足を引っ張る者たちが存在する事実。
亀田総合病院副院長・小林秀樹先生が明かす
福島県・南相馬市における、スキャンダル。
医療ガバナンス学会 (2011年12月26日 10:00) | コメント(0) | トラックバック(0)
亀田総合病院
小松秀樹
2011年12月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
元記事へは ↓ クリックで。
http://medg.jp/mt/2011/12/vol35012.html#more
以下は、引用(一部分中略あり)。
●村田メール
南相馬市に副市長として総務省から出向している村田崇氏(37歳)から、坪倉正治医師(29歳)に送られたメールが問題になっています。坪倉医師は6年目の若手医師で、東京大学医科学研究所の大学院生です。震災後、4月より相双地区に入り、5月より、南相馬市立総合病院の非常勤医師として、ホールボディカウンター(WBC)による内部被ばくの検査、幼児の内部被ばくを調べるための尿のセシウム検査(体が小さすぎるとWBCが使えない)、検診、被ばくについての健康相談、さらには除染にまで関わってきました。南相馬市立総合病院の医師の中では、被ばくについて、もっとも詳しい専門知識を有しています。
坪倉医師はWBCや尿のセシウム検査の技術的問題についての知識を深めるために、東京大学理学部物理学科の早野龍五教授を訪問しました。ここで、早野教授から南相馬市の桜井勝延市長に対し、早野教授側の費用負担で、学校給食を丸ごとミキサーにかけて、放射性セシウムを測定することが提案されていたことを聞きました。坪倉医師は、早野教授から、「南相馬市では検査は不要と断られてしまった。」と聞いて驚きました。今後の被ばくを防ぐのに、食品の検査が最重要と考えていたからです。とくに放射線の影響を受けやすい子供が重要です。
坪倉医師によると、南相馬市立総合病院のWBCによる検査結果では、セシウムが検出された子供のほとんどは、再検査時、セシウム値が低下していました。しかし、無頓着に自宅で作った野菜を食べ続けている大人の中には、体内のセシウム値がまったく低下していない人がいました。
ウクライナの研究機関のホームページ(http://t.co¬/LS4FTnHR)には、チェルノブイリの住民の体内の放射線量の推移を示すグラフが掲載されています。事故後、線量は上昇しました。食品検査を徹底したところ、線量は一旦低下しましたが、10年後、再度上昇しました。ウクライナのWBC研究所の責任者は、坪倉医師に、ソビエトが崩壊し、食品の流通経路が変化したことと食品検査が不十分になったことが原因だったと説明しました。再上昇の後、食品検査を徹底したところ、内部被ばくは再度低下しました。以後、現在に至るまで、ウクライナやベラルーシでは、食品検査と内部被ばくの検査が継続的に、頻繁におこなわれています。
2011年11月11日、坪倉医師は、食品の検査体制の強化が重要なので、早野提案を検討してほしいとのメールを桜井市長と村田副市長あてに送りました。
これに対し、村田副市長から返事がありました。その文面に、坪倉医師は困惑し、私を含む何人かに相談しました。以下、このメールの意味を解析していきます。
「内容の是非はともかく、入口論で副市長という立場にある者から、総合病院の一医師である坪倉さんにはどうしても少し申し上げざるを得ません。」
「特別職に対して原因を調べろという趣旨のメールになっていますから、私に対してはともかく、市長に対しては失礼極まりない行為であり、また、今回のような意見をお持ちでありながら、組織として総合病院がどのような庁内調整をされているのかが全く見えてきません。言葉は良くありませんが、これでは単なる一職員による感情任せの『ちくり』としてしか扱うことが出来ません。ご自身の責任や立場を踏まえられた行動をお願いしたいと思います。」
「この際申し上げますが、WBCや尿検査の問題など、市民を巻き込むような話題において重大な守秘義務違反を繰り返されていることは、極めて遺憾です。これらの問題について何らの反省や状況報告がなされないままで今回のようなメールを頂戴し、上から職員を押さえつけるような事態が生じれば、ますます総合病院の立場は苦しくなるものと思います。これらに加え、県や県立医大に多大なご迷惑をおかけし、これら対応を総合病院ではなく市の側で負わされている現状を考えると、市職員としても、感情的にどうしても総合病院を敬遠せざるを得なくなるのではないでしょうか。」
「総合的に、良識的かつ市職員として最低限守るべきことは何なのかを再度見つめなおしていただき、日ごろの業務にあたっていただければと思います。」
●村田メールとジュネーブ宣言
坪倉医師が困惑したのは、村田メールに、以下のような医師の行動規範と相容れない内容が含まれていたからです。
1)南相馬市立総合病院の一職員である非常勤医師が、市長に直接メールを送ることはあってはならない。「庁内調整」をした上で段階を追って意見を上げるべきである。
2)WBCや尿の放射性物質検査の結果は、守秘義務が課されるべき情報である。
第二次世界大戦中、医師が、戦争犯罪に国家の命令で加担しました。ドイツではこのような医師たちの行為は法律に則っていましたが、ニュルンベルグ継続裁判で起訴され、23人中、16人が有罪になり、7人が処刑されました。断わっておきますが、この裁判自体、戦勝国が正義を敗戦国に押し付けたもので、手続き上、公平なものではありませんでした。新しく作成した規範に従って、過去の行為を裁くもので、大陸法の原則に反していました。
第二次大戦後、医療倫理についてさまざまな議論が積み重ねられ、医療における正しさを、国家が決めるべきでないという合意が世界に広まりました。国家に脅迫されても患者を害するなというのが、ニュルンベルグ綱領やジュネーブ宣言の命ずるところです。これは行政上の常識にもなっているはずです。ナチス・ドイツでは、国の暴走に医師が加わることで、犠牲者数が膨大になりました。医療における正しさの判断を、国ではなく、個々の医師に委ねなければ、悲劇の再発は防げません。これは日本の医師の間でも広く認識されています。例えば、虎の門病院で2003年に制定された『医師のための入院診療基本指針』の第1項目では、「医師の医療上の判断は命令や強制ではなく、自らの知識と良心に基づく。したがって、医師の医療における言葉と行動には常に個人的責任を伴う。」と定められています。
坪倉医師は、南相馬市で活動する医師の中では、被ばく医療について最も多くの知識と経験を有しています。被ばく問題の重大性からみれば、坪倉医師が市長と内部被ばくの検査体制について直接話すのは当然のことです。事務官を通じて間接的に話すと、誤解、歪曲、握りつぶしが生じかねません。
