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米に乗せられたグルジアの惨敗

 

米に乗せられたグルジアの惨敗

2008年8月19日   田中 宇
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 8月7日夜、グルジアの軍隊が、自国領ながら半独立状態で中央政府に敵対してきた南オセチア州の州都ツヒンバリに侵攻し、ロケット攻撃などで市街を破壊した。ロシア政府の発表では、グルジア軍は侵攻時に約2000人の市民を殺害した。南オセチアには、OSCE(欧州安全保障協力機構)の協定に基づき、ロシア軍が「平和維持軍」として駐屯しているが、グルジア軍はこのロシア軍をも攻撃し、15人のロシア兵が戦死した。(関連記事

 南オセチア州は、埼玉県ほどの広さで、人口は約7万人。人口の3分の2がオセチア人(オセット人)、4分の1がグルジア人で、両民族は州内にまだらに混住している。南オセチアはロシアと国境を接しており、ロシア側には北オセチア共和国がある。南オセチアのオセチア人は、北オセチアとの統合を希望し、ソ連崩壊後、1991年にグルジアからの独立戦争を開始し、決着がつかず長期紛争となり、今に至っている。(関連記事

(オセチア人は、イラン語に近いオセチア語を話す。13世紀にモンゴルの侵攻を受け、ドン川流域から、カフカス山脈の山中にある今の居住地域に逃げてきた)

 2006年の住民投票の結果から見ると、南オセチア州に住むオセチア人のほとんどは、グルジアからの独立と、ロシア領北オセチアへの併合を希望している(同州のグルジア人住民は、自州がグルジア領内に残る現状維持を希望しており、国連では、住民投票は無効とみなされた)。ロシア政府は、同州のオセチア人がロシア編入を希望しているため、希望者にロシア国籍(旅券)を配布しており、オセチア人の9割以上がロシア旅券を持っている。8月8日にグルジア軍が侵攻したツヒンバリの市民の大半はオセチア人で、攻撃を受けた市民の多くがロシア側に越境避難した。(関連記事

 グルジア軍侵攻の数日前から、南オセチアでは、グルジア人とオセチア人の武装住民どうしの散発的な銃撃戦が続き、ロシアとグルジアの両方がOSCEの交渉枠組みを使い、仲裁に入っていた。8月7日午後、グルジアのサーカシビリ大統領は国営テレビを通じ、自治を与えるので交渉しようと、オセチア人に停戦と和解を呼びかけた。しかしこの和解提案は、オセチア人とロシアを騙すトリックだったようで、数時間後の同日夜、800人のグルジア軍が州境を超えて進軍し、ツヒンバリの市街を破壊し、軍事占領した。

 グルジア側が侵攻のタイミングとして8月7日を選んだのは、翌日からの北京オリンピックのため、ロシアの権力者プーチン首相が北京に行っており、メドベージェフ大統領もボルガの川下り船中で夏期休暇中で、ロシア軍の対応判断が遅れると予測したからではないかと分析されている。実際には、プーチンは北京からロシア軍に反撃の指示を出し、露軍はすぐに南オセチアに越境進軍し、グルジア軍を退散させた。(関連記事

▼マケインを優勢にする策略?

 グルジアが侵攻したタイミングについて、アメリカの分析者の間では、別の分析も出ている。8月7日が選ばれたのは、翌日から米大統領選挙戦で優勢な民主党オバマ候補が、夏期休暇で故郷のハワイに戻って選挙活動を1週間休んだためであり、ブッシュ政権が、共和党マケイン候補を挽回させるために、グルジアのサーカシビリを焚きつけて侵攻させたという推測である。(関連記事

 サーカシビリは、2003年の民主化運動「バラ革命」によって、シュワルナゼ前大統領を追い出し、政権に就いたが、バラ革命のノウハウを提供したのは米国務省やCIAである。米当局は00年のセルビア、03年のグルジア(バラ革命)、04年のウクライナ(オレンジ革命)と、ロシア東欧圏で相次いで親露的な政権を「民主革命」によって潰し、親米反露を掲げる政権と交代させる、反露的な政権転覆戦略を展開した。(関連記事

