありがとう!

さて。さてさて。

ニセコイの構造上無理であった、というのはまさにその通りだったんだろうなと思います。
結局のところ、小咲との「本物の恋」を深く書けば書くほど「偽物の恋」に最後にひっくり返ったときのインパクトが強く、でもそのためには「偽物の恋」についてはあまり書けない・・・まさに鶏か卵ですね。

振り返って思うのが私の場合、もう一つちょっと残念な部分が、小咲が選ばれないのはまぁじゃあ構造上仕方なかったとしても、他のヒロインズの中から千棘が選ばれた理由が弱かったところにあります。なんてゆーか、ニセコイのメインヒロインであるというご都合だけで選ばれたというか・・・

マリーにはあんなにアタックされ続けたのにフォーリンラブしなかった。しかもマリー自信女子力も高い。
つぐみとは生死を共にしたり(対マフィアとか)、つぐみの主婦力もパネェ。好きになっても不思議ではない。
千棘は基本乱暴ゴリラで、定期デートしてたとはいえ(特に最初の頃は)別にしたかったわけでもなく・・・

ええまぁ自分がつぐみ挿しなので偏った感じ方をしてる部分も大いにあるかもですが、やはり単純に
「いや、結局小咲が選ばれないのなら、ぶっちゃけ他のだれでもよくね?」
と思ってしまうんですよね・・・

結論として、私も鳳凰幻魔券説に一票。読者の多くは精神ズダズダにされました。
あ、でも幻影ではない世界では小咲ではなく、つぐみが「おかえりダーリン」してますよ?
Unknown (chel)
2017-07-18 22:43:33
10周年おめでとうございます。

毎週、これだけのテキスト量を書かれている、というのは凄いですね。
特に「ニセコイ」の終盤はコメントへの返信も大変だったでしょうね。
でも、また更新されるようになって、楽しみに読ませてもらってます。


僕は、「ニセコイ」の構造が当初から予定されていたものだったのかどうかは、
ちょっとピンと来ない、というよりも、楽がどちらかを選ぶかは
中盤まで決め打ちされていなかったんじゃないかと今は思うんですが、
「共感を得にくい」という点については、そうですよね。

少年漫画は、主人公への共感、感情移入できるかどうかが面白さを左右しやすいジャンルだと思います。なので、主人公が心変わりするお話は、その時点で読者の気持ちが離れてしまう可能性があるので、そこが難しいんでしょうね。
ただ「ニセコイ」の面白さは、敢えて「そこにいく」のか、「いかない」のか、という興味が初めから話の中に組み込まれていたところだと思います。

とはいえ、実は僕は、連載初期の頃(単行本で読んでましたが)、肝試し回の「置き去りダッシュ」で、そのやり方の荒っぽさに共感できなくて、早々とギブアップしてしまいました。

その後、「ワールドトリガー」を読みたくてデジタルジャンプを購読始めたのですが(そのことを今、思い出しました…)、その時、「そういや、あの話(ニセコイ)はどうなったんだろう」と何気なく読んだのが、マルーシャ姫が和菓子屋に来る話でした。読む前は、「あれから大分巻数も進んだし、主人公の心は小野寺さんから離れているんだろうなぁ」と思っていただけに、むしろ、連載当初よりも良い雰囲気になっているのを見て、意外な感じがしました。

そこで、気になって最初から読み直したのですが、「面白いけれど、もし、ここから心変わりするなら、なんて寂しい話なんだろう」と思いました。今思っても、この時点で既に、楽が心変わりをするという展開に読者の共感を得るのは相当難しくなっていたように思えます。
その後のクリマスのエピソードで、「大方の読者の共感を得る心変わりエンド」は詰んでいたんじゃないかなぁと今でも思います。作者がそのことを理解していなかったとも思えないんですけどね。

当時、このお話の着地点としては、楽が心変わりせず、小野寺エンドになるけれども、メインヒロインである千棘には、別の形で物語の中心となり、花を持たせる、というところしかなかろう、と思いました。

それだけに、ラスト6話くらいの展開は「あ、あれ!?」という感じでしたね…
突然、集や宮本るりちゃんが作者の代弁をして言い訳をし始めたときから雲行きが怪しいとは思っていましたが、それでも、そこからの展開は、予想をはるかに、上回る、下回る、どっちかはわかりませんが、とにかく、読者の共感を敢えて拒むかのような心変わりの描き方だったように思います。
小野寺ファンの同志が辛かったのはいうまでもないですが、そうではない人から見ても、あの内容に満足できた人はどれだけいたんだろうか、と思ってしまうくらい「変な」終わり方だったなぁと思います。
ともかく、今思い出しても、「寂しい終わり方」でしたね。それくらい、楽と小野寺さんの恋は素敵でしたよ。
すいません、書いているうちに言いたいことがたくさん出てきて、めちゃくちゃ長くなってしまいました。やっぱり「ニセコイ」のこととなると熱くなっちゃいますよね(言い訳)。
Unknown (ayumie)
2017-07-19 19:13:05
>カズジョウさん