内部被ばくのデータの取りまとめと解析は坪倉医師が担当しました。このデータは、坪倉医師が、協力した他の医師や学者の合意を得た上で公表すべきものです。法令に基づく権威勾配が関わるべき問題ではありません。法令による強制力を持った権威は、合理的な議論を阻害するので科学と相容れません。宗教裁判という神学による強制力を持った権威が、地動説を排除したのと同じです。「庁内調整」をして、事務官の許可を得た上で、論文なり研究成果を発表するという習慣は、学問の世界にはありません。事務サイドに対しては、公表について、混乱が起きないよう協力を求めるだけです。むしろ、市役所は関わらないようにすべきかもしれません。坪倉医師が知り得た市民の健康についての重要情報を、市民に伝えるのは、坪倉医師の責務でもあります。たとえ公表するなと脅迫されても従ってはならないというのが、医師の常識です。
下に示すジュネーブ宣言は、世界医師会の医の倫理に関する規定です。主語からも分かるように、徹底して個人が重視されています。臨床試験についての規範を定めたヘルシンキ宣言などとともに、日本を含む多くの国で、実質的に国内法の上位規範として機能しています。官庁内での事務官の行動規範とは異なります。
総務省内では、医学上の判断について役人が医師に命令できるというのが常識かもしれませんが、世界には通用しません。
ジュネーブ宣言(2006年版全文。翻訳はウィキペディアより引用)
・私は、人類への貢献に自らの人生を捧げることを厳粛に誓う。
・私は、私の恩師たちへ、彼らが当然受くべき尊敬と感謝の念を捧げる。
・私は、良心と尊厳とをもって、自らの職務を実践する。
・私は患者の健康を、私の第一の関心事項とする。
・私は、例え患者が亡くなった後であろうと、信頼され打ち明けられた秘密を尊重する。
・私は、全身全霊をかけて、医療専門職の名誉と高貴なる伝統を堅持する。
・私の同僚たちを、私の兄弟姉妹とする。
・私は、年齢、疾患や障害、信条、民族的起源、性別、国籍、所属政治団体、人種、性的指向、社会的地位、その他いかなる他の要因の斟酌であっても、私の職務と私の患者との間に干渉することを許さない。
・私は、人命を最大限尊重し続ける。
・私は、たとえ脅迫の下であっても、人権や市民の自由を侵害するために私の医学的知識を使用しない。
・私は、自由意思のもと私の名誉をかけて、厳粛にこれらのことを誓約する。
官庁が扱う情報には、建設工事の競争入札での予定価格のように、秘密にすべきものがあるのは間違いありません。しかし、内部被ばくのデータは、通常の行政事務のルールにおいても、隠蔽してよいものとは思えません。村田副市長のような考え方によって、様々なデータが隠蔽されてきたので、市民が疑心暗鬼になるのです。事務職の判断としても、批判は免れません。
2011年10月23日、私は、南相馬市を訪問し、医療再建の相談のために数人の方々と議論しました。かねて、桜井市長から、亀田総合病院に対し、南相馬市の医療再建への協力を求められていたためです。最初に市役所を訪ねて、副市長と面談しました。南相馬市復興顧問会議委員を務める東京大学医科学研究所の上昌広特任教授、たまたま前日仙台で開かれたシンポジウムで一緒だった国際医療福祉大学の高橋泰教授が同席しました。上教授は坪倉医師の指導教官でもあります。高橋教授とはシンポジウムが初対面でした。高橋教授は、シンポジウムの主催者から、私が南相馬市を訪問すると聞き、私に同行を求めてきました。秘密にすべきことは何もないと思っていたので、全ての面談に同席してもらいました。上教授と村田副市長は、その場で、WBCの検査結果の公表の段取りについて相談しました。その際、公表することに対する反対は、村田副市長からは述べられませんでした。市役所の職員が公表を受け入れられるように、準備が必要だという議論がありました。私は、当然、村田副市長が対応するものと思っていました。しかし、公表された後、市役所内部で混乱があり、南相馬市立総合病院が非難されたと聞きました。
●村田メールと日本国憲法
村田メールの下記内容は、村田副市長の姿勢を如実に示しています。
1)南相馬市立総合病院は、福島県や福島県立医大に多大な迷惑をかけた。
2)福島県や福島県立医大に多大な迷惑をかけたことについての対応を南相馬市立総合病院ではなく市の側で負わされている。
村田メールを読むと、南相馬市の行政の最大の関心事が、福島県や福島県立医大の機嫌を取り繕うことにあると理解されます。
私は、東日本大震災でいくつかの救援活動に関わりました(引用文献1)。いずれも、それまで誰もが実施したことのない救援活動でした。新しい取り組みだったこともあり、様々な局面で、行政と齟齬が生じました。行政の、法令と前例に縛られた硬直性、事実を捻じ曲げる知的誠実性の欠如、被災者救済より自らの責任回避を優先する倫理的退廃には、何度も驚かされました。自らの権力を高めるだけのためとしか思えない情報の非開示や小出しは、日常的におこなわれているように思えました。とくに、福島県の対応には、数々の問題がありました(引用文献2,3,4,5,6,7)。
以下、具体例をいくつか示します。
1.福島県は、メディアに対し誤った認識を誘導して双葉病院に対する非難報道のきっかけを作った。
2.福島県福祉事業協会傘下の知的障害者施設の多くは、福島原発の10キロ圏内にあった。急に避難を強いられたため、名簿が持ち出せなかった。利用者の多くは、抗てんかん薬をはじめ、重要な薬剤を投与されていた。法令上、生年月日が分からないと、正確な年齢が分からず、処方箋が書けない。このため、福島県の災害対策本部及び障がい福祉課に対し、生年月日データの有無とない場合の対応について相談したが、自分たちの責任で対応するよう言われ、一切の協力を拒否された。この直後、てんかん発作の重積状態で障害者が1人死亡した。福島県はこれを受けて、投薬などが適切におこなわれているか、避難所に調査にきた。
3.福島県は、南相馬市の緊急時避難準備区域に住民が戻った後、法的権限なしに、書面を出すことなく、口頭で入院病床の再開を抑制し続けた。長期間、入院診療が抑制されたため、民間病院の資金が枯渇した。病院が存続できるかどうか危ぶまれる状況である。
4.福島県・福島県立医大は、被ばくについて、市町村が、県外の医師たちに依頼して実施しようとした検診をやめるよう圧力をかけた。
5.福島県立医大は、2011年5月26日、学長名で、被災者を対象とする個別の調査・研究を、差し控えよとする文書を学内の各所属長宛てに出した。調査は行政主導でおこなうので、従うよう指示するものだった。
