I'm a theatre nurse in London.

手術看護の発展のために、日々研鑽していきたいと思っています。

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10年の私とこれから

2012-03-31 18:02:06 | life
2002年3月31日、私は留学、海外就職をめざしてU.K.の地を踏みました。旅行ではない、全く未知の世界でした。その日から丸10年が経過しました。当時は、まだ日本人が一人、英国で看護師免許がとれたという事実だけで、情報も実績もない時代、多くの同胞達の努力も大きな力となりました。それから、また過去に何人の日本人看護師が英国看護師を目指してきたのかは定かではありません。数年間の間にエージェンシーだけの統計では約150人の人が看護師免許をとれたと聞きました。途中で諦めて帰った人も多く知っています。目指した数は推定でもおおよそ倍以上の人数はいると思います。

私の場合、看護経験が長く、手術看護の技術があったことが幸いして、国立病院にまで就職できました。これは自分の人生では誇れるものだと感じています。その自分の経験が、次世代に役立てれば思い、2006年の看護雑誌投稿、連載、そしてあまりにも伝えたかったことが多いので、その当時ではまだはしりだったブログを始めました。私が日本で働いていた頃に、英国で看護師免許をとったという人のホームページやコメントに励まされたからです。その後その方とは何度かお会いしましたが、昨年日本に戻られたそうです。

何人か看護師の留学の相談も受けました。この10年の間に移民の労働にも制限がかけられるようになり、簡単には労働許可、看護師免許ををもらえなくなりました。留学のアドバイスがしづらくなっており、今は結婚でビザはもらえても、免許をとることが大変な時代になりました。しかしこのブログや看護雑誌の記事のおかげで、普通では知り合えない多くの方と知り合えました。ネットの力の大きさを感じました。もちろん自分が英国在住で頑張ってきたおかげで、日本では知り合えることのないたくさんの立派なお仕事をされている方々とも知り合うことができました。ただ、こちらで暮らすこと、働くことが、私の日常となり、10年を経過して何を伝えればいいのかが、少しわからなくなってきたことでもあります。もちろんブログは日記ですから、非日常的なことでないと、自分としては伝えようとは思いません。それが旅行記であったり、外食であったりが多かったように思います。

日本に一時帰国をすると、ブログを楽しみにしていると伝えてくれる友達もいます。私には日本の住所がないので、看護学校の同級生や先生が、連絡がつかなくても、ブログを見れば、こちらでがんばっていることを知ってくれたり、ブログを続けることは、自己開示以外にはメリットの方が多いと感じました。いろいろ今年に入って考えていました、このブログを閉鎖するか存続するのか。自分のこれから先の人生をいろいろ考えている中、このブログの一応の役目は終わったと思っており、一旦メインのブログは休止にしたいと思っています。この先、また新しいことを始めたりした時には再開始する予定です。それでなくても、この先今まで巡ったロンドンのレストランの紹介ブログや習っているお花のまとめをしたいとも考えていますので、いつ再開するかは未定でもあります。今はブログを持っている人も多く、facebook、 mixi、 twiterなど自己開示が簡単にでき、また情報がすぐに入手できる時代になったので、自分の未知への方向転換だとも感じています。何か大きな動きがあれば、もちろんこのブログでご紹介することもあります。

ここへ来てくださった皆さん本当にありがとうございました。多くの人に支えられて、ここで10年踏ん張れたことは大きな力です。またいつか会いましょう。

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What do you want to be in your future?

2012-03-10 12:01:36 | diary
震災から1年、悲しみを乗り越えて、前を向いて歩いている子供達の姿に心を打たれました。立派に成長してほしいものです。

http://www.youtube.com/watch?v=D_AxnoNrr_8&feature=share">

画面が貼り付けられないので、クリックしなければなりませんが、とてもよいドキュメンタリーで、日本のメディアが作ったものではないので、価値のあるものだと思います。是非多くの人に見てほしいと思います。
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今年初のつぶやき