ありがとうございます。

『ニセコイ』の大量コメント&お返事も過去の話,すっかり昔のことになりましたが,変わらずコメントいただきありがとうございます。『かぐや様』も『シューダン!』も可能な範囲で記事更新をしていきたいと思っておりますので,どうぞよしなに。


アニメ『ニセコイ』は第1期は割りとしっかり観ていたのですが,第二期はつまみ食い的にちょこちょこ観ただけだったので,やっぱり第1期の印象が深いですね。『リカバーデコレーション』の最後の人形のすれ違いを思い出して,涙を誘います(泣いてないけれど)。

僕も全部を振り返りきらなかったのですが,ざっと23巻以降を読み返してみると,まあちょこちょこと千棘と楽の関係性を深めつつ,小野寺さんはキープ...見たいな展開が続き,最後どんでん返しなんですよね。

これはなんてことはない,物語のロジックは非常に単純で,「絶対的な本物属性のヒロイン」と「絶対的な偽物属性のヒロイン」がいて,終始偽物は本物を上回らないのですけれど,最後に「どんでんがえしで偽者の恋が本物を上回る」という仕掛けなんです。

なので途中経過の「小野寺さんとのやり取り」は,10年前からの恋・中学以降ずっと両片想い・楽自身がずっと小野寺さんが好きといい続けているという設定からも,非常に本物として描くしかなかった。これはもう,設定上どうにもならないんです。

クリスマスの描写などみてもわかるように,あの回が実に深い愛情につつまれた二人に思えたのも,二人のそうした「本物の恋の関係」だったからなんですよね。つくづく罪づくりな設定ですよね...。

いわゆる「小野寺回」が少なかったのは,最後にひっくり返す「舞台装置」に過ぎなかったから,言い換えれば「本物属性はこっちなんだけれど,最後この子はひっくり返される要素」にすぎなかったから...というのは物語が終わってみれば分かります。


もとよりそうした多くの人が受け入れやすい恋の「本物」を偽物が上回るお話にするならば,最後に「偽物が本物を上回った後」は千棘と楽の恋を「真の本物」として描かなければ説得力はでなかったんです。

にもかかわらず,傍目には曖昧な理由で楽が千棘を選んだという「偽者の関係の延長線ぽさ」を残した描写になってしまった。古味先生としては偽物が上回ったのだから,表現もニセコイの延長線であるべきと考えられたのでしょう。でも二人の恋を真に「読者に」受け入れてもらうためには,そこは「真の本物」としてもっともらしい描写が必要でしたね。

まあ今になってみればそう思いますけれど,当時はなかなかそう解釈できず苦労しました。一回忌(おい)を迎えて少し落ち着いたのかもしれません。
Unknown (ayumie)
2017-07-19 22:36:58
>コーさん

コメントありがとうございます。

まあ僕の解釈は一読者の解釈であって,これが正解なんて作者の古味先生でなければわからないことですよね。いずれインタビュー記事とか出るかなと思っていましたが,なかったですね。漫画家はマンガで語るものですから,まあそんな記事を期待するだけ意味が無いのかもしれませんが。

まあ僕の妄想記事がニセコイを楽しむのに役立ったのであれば嬉しいです。以前どなたかがコメントされていたように,読み物としては楽しかったのであれば,まあそれもありかなと思っています。
Unknown (ayumie)
2017-07-19 22:41:31
>0757さん

コメントありがとうございます。

3話先を考えないというのは,物語の肉付けの話だと思っています。おそらく,「偽物と本物のダブルヒロインの物語にする」「最後は偽物が本物を超えて結ばれる」これだけは絶対守ると考えて描いていたのではないかと思っています。そのルールが守られていれば,肉付けとなるエピソードがどんなお話になろうとも問題ないわけですから。

まあそれこそ,本当のところは作者にしかわからないわけで,今となっては何が真実だったのかは読者には分かりようもないですけれど。
Unknown (ayumie)
2017-07-19 22:51:26
>洋菓子さん

こちらにもコメントありがとうございます。

僕の感想記事なんかが洋菓子さんの『ニセコイ』世界の一部分になっていたのだとしたら恐縮です。壮大な妄想にお付き合い頂きありがとうございました。

千棘が選ばれた理由は,もちろん物語の主軸である「偽物の恋」の象徴であり,偽物が本物を上回るという最後のオチのために用意されたヒロインだから,ですけれどね。逆に言えば,もし万里花や鶫,春ちゃんですら,「ニセモノの恋人」属性を与えさえすれば最後にひっくり返って選ばれるヒロインになれる可能性があったというわけで。

複数のニセモノの恋人を持つことは,「誰に対して言い訳をするか」という設定次第でいくらでも広げられるわけですから。もし万里花が許嫁として表れたときには,あるいはそういう展開に持っていくこともできたかもしれませんね。ニセモノの恋人が複数現れれば,誰が最後に選ばれるのかといったお話の幅を広げられたかもしれません。洋菓子さんご推奨の鶫誠一郎さんにもチャンスが有った世界が...!