6.南相馬市立総合病院の院長が、関西の専門病院の協力を得て、小児の甲状腺がんの検診体制を整えようとした。講演会や人事交流が進められようとしていた矢先、この専門病院に対し、県立医大の教授から、福島県立医大副学長の山下俊一氏と相談するよう圧力がかかり、共同作業が不可能になった。
7.南相馬医師会の高橋亨平会長と協力者が、飯館村で除染の効果を検証するための実験を実施しようとしたのを、福島県が阻んだ。
行政と学問の関係は注意が必要です。先に述べたように、行政が学問を支配すると、行政の都合でデータの隠蔽や歪曲が生じてしまいます。内部被ばく検査についても、複数の施設が、独立した形で関わるべきです。それぞれが成果を発表し、議論するのが学問のあるべき姿です。意見の違いが、進歩を生みます。互いにデータを検証するのは良いにしても、県が一括管理すると、隠蔽が生じたり、行政の都合で医学上の正しさが捻じ曲げられたりする可能性があります。
南相馬市の行政の最優先事項は、福島県や福島県立医大の機嫌ではなく、南相馬市民の幸福です。南相馬市立総合病院は、福島県・福島県立医大に対して、 WBCのデータを1件5千円で譲ることを拒否しましたが、これはデータを行政が一括管理することのリスクを考えれば、当然のことです。これをもって、福島県や福島県立医大に多大な迷惑をかけたとするならば、基礎自治体の職員としての姿勢が問われます。
県庁の機嫌を市役所が取り繕わないと、総務省-福島県経由の予算に影響があるとすれば、副市長が県庁の機嫌を気にするのは理解できます。しかし、そうだとすれば、総務省と福島県に問題があることになります。県の裁量で予算を市町村に分配すると、県に過剰な権力が生じ、県と市町村の行政をゆがめます。総務省からの市町村への予算配分は、県を介在させない、あるいは何らかの方法で、総務省や県の裁量の余地を小さくすべきです。
実際に、福島県の復興予算要求は火事場泥棒とでもいうべきものでした。復興とは、被災者の生活が再建されることですが、福島県は、復興予算を、被災地や被災者に振り向けず、県立医大病院に病棟を建設するなど、本来県の通常の予算でおこなうべきことに使おうとしています(引用文献8)。
そもそも、総務官僚が、県や市町村に幹部として出向するのは、過剰な権力が生じていることの証のような気がします。メディアの監視が県レベルに及んでいないため、地方自治における権力は、権力の自覚と用心深さを欠きます。福島県や村田副市長はその典型ではないでしょうか。南相馬市立総合病院の動きは、住民のためとはいえ、総務省-都道府県-市町村の権威勾配を脅かすものでした。村田副市長は、自分がどのように見られているかを考慮しつつ、注意深く対応すべきでしたが、総務省の権力を客観視できず、当然のものと思っていたので、ただただ不愉快に感じて抑制を失ったのかもしれません。
いずれにしても、福島県の機嫌を損ねたことを理由に、震災で大活躍した南相馬市立総合病院を非難してよいものでしょうか。原発事故後、南相馬市立総合病院の常勤医師は12人から一時は4人にまで減少し、看護師も半減しました。医師、看護師が中心になって、給食や清掃の外部委託職員がいなくなった中、入院患者を守りぬきました。被災地の病院としては、最も早くから、WBCを導入して内部被ばくの検査をおこなってきました。これに対し、福島県は、これまで述べてきたように、不適切な対応が目立ちました。福島県への機嫌の取り繕い方よっては、南相馬市立総合病院を貶めることになりかねません。これは市民を貶めることに他なりません。
戦後制定された日本国憲法が、最高の価値として掲げているのは個人の尊厳です。日本国憲法は、国家権力を制限して、個人の自由を実現するという基本構造を持っています。これは、立憲主義とよばれ、近代憲法の基本的な考え方です。日本国憲法92条にある「地方自治の本旨」は、地方自治を、個人の尊厳を守るという目的に奉仕させるための文言と理解されています(高橋和之『立憲主義と日本国憲法』有斐閣)。このため、住民が、首長や地方議会の議員を選挙します。県という大きな単位があるのは、市町村では国に対抗できず、個人の尊厳を守れないからとされています。
しかし、この建前は実態と異なり、今も、総務省が、県を通じて市町村を支配する状況が続いています。明治憲法下では、県知事は勅任官であり、選挙されていませんでした。県庁は、内務省の出先機関でした。内務省が県を通じて全国をくまなく支配しました。立憲主義を基本とする近代憲法は、市民革命から生まれましたが、日本には、市民が君主と対峙して権利を勝ち取る歴史はありませんでした。市民階級の自立の弱さが、戦後も旧内務省的支配を存続させたのではないでしょうか。
私は、村田メールに、立会人がいない取調室の雰囲気を感じます。戦前、警察や特別高等警察は、旧内務省所属の機関でした。旧内務省は絶大な権力を持っていました。効果的な抑制手段がなければ、恫喝が行政の常套手段になるのは、容易に想像がつきます。
市町村側の力量がしばしば不足しているので、総務省が必要なのだとする意見があります。例えば自治体の合併などの大きなプロジェクトでは、総務省の手助けがないと、実行できないところがあったそうです。もう一つ、日本の国民は、自治体の暴走にたいするチェック役を、総務省に期待しているように思います。いずれも、自分の生存と尊厳を、自力で確保せずに、お上頼みにしようとする論理です。ところが、日本政府は制度疲労のため、機能が大きく低下しています。お上頼みの害は、住民の自立に伴う不利益より、桁違いに大きくなります。地方自治体の首長は、問題があれば、比較的簡単に選挙で交代させられるのです。住民の不利益は住民の責任なのです。
(中略)
●給食セシウム検査のその後と南相馬市の現在の危機
2011年11月30日、東大の早野教授が桜井市長と面談しました。桜井市長は給食の検査を実施したいという姿勢でしたが、同席した教育委員会事務局の職員は、大人の方が大事だから、子供から検査する意味が分からないとして、終始反対したとのことです。早野教授はツイッターで発信しました。
僕が一ヶ月前に桜井市長宛に送ったFAXは、教育委員会が握りつぶしていた事が本日判明。子供の食を測定する前にまず大人の食の安全を確立すべきと主張する南相馬教育委員会の実態に愕然。市長は私の主張を正しく理解されたが、これじゃ前途多難。
市長が退席すると、教育委員会の職員は「ということで、この件は無かったことにしてください」と締めくくったとのことです。
教育委員会の職員は、南相馬市の現在の危機を理解していないようです。震災直後は市民の生命が危機にさらされていました。今は、地域社会が存亡の危機にあります。番場さち子氏の文章が、切迫した状況を雄弁に物語っています。
「お年を召した患者はいる。だが、若い者はいない。働く場所はある。だが、働く人はいない。緊急時避難準備区域が解除されても、働き手が帰って来ないのである(引用文献9)。」
南相馬市の最大の問題は、人口問題です。2011年11月27日の南相馬市復興シンポジウムの基調講演で、藻谷浩介氏が延々と人口問題について話していました。震災後子供の数が激減しました。出産がほとんどなくなったので、現状を維持するだけでは、いずれ市は消滅します。まず、学校の除染をして、全ての学校を再開しなければなりません。その上で、わくわくするような希望のある大きな動きを演出して空気を一変させない限り、地域社会崩壊の流れは止められません。
ポイントは若者と広報です。まちづくり、医療・福祉の再建の主導権を若者に持たせること、外部から若者が入ってくるのを促進すること、それを物語として実況中継することです。広報も若者に任せなければ、若者を引き付けることはできません。先端産業の誘致は誰もが口にしますが、雇用されるべき若者がいなければ、全く意味がありません。まちづくりや医療・福祉という基礎自治体の根幹部分の再建に若者を参加させることが、先端産業の誘致よりはるかに重要だと思います。
もう一つのポイントは、高齢化社会へ対応です。高齢化は、日本だけではなく、中国、韓国など東アジアの国々の最大の問題です。南相馬市では、仮設住宅 4900人の住むまちを新しく作らなければなりません。通常のまちづくりでは、使えなくなった既存部分を、スクラップしていく過程が最大の問題になります。今回は、この部分がないだけに、大胆なまちづくりが可能です。高齢化社会のまちづくりを、現在進行形のいくつかの物語として演出して、経過を逐一発信できないものでしょうか。
いずれにしも、若者を引き留め、ひきつけるには、子供の被ばく対策を徹底すること、情報を開示すること、教育を充実させることが必須条件です。
教育委員会の職員は、目先の仕事量を増やさないことだけを考えているように見えます。南相馬市では、教育委員会の職員が、委員による検討を経ずに、市長の意向を無視してよいのでしょうか。私は、教育委員会の仕事が、未来永劫存続すると信じて疑っていない様子にびっくりしてしまいます。子供がいなくなれば、教育委員会は存在理由がなくなります。
●役人保護バリアのほころび
村田メール事件が、12月18日付の朝日新聞「プロメテウスの罠」に取り上げられました。記事によると、記者はメール問題で村田副市長に取材を申し込みましたが、南相馬市役所の秘書課から取材を断られました。記事の最後に、南相馬市の秘書課長の発言が引用されていました。
「市立病院をいかに守り、市民のために機能させていくか検討している最中なので、いまは回答できません。それより、市役所内の話がどうして外部にもれたのか」
この発言には二つの問題があります。第一は、村田副市長と同じく、「市役所でひどいことをするより、それを外部に流すことがもっといけないことだ」と主張していると理解されます。ひどいことがおこなわれていれば、表に出るのは当然です。そもそも、医師は、これを内部の議論とは思っていませんし、村田市長とのやり取りに守秘義務が及ぶとも思っていません。
象徴的な事件を紹介します。1999年、都立広尾病院で、消毒薬が誤って静脈内に投与されたたため患者が死亡しました。院長は、警察への届け出を決意しましたが、東京都病院事業部副参事の反対を受けてこれに従いました。東京都副参事、院長の行動には問題がありました。とくに、院長が都庁の事務官に従ったことは大きな問題です。副参事は罪に問われませんでしたが、院長は医師法21条違反で有罪が確定しました。この最高裁判決は、医師の間では評判が悪いのですが、私は良い影響もあったと思っています。判決は、医師の判断は、医学と自身の良心に基づくべきであって、事務方の事情に基づく判断に従うべきではないという強いメッセージになりました。事務官には、医師の責任の肩代わりはできないのです。
もう一つは、市役所の姿勢です。市役所は、支援を期待して、福島県と福島県立医大の機嫌をとることが、病院を守ることだと判断しているようです。しかし、福島県立医大の医局は、南相馬市で、急性心筋梗塞に対処できる専門家を引き上げたにもかかわらず、病院が他から専門家を招聘するのを阻止したことがあります。この結果、南相馬市では、急性心筋梗塞の治療ができなくなりました。さらに、福島県のさまざまな医療現場から、原発事故を契機に、福島県立医大の医局を多く医師が離れていると伝わってきました。福島県立医大は、南相馬市を支援できる状況にはないようです。医局は、法律に基づかない自然発生の排他的運命共同体です。外部の医師に対して、参入障壁として存在してきました。福島県と県立医大ばかり見ていると、外からの支援を排除することになりかねません。
私は、村田氏が、坪倉医師と南相馬市立総合病院に対して、なぜ、早い段階で謝罪しないのか不思議に思っていました。日本の医師は、1999年以後の医療バッシングで鍛えられました。自らの行動に問題があると思えば、素早く、適切に謝罪をします。これが、事態の悪化を防ぎ、自分を守ります。私の見るところ、官の権力は、役人から危機に対する認知能力と対応能力を奪っています。彼らは野生では生きていけません。通常の社会人は、自らの安全のために、周囲に気を配り、真摯に危機に対応します。役人は、国-県-市町村の権力による役人保護バリアが、インターネットの発達によって、ほころびつつあることを肝に銘じておくべきです。
引用文献
1. 小松秀樹:大規模災害時の医療・介護. 『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』pp64-73, 全労済協会. 2011年6月.
2. 小松秀樹:病院の震災対応 病院ごとの事前マニュアル作成のすすめ. pp123−128, 経済セミナー増刊. 復興と希望の経済学. 経済評論社2011年9月.
3. 「原発30キロ圏」の医療が崩壊. 『選択』7月号,100-101, 2011.
4.福島県の横暴、福島県立医大の悲劇. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン;Vol.277, 2011年9月27日. http://medg.jp/mt/2011/09/vol277.html
5.小松秀樹:災害時の医療と自立した個人のネットワーク. 医療救援活動戸災害弱者へ対策への提言. 外来小児科. 14; 315-324, 2011.
6.小松秀樹:無理です山下さん、やめてください福島県(その1/2). MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.318, 2011年11月18日.http://medg.jp/mt/2011/11/vol318-12.html
7.小松秀樹:無理です山下さん、やめてください福島県(その2/2). MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.319, 2011年11月19日. 引用文献
http://medg.jp/mt/2011/11/vol319-22.html
8.小松秀樹:福島県の横暴、福島県立医大の悲劇. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.277, 2011年9月27日. http://medg.jp/mt/2011/09/vol277.html
9.番場さち子:地域医療亡くなる不安〜南相馬市の現状. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.341, 2011年12月16日. http://medg.jp/mt/2011/12/vol341.html
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亀田総合病院
小松秀樹
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以下は、引用(一部分中略あり)。
●村田メール
南相馬市に副市長として総務省から出向している村田崇氏(37歳)から、坪倉正治医師(29歳)に送られたメールが問題になっています。坪倉医師は6年目の若手医師で、東京大学医科学研究所の大学院生です。震災後、4月より相双地区に入り、5月より、南相馬市立総合病院の非常勤医師として、ホールボディカウンター(WBC)による内部被ばくの検査、幼児の内部被ばくを調べるための尿のセシウム検査(体が小さすぎるとWBCが使えない)、検診、被ばくについての健康相談、さらには除染にまで関わってきました。南相馬市立総合病院の医師の中では、被ばくについて、もっとも詳しい専門知識を有しています。
坪倉医師はWBCや尿のセシウム検査の技術的問題についての知識を深めるために、東京大学理学部物理学科の早野龍五教授を訪問しました。ここで、早野教授から南相馬市の桜井勝延市長に対し、早野教授側の費用負担で、学校給食を丸ごとミキサーにかけて、放射性セシウムを測定することが提案されていたことを聞きました。坪倉医師は、早野教授から、「南相馬市では検査は不要と断られてしまった。」と聞いて驚きました。今後の被ばくを防ぐのに、食品の検査が最重要と考えていたからです。とくに放射線の影響を受けやすい子供が重要です。
坪倉医師によると、南相馬市立総合病院のWBCによる検査結果では、セシウムが検出された子供のほとんどは、再検査時、セシウム値が低下していました。しかし、無頓着に自宅で作った野菜を食べ続けている大人の中には、体内のセシウム値がまったく低下していない人がいました。
ウクライナの研究機関のホームページ(http://t.co¬/LS4FTnHR)には、チェルノブイリの住民の体内の放射線量の推移を示すグラフが掲載されています。事故後、線量は上昇しました。食品検査を徹底したところ、線量は一旦低下しましたが、10年後、再度上昇しました。ウクライナのWBC研究所の責任者は、坪倉医師に、ソビエトが崩壊し、食品の流通経路が変化したことと食品検査が不十分になったことが原因だったと説明しました。再上昇の後、食品検査を徹底したところ、内部被ばくは再度低下しました。以後、現在に至るまで、ウクライナやベラルーシでは、食品検査と内部被ばくの検査が継続的に、頻繁におこなわれています。
2011年11月11日、坪倉医師は、食品の検査体制の強化が重要なので、早野提案を検討してほしいとのメールを桜井市長と村田副市長あてに送りました。
これに対し、村田副市長から返事がありました。その文面に、坪倉医師は困惑し、私を含む何人かに相談しました。以下、このメールの意味を解析していきます。
「内容の是非はともかく、入口論で副市長という立場にある者から、総合病院の一医師である坪倉さんにはどうしても少し申し上げざるを得ません。」
「特別職に対して原因を調べろという趣旨のメールになっていますから、私に対してはともかく、市長に対しては失礼極まりない行為であり、また、今回のような意見をお持ちでありながら、組織として総合病院がどのような庁内調整をされているのかが全く見えてきません。言葉は良くありませんが、これでは単なる一職員による感情任せの『ちくり』としてしか扱うことが出来ません。ご自身の責任や立場を踏まえられた行動をお願いしたいと思います。」
「この際申し上げますが、WBCや尿検査の問題など、市民を巻き込むような話題において重大な守秘義務違反を繰り返されていることは、極めて遺憾です。これらの問題について何らの反省や状況報告がなされないままで今回のようなメールを頂戴し、上から職員を押さえつけるような事態が生じれば、ますます総合病院の立場は苦しくなるものと思います。これらに加え、県や県立医大に多大なご迷惑をおかけし、これら対応を総合病院ではなく市の側で負わされている現状を考えると、市職員としても、感情的にどうしても総合病院を敬遠せざるを得なくなるのではないでしょうか。」
「総合的に、良識的かつ市職員として最低限守るべきことは何なのかを再度見つめなおしていただき、日ごろの業務にあたっていただければと思います。」
●村田メールとジュネーブ宣言
坪倉医師が困惑したのは、村田メールに、以下のような医師の行動規範と相容れない内容が含まれていたからです。
1)南相馬市立総合病院の一職員である非常勤医師が、市長に直接メールを送ることはあってはならない。「庁内調整」をした上で段階を追って意見を上げるべきである。
2)WBCや尿の放射性物質検査の結果は、守秘義務が課されるべき情報である。
第二次世界大戦中、医師が、戦争犯罪に国家の命令で加担しました。ドイツではこのような医師たちの行為は法律に則っていましたが、ニュルンベルグ継続裁判で起訴され、23人中、16人が有罪になり、7人が処刑されました。断わっておきますが、この裁判自体、戦勝国が正義を敗戦国に押し付けたもので、手続き上、公平なものではありませんでした。新しく作成した規範に従って、過去の行為を裁くもので、大陸法の原則に反していました。
第二次大戦後、医療倫理についてさまざまな議論が積み重ねられ、医療における正しさを、国家が決めるべきでないという合意が世界に広まりました。国家に脅迫されても患者を害するなというのが、ニュルンベルグ綱領やジュネーブ宣言の命ずるところです。これは行政上の常識にもなっているはずです。ナチス・ドイツでは、国の暴走に医師が加わることで、犠牲者数が膨大になりました。医療における正しさの判断を、国ではなく、個々の医師に委ねなければ、悲劇の再発は防げません。これは日本の医師の間でも広く認識されています。例えば、虎の門病院で2003年に制定された『医師のための入院診療基本指針』の第1項目では、「医師の医療上の判断は命令や強制ではなく、自らの知識と良心に基づく。したがって、医師の医療における言葉と行動には常に個人的責任を伴う。」と定められています。
坪倉医師は、南相馬市で活動する医師の中では、被ばく医療について最も多くの知識と経験を有しています。被ばく問題の重大性からみれば、坪倉医師が市長と内部被ばくの検査体制について直接話すのは当然のことです。事務官を通じて間接的に話すと、誤解、歪曲、握りつぶしが生じかねません。