2012-02-17 23:58:40 | life
2ヶ月近く、更新していませんでした。

日本に帰って、今回はなんとなくぼんやりとお正月を過ごしました。これといったこともなく、いつも会う元気な友達も、事務所を移転したとかで忙しく、いつも行く友達の都合が合わず温泉旅行もなく、会いたかった人とは連絡できず。。。幼馴染のMちゃん、旅行友達の2人とは、最終日会うことができました。一番嬉しかったことは、弟の家族に、東京へ行って会うことができたこと。甥っ子の1年の成長を見れたこと。お受験で受かった幼稚園にも馴染んで、3歳とは思えないほどの行動、知識、そして何より、それを毎日支えている、弟と義理の妹の姿に、頼もしさを感じた上京でもありました。

日本から戻って、恒例の鬱状態。4日間は仕事もお休みだったので、家から一歩も出ず。。。Facebookで少しmentionした人間不信、ひたすらふて寝、仕事も始まり、少しずつ少しずつ回復。友達と飲みに、食べに行って、少しずつ癒されたこの1ヶ月半、私も誰かの役に立たなければ、と思い、この寒波、雪で滑って前歯を折ってしまって落ち込んでいた、友達を夕食に招待。こんなことくらいしかできないからね。

今日は今年初めての心理学勉強会参加。

今日のユングの内容は、自分なりに、自分の言葉でしか書けないけれど、コンプレックスは無意識から来るもの。(ユングは無意識の世界に夢に焦点をあてています。)優越コンプレックスを持つものは同時に劣等コンプレクスも同時に持ち合わせている。自己実現をするには、自分自身をしっかり見つめなければならない。などなど。やはり内容はかなり難しいし、それを第3者に言葉で伝えることは難しいけれど、深層心理を知ること、自分を見つめるには、心理学の勉強は自分の癒しになります。

そんな感じの2012年2月。

今年は在英10年で自分の身の振り方も考えなくてはならず、これからの人生も考えて行動しなくちゃ。落ち込んでばかりいられない、前を向いて歩かなきゃ。
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Paris日記~モンマルトルの丘~

2011-12-25 12:19:51 | travel
次の日は行ったことがないベルサイユ宮殿へ。ここでもチケットを買うだけでも長蛇の列。中は豪華絢爛、フランス革命の歴史は映画を見たことがあるので、多少はわかるけれど。どこへ行ってもジャンヌダルク、彼女はこの国にとってはかけがえのない人物。ヨーロッパの女性が強いのは、ここから来ていることもあるかもしれない、とふと思った。日本だったら、名を残すのは、男の人が多いし、その社会で抜きん出ようとすると、潰されてしまうだろうなぁ。。。そんなことを考えながら、見学終了。



前日のツアーの添乗員さんに教えてもらった一番のおすすめの蚤の市へ。私はアンティークっぽいものが見たかったんだけれど、そういうお店はもう夕方になっているのでほとんどおしまいで、あとは日用雑貨的なものばかり。。。

その日は日曜ということもあり、早めに街に戻って、夕食をとるレストランを探せねば。欧州、特にキリスト教圏では、日曜はお店が閉まっていることが多く、ある程度、店を調べていったのに、そのお店が見つからず。。。2時間探し歩いて、もう限界で、近くにあったあやしい日本食レストランへ。(あやしいというのは、日本人経営でないところ)食べれば味ですぐにわかってしまう。。。あまり夜ウロウロしたくないので、そのまま地下鉄にのりホテルへ。

最終日、ホテルの近くのモンマルトルの丘を散策してみた。一番こういうところが私には合っている。ピカソやゴッホ達が愛した街だそう。今でも画家達が多く集まっている、その雰囲気を見て歩くだけでも楽しいし、ホッとする時間。最後の昼食はその近くのカフェへ。この旅の中で一番サービスもよく、おいしかった。



旅はいろいろな自分を思いださせてくれるし、また成長させてくれるように思います。今回もいろいろありましたが、メインであったモンサンミッシェルへ行くこともできて、よい旅ができたように思っています。

今年も残り少なくなりました。今年は私にとってちょっと寂しい年となりました。今まで信頼してきた人、仲のよかった人達との別れが多くあり、少し参ってしまった部分もあります。けれど、それをばねに、大学の学科も終了することができました。新しい人との出会いもありました。ここでがんばれることに感謝しつつ、この先のことをいろいろ考える毎日ですが、明日日本に一時帰国します。自分の気持ちをもう一度整理しようと思います。今年は未曾有の震災もあり、皆がいろいろ考えた年でしたね。人間は人と人とのつながりと、夢を持って生きることが大切だと再認識できたように思います。