まあ冗談はさておき。鳳凰幻魔拳を食らっているのではないかと思いたくなるくらい現実逃避な終盤でしたが,今落ち着いて読み返してみると,「まあそういう恋物語だったのだな」と墓前(こら)で思います。

お互い,鳳凰幻魔拳が効きすぎたようで(笑)
Unknown (ayumie)
2017-07-19 23:20:44
>chelさん

コメントありがとうございます。

僕自身は古味先生は最初から千棘と結んで終わりにすると決めていたと思っています。そうでないと,物語のロジカルさが崩れてしまって行き当たりばったりだったということになってしまうので。結論だけは最初からぶれていないと思いたいです。...まあそうとも思っていないと,小野寺さんが不憫ということもあるかもしれませんけれどね。

さて,読者共感性の話をすると反発する人もいるのでアレなのですが,読者共感性を無視して少年漫画を作ることは無理だと思っています。
漫画は読者にとって提供される料理であり,サービスそのものです。それを評価する・しないの部分は「いかに作品を受け入れることができたか」ということで行われるのだと思います。特にジャンプはアンケートという数字で漫画の評価を計っているわけですからなおさらですね。

で,ラブコメにおいて主人公が心変わりする,あるいは読者と異なる選択をした時に「共感が得られるか否か」は,作者の能力に依ると思います。いかに「意外」さを肯定的な意味での「驚き」を「すごい」という評価に変えるか。『ニセコイ』の最後,どんでん返しが拍手喝采で受け入れられなかった部分は,その選択の意外さを肯定的に捉えられるように表現されなかったところにあるのだと思います。

なぜ桐崎千棘だったのか。なぜ本物の象徴であった小野寺小咲ではなく,ニセモノの象徴であった桐崎千棘だったのか。それが誰がどう考えても納得せざるをえないような,あるいはその選択の理由に肯定的な意味での驚きがあれば,全く違った印象をあたえることができたのではないかと思うのです。

それがあえて「どこまでも一緒にいけるとおもう」と言う抽象的な理由や,千棘に選択の理由を問われて「なんとなく」と答えたような表現をされた。おそらくは,千棘との「ニセモノの関係」が本物を超えた理由は言語化できるようなものではない,深いものがあると言いたかったのかもしれません。でも読者はそれを文字通り「いい加減」「不誠実」と受け止めてしまった。

その後,小野寺さんの扱いがあまりにも雑になったのは,彼女が「本物の象徴」から外れたからです。しかしそれすらも読者から見れば「あれほど小野寺が好きと言っていたのにその死体蹴りみたいな表現は何?」という反発につながってしまった。,


そう考えると,最後に読者共感を得るのはなかなか難しかったと思います。
あと今だから書けますけれど,こうした表現を意図的にされたのは,ある意味「小野寺ファン」...というか,『現実逃避』の論考やそれに賛同する小野寺ファンに対する意趣返しがあったのかもしれません。(真相はわかりませんが。)そんな印象を受けなくもない関係者と思われる方からのコメントもありましたし。

もしそうした硬着陸を意図的にやったのだとしたら,当然ながら万人に受ける読者共感など得られるはずがないですよね。「どこまでも千棘に優しい世界」という言い方をする人がいましたけれど,そういう受け止め方をされても仕方がなかったのかもしれません。

chelさんがおっしゃられるように,敢えてそこに「行くのか」「いかないのか」というのは物語の展開を楽しむ上ではとても楽しかったのですけれど,物語の枠組みがきっちり決まった上でのエピソードづくりに過ぎなかったとなると,読者としては釈迦の手の上で走り回っていた孫悟空状態みたいな気分にはなります。

さて,マルーシャさんのお話のころには小野寺さんと楽の本物の関係がとても強固に見えた時代で,それこそここからひっくり返すのは無理と思わざるをえないような
二人の世界観だったかと思います。結局,小野寺さんは「本物の恋の象徴」であり,最後にニセモノにひっくり返される「舞台装置」だったので,ひっくり返しのロジックさえしっかりしていれば...ということだったのでしょうが,それは上記のような塩梅になったわけで。まあ傍から見ると「なんだかな」みたいな印象を読者が抱くのはやむを得なかったのではないかと。

