オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

テロ等準備罪

2017-06-13 | 政治

「オリンピック開催に向けたテロ対策に必要」と訴えて、政府が採決を強行しようとしている「テロ等準備罪」。しかし、この法案は過去に3度も廃案になった「共謀罪」と中身はそっくりだ。

かつて共同通信社で公安担当の記者を務め、『日本の公安警察』(講談社現代新書)の著書がある、ジャーナリストの青木理氏によると、警察目線で考えると、分かりやすいという。

実行された犯罪なら客観的な事実だが、その前の『話し合い』や『同意』で取り締まるとすれば、主観的なものでしかない。それを取り締まろうとすれば、普段から『こいつは怪しい』とか、『やつらはテロリストだ』と目星をつけた人や組織を日常的に監視し、彼らの思想、信条にまで踏み込んで目を光らせない限り不可能だという。誰を監視するのか、誰がどの範囲で、どこまで監視するのかも捜査当局の判断で決めることになる。その具体的な手段にしても、現状の『通信傍受法』による電話盗聴やメール傍受だけでは足りない。犯人たちがよほど間抜けでない限り、テロや殺人の相談を、盗聴の危険がある電話やメールでするなんてことはありえないからだ。
「犯人たちが共謀をしたという決定的な証拠をつかもうとするなら、『密室での会話の盗聴』も必要だということになる。つまり、まじめに捜査しようとすればするほど、プライバシーなどそっちのけ、基本的人権を侵害してでも徹底的な監視体制を実現しなければならなくなる。そうまでして『安全・安心』を優先し、犯罪捜査を優先させるというなら、すべての家庭に監視カメラを取りつければいい。日本で起きている殺人事件の半数は親族間の殺人なんですから。テロ等準備罪は、そういう話を私たちに突きつけているんです」(青木氏)

とはいえ、テロリストや暴力団、マフィアなどの「犯罪組織」を普段から監視し、犯罪を未然に防ぐ必要もある。ある程度、自由や人権を犠牲にすることも必要なのでは?

だが青木氏は、「現実には警察や公安の能力とセンスの問題であって、テロ等準備罪の有無などまったく関係ない。それよりも、テロ等準備罪の形で警察に巨大な『権限』と膨大な『情報』へのアクセス権を与えることの危険性について真剣に考えたほうがいい」と指摘する。

「1995年に戦後日本最大のテロ事件ともいえる『地下鉄サリン事件』が起きたとき、私は公安担当の記者だったのですが、公安警察は事件が起きるまで危険を察知できませんでした。それは当時、『共謀罪』がなかったからではなく、単に彼らに『能力とセンス』がなかったからです。当時の公安がひたすら固執していたのは共産主義者や左翼の監視、取り締まりであって、オウム真理教のような『宗教法人』など、『オレたちが相手にするものじゃない』とまったく動こうとしませんでした。ところが、彼らがいったん本気になって“やる”となったら、あらゆる法律や手段を駆使しての監視や思想調査、微罪やでっち上げでの別件逮捕、盗聴といった違法捜査まで、オーバースペックで徹底的にやります。そんな公安は最近、オウム事件で信頼を損ねたことなどで存在意義を問われ、権限の拡大に躍起です。例えば、かつての『反共』一本やりではなく、一般の政治情報なども集めるようになっていったのです。彼らが本気になれば、政治家のありとあらゆる情報、それこそ『下半身』スキャンダルまで徹底的に収集し、『政治家を自在に操る』ことだってできてしまう。戦後、警察官僚として警察庁長官まで上り詰めた後、政界に転身し、中曽根内閣で官房長官を務めた故・後藤田正晴氏は、過去、『日本にもCIAのような情報機関が必要か?』と聞かれた際、『個人的には必要だと思うが、それを日本の政治がきちんとコントロールできるかといえば、なかなか難しいだろう』と答えたといいます。それは長年、警察組織の中枢にいた彼が、治安機関というものの恐ろしさ、そして『情報』の持つ力について、身をもって知っていたからではないでしょうか。」(青木氏)


公安は罪を犯す可能性があると考える個人や団体を監視しなければならなくなる。事前に取り締まろうとすれば、そうせざるを得ないからだ。一般市民が巻き込まれる云々の議論には違和感を覚える。何人も罪を犯していない段階で捜査されることは人権侵害に当たるからだ。政権に無害な人は対象にならないかもしれない。しかし、社会に異議申し立てする人が片端から捜査対象になる社会、言論の自由が脅かされる社会は正常とはいいがたい。

2010年に、警視庁公安部の内部資料と見られる情報がインターネット上に流出した。国内に住むイスラム教徒が捜査対象になっていた。イスラム教徒というだけであらゆる情報が吸い上げられていた。
警察がモスク前で24時間態勢で監視し、出入りする人を片端から尾行。電話番号や銀行口座記録から接触した人や家族の交友関係まで調査していた。治安組織とは社会体制の左右を問わず、そういうものなのだ。アメリカの国家安全保障局(NSA)は、わずか10年で世界中の電話や通信を盗聴するようになってしまった。

警察に秘密法や共謀罪のような武器を与えたら、間違いなく冤罪は増えるだろう。そして、テロが起きたら・・・・・メディアや社会が声をそろえて「もっと捕まえろ」「もっと取り締まれ」と叫ぶ。
捜査対象が際限なく広がる。安全安心を際限なく追い求めれば、自由やプライバシーは死滅する。そして、現政権のやりたい放題に歯止めをかける反対勢力が根絶やしになる。

特高警察と治安維持法の復活がどれほど恐ろしい状況を招くか、国民は危機感をもつべきなのだが・・・・・自分は捜査対象とならないと高をくくる。

①テロリズム集団は組織的犯罪集団の例示として掲げられているに過ぎず、犯罪主体がテロ組織、暴力団等に限定されるわけではない。
②準備行為について、計画に基づき行われるものに限定したとしても、準備行為自体は犯罪である必要はない。
③対象となる犯罪が277に減じられたとしても、組織犯罪やテロ犯罪と無縁の犯罪が対象とされている。

共謀罪が成立すれば「やるかもしれないから」という理由で捕まえられるようになる。「世の中にいると邪魔だ」と思う人物を拘束して留置できる。公安警察にとって容疑なんてなんでもいい。捕まえることに意味があるからだ。公安警察には「転び公妨」という手法があり、捕まえたい人物の周囲を公安警察官が取り囲み、そのうちのひとりが「あぁっ、痛い痛い!」といって転ぶ。そして「公務執行妨害だ」といって逮捕する。その後に強制捜査して、情報収集すれば、対象組織に強烈なダメージを与えることができる。
オウム事件で公安警察が捜査を本格化させ、信者を片っ端から捕まえていったときのエピソ-ドが公安の恐ろしさを物語る。公安部の幹部は当時、「過激派に比べればラクだったよ」と言っていた。そして幹部信者のあらかたを捕まえ、最後に麻原彰晃を捕まえる段階になった時のことだ。刑事部と公安部の意見が対立した。刑事部は「麻原を捕まえるんだったら、地下鉄サリン事件か、それに匹敵する逮捕状で捕まえたい」と。一方の公安部は「公務執行妨害でもなんでもいいから、とにかく踏み込んで拘束すればいいんだ」と。

特定秘密保護法と組み合わせば、鬼に金棒だ。
特定秘密保護法の最大の問題点は「何が特定秘密なのかわからない」ことだ。そして、もし特定秘密だった場合、メディアも強制捜査を受ける。メディアは情報源と自分を守るために、特ダネを入手しても報道を自粛する。強制捜査の目的は特定秘密を漏洩した人物を特定することだ。ジャーナリストの側からすると、内部告発者を必死で守らなければならない。パソコン内のデータや携帯電話の通信記録、メモや資料まで押収されれば、守るのは極めて難しい。したがって、特定秘密に該当する恐れがあるなら報道しないほうがいい、ということになる。内部告発者にしても、特定秘密保護法違反は最大で懲役10年の刑を課されかねないから、萎縮してしまう。スノーデン氏はメールなどの通信情報を網羅的に閲覧できる特殊なソフトをNSA(米国家安全保障局)が日本側に提供していた、と告発している。既に警察や防衛省が使っているかもしれない。使っていれば違法行為だが、それを調べるすべはない。スウェーデンは、公務員がその職務に関わる秘密を家庭で洩らすと公務員法違反で摘発されるが、ジャーナリストに話す場合は摘発されないそうだ。約250年前にできた憲法のひとつを構成する情報公開法があって、ジャーナリストに話す場合は「公益目的の情報漏洩」ということで摘発されないという。
多少なりともまともな与党政治家がいれば、特定秘密保護法のような「情報を隠す法」に対応して国民の知る権利を守る情報公開法の整備を試みるだろうが、官僚とグルになって何でもかんでも隠そうとする。
現在の公文書管理法ですら不十分な内容とはいえ、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけ、「主権者である国民が主体的に利用し得るもの」と明記している。この法律の制定に尽力した政治家のひとりが福田康夫元総理だそうだ。各省庁がどんなふうに動き、どんな意思決定の過程を経て政策を定めたのか。国家の歴史を正確に記録し、後世に遺していくというのは、むしろ保守の政治家の責任においてなすべきだろう。一年を経過したから、廃棄したとうそぶく。追及されれば、記憶にないと公言する。そんな認知症が疑われる官僚や政治家は即刻首にすべきだろう。

日本の情報に対する態度は、驚くほどお粗末で恥ずかしい限りだ。2011年に公文書管理法が施行されたが、以後、記録を残さなくていい、議事録も必要ないといった情報隠蔽体質が顕著になっていった。
国民が政府についてすべて知っていることが民主主義の根幹だ。

財務省が森友学園になぜ8億円も値引きして売ったのか。豊洲の新市場予定地に、なぜあんな地下空間が作られたか。財務省や都庁は隠し続け、誰にもわからない。内部告発者は名誉をいたずらに傷つけられ、辞任させられる危険におののく。

テロ等準備罪が成立し、それに伴って捜査当局の情報収集能力がさらに膨れ上がれば、警察組織に巨大な権力を与えることになる。そして、警察の力が「政治」と結びついたとき、その影響は計り知れない。巨大化した権力が、非常事態をきっかけに暴走を始めたとき、それを止める組織も個人も簡単に抹殺されてしまう。独裁国家はロシアや中国の専売特許でなくなりつつある・・・・

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モンドセレクション

2017-06-13 | 日記
東京・府中の老舗菓子店「青木屋」は、今年「武蔵野日誌」という菓子でモンドセレクションの金賞を受賞した。授賞式後の記念セールでは通常の10倍売れるほどの反響があったという。先月末、地中海に浮かぶマルタ島の授賞式を取材すると、目立つのはタキシードやドレスに身を包んだ日本人の姿。実は受賞商品約2,700点のうち、半分以上の約1,800点近くが日本の商品だ。モンドセレクションは審査員全体の平均点で受賞が決まる絶対評価方式で、最高金賞、金賞、銀賞、銅賞の4段階で評価される。日本からの申し込み費用は、食品の場合1点およそ27万円。最低8人の審査員が20項目にわたって審査する。一定の基準を満たせば受賞できるため、銀や銅も含め、応募賞品の90%近くが受賞する。授賞式に出席した「青木屋」の多久島社長は、「もしかしたら(モンドセレクション受賞が)当たり前になっていくかもしれない」と言う。
 
モンドセレクション(Monde Selection)とは食品、飲料、化粧品、ダイエット、健康を中心とした製品の技術的水準を審査する民間団体であり、ベルギー連邦公共サービスより指導及び監査を受け、モンドセレクションより与えられる認証(この組織では賞と表記している)である。
100点満点の90点以上で優秀品質最高金賞(グランドゴールドメダル)
80点以上で優秀品質金賞(ゴールドメダル)
70点以上で優秀品質銀賞(シルバーメダル)
60点以上で優秀品質銅賞(ブロンズメダル)
モンドセレクションは国際的には知名度が低いが、日本国内での知名度は高い。審査対象品の5割が日本からの出品であり、日本の商品の高品質が認められ8割が入賞している。
一定の技術水準に達していることを消費者にアピールし、売り上げを大幅に伸ばした例もある。
日本では1966年から日清製菓のバターココナツがトロフィーを受賞し、パッケージにメダルのデザインを表示し、CMで「最高金賞受賞、おいしさが世界に認められた」と宣伝したことから一躍有名になった。2007年にはサントリーがザ・プレミアム・モルツのテレビCMにて特別金賞を3年連続受賞を宣伝したことでモンドセレクションの名前が広く認知されるようになった。
 
賞と言うと、品評会と勘違いしてしまうが、実際のモンドセレクションは商品の優劣を競うコンクールではない。品質ランク認定や品質検査に近いものだ。
モンドセレクション受賞商品がやけに多いという印象があるが、実際に数多くの商品がモンドセレクションを受賞している。
世界的にはほぼ無名の賞で、「海外の賞を受賞」というフレーズに弱い日本人だけが踊らされていると言えそうだ。インチキの実態を知った上で、日本企業が消費者を欺くのに利用しているのかもしれない。
 
そういえば、小売店頭で『金賞受賞ワイン』といったタグを、ボトルネックから下げたワインを見かけることも多い。
 『金賞受賞ワイン』と言われれば、すぐれているんだろうと思うのが普通だが、これを真に受けて買った消費者の多くは満足しているのか?甚だ疑問だ。
 現在の世界のワインショーの実態は、権威があると目されるワインショーも存在するようだが、多くは誰が主催しているのか、どういう選考をしているのか、ほとんど説明不能のワインショーも横行しているという。
単一あるいは複数のワイナリーと利害関係が一致した業者グループが、ワインのプロモーションの一環としてワインショーを仕立てる、ということもおこなわれているという。
 実際、オーストラリアではあまりにもワインショーが増えて、ペタペタと受賞シールが貼られるようになり、受賞ワイン=優良ワインの図式が保てなくなってしまい、ワイン業界の自主ルールとして、2005年のヴィンテージより、公認されたワインショー以外の受賞シールをボトルに貼ることを禁止したと言う。
 実は、生産者が自発的にコンクールに出品しているケースはそれほど多くないらしい。仕入業者や編集者が勝手にワインを選んで品評し、受賞後に生産者に知らせることが多いのだとか。
 日本で流通している金賞ワインには、赤ワインであること、フランスのボルドーワイン、2000円前後の価格帯、若いヴィンテージ(収穫年)であるなどの傾向が強いという。
 
ボルドーという地域には、1855年に制定された格付けシャトー(醸造所)だけで60もある上、全体でシャトーの数は約1万あると言う。
そうした状況の中で、自分のシャトーのワインを多くの人に知ってもらうのはなかなか大変なことで、品質に「お墨付き」を与えてくれるコンクールは非常に有効なのだとか。
 高級ボルドーがもてはやされる日本のワイン市場で無名なボルドーワインを買ってもらうには、コンクール受賞がとても大きな意味を持つわけだ。
 一方、世界の多くのワイン生産者が高得点を取ることを目指し、ワイン業者がワインの品質の指標としているのが、「パーカーポイント」だ。パーカーポイントは、アメリカの弁護士でワイン評論家のロバート・パーカー氏が付け始めたもので、味わいや香り、色などを合計100点満点で採点する。90点以上で「傑出」、95点以上で「格別」とされ、100点を取ろうものなら何十年も称賛を浴びることになる。
 ただ、現在のワイン業界はあまりにパーカーポイントに振り回され、世界的に味が均一化されてきたという声もある。生産者が高得点を狙うあまり、土地の特性を無視してパーカー氏の好みに合わせたブドウを植え、パーカー氏が好む味わいを作る風潮になっているからだ。 パーカー氏は、樽の利いた濃い味わいを好み、繊細な味わいは評価が低いとも言われる。
嗜好品は自分が気に入ればよく、他人の嗜好に振り回される必要はない。いろいろ飲んでみて、好みの味わいを見つけるのが王道だろう。
 
ワインの味は「ぶどうの品種」で決まる。
●白ワイン 
ソーヴィニヨン・ブラン・・・・白ぶどう品種の中でクセのない味わいが特徴のポピュラーな品種
シャルドネ・・・・辛口ワインでは最もポピュラーな白ぶどうの王道品種
●赤ワイン
ピノ・ノワール・・・・フルーティーでとても繊細な味わいが特徴
カベルネ・ソーヴィニヨン・・・・期待を裏切らない、しっかりとした味わいが特徴
メルロー・・・・酸味が低く、ソフトでコクがあり親しみやすい。
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金正恩政権の功績

2017-06-03 | 国際
北朝鮮のことなら事実関係を調べようがないし、どうせならず者の独裁国家なので悪いに違いない、そんな通念がまかり通る北朝鮮に対する報道。一触即発で先制攻撃をかけても国民は納得するような不穏な状況が続いている。
 
「北朝鮮では、国民は幼少期からアメリカへの敵愾心を徹底して植え込まれるため、国民の価値観の大転換をともなう「親米」への急転換は極めて難しい。北朝鮮の独裁者は一貫して「反米感情」を利用した統治を行ってきたため、急激な「親米」への転換は、あり得ない。ぶっ潰す以外に方法はない。」と語る専門家もいるらしい。
 
北朝鮮に限らず、中国や韓国でも反日教育が徹底的に行われているが、だからといって、一般人が殆ど反日なのかと言えば、そうではない。日本人は国家、市民の見境なく韓国、中国を嫌う傾向が強いが、大陸の人は国家と個人に対する感情を使い分けているように思う。北朝鮮も帝国主義、資本主義、軍事大国に反対し、嫌い、対抗しようとするが、一般市民に対して敵意をむき出しにすることはなく、こちらの態度が友好的であれば、すんなりと受け入れると思われる。カーターのように手を差し延べたアメリカ人は大歓迎なのだ。
だから、筋金入りの反米というより、ご都合主義の政策だから、反米から親米への転換はそう難しいことではない。
 
日本のメディアや評論家は、北朝鮮の話になると、たちまち狂人を扱うようになる。一般市民は知りえないし、検証されることもないから、真実の姿は誰にもわからない。
国民が豊かになっているのではないか?だから、派手にミサイルを打ち上げて喜んでいる余裕があるのではないか?軍事技術の進歩の速度は先進国並みだ。
 
北朝鮮は貧しい国だからミサイルはハリボテ、戦闘機は燃料がないからお飾り状態、腹が減って戦ができない・・・・などと言うのは希望的観測で兵器を手に入れれば、それを分解して仕組みを理解し、自分で作り上げるための技術開発ができる国なのだ。そして、大国に囲まれて、辛酸をなめて来たからこそ、核の抑止力を使って自立しようとする。
配備されている潜水艦も戦闘機も、ミサイルも、技術の出発が中国やソ連であったかもしれないが、この十数年で自分の技術にしてしまった。
製鉄製鋼、石炭ガス化、自然エネルギーなどの技術進歩にも目を見張るものがある。コメやトウモロコシの品質改良や農業の現代化、さらに農場経営の改善によって収穫は大幅増加した。
国民は豊かになったと思わざるを得ない。
 
そこで、金正恩の改革、功績を調べてみた。東洋経済の記事くらいしか見つけられなかったが、金正恩が尊敬されるのは、それなりの理由があったのだと確信した。
 
北朝鮮では、両親がおらず路上で生活する10代前後の子どもたちを、「コッチェビ」と呼ぶ。同国ではかなり前から路上生活をする子どもたちが存在していた。コッチェビの子どもたちは、ほぼ1人で生活することが多かったが、1980年代半ばから食糧難が広がるにつれてコッチェビが続出。群れをなして街を徘徊するようになった。彼らの生活の場は主に「チャンマダン」と呼ばれるヤミ市だった。チャンマダンは常に存在しており、チャンマダンがあれば、そこにはコッチェビも必ずいる。経済難が進むにつれて、チャンマダンも北朝鮮全域に広がり、今では北朝鮮の流通の中心地となった。北朝鮮国内では約400カ所の大規模なチャンマダンが運営されている。1990年代に集中して発生したコッチェビは今では30~40代の大人となった。チャンマダンで彼らはさまざまな仕事をしている。
一方で、チャンマダンの広がりとは反比例するかのように、コッチェビの人数は顕著に減少してきた。現在ではチャンマダンでコッチェビの姿を見るのは難しい。コッチェビの数がはっきりと減った理由は、かつてのようなコッチェビが新たに出てきていないことを意味しており、これは北朝鮮の食糧事情と深い関係があると思われる。
このような観点から、北朝鮮の食糧需給状況に何が起きているのかを見てみたい。特に金正恩政権になって5年間、北朝鮮で何が生じたのかに注目すべきだ。
北朝鮮は1970年代までは、食糧は自給自足だった。1ヘクタール当たりの農地に、1トンの肥料を投入すれば、10トンの穀物が生産される。これが北朝鮮式食糧生産の公式だった。1970年代当時、肥料生産が円滑だっただけでなく、北朝鮮には100万ヘクタール以上の農地があった。凶作の年になっても、年間約600万~700万トンの穀物を生産できた。しかし、北朝鮮の食糧問題は、生産部門から始まった。1970年代に後継者として浮上してきた故・金正日総書記が、継母である金聖愛(キム・ソンエ)と激しく繰り広げた権力闘争を終え、1980年に第6回党大会で後継者として公式にデビューする直前に無理な政策を断行。1979年、金正日は「社会主義は完成段階に入った」と主張し、協同農場の国営農場化を推進した。それまでの北朝鮮の農民は、協同農場において協同的所有を維持してきた。協同的所有だからこそ、生産された分から分配を受け、ひと月ごとに受け取る「生活費」というものは存在しなかった。ところが金正日は、協同農場員にも安定的な生活費を支給する代わり、すべての生産物は国家から受け取る方式を取り始めた。協同農場員は工業従事者のように生活費を毎月受け取る農業勤労者となった。こうなると、仕事をしなくても月給を受け取ることが出きることが徐々にわかり、農場には出ず住居近くの畑ばかりを耕すようになった。こうして協同農場の生産性が明らかに落ち始めた。1990年代半ばごろから、北朝鮮の主な基幹道路網が流失してしまう大規模な自然災害が発生。相対的に農地が不足していた咸鏡道や江原道の地域への食糧供給が長期間中断される事態が起きてしまった。自然災害によって経済的飢餓状態が一時的に生じると、この問題を解決できないことに責任を取り、徐寛熙(ソ・グアンヒ)農業担当党書記が”公開処刑”されたことを見ても、当時の状況がどれほど深刻なものだったかがわかる。このような自然災害が3年連続で続き、北朝鮮の食糧難は全国に広がった。
しかし、危機に直面した金正日政権に、救世主が現れた。1998年に大統領に就任した韓国の金大中政権が、太陽政策(Sunshine Policy)を打ち出したためだ。金大中が北朝鮮向けの肥料や食糧支
援を始めると、米国と日本もまた、北朝鮮への支援を増やし始めた。一時、米国と日本、韓国による対北食糧支援の規模は、年間200万トンに達したときもあった。このような支援が少なくとも2007年までは継続した。
当時、人口2400万人の北朝鮮住民は1人当たり1日500グラムの穀物をとっており、1日1万トン、年間360万トンあれば、最低水準を維持できたとされる。自主生産が200万トン、外部から供給された分が200万トンと、計400万トンあるので、最低水準は維持できたことになる。
 
金正日も黙ってみていただけではなく、三つの改革を行った。1つ目は農地整備である。約120万ヘクタールの農地を確保したという。2つ目は水路・道路整備だった。西側の耕作地帯と東側の山岳地帯を連結するため、平壌から元山を経て咸興までをつなぐ、高速道路を整備した。3つ目は肥料生産の正常化だ。興南窒素肥料工場などの生産を正常化させようとしたが、金正日が死亡するまでに成果を出すことはできなかった。
 
一方、この期間中に、北朝鮮ではチャンマダン(ヤミ市)が広がり、食糧需給の流通網が配給制から市場取引へと、完全に転換した。2000年代は市場における食糧価格の変動幅がとても大きかった。これは、市場レートの変動幅が大きかったことが1つの要因だが、何よりも市場に食糧供給が安定的に行われていなかったためだ。こうして10年という時間が流れるうち、市場の食糧需給網は安定化し、2010年以降はチャンマダンにおける食糧価格が安定。全国的に価格変動幅の縮小する現象が見られるようになった。これには食糧卸の役割がとても重要だった。彼らは北朝鮮全域のチャンマダンに食糧を供給する大元へと成長していった。
北朝鮮当局は2006年ごろ、コメ卸商に対し大々的な取り締まりを行ったが、当時摘発された卸業者の倉庫には、すき間がないほどぎっしりとコメ袋が積み上がっていたという。しかし、彼らを取り締まれば足元の食糧供給に問題が生じるため、当局は傍観するほかなかった。卸商は協同農場と先物取引を行う方式で食糧を確保する一方、不足分を中国などから取り寄せるルートを確保していた。ただ、元々、内部の食糧生産性が低い状態だったため、外部に依存する割合が高くならざるをえなかった。
ところが、金正恩政権が始まった2012年から、市場が変わり始めた。金正恩が北朝鮮の一般住民に向け初めて公の場で演説した際、「二度と住民がベルトを締め上げることがないように(やせ細らないように)する」と発言。そして、前の金正日政権の十数年間の蓄積を土台に、食糧需給と関連した主な政策をいくつか推進したのである。
まず金正恩は、軍部隊に割り当てられていた農地を拡大する一方、住民を当てにするなと厳命した。軍部隊には約20万ヘクタールの農地を割り当て、軍が自主的に農業を行って食糧供給の問題を解決せよと指示したためだ。これで農民は「先軍政治」の名目の下、生産された穀物を軍部隊から強制的に持ち出されることがなくなり、農民たちは歓迎した。「愛国米」の調達負担も減った。
2013年に北朝鮮の市場で多く売られていた商品の1つは豚肉だった。これは愛国米として、コメの代わりに年間ブタ1頭分を半強制的に上納していたことがなくなり、豚肉が市場へ流入する現象が発生したせいだった。次に協同農場の生産性を向上させるよう、画期的な措置をとった。農場員に月給を支給せず、生産分の7割を取り置くことにした。1979年に金正日が協同農場の国営化を行う前の状態に回帰させたことになる。このために「圃田担当制」を実施。この制度は、従来は公平性を保つとの理由から農場員が担当する土地を1年ごとに替えていたが、今後は1ヘクタール程度の圃田を一世帯に任せ、そこを継続して耕作するようにしたものだ。事実上、農家に対し、農地を分け与えたことになる。さらに国家からは土地を貸し、種や農機具などを貸し与える代価として、生産物の3割を徴収。もちろん土地ごとに生産性が違うため、一括して、国家3対農場員7の原則を適用するのではない。全域の農業地域を対象に土地生産性を再調査し、これに基づいて分配率を決定していった。生産性が相対的に低い地域は、国家2、農場員8とするケースもあるという。
 
北朝鮮全域で完全に定着した状態ではないゆえ、地域ごとにその評価には差がある。たとえば、平安北道は圃田担当制が定着したことで、生産性が最も高まったという。この地域は、中国と国境を接している新義州を通じて各種農業機械を導入する一方、よい種子を熱心に求めている。
一方、相対的に食糧が豊富な黄海南道は、北朝鮮最大の穀倉地帯であるにもかかわらず、農民が生産性向上にそれほど関心を見せておらず、まだ生産性が向上していないという。肥料生産も一部で正常化され、石炭化学工業で出てくる化学肥料の生産が一部で正常化し、外部から調達する肥料の量も減ってきている。
北朝鮮全域で生産される穀物量は、年間約600万~700万トン程度だ。1000万トン生産という目標達成に注力している。金正恩政権が始まってから、チャンマダンで取引されるコメの価格は、1キログラム当たり0.62ドル程度と安定。国際社会の対北制裁で、北朝鮮に流入する食糧が2000年代より大きく減っているにもかかわらず、市場価格が安定化しているのは、内部からの安定供給が続いているために外部から取り寄せる量が減っていることと、比較的安定した供給ルートがあることを意味する。
生活費を調達するには、生産した食糧を市場で売らないといけなくなったため、協同農場を市場と連携させるほかなくなった。金正恩政権が市場を事実上、許容せざるをえなくなったのだ。実際に政権が始まって以降、市場拡大を抑えるための取り締まりがはっきり減っているという。
北朝鮮住民はこのように言う。「今トウモロコシご飯を食べる人がどこにいますか」と。市場に行けば穀物の種類を選んで食べることができる。「国が外部からのリスクをなくすことに注力すれば、北朝鮮住民は自主的に生活できる」とまで言うようになったのだ。(東洋経済)
 
金正恩第1書記は第7回労働党大会の活動総括報告で、「責任ある核保有国として核拡散防止の義務を忠実に履行し、世界の非核化実現に努力する」と述べた。その上で、「主権が侵害されない限り、核兵器を先に使用しない」と宣言した。36年ぶりの党大会という節目に、金第1書記自らが、核保有国であることを国際社会に誇示。他の核保有国と対等な立場で、不拡散や非核化に取り組む考えを鮮明にした。
日本に対しては「朝鮮半島再侵略の野望を捨て、過去の罪悪を反省、謝罪し、朝鮮の統一を妨害してはならない」と要求した。米国には、制裁を中止し、敵対政策を撤回するよう要求。朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換し、在韓米軍を撤収させるよう呼び掛けた。金第1書記は核戦力増強と経済建設の「並進路線」を称賛し、2016年から20年までの「国家経済発展5カ年戦略」を徹底して遂行しなければならないと指示した。
 
こうやって見てくると、至極まともな政権だと思えてくる。報道や現政権の色眼鏡を外し、真実を見極める努力が武力衝突を回避する第一歩であると思う。
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前川氏 座右の銘は面従腹背

2017-06-02 | 政治
昨日の報道ステ-ションで富川キャスタ-が前川氏にインタビューしていた。
その受け答えを聞くだけで、前川さんの誠実な人柄が伝わってくる。
現政権の「知らぬ存ぜぬ、記憶にない」発言が耳にタコができるほど聞かされている昨今、その率直さ、静かに理路整然と事実を語る様に「官僚にもこんな素晴らしい奇跡の人がいるんだ」という印象を強くした。
 
今年1月に天下り問題の責任を取る形で文科次官を辞任している前川氏は、文科省が文書の存在を調査した結果、「存在は確認できなかった」と回答したことが、今回、証言しようと決心した直接のきっかけだったと語った。省内の関係者は誰もが件の文書の存在を知っていながら、官邸の意を