ねーさんとバンビーナの毎日

タタタ淡々♪ (ヤマハの音楽教室風)
ほんどになんだろーね、この淡々な感じ(みねこ風)

あれから繰り返し思い返すお言葉

2017年07月14日 18時40分52秒 | 突言葉ねーさん
若い頃、アフォリズムが好きで、芥川龍之介の『しゅ儒の言葉』や、ラ・ロシュフコーの『箴言』を、興味をもって読んだ。
『恋愛の徴候の一つは、彼女に似た顔を発見することに極度に鋭敏になることである(しゅ儒の言葉)』
などといったアフォリズムを読むと、人間の本質が分ったような気になった。なかなかにシャレているとも思った。

ところが、今振り返ってみると、ずいぶんバカげたことに感心していたものだと思う。

どこがバカげているかというと、たった一行で人間性を把えようとする小賢しさである。

若いうちはアフォリズムを読むと、人生が分ってしまっていきなり大人になれたように錯覚する。
しかし、人生は一行で片付けられるほど単純ではない。


アフォリズムで人生が分るなら、気楽なものだ。

青年には、蟹に似ているタイプが多い。
表面は固い甲羅で鎧われているものの、中身は軟くてグニャグニャである。

蟹には自意識がないが、人間にはあるから、自らの弱さを自覚すると、もっと強くなろうといろいろ苦労するわけである。

その結果、バカげたことにすがったり、バカなふるまいをしたりするということになる。

私にもその種の体験は数え切れないほどあって、アフォリズムに興味を持ったのもその一つといえる。

(中略)

この心の動きは学生全体に共通のもので、ある種のエリート意識となって学園に漂っていた。

(中略)

外部の人間には通じないことばを使って喜んでいたことを思いだすと、恥ずかしい。



吉行淳之介エッセイより。


こういう青年より、こういう大人が(今って)多過ぎ、、、ってこった!

若くもないのに“この種を〇面白がってる(×楽しんでる)風”を見受けることがあるが、それがすでに全〜〜〜っく面白くもなく、特に楽しくもなく、(笑)、

「さぶっ、さぶっ(あっちへスルー(私の映像には箒で掃いてる映像がうつしだされている笑))」

って感じてる人が多いことを願う。笑
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