まあ読者共感性については,作者がどこまで意図したのかよくわからないのでなんとも言えないのですが,最後に読者共感性を無視してでも描きたいものを貫かれたということならば,それはそれ古味先生の描かれた『ニセコイ』として受け入れるしか無いのでしょう。それに対する評価もまた,作者が受け入れるしか無いように。
Unknown (う~ん)
2017-07-21 19:19:36
ん~~~~~
すみません、「物語構造上無理であった」という点を肯定してるのか否定してるのかわからない文になってしまうのですが、そもそもやるべきことを本気でやってないように思えるんです。

中盤に入ると千棘担当回でも偽恋設定関係ない話が結構ありましたし、監視が最近ついてないから定期デートも形骸化してると直接セリフで言ったり。
偽者の恋描写をさほどやってない上にそれを放棄するようなシーンすらあったわけです。
これは仕掛けを隠すためのミスリード、とかそういうことではないと思います。
偽恋関係なくフラグを立てることはありましたが、それは他のヒロインも同様でしたし。

かと思えば以前コメントしたことの繰り返しになってしまうのですが、千棘にとってプラスになるようにキャラも状況も動いていたので私には最初から楽と千棘の為の物語にしか見えなかったです。
これも初期から伏線を張っていた、とかそういう話ではなくて。
作品全体が千棘に味方しながら話が進んでいったので言うほどどんでん返しには思えず、千棘本人が小野寺を上回ったとも思えず。

つまり最初に申し上げたのは過程を描く上で本気でやってるように見えなかったという意味合いなんですが。
これをどんでん返しするためにご都合主義になるのは仕方ない、設定的に難しいから仕方ないと言ってしまうとある意味ズルになってしまうとも思うんです。
設定はストーリーを作る為の土台であって、甘い作りになってもいい免罪符では決してないじゃないですか。
結局構想段階から練られてないということになりますし、過程を甘くするつもりでこのような設定にしたら本当にズルになってしまいます。(流石にそんな狙いだったとは思ってないです)

10周年記念の場で申し訳ございません。
結果で偽者が本物を上回る恋物語だと示されて理解できる反面、上回っているとは信じられないし本当は作り手側も信じてなかったんじゃないかという想像も私はしてしまいます。
Unknown (ayumie)
2017-07-21 23:49:16
>う〜んさん

コメントありがとうございます。

「設定はストーリーの土台であって,甘い作りになっていいという免罪符ではない」というのはそのとおりだと思います。

実際の作劇がどうであったのかは作者ではないのでわからないのですが,おそらくは土台さえしっかりしていれば枝葉についてはある程度自由にやる,という枠組みで組み立てられていたのではないかと思います。それこそお話の本筋にかかわらない部分については「その描写はどうなの?」という緩い枠組のなかで肉付けされていた。そう思います。

千棘と楽の関係が非常に緩く,それ自体が「本物を上回るようなこと?」と読者が些細なことと感じてしまうようなことの積み重ねに過ぎなかったこと。これをどういう意図で描かれていたのかは推測するしか無いのですが,おそらくは千棘は「ニセ物の象徴」だったからこそ敢えてそうした描写もどことなくニセモノらしく,緩く「意図的に」描いていた,のであれば一応辻褄は合います。

真相はわかりません。
ただ,状況全てが千棘の都合の良いように進んでいるように見えたのも,考えてみれば当然のように思います。最後に「本物の象徴」を上回る「ニセモノの恋」という仕掛けにするならば,ある程度は千棘と楽の距離が縮まっているという描写はしないわけにはいかないからです。

漸進的にちょっとずつ楽と千棘の関係を進める必要があるのに,方や一条楽は最後の直前まで「本物の象徴」である小野寺小咲を「好き」と言い続けなければならない。それでも二人の距離を縮めるならば,多少強引でも,ご都合主義でもなんでもいいのでそういう描写を入れておく必要がある。なので読者視点からみれば「千棘だけに都合のいいことが起こる」「最初から千棘と結びつく結論ありきの物語だった」と受け止める読者がいても不思議ではないと思います。

結果的に「偽物が本物を上回った」ように見えないのは,偽物の恋を選んだ理由を「本物らしく」描かなかったことが大きかったと思います。このあたりの意図は個々までのコメントお返事で僕の推測を述べていますが,偽物が本物を上回ったのなら最後は千棘と楽の「選択」を本物らしく描くべきだった。そう思います。

お返事なっていないかもしれませんし,納得出来ないかもしれませんが,僕の解釈はこんな感じです。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL