ねーさんとバンビーナの毎日

時空のねじれどころかモワーンってしてる感じ、世の中。

「ヒューメイン・インタフェース」再読すっかな。

2017年06月09日 18時49分53秒 | 味わうねーさん
この本を読んで以下の部分を抜粋した2009年8月のわたくし。


ストレスをまったく感じることなく使えるコンピュータが存在していないことは、万人が認めるところでしょう。

まず第一にコンピュータというもの自体が、人類史上初の「単一の目的に特化していない特殊な機械」であったため、手探りで発展せざるを得なかったという点です。

そして第二に、コンピュータを支える技術がこの50年間で急成長を遂げたエレクトロニクス技術に基づいている点です。

こういった歴史を振り返って見た場合、当時は最適であると思えた決断も、現在の基準から判断すると必ずしも最適ではなかった、ということが数多く見られます。

例えば、ユーザ入力を一式揃えてから一括処理を行う「バッチ処理形式」や、入力を1行分まとめて処理する「テレタイプ形式」は、コンピュータを高性能な計算機械として用いる場合には十分であり、当時のハードウェア性能を考えた場合、最も正しい選択肢となったわけです。

そういった中、グラフィッカル・ユーザ・インタフェースが発表されました。

当時の評価は、「こんなものは誰も使いたがらない」といった厳しいものでした。

ところが、ムーアの法則(半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる)にともなう処理速度の向上、およびコンピュータの用途が多様化して、ユーザ層の底辺が広がっていくことにより、正しかったはずの選択肢が必ずしも最良のものであるとは言えなくなったのです。

この時点で、既に多くの人々がキャラクタ端末による操作方法に慣れ親しんでいました。しかし、そういったものを放棄するという後戻りを選択したことによって、コンピュータがこれほどまでに繁栄することになったのです。

では、後戻りによってコンピュータの進化は正しい道筋に戻ったのでしょうか?ストレス無く使えるコンピュータが未だに存在していないことは、最初に述べた通りです。

つまり、現在のコンピュータにはまだまだ多くの問題が潜んでいるわけです。そして、昨今のようなアプリケーションの多様化と機能の肥大化にともない、ユーザが憶えなければならないことも爆発的に増加し、ユーザのストレスをさらに増大させているのです。この道は、袋小路に向かっているのです。



まずは、コンピュータからエクセル・ワード・パワポは「無くて良し!」と考えてる私。

「体裁整え(帳尻合わせ)だけに計算が走るから、思考が浅くなって馬鹿一直線!!


という危惧を感じた方々は結構いたよね。
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