 サーカシビリは米コロンビア大学を卒業し、ニューヨークで弁護士として働いていた経歴を持つ。政権をとってからは、アメリカ帰りの若手を閣僚に起用し、経済の自由市場化を進めた。サーカシビリは英語が堪能なので、CNNなど米テレビの報道番組に出て、ロシアがいかにひどい奴らか力説する。民主主義で自由市場経済の小国グルジアが、独裁で暴虐な大国ロシアに果敢に立ち向う構図は、冷戦的な米露対立を再燃させたい米の軍産複合体にとっても好都合だった。(関連記事

 米はグルジアに130人の米軍顧問団を駐留させ、武器も支援してきた。サーカシビリは、ロシア軍との戦争になることが必須な南オセチアへの進軍を挙行する前に、米軍に話をつけたはずだ。米軍の方からサーカシビリに侵攻話を持ち掛けた可能性もある。(関連記事

 米政界では、共和党マケイン候補(上院議員)がグルジアとの関係が深い。マケインの主席外交顧問ランディ・シューネマン(Randy Scheunemann)は、今年3月に問題にされるまで4年間、グルジア政府から計90万ドルの金をもらい、米政界でグルジアのNATO加盟への根回しなどのロビー活動をしていた。(関連記事その1その2

 シューネマンは「ネオコン」で、かつてイラク侵攻の実現のために米政界で大騒ぎした一人である。グルジアはイラクに2000人を派兵し、米英に次ぐ3番手の駐留兵力数だった(ロシアとの開戦後、一部兵力を母国に戻した)。この派兵も、NATO加盟を有利にするためイラクで兵力不足の窮地に陥っている米を助ける目的で、サーカシビリとシューネマンが動いて決まったことだろう。(関連記事

 サーカシビリ政権は、シューネマンなどネオコンを通して米の軍産複合体との関係が深く、この関係性を背景に、NATO加盟運動や、ロシアとの敵対戦略を展開してきた。グルジアの軍事予算は3倍に増え、米仏イスラエルから武器を買い、南オセチア州とアブハジア州など、国内にある分離独立派の3州を軍事制圧する準備が行われた。(関連記事

▼再起動した戦争プロパガンダ装置

 ネオコンが画策した戦争は、米軍のイラク侵攻や、2006年夏のイスラエル・レバノン戦争など、失敗ばかりだが、今回のグルジアの南オセチア侵攻も大失敗となった。しかしその一方で、米の軍産複合体やマケイン候補にとっては、米露間の敵対関係が扇動され、好都合となっている。

 8月8日にグルジアとロシアが南オセチアで戦って以来、米マスコミはグルジアに味方し、冷戦時代を思い起こさせる、ロシアを非難する論調ばかりとなった。一見すると、南オセチアはグルジア領なので、ロシア軍の侵攻が「悪」であり、グルジア軍の侵攻は「内政問題」となる。だが、南オセチアはグルジアからの独立を求めて戦っている地域であり、そこにはグルジアとロシアも参加して定めていた停戦・平和維持の協定があった。(関連記事

 グルジア軍がこの協定を破って侵攻したため、ロシア軍が応戦する形で侵攻したと考えると、悪いのはグルジアの方になる。ロシア側が、傘下のオセチア人民兵を使ってグルジア軍を挑発したのが戦争の始まりだという指摘もあるが、プーチン首相が北京におり、メドベージェフ大統領もボルガの船中にいた8月7日に、ロシア政府が挑発作戦によって開戦を誘発したと考えるには無理がある。(サーカシビリは、自分も休暇中だったと言っているが)(関連記事

 米マスコミは、2度の世界大戦以来、戦争になると「有事」の特殊な状態に入り、とにかく敵を悪く報じ、宥和派や反戦派を酷評し、国内の結束を強めるという目的を持った、巧妙なプロパガンダ装置に変身する。45年間続いた冷戦は、マスコミの有事体制(プロパガンダ装置化)を長く維持するという、軍産複合体とイギリスによるアメリカ乗っ取り作戦であり、ベトナム反戦など中だるみもありつつ、結局45年も回っていた。

 有事体制は、いったん冷戦終結とともに終わったが、01年の911事件とともに「テロ戦争」の開始が宣言され、再び米マスコミはプロパガンダ装置化が強まった(テロ戦争が「戦争」という言葉を冠しているのは、有事体制作りが目的だからだ)。最近、イラク占領の失敗、イランに侵攻しない方針の強まり、中露に対する米政府の譲歩など、昨年あたりからブッシュ政権の好戦性が落ち、それとともに米のマスコミや政府の有事体制がゆるみ、米は再び穏健な政策に戻るかに見えた。だが今回のグルジアの戦争は、その傾向を逆転し、再び冷戦的・反ロシア的な有事体制に米マスコミを引き戻すかもしれない。