内部被ばくのデータの取りまとめと解析は坪倉医師が担当しました。このデータは、坪倉医師が、協力した他の医師や学者の合意を得た上で公表すべきものです。法令に基づく権威勾配が関わるべき問題ではありません。法令による強制力を持った権威は、合理的な議論を阻害するので科学と相容れません。宗教裁判という神学による強制力を持った権威が、地動説を排除したのと同じです。「庁内調整」をして、事務官の許可を得た上で、論文なり研究成果を発表するという習慣は、学問の世界にはありません。事務サイドに対しては、公表について、混乱が起きないよう協力を求めるだけです。むしろ、市役所は関わらないようにすべきかもしれません。坪倉医師が知り得た市民の健康についての重要情報を、市民に伝えるのは、坪倉医師の責務でもあります。たとえ公表するなと脅迫されても従ってはならないというのが、医師の常識です。
下に示すジュネーブ宣言は、世界医師会の医の倫理に関する規定です。主語からも分かるように、徹底して個人が重視されています。臨床試験についての規範を定めたヘルシンキ宣言などとともに、日本を含む多くの国で、実質的に国内法の上位規範として機能しています。官庁内での事務官の行動規範とは異なります。
総務省内では、医学上の判断について役人が医師に命令できるというのが常識かもしれませんが、世界には通用しません。
ジュネーブ宣言(2006年版全文。翻訳はウィキペディアより引用)
・私は、人類への貢献に自らの人生を捧げることを厳粛に誓う。
・私は、私の恩師たちへ、彼らが当然受くべき尊敬と感謝の念を捧げる。
・私は、良心と尊厳とをもって、自らの職務を実践する。
・私は患者の健康を、私の第一の関心事項とする。
・私は、例え患者が亡くなった後であろうと、信頼され打ち明けられた秘密を尊重する。
・私は、全身全霊をかけて、医療専門職の名誉と高貴なる伝統を堅持する。
・私の同僚たちを、私の兄弟姉妹とする。
・私は、年齢、疾患や障害、信条、民族的起源、性別、国籍、所属政治団体、人種、性的指向、社会的地位、その他いかなる他の要因の斟酌であっても、私の職務と私の患者との間に干渉することを許さない。
・私は、人命を最大限尊重し続ける。
・私は、たとえ脅迫の下であっても、人権や市民の自由を侵害するために私の医学的知識を使用しない。
・私は、自由意思のもと私の名誉をかけて、厳粛にこれらのことを誓約する。
官庁が扱う情報には、建設工事の競争入札での予定価格のように、秘密にすべきものがあるのは間違いありません。しかし、内部被ばくのデータは、通常の行政事務のルールにおいても、隠蔽してよいものとは思えません。村田副市長のような考え方によって、様々なデータが隠蔽されてきたので、市民が疑心暗鬼になるのです。事務職の判断としても、批判は免れません。
2011年10月23日、私は、南相馬市を訪問し、医療再建の相談のために数人の方々と議論しました。かねて、桜井市長から、亀田総合病院に対し、南相馬市の医療再建への協力を求められていたためです。最初に市役所を訪ねて、副市長と面談しました。南相馬市復興顧問会議委員を務める東京大学医科学研究所の上昌広特任教授、たまたま前日仙台で開かれたシンポジウムで一緒だった国際医療福祉大学の高橋泰教授が同席しました。上教授は坪倉医師の指導教官でもあります。高橋教授とはシンポジウムが初対面でした。高橋教授は、シンポジウムの主催者から、私が南相馬市を訪問すると聞き、私に同行を求めてきました。秘密にすべきことは何もないと思っていたので、全ての面談に同席してもらいました。上教授と村田副市長は、その場で、WBCの検査結果の公表の段取りについて相談しました。その際、公表することに対する反対は、村田副市長からは述べられませんでした。市役所の職員が公表を受け入れられるように、準備が必要だという議論がありました。私は、当然、村田副市長が対応するものと思っていました。しかし、公表された後、市役所内部で混乱があり、南相馬市立総合病院が非難されたと聞きました。
●村田メールと日本国憲法
村田メールの下記内容は、村田副市長の姿勢を如実に示しています。
1)南相馬市立総合病院は、福島県や福島県立医大に多大な迷惑をかけた。
2)福島県や福島県立医大に多大な迷惑をかけたことについての対応を南相馬市立総合病院ではなく市の側で負わされている。
村田メールを読むと、南相馬市の行政の最大の関心事が、福島県や福島県立医大の機嫌を取り繕うことにあると理解されます。
私は、東日本大震災でいくつかの救援活動に関わりました(引用文献1)。いずれも、それまで誰もが実施したことのない救援活動でした。新しい取り組みだったこともあり、様々な局面で、行政と齟齬が生じました。行政の、法令と前例に縛られた硬直性、事実を捻じ曲げる知的誠実性の欠如、被災者救済より自らの責任回避を優先する倫理的退廃には、何度も驚かされました。自らの権力を高めるだけのためとしか思えない情報の非開示や小出しは、日常的におこなわれているように思えました。とくに、福島県の対応には、数々の問題がありました(引用文献2,3,4,5,6,7)。
以下、具体例をいくつか示します。
1.福島県は、メディアに対し誤った認識を誘導して双葉病院に対する非難報道のきっかけを作った。
2.福島県福祉事業協会傘下の知的障害者施設の多くは、福島原発の10キロ圏内にあった。急に避難を強いられたため、名簿が持ち出せなかった。利用者の多くは、抗てんかん薬をはじめ、重要な薬剤を投与されていた。法令上、生年月日が分からないと、正確な年齢が分からず、処方箋が書けない。このため、福島県の災害対策本部及び障がい福祉課に対し、生年月日データの有無とない場合の対応について相談したが、自分たちの責任で対応するよう言われ、一切の協力を拒否された。この直後、てんかん発作の重積状態で障害者が1人死亡した。福島県はこれを受けて、投薬などが適切におこなわれているか、避難所に調査にきた。
3.福島県は、南相馬市の緊急時避難準備区域に住民が戻った後、法的権限なしに、書面を出すことなく、口頭で入院病床の再開を抑制し続けた。長期間、入院診療が抑制されたため、民間病院の資金が枯渇した。病院が存続できるかどうか危ぶまれる状況である。
4.福島県・福島県立医大は、被ばくについて、市町村が、県外の医師たちに依頼して実施しようとした検診をやめるよう圧力をかけた。
5.福島県立医大は、2011年5月26日、学長名で、被災者を対象とする個別の調査・研究を、差し控えよとする文書を学内の各所属長宛てに出した。調査は行政主導でおこなうので、従うよう指示するものだった。
6.南相馬市立総合病院の院長が、関西の専門病院の協力を得て、小児の甲状腺がんの検診体制を整えようとした。講演会や人事交流が進められようとしていた矢先、この専門病院に対し、県立医大の教授から、福島県立医大副学長の山下俊一氏と相談するよう圧力がかかり、共同作業が不可能になった。
7.南相馬医師会の高橋亨平会長と協力者が、飯館村で除染の効果を検証するための実験を実施しようとしたのを、福島県が阻んだ。
行政と学問の関係は注意が必要です。先に述べたように、行政が学問を支配すると、行政の都合でデータの隠蔽や歪曲が生じてしまいます。内部被ばく検査についても、複数の施設が、独立した形で関わるべきです。それぞれが成果を発表し、議論するのが学問のあるべき姿です。意見の違いが、進歩を生みます。互いにデータを検証するのは良いにしても、県が一括管理すると、隠蔽が生じたり、行政の都合で医学上の正しさが捻じ曲げられたりする可能性があります。
