小松格の『日本史の謎』に迫る

日本史驚天動地の新事実を発表

閑話休題 -司馬バッシングする人のあやうさー

2016年12月31日 | Weblog

 私は司馬ファンである。司馬作品はすべて読んでいる。『竜馬がゆく』はあくまでも小説であって歴史の真実ではない。ただ、それを指摘しているだけである。最近、明治維新を否定する本が続けて出版されている。これまでも、司馬史観を否定する論考は新聞、雑誌などに掲載されてきた。とくにやりだまに上げられるのが『坂の上の雲』である。司馬は日清・日露戦争という侵略戦争を美化している。司馬はたんなる軍事オタク、ただの戦争屋であると・・・。

 司馬遼太郎はこれらの人たち( 一般的に左翼文化人と言われている )と対談すると2,3日不快感が残ると書いている。当然である。司馬遼太郎は世界的視点から日本を見ている。ところが、これら文化人はいまだ平和な日本の村落共同体の意識から抜け出せないでいる。日本の村では他人をだます人も、人の物を盗む者もいなかった。村人はみんな正直で誠実であった。つまり、日本及び自分たちの平和と安全は空気と同じで、あるものだとの前提で司馬史観を批判している。日本を侵略する国などあるはずがない。誠意と友愛の精神を持って接すれば相手は分かってくれると・・・。つまり、精神的鎖国状態である。 だが世界は違う。

 -幕末、日本の領土の一部がロシアに占拠されていた-

 この対馬事件のことをほとんどの日本人は知らない。文久元年(1861年)、2月から8月までの半年間、ロシアの軍艦が対馬のある湾を占拠して兵舎を作り居座っていた。当初、対馬藩主宗家が退去を求めて家臣を送ったが、その使者にロシア側が発砲して死者さえ出した。ときの幕府は外国奉行・小栗忠順を派遣して退去するよう要求したが、まったく相手にされず手の打ちようがなかった。そこで幕府はイギリス公使オールコックに頼んでロシアを威嚇してもらった。退去せねばイギリス東洋艦隊が攻撃すると・・。それでロシア艦隊はやっと退去した。武力による威嚇によって解決したのである。

 日露戦争は日本が旅順のロシア艦隊に先制攻撃することにより始まった。ところが、近年、ニコライ皇帝は日本との戦争に反対していたことが当時の資料から明らかになり、司馬バッシングする人たちはまるで鬼の首でも取ったかのように宣伝これつとめている。日露戦争は日本が仕掛けなければなかったのだと。そうだろうか、これはただ、1904年の日露の衝突が先送りされたにすぎない。ロシアはすでに満州全土をほぼ手中に収め、旅順に巨大要塞を構築し、なんと鴨緑江を超えて朝鮮内部に要塞を築いていた。これはこれまでロシア帝国が使ってきた常套手段である。まず、他国領内に要塞を築き相手の出方を待つ。相手が無力で反撃して来なければ次々とその国の奥地に入って行く。対馬事件もイギリスの介入がなかったら、対馬全島がロシアに占領されていたであろう。この手を使って中央アジアも(日本の幕末のころ)、沿海州も(1860年)支配下に置いた。次は日本だとの危機感は明治政府のだれもが抱いていたことは想像にかたくない。司馬遼太郎はこの一連のロシアの政策を世界史的視点から見ている。また、そういうこと(他国を軍事力で支配する)が普通の時代でもあったのである。

 -今後、世界は激動と混沌の時代に突入するー

 現在、日本は憲法改正問題で揺れている。日本国憲法を素直に読めば日本は軍隊を持てないはずである。しかし、自衛隊は海外では Japanese army (日本軍)であり、日本は世界有数の軍事強国である。私は憲法違反の自衛隊をこのまま放置しておくことは良くないと思っている。きちんとした憲法上の地位を与えるべきだと思っている。それは、ここ数年まったく新しい脅威が世界に現れたからである。それは IS (イスラム国)である。

 日本の平和憲法は世界から尊敬されるとか、憲法9条を世界遺産になどと言っている人たち、それを党是としている政党、また自衛隊は人殺しの訓練をしていると言う県知事や議員もいた。その人たちは非武装こそ平和を守れると公言している。日本が本当に非武装国家であれば IS に国を乗っ取られかねない。500年ほど前、南米のインカ帝国はたった80人のスペイン人に国を乗っ取られた。これは荒唐無稽の空想小説ではない。現代でも起こり得る。IS は明らかに1300年前のムハマド(マホメット)の時代に戻っている。つまり、「コーランか剣か」である。

 -非武装国家を乗っ取るのは簡単である-

 もし、百人ていどの IS が観光客を装って日本に入国し、偽装貨物船でカラシニコフ銃を持ち込んで、昭和の2・26事件のように、首相官邸など東京の主要地点を占拠して、NHKから日本イスラム共和国を宣言したらどうするのか、(IS はなにも中東のアラブ人だけではない。中央アジアや東南アジアにも浸透してきている)。今なら25万の自衛隊がいかなる犠牲を払っても鎮圧してくれるであろう。IS も日本が強力な軍隊を持っていることぐらい知っている。だがもしも、日本国憲法を順守して自衛隊がなかったら、日本の警察の貧弱な装備では制圧できない。では、世界のどこの国の人が日本のために死んでくれるのか。だれも助けてくれない。時代は日本国憲法ができた昭和22年とは違うのである。司馬バッシングする人たち並びに平和憲法を守れと叫ぶ人たちはこのことがまったく分かっていない。

 司馬遼太郎も古今東西、軍隊は国家の根幹であると言っている。鎌倉時代から江戸時代まで武士階級が日本の軍隊であり、日本の治安を守り、外敵の侵入を防いできた。司馬は武士を高く評価している。この武士を広域暴力団源(みなもと)組と言って侮蔑する日本史の国立大学教授がいるのを知っている。このような人にとっては、明治以降の軍隊や現在の自衛隊も軽蔑の対象であろう。つまり、ただの人殺しの集団であると。きっと、このような人たちは、IS に対しても、斬首されることを恐れず、 日本の平和憲法はコーランやイスラム法に超越する人類普遍の原理だと説得して投降させる自信があるのであろう・・・。なぜなら、日本の平和憲法は世界中の人々の尊敬を受けているのだから、無論、IS も含めて。 2016年大晦日に

 <追記>

 戦前、軍人だけでなく多くの日本人は「神国日本」を信じていた。天皇を戴く神国日本が戦争に負けるはずがないと・・。この「神国日本」を「平和憲法国日本」に置き換えると分かりやすい。平和憲法を戴く日本が他国の侵略を受けるはずがないと・・。この両者は「戦争」と「平和」という相反する概念のようであるが、根は同じである。いずれも相手(他者)があることを念頭に置いていない。相手(他者)は必ず自分の思いどおりになるという宗教的信念、もしくは情緒的な思い込みにすぎない。現実を見ない、いや、見る能力がない。この点で日本人のメンタリティーはあまり変わっていない。

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