 プロパガンダ装置は巧妙だ。ロサンゼルス・タイムスは、グルジアに駐留していた米軍顧問団(米海兵隊)に取材し、顧問団はグルジア軍による侵攻計画を事前まったく知らなかったと報じているが、これは米軍が発する歪曲情報を(歪曲と知りながら)鵜呑みにしている可能性が大きい。顧問団は、諜報や情勢分析に長けている米海兵隊の特殊部隊であり、侵攻計画を知らなかったはずがない。(関連記事

 フォックス・ニュースは開戦直後、ツヒンバリにいた米国人少女に電話をつないで放映したが、侵攻を現場で経験した少女が、グルジア軍の侵攻を非難し、ロシア軍に謝意を表明すると、早々に電話を切り、キャスターは「戦争には、いろいろグレーゾーンがあるものです」と、少女の意見の効力を打ち消すコメントで話をまとめた。オセチア人は皆、親露反グルジアなのだから、オセチア系と思われるこの少女が、親露反グルジア的な意見を言ったのは当然なのだが、反露プロパガンダ装置と化した米マスコミとしては、視聴者にその事実を知らせるのはまずいというわけだった。(関連記事

 米マスコミには、ロシアの立場を代弁する投稿が掲載されたり、オセチア人が反グルジアであることを的確に指摘する記事もあり、全体としてのバランス感覚は残しつつ、微妙に反露的な姿勢となっている。(関連記事その1その2

 米議会では、来年度予算で、F22戦闘機など、高価な新兵器開発の予算が削られそうになっていたが、グルジアの開戦で「ロシアと戦うにはF22が不可欠だ」という議論が米議会などで噴出した。軍事産業から献金されている議員たちは一挙に活気づいた。(関連記事

 米大統領選挙では、オバマが「敵とも対話する」という姿勢を基点にしている半面、マケインはもっと好戦的で「ロシアをG8から除名すべきだ」といった、冷戦体制の復活をめざす言動が目立つ。グルジアでの戦争勃発前は、米マスコミの論調はオバマびいきが強く、マケインに批判的だったが、開戦とともに俄然、マケインの出番が多くなった。(関連記事

▼分離独立の既成事実を作るロシア軍

 今回のグルジアの戦争によって、米露間の冷戦が復活すると予測する分析が、米でも日本でも散見される。だが現状は、冷戦を再燃させるには、米にとって条件が悪すぎる。米軍はすでにイラクとアフガニスタンで過剰派兵状態だ。米国防総省の将軍たちは、イラン空爆に反対しているぐらいだから、米露の全面戦争に発展するかもしれないグルジアへの米軍派兵には反対である。

 グルジアには、アゼルバイジャンや中央アジアの石油をトルコに運ぶBTCパイプラインが通っている。中央アジアの石油利権がほしい米欧にとってグルジアは決定的に重要だ、という見方もあるが、私から見ると、これは誇張である。最近の記事「エネルギー覇権を広げるロシア」に書いたように、ロシアは最近、中央アジア諸国との間で石油ガス利権に関する独占的な契約を相次いで結んでいる。中央アジアの石油ガス利権はロシアに握られ、米欧はBTCパイプラインだけ持っていても意味がなくなりつつある。米が派兵してまでグルジアを守る利点はない。(関連記事

 米が消極的な対応をしている間に、ロシア軍は、不可逆的に既成事実をどんどん作っている。南オセチアに侵攻してグルジア軍を追い出したロシア軍は、南オセチアとグルジア本土との間に、無人の緩衝地帯を作る作業を続けている。ロシア軍は、南オセチアとの州境に近いグルジア本土側の都市であるゴリ(スターリンの生まれ故郷)にも侵攻し、ゴリ周辺のグルジア軍の設備を破壊した。ロシア軍は、グルジアからの独立を希めて戦闘してきたもう一つのグルジアの州で、ロシアと国境を接するアブハジアにも進軍し、南オセチアと同様、グルジアから隔離する作業を進めている。(関連記事

 米欧は、こうしたロシア軍の行為を非難しているが、ロシア政府は、8月14日にEUの仲裁でグルジア・ロシア・南オセチア州自治政府・アブハジア州自治政府の間で締結した停戦協定に沿った正当な動きだと反論している。停戦協定の4条には「国際的なメカニズムができるまでの暫定措置として、ロシアの平和維持軍が追加的な安定化策を実行する」とあり、ロシア軍は「安定化策の一環」と称し、緩衝地帯の創設やグルジア軍施設の破壊を進めた。(関連記事