南相馬市の行政の最優先事項は、福島県や福島県立医大の機嫌ではなく、南相馬市民の幸福です。南相馬市立総合病院は、福島県・福島県立医大に対して、 WBCのデータを1件5千円で譲ることを拒否しましたが、これはデータを行政が一括管理することのリスクを考えれば、当然のことです。これをもって、福島県や福島県立医大に多大な迷惑をかけたとするならば、基礎自治体の職員としての姿勢が問われます。
県庁の機嫌を市役所が取り繕わないと、総務省-福島県経由の予算に影響があるとすれば、副市長が県庁の機嫌を気にするのは理解できます。しかし、そうだとすれば、総務省と福島県に問題があることになります。県の裁量で予算を市町村に分配すると、県に過剰な権力が生じ、県と市町村の行政をゆがめます。総務省からの市町村への予算配分は、県を介在させない、あるいは何らかの方法で、総務省や県の裁量の余地を小さくすべきです。
実際に、福島県の復興予算要求は火事場泥棒とでもいうべきものでした。復興とは、被災者の生活が再建されることですが、福島県は、復興予算を、被災地や被災者に振り向けず、県立医大病院に病棟を建設するなど、本来県の通常の予算でおこなうべきことに使おうとしています(引用文献8)。
そもそも、総務官僚が、県や市町村に幹部として出向するのは、過剰な権力が生じていることの証のような気がします。メディアの監視が県レベルに及んでいないため、地方自治における権力は、権力の自覚と用心深さを欠きます。福島県や村田副市長はその典型ではないでしょうか。南相馬市立総合病院の動きは、住民のためとはいえ、総務省-都道府県-市町村の権威勾配を脅かすものでした。村田副市長は、自分がどのように見られているかを考慮しつつ、注意深く対応すべきでしたが、総務省の権力を客観視できず、当然のものと思っていたので、ただただ不愉快に感じて抑制を失ったのかもしれません。
いずれにしても、福島県の機嫌を損ねたことを理由に、震災で大活躍した南相馬市立総合病院を非難してよいものでしょうか。原発事故後、南相馬市立総合病院の常勤医師は12人から一時は4人にまで減少し、看護師も半減しました。医師、看護師が中心になって、給食や清掃の外部委託職員がいなくなった中、入院患者を守りぬきました。被災地の病院としては、最も早くから、WBCを導入して内部被ばくの検査をおこなってきました。これに対し、福島県は、これまで述べてきたように、不適切な対応が目立ちました。福島県への機嫌の取り繕い方よっては、南相馬市立総合病院を貶めることになりかねません。これは市民を貶めることに他なりません。
戦後制定された日本国憲法が、最高の価値として掲げているのは個人の尊厳です。日本国憲法は、国家権力を制限して、個人の自由を実現するという基本構造を持っています。これは、立憲主義とよばれ、近代憲法の基本的な考え方です。日本国憲法92条にある「地方自治の本旨」は、地方自治を、個人の尊厳を守るという目的に奉仕させるための文言と理解されています(高橋和之『立憲主義と日本国憲法』有斐閣)。このため、住民が、首長や地方議会の議員を選挙します。県という大きな単位があるのは、市町村では国に対抗できず、個人の尊厳を守れないからとされています。
しかし、この建前は実態と異なり、今も、総務省が、県を通じて市町村を支配する状況が続いています。明治憲法下では、県知事は勅任官であり、選挙されていませんでした。県庁は、内務省の出先機関でした。内務省が県を通じて全国をくまなく支配しました。立憲主義を基本とする近代憲法は、市民革命から生まれましたが、日本には、市民が君主と対峙して権利を勝ち取る歴史はありませんでした。市民階級の自立の弱さが、戦後も旧内務省的支配を存続させたのではないでしょうか。
私は、村田メールに、立会人がいない取調室の雰囲気を感じます。戦前、警察や特別高等警察は、旧内務省所属の機関でした。旧内務省は絶大な権力を持っていました。効果的な抑制手段がなければ、恫喝が行政の常套手段になるのは、容易に想像がつきます。
市町村側の力量がしばしば不足しているので、総務省が必要なのだとする意見があります。例えば自治体の合併などの大きなプロジェクトでは、総務省の手助けがないと、実行できないところがあったそうです。もう一つ、日本の国民は、自治体の暴走にたいするチェック役を、総務省に期待しているように思います。いずれも、自分の生存と尊厳を、自力で確保せずに、お上頼みにしようとする論理です。ところが、日本政府は制度疲労のため、機能が大きく低下しています。お上頼みの害は、住民の自立に伴う不利益より、桁違いに大きくなります。地方自治体の首長は、問題があれば、比較的簡単に選挙で交代させられるのです。住民の不利益は住民の責任なのです。
(中略)
●給食セシウム検査のその後と南相馬市の現在の危機
2011年11月30日、東大の早野教授が桜井市長と面談しました。桜井市長は給食の検査を実施したいという姿勢でしたが、同席した教育委員会事務局の職員は、大人の方が大事だから、子供から検査する意味が分からないとして、終始反対したとのことです。早野教授はツイッターで発信しました。
僕が一ヶ月前に桜井市長宛に送ったFAXは、教育委員会が握りつぶしていた事が本日判明。子供の食を測定する前にまず大人の食の安全を確立すべきと主張する南相馬教育委員会の実態に愕然。市長は私の主張を正しく理解されたが、これじゃ前途多難。
市長が退席すると、教育委員会の職員は「ということで、この件は無かったことにしてください」と締めくくったとのことです。
教育委員会の職員は、南相馬市の現在の危機を理解していないようです。震災直後は市民の生命が危機にさらされていました。今は、地域社会が存亡の危機にあります。番場さち子氏の文章が、切迫した状況を雄弁に物語っています。
「お年を召した患者はいる。だが、若い者はいない。働く場所はある。だが、働く人はいない。緊急時避難準備区域が解除されても、働き手が帰って来ないのである(引用文献9)。」
南相馬市の最大の問題は、人口問題です。2011年11月27日の南相馬市復興シンポジウムの基調講演で、藻谷浩介氏が延々と人口問題について話していました。震災後子供の数が激減しました。出産がほとんどなくなったので、現状を維持するだけでは、いずれ市は消滅します。まず、学校の除染をして、全ての学校を再開しなければなりません。その上で、わくわくするような希望のある大きな動きを演出して空気を一変させない限り、地域社会崩壊の流れは止められません。
ポイントは若者と広報です。まちづくり、医療・福祉の再建の主導権を若者に持たせること、外部から若者が入ってくるのを促進すること、それを物語として実況中継することです。広報も若者に任せなければ、若者を引き付けることはできません。先端産業の誘致は誰もが口にしますが、雇用されるべき若者がいなければ、全く意味がありません。まちづくりや医療・福祉という基礎自治体の根幹部分の再建に若者を参加させることが、先端産業の誘致よりはるかに重要だと思います。
もう一つのポイントは、高齢化社会へ対応です。高齢化は、日本だけではなく、中国、韓国など東アジアの国々の最大の問題です。南相馬市では、仮設住宅 4900人の住むまちを新しく作らなければなりません。通常のまちづくりでは、使えなくなった既存部分を、スクラップしていく過程が最大の問題になります。今回は、この部分がないだけに、大胆なまちづくりが可能です。高齢化社会のまちづくりを、現在進行形のいくつかの物語として演出して、経過を逐一発信できないものでしょうか。
いずれにしも、若者を引き留め、ひきつけるには、子供の被ばく対策を徹底すること、情報を開示すること、教育を充実させることが必須条件です。
教育委員会の職員は、目先の仕事量を増やさないことだけを考えているように見えます。南相馬市では、教育委員会の職員が、委員による検討を経ずに、市長の意向を無視してよいのでしょうか。私は、教育委員会の仕事が、未来永劫存続すると信じて疑っていない様子にびっくりしてしまいます。子供がいなくなれば、教育委員会は存在理由がなくなります。