Merry Chrsitmas and Happy New Year
From London

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Paris日記~モンサンミッシェルへ~

2011-12-17 22:48:59 | travel
朝、まだ薄暗い5時に起き、ツアー指定の集合場所へ。メトロは5時台から走っているという情報を、ツアーの人から電話で確認してあったけれど、やはり不安があり、1時間前に出発。ツアーの集合場所には早めに到着。一番にバスの前で待っていたものだから、あとから来た人達に、添乗員と間違えられました。

ツアーは日本人ばかり約25人。ツアーガイドは在仏約15年という女性。今回、英語のツアーを利用しなかった理由は、モンサンミッシェルが宗教上の建物だということ。在英10年の中で、イギリス人や外国人との価値観は、やはり宗教から来ているものが大きいことに気がついていたから、理解するのは難しいだろうということ。同じ風景を見るだけだったら、日本人との方が楽に時間を共有できると思っていたからでした。

このツアーは、モンサンミッシェル以外にも、ひとつの小さな村を訪ねるコースになっています。こんな機会でもないと訪ねることもできないような村。とってもかわいらしい村でした。Cidreというりんごからできたお酒があります。そこの名産でもあります。



小さな村を訪れ、お昼すぎに、モンサンミッシェル到着。ちょうど私がParisに到着したのは、フランスの休日ということで、今日はちょうど3連休の真ん中の日。あまりにも観光客が多すぎて、人混みが苦手な私は少し閉口してしまいました。



さて、モンサンミッシェルとは、

アグランシュの司教尾ベールにより大天使を奉むる聖堂がトンプ山に建設された708年、モン・サン・ミッシェルの長い歴史が始まりました。トンプ山は間もなく大規模な巡礼地となり、10世紀にはベネディクト会の修道僧がそこに居を構えるようになる。一方、山の下方に向かって村が広がっていき、14世紀には岸壁まで至っていました。英国との100年戦争の際にも遂に侵攻されることのなかったモン・サン・ミッシェルは、同時に軍事建築の代表例であるともいえましょう。英国の攻撃を完璧に防御した防壁や要塞を備えるモン・サン・ミッシェルは、フランス国家のアイデンティティーを象徴しているといえます。フランス革命による修道会の教会から1863年までの間、修道院は監獄として使用されました。1874年、歴史建造物に指定されおおがかりな修復工事が始められて以来、現在でも工事が続いています。この修復工事により、中世の人々が地上に具現された天空のエルサレム、天国の象徴ともみなしていた素晴らしい修道院を見学できるようになりました。1979年よりモン・サン・ミッシェルはユネスコの世界文化遺産に指定されています。(リーフレットより)

お昼はツアーで買ったお食事券で、名物オムレツ。。。それほどおいしいものではないけれど、卵だけでふわふわにされていて素朴な味。

約3時間の自由行動のあと、バスでParisへ。

今回の旅行の第一目的であった、モンサンミッシェルへの旅は、無事終了いたしました。ヨーロッパはどの国へ行っても建築物は素晴らしいです。私の父は建築設計士だったこともあり、子供の頃から、海外の建築の写真などを撮ったものを見せてもらっていました。でも父はここまでは来ていなかっただろうなぁ。今回は家族を振り返る、思い出す旅となりました。
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Paris日記

2011-12-02 17:32:53 | travel


先月、人生で3度目のParis、5年ぶりに行ってきました。

今回の旅の目的は、世界遺産であるモンサンミッシェルに行くこと。自分で電車やバスで行くことも考えたけれど、それだけで1日仕事、それにプラスアルファがあるなら、ということで、日系のツアーで行くことにし、Parisの中で行っていないところもたくさんあるので、少し余裕のある日程を組んで、3泊で行ってきました。

ホテルはモンマルトルの丘のふもとにある2つ星を予約。一人だし、清潔で安全であれば文句なし。ロンドンからユーロスターで午前中に着き、メトロを乗り継いでホテルへ。12時ごろ到着、チェックインはやはり15時しか入れないようで、荷物を預けて、もうひとつの目的である、オルセー美術館へ。



私には絵画の才能は全くないものの、父方の祖父が私が子供の頃、いつも油絵を書いていて、絵を見るということがなんとなく好きだったので、5年前にはルーブルへ行ったので、今回は興味のある印象派の絵画を集めているオルセーへ。ここはゴッホ、ミレ、といった一度は美術の授業で習ったような絵がたくさん展示してあります。昔はそれこそ英語がわからなかったら、解説もわからず、日本人ガイドに付いていなければ、絵の解説も聞けなかったけれど、今はどこへ行ってもオーディオガイドがあるから、ゆっくり自分のペースで回れることができます。

入場までには長蛇の列。昔イタリアに行った時に、日本人のガイドさんが言ってたなぁ。。。有名な美術館は朝早く並ばなければならないので、いつも集合時間を15分から30分早めにして並びましょうって。。。でも今はツアーなら、前売り券で団体で入れるようになっているから、ツアーの人は並ばなくていいけれどね。今回は個人なので、1時間ほど並んで、やっと入場。

祖父は風景画を書くのに、写真を横において書いていたことを思い出した。人物画はほとんど書いているのを見たことがない。そうするとこの時代の人達は、写真なんてなかっただろうし、風景はさほど変わらないけれど、人物や動物は静止しているわけもないし、絵の中に神様や天使、見たことのないもの、見るはずのないものまで描かれている。これはすべて想像の世界であったのでしょう。心理学を勉強し始めてからもも、絵画のすばらしさを改めて実感した。

建物の中を絵を鑑賞しながら1周するのに、2時間近くかかってしまった。もう外は真っ暗。チェックインの時間も過ぎているので、ホテルへ。ロンドンを出る前は夜勤続きで、最終日はnon-stopで夜中中の手術で仮眠なし、夜勤明けはお花のお稽古や、旅行の準備で昼間に寝ることもできず、ユーロスターは朝7時過ぎに出発だったので、完全に睡眠不足。少しふらふらになりながら、ホテルの近くで夕食をと。ロンドンで食べ歩きをしていたせいか、食べるところの勘はいい方(笑)予算と雰囲気で決める。フランスは世界に誇るグルメの国ですから、せっかく来たのだから、やはりフレンチを、でいただきました、ラム肉を、味はとてもいいけれど、堅い。。。70点くらいかな。。。



次の日はツアーにでかけるので、また5時起きなので早めに就寝。
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木を見て森を見ず

2011-11-06 00:12:39 | job
看護指導のお話。。。

「手術室で一番大切なことは?」「手術室の中で一番重要な人は?」

とフィリピン人の男の学生に質問した。

彼の答えは、「技術だとか、コミュニュケーションだとか。。。」

一番大切なもの忘れてはいませんか?

”患者さんの安全”

合格点をあげるかどうか思案中。。。
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Who is in charge?

2011-11-02 22:00:52 | job
すごーく久しぶりのお仕事のこと。。。

先月、Mentorとしての資格をいただけたので、仕事の中でも少しずつ役割が変わってきました。もちろんここの病院では昇給昇格には必要とされています。他の病院では、特に何も受けずに、年数と評価だけで、昇給昇格されていることも聞いたり見たりしてきましたが、やはり都会の大学病院、結果は目に見えるものでないということが確かにわかりました。

Main Theatresは10室あり、ほぼ毎日科別、コンサルタント別による手術が予定されています。10室にそれぞれ一人の麻酔科医、一人のODA(Operation Department Assistant)、3人のスタッフは毎日allocationで配置されており、その一室の一番の経験者としてのCharge nurseの役割があります。そのCharge nurseが頻繁に回ってくるようになりました。私のTheatreには、定年間近のIrishの女性と、2年前にナーシングホームから手術室の経験が始めてというNigelia人女性、最近入ったばかりで、ONP(Oversease Nusing Programme)中のまだ資格のないFilipino2人。Irishの女性がホリデーに入ると、必ずCordinator(Managerの次の地位にいます)がChargeをしてくれていたけれど、その人も休みの場合もあり、まだ楽なコンサルタント(コンサルタントにもいろいろおりまして。。。)や予定されていない、緊急のTraumaなどを受け入れる役割。とりあえずRegistorarと呼ばれる、コンサルタントの次の地位の医者が予定を組んで、毎朝出してはくれるもの、ここはイギリス、そんなにスムーズに行くはずがない。ベットの空きがなく、空きを見越して組まれるものだから、こちらも振り回されることが多いです。

まず、医者達が希望する器械があるか確認し、Theatreの前に置いておき、患者がどこの病棟にいるかを確認し、麻酔科医のO.K.がでたら患者を呼ぶ。それでも、患者が空腹に耐えられなくって、何かを食べてしまったら、もちろん手術は延期。子供は脱水症状になるので、できるだけ早めに組まなければならず、患者の生年月日も確認。器械もここは外注なので、昨日使った器械が戻っていないことがあり、もちろん器械がなければ、中止か延期。

今朝の一番は、患者のカルテが見つからないという病棟からの連絡。こんなことは日常茶飯事。では3室あるOrthopeadicsの別のリストからできるものを抜き出し、効率よく回さなければならない。以前、ChesterでもChargeをしていたこともあったけれど、周りはそんなに手伝ったりしてもらえないで、自分がChargeでないと放ったらかしで、私としては鍛えられた部分が今ずいぶん生かされているように思います。今は外国人の多い職場で、喧嘩もするけれど、周りがわからなければ手伝って、助けてくれることが多いので、助かっています。今日はDr.であるReg.のイギリス人とチームリーダーでもある同僚がいろいろ助けてくれて無事終了。

まだOrthopaedicsの先生達は優しいけれど、科によっては気にいらないことがあると、"Who is in charge?"とShoutされることもしばしば。。。そのTheatreの全責任を負わされる、ミスや事故が起きないように、スムーズに手術が運ぶように今までの経験を駆使してがんばっています。

イギリスの大学病院は手術を何件こなしたか、で政府からお金が出るので、朝もOn timeで、手術と手術の間の時間も空けないように回さなければならない。この間の統計では年間約7000症例だとか。日本で働いていた頃は郊外の公立病院で2000とか3000。日本でリーダーなどの役割で手術を回していることを考えるとチョロいものだと思われるかもしれないけれど、なんか一日中走り回っている感じ。

明日はChargeではないので、ゆっくりやすみます。
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ロンドン de 手巻き寿司

2011-10-10 17:12:23 | life
今日は友達のAちゃんが遊びに来たので、手巻き寿司の用意をしました。私が渡英した頃は、お刺身なんて、なかなか手に入らなかったし高くて手も出なかったけれど、手ごろなお値段で手に入れることができるようになりました。
女子会と称して、お友達のKさんもお呼びしたのですが、ドイツに出張ということで、今回は残念でしたが、Aちゃんと久しぶりにいろいろお話しできましたね。日本酒も持ってきていただきました。個人的には、大学の学科passのお祝いになりました。日曜の午後の楽しいひとときでした。


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始動~新しい夢に向けて~

2011-10-01 20:21:10 | life
イギリスは現在異常気象です。こんなに暑い10月は私が来てからも始めてです。

私は自分の夢はここには載せないつもりですが、来年少しまた大きく動き出そうと思ってます。ここ1週間で手続き上のことなど、いろいろ調べましたし、友達にも相談しました。イギリス人でいつも相談にのってくれるJaneと約1時間前に話して、彼女も全面的に協力してくれると話してくれました。この8月くらいから、ずっと考えていたことがやっとつながりました。

まだまだ自分の中で、決めたばかりですが、思い立ったらすぐに行動を始める性格なので、もう準備に向けて動き出そうと思います。きっかけは、以前のブログにものせたとおり、来年の3月で在英10年という節目を迎えること、目標としていたことは全部できたこと、NursingのMentorshipの学科に合格できたこと、そしてこのイギリスの不況、これから先の人生を有意義にするために総括して考えた結果です。

今、指導に入っている学生を成長させる責任もあるので、その時期と、病院との教育のための契約(大学で勉強させてもらった分、契約書にサインしています)が切れる時期を考えると半年~8ヶ月くらいしかないし、10年前に渡英を決めたのもそれくらいだったから、あまり時間もないけれど。日本の友達には、今度年末年始に帰ったときにまたいろいろ話そうと思います。

10年以上前にスキー教室で学んだこと。きれいなパラレルの滑り方は人生にもたとえられるんですよ。

イギリスを去るわけではありません。これからの人生を考えた結果です。
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