 グルジア側は、8月12日からの停戦交渉の際、ロシア独自の安定化策の期間を6カ月限定にするよう条文追加を求めたが、ロシア側に拒否されて断念した。ロシア軍は、グルジアでやりたい放題の状況だ。南オセチア・アブハジア両州の住民の大半はロシア旅券を持つ親露反グルジア派であり、ロシア軍は今後も長く両州に「平和維持軍」の名目で駐屯しそうだ。ロシアは、両州をグルジアから独立させる気はないだろうが、両州の住民が満足できる自治権をグルジアから得られるまでロシア軍は撤退せず、両州はグルジアの実効支配下に戻らないだろう。

▼危うくなるサーカシビリの政治生命

 サーカシビリは03年、2つの公約を掲げてグルジア大統領になった。(1)南オセチア・アブハジアなどに独立を断念させ、グルジアに完全統合する、(2)グルジアのNATO加盟を実現する、の2点である。今回の敗戦で、この2つとも不可能になった。(1)はすでに述べた。

 (2)の方は、今回の戦争によって、ロシアと戦争したがるグルジアをNATOに加盟させたら、集団安保の義務を定めたNATO規約5条に基づき、西欧諸国もロシアと戦争しなければならなくなる。今回の下手な戦争を見て、西欧諸国はグルジアを危険視するようになった。グルジアのNATO加盟の可能性はほぼ消え、サーカシビリは公約を果たせなくなった。(関連記事

 グルジア人の多くは「米と太いつながりを持つサーカシビリに任せれば、NATOに入れるし、欧米の軍事的後ろ盾を使って分離独立派の2州を抑えられる」と期待していた。その期待が消えた今、グルジアの野党は反サーカシビリ色を強めている。サーカシビリは、反対派に言いがかりをつけて次々と投獄する独裁者なので、今のところ野党は慎重だが、すでにサーカシビリが辞めさせられるのは時間の問題だという見方が欧米で出ている。(関連記事

 サーカシビリが辞任に追い込まれたら、次のグルジアの政権は、ロシアに対して融和的な戦略をとる可能性が大きい。欧米に頼って反露的な戦略をやっても失敗するとわかった以上、親露的にやるしかない。今後のグルジアは、欧米よりロシアを重視せざるを得ない。米露の新冷戦は、すでに米の負けになっている。

 サーカシビリは、自国とロシアが戦争になったら、米軍が飛来して助けてくれると期待したのだろう。有事の援軍の約束を米政府中枢からとりつけない限り、小さなグルジア軍が巨大なロシア軍に戦争を仕掛けても勝てない。しかし実際には、米軍は来なかった。米政府が出すことにしたのは、被災者への人道援助だけだった。グルジアの政府や世論は「アメリカに裏切られた」という怒りに満ちた。

 サーカシビリが米から裏切られて挫折したのを見て、おそらくロシア周辺の多くの国々の指導者が「アメリカには頼れない」と思っているはずだ。これも、今回の戦争が米にもたらした悪い事態である。

▼ポーランドやウクライナのパニック

 すでに米に頼って反露的な態度をとっている国々の指導者たちは、パニックになり、米に頼ってロシアと敵対する姿勢を強めざるを得なくなっている。EU内で最も反露的なポーランドは、グルジアが米に見捨てられたのを見て、それまで1年半も米と協議を続けながらまとまっていなかったミサイル防衛協定を、突然に締結した。(関連記事

 これはロシアのミサイルを迎撃できる米軍の地対空ミサイル基地をポーランドに置く協定だ。この協定を結ぶと、ロシアがポーランド敵視を強めるのは必須なので、ポーランドは従来、米に対し「有事の際に米軍がポーランドを守る条項を付帯してほしい」と要請していたが、米は渋っていた。今回、この点について米は曖昧な条文を提案し、ポーランドはその条件で協定を締結することにした。(関連記事

 今春グルジアと並んでNATOに加盟申請し、反露的な姿勢が強いウクライナ政府も8月15日、米とポーランドが締結したようなミサイル防衛協定を、欧米と結びたいと表明した。(関連記事その1その2