●役人保護バリアのほころび
村田メール事件が、12月18日付の朝日新聞「プロメテウスの罠」に取り上げられました。記事によると、記者はメール問題で村田副市長に取材を申し込みましたが、南相馬市役所の秘書課から取材を断られました。記事の最後に、南相馬市の秘書課長の発言が引用されていました。
「市立病院をいかに守り、市民のために機能させていくか検討している最中なので、いまは回答できません。それより、市役所内の話がどうして外部にもれたのか」
この発言には二つの問題があります。第一は、村田副市長と同じく、「市役所でひどいことをするより、それを外部に流すことがもっといけないことだ」と主張していると理解されます。ひどいことがおこなわれていれば、表に出るのは当然です。そもそも、医師は、これを内部の議論とは思っていませんし、村田市長とのやり取りに守秘義務が及ぶとも思っていません。
象徴的な事件を紹介します。1999年、都立広尾病院で、消毒薬が誤って静脈内に投与されたたため患者が死亡しました。院長は、警察への届け出を決意しましたが、東京都病院事業部副参事の反対を受けてこれに従いました。東京都副参事、院長の行動には問題がありました。とくに、院長が都庁の事務官に従ったことは大きな問題です。副参事は罪に問われませんでしたが、院長は医師法21条違反で有罪が確定しました。この最高裁判決は、医師の間では評判が悪いのですが、私は良い影響もあったと思っています。判決は、医師の判断は、医学と自身の良心に基づくべきであって、事務方の事情に基づく判断に従うべきではないという強いメッセージになりました。事務官には、医師の責任の肩代わりはできないのです。
もう一つは、市役所の姿勢です。市役所は、支援を期待して、福島県と福島県立医大の機嫌をとることが、病院を守ることだと判断しているようです。しかし、福島県立医大の医局は、南相馬市で、急性心筋梗塞に対処できる専門家を引き上げたにもかかわらず、病院が他から専門家を招聘するのを阻止したことがあります。この結果、南相馬市では、急性心筋梗塞の治療ができなくなりました。さらに、福島県のさまざまな医療現場から、原発事故を契機に、福島県立医大の医局を多く医師が離れていると伝わってきました。福島県立医大は、南相馬市を支援できる状況にはないようです。医局は、法律に基づかない自然発生の排他的運命共同体です。外部の医師に対して、参入障壁として存在してきました。福島県と県立医大ばかり見ていると、外からの支援を排除することになりかねません。
私は、村田氏が、坪倉医師と南相馬市立総合病院に対して、なぜ、早い段階で謝罪しないのか不思議に思っていました。日本の医師は、1999年以後の医療バッシングで鍛えられました。自らの行動に問題があると思えば、素早く、適切に謝罪をします。これが、事態の悪化を防ぎ、自分を守ります。私の見るところ、官の権力は、役人から危機に対する認知能力と対応能力を奪っています。彼らは野生では生きていけません。通常の社会人は、自らの安全のために、周囲に気を配り、真摯に危機に対応します。役人は、国-県-市町村の権力による役人保護バリアが、インターネットの発達によって、ほころびつつあることを肝に銘じておくべきです。
引用文献
1. 小松秀樹:大規模災害時の医療・介護. 『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』pp64-73, 全労済協会. 2011年6月.
2. 小松秀樹:病院の震災対応 病院ごとの事前マニュアル作成のすすめ. pp123−128, 経済セミナー増刊. 復興と希望の経済学. 経済評論社2011年9月.
3. 「原発30キロ圏」の医療が崩壊. 『選択』7月号,100-101, 2011.
4.福島県の横暴、福島県立医大の悲劇. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン;Vol.277, 2011年9月27日. http://medg.jp/mt/2011/09/vol277.html
5.小松秀樹:災害時の医療と自立した個人のネットワーク. 医療救援活動戸災害弱者へ対策への提言. 外来小児科. 14; 315-324, 2011.
6.小松秀樹:無理です山下さん、やめてください福島県(その1/2). MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.318, 2011年11月18日.http://medg.jp/mt/2011/11/vol318-12.html
7.小松秀樹:無理です山下さん、やめてください福島県(その2/2). MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.319, 2011年11月19日. 引用文献
http://medg.jp/mt/2011/11/vol319-22.html
8.小松秀樹:福島県の横暴、福島県立医大の悲劇. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.277, 2011年9月27日. http://medg.jp/mt/2011/09/vol277.html
9.番場さち子:地域医療亡くなる不安〜南相馬市の現状. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.341, 2011年12月16日. http://medg.jp/mt/2011/12/vol341.html












野田首相は東北の現状を視察しているにもかかわらず、原発を推進しようというのか?
子供は個体が小さいからセシウムの影響を大人より受けやすいのは素人でもわかること。
救いはこうしてWEB上で活動している人間が数多く存在することです。
私も震災のことを忘れず、出来ることをやっていければと思っています。
点検のための停止によって4月には国内すべての原発が運転停止となります。
「電力不足だから原発が必要」と言わせないために立ち上がらねばなりません。
無策を続ける「政府」、焦眉の事実を報道しない「マスコミ各社(TVも新聞も)」、
報道されないからと安心している「一般人」。
さらには「現実」を発信するブログへの悪意のコメントの数々。
しかし事件は現場で起こっているし、今も福島原発からは放射能は垂れ流されています。
「冷温停止」だの「終息宣言」だのはまったくのまやかしです。
Meteocentrale スイスが提供する「大気拡散予測」をぜひご覧下さい。
http://www.meteocentrale.ch/ja/meteocentraleswitzerland///weather-extra-japan-zoom.html
東大を卒業して東京電力に就職し、福島第一原発へ配属されてから退職して熊本大学医学部に行きなおして医師なった方のブログ
「院長の独り言」をぜひご覧下さい。
http://onodekita.sblo.jp/
福島・南相馬市で深刻な健康被害を受けながら情報発信している沼内美恵子氏のブログ
「ぬまゆのブログ」をぜひご覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/kmasa924
広島・長崎に真剣に向き合わなかった事を反省し、チェルノブイリの惨状にすら無関心でいた事に対し恥ずかしい想いで一杯です。
今、被災地以外の人間が状況を正しく理解して声を上げないと、この日本すべてに放射能汚染が拡散してしまいます。
いまや、安全な食品は極めて限られてしまいました。海産物・乳製品・米・野菜、どうか産地の確認を行って下さいね。