 ウクライナは、西部にウクライナ語住民が多く、東部にロシア語住民が多い二重国家で、04年にウクライナ語住民が米の支援を受けて行った「民主化運動」(オレンジ革命)の結果、反露的なユーシェンコ政権ができ、その後は国内の反露派と親露派、中間的漁夫の利派との三つどもえの政争が続いている。(関連記事

 ウクライナ東部の黒海岸には、ロシア軍が租借するセバストポリ軍港があり、今回の戦争でロシア海軍は、セバストポリからグルジア沖に軍艦を派遣して威嚇した。これに対し、ユーシェンコ政権は8月13日「ロシア軍は今後、軍艦を出港する72時間前までにウクライナ政府に通告せねばならない」との通達をロシア側に出した。(関連記事

 ユーシェンコは開戦直後、グルジアに飛び「民主化革命」の盟友であるサーカシビリを応援したほどで、露軍が正直に軍艦の出港を通告したら、その情報はすぐグルジア政府に伝わることは間違いない。当然、ロシア政府はユーシェンコの通達を無視した。同時に、ウクライナ東部(クリミア半島)の親露派勢力は、ウクライナから分離してロシアに統合する政治運動を開始すると言って、ユーシェンコを脅した。(関連記事

 ポーランドやウクライナが、米と反露的な軍事協約を結ぼうと動いていることは、米露が新冷戦体制に向かっていることの兆しとも考えられるが、同時に、ポーランドは反露的になるほどEU内で孤立し、ウクライナは反露的になるほど内政が混乱し、いずれも弱体化する。ドイツは親露的で、独露が隠然と組んでポーランドに邪険をする傾向が強まっている。現状は、米ソ対立が始まった1940年代ではなく、独ソがポーランドを分割した1930年代に似てきている。

 このほか、中央アジアやアフガニスタン、イラク、アラブ地域などでも、米が今回グルジアを見捨てたことを見て、親米的な傾向を持っていた政権が今後、米を当てにしなくなり、米の言うことを聞かなくなる傾向が予測される。(関連記事

▼グルジアを裏切ったイスラエル

 今回の戦争で、難しい立場に追い込まれているもう一つの国は、イスラエルである。8-9世紀にユダヤ教のハザール国の影響圏だったグルジアには、もともとユダヤ人が比較的多かった。イスラエルには8万人のグルジア系コミュニティがある。サーカシビリ政権の閣僚のうち、国防相と国家再統一相はユダヤ人で、イスラエルとの二重国籍を持ち、ヘブライ語を流暢に話す。(関連記事

 サーカシビリが、ネオコン(軍産複合体とイスラエル右派をつないで米政界を牛耳ることを目指した強硬派勢力。ユダヤ系が多い)を通じて米政界に食い込んだこともあり、グルジアはイスラエルとの関係が深い。イスラエル軍は傘下の民間企業を通じ、グルジア軍の特殊部隊を訓練し、無人偵察機など諜報機器を売ってきた。サーカシビリは、ロシアと戦争になったら、米とイスラエルが軍事支援してくれると思っていただろう。(関連記事その1その2

 しかし実際には開戦後、米軍は動かず、イスラエルもほとんどグルジアを支援してくれなかった。イスラエルはロシアから圧力をかけられ、グルジアへの軍事支援を止めてしまった。ロシアはイランやシリアと親密で、イスラエルがグルジアへの軍事支援を続けたら、ロシアはイランやシリアへの軍事支援を強化しかねなかった。ユダヤ人であるヤコバシビリ国家再統一相は激怒して「イスラエルは、裏切り者の欧米に仲間入りした」と表明した。(関連記事その1その2

 中東では、米はイランへの空爆をせず、イラクからの撤退を検討しており、パレスチナ和平にも実質的な協力をしないまま、中東での影響力を減少させている。このままだとイスラエルは、ロシアやEUなど、米以外の大国に頼って国家的生き残りを模索せねばならなくなる。それを考えるとイスラエルは、グルジアを見捨てても、ロシアとの敵対関係は避けたい。米の「軍産イスラエル複合体」は、反露プロパガンダを噴出させる軍産と、反露になれないイスラエルの間に、亀裂が入っている。

 ロシアの金持ちユダヤ人たちは、すでに親プーチンであり、今回の戦争でもグルジアを非難している。ロシアユダヤ人会議の議長(Boris Spiegel、露上院議員)は「虐殺を経験したユダヤ人の一人として、オセチア人を虐殺したサーカシビリは許せない。戦犯として裁くべきだ」と述べている。ロシアの金持ちユダヤ人に支持されて当選しているイスラエルの国会議員は、この点をマスコミに尋ねられ「地政学的な紛争に首を突っ込むべきではない」と苦しい返答をしている。(関連記事

▼ロシアは手ぐすね引いて待っていたが

 今回の戦争では「ロシアは今年4月から戦争を準備し、7月中旬には北オセチアなどで軍事訓練を行い、侵攻準備を整えて、サーカシビリが陽動に引っかかって侵攻してくるのを待ちかまえていた。だから悪いのはロシアだ」と、米のジョージ・ソロス系のシンクタンクが指摘している。(投資家のソロスは、グルジアやウクライナの「民主革命」を支援してきた)(関連記事

 ロシアが手ぐすね引いて待っていたことは事実だろう。だが歴史を見ると、日本軍が真珠湾攻撃をした時、米は手ぐすね引いて日本の攻撃を待ち、引っかかって日本が先制攻撃してきたので、戦略どおり「正当防衛」を掲げて反撃し、日本を潰した。戦争の時、悪いのは、先に国際法違反の攻撃を行った方である。「グルジアが少し攻撃しただけで、ロシアは何百倍も反撃しており、過剰な反攻だ」との批判もあるが、それを問題にすると「日本の敗戦が確定的だった戦争末期に、広島長崎に原爆を落としたのは過剰だ」という話が蒸し返される。

 今年7月、露軍がグルジア国境近くで軍事訓練を行った際、同時期にグルジア駐留の米軍顧問(海兵隊)は、グルジア軍と一緒に対抗的な軍事演習をやっている。米とグルジアは、露軍が戦争準備をしているのを知っていたどころか、挑発的な対抗軍事演習をしていた。そもそもロシアが4月にグルジア戦争の準備を始めたのは、2月に反露的(セルビアはロシアと同じスラブ人の国)なコソボ独立が米によって決行され、グルジアとウクライナのNATO加盟が検討されて、ロシア包囲網が形成されていたからである。(関連記事

 米は今年2月から7月までロシアを挑発し続け、戦争が起きそうなのを知っていた。また、グルジアとロシアが戦争したら、すぐにグルジアが負けることも知っていただろう。それなのに米は、サーカシビリにロシアと戦争させ、サーカシビリが期待した米軍の派兵もせず、グルジア軍を無駄に敗北させ、南オセチアとアブハジアをロシアにやってしまった。

 米はなぜ、こんな自滅的なことをやったのか。多くの人は「ブッシュ政権の能力が低いから」と、いつもながら思うだろうが、私はいつもながら「ブッシュ政権が隠れ多極主義だから」と思ってしまう。

▼この戦争を機に多極化が進む

 トルコのアブドラ・ギュル大統領は、グルジアでの展開を見て「米はもはや、単独で世界の政治体制を形成し続けることができなくなっている。米は(ロシアや中国など)他の諸大国と覇権を共有せねばならなくなった。新しい、多極的な世界体制が出現しつつある」と述べている。ギュルは、今回の戦争を機に、米単独覇権体制の終焉と、世界の多極化が進むと指摘している。(関連記事

 EUはすでに「ロシアとは対立しない。協調を保つ」と決めている。今後、可能性は低いが、もし米軍がグルジア軍を支援するために派兵した場合、ロシアと戦争する気の米と、ロシアとは戦争したくないEUとの意見対立が明確になり、NATOは空中分解する。米がグルジアのNATO加盟をごり押しした場合も、同様である。米はNATOを結束させて新冷戦体制に向かうどころか、NATO解体の危機に瀕している。これも、多極化の傾向である。(関連記事

 ブッシュ政権は、親米国を見捨てたり、振り落としたりする一方で、ロシアや中国、イランなどの反米非米諸国の台頭を誘発している。どう見ても「隠れ多極主義」である。軍産英イスラエル複合体の一部のように振る舞いつつ、実際には複合体が作りたい冷戦体制や米英中心世界体制を破壊している。ブッシュ政権は本質的に、軍産英イスラエルと暗闘している。

 なぜ米に隠れ多極主義が存在するのか。それは、今年初めに書いた記事「資本の論理と帝国の論理」などで分析してきたが、前回記事「覇権の起源」の、これから書く続編で、さらに説明できると思う。

 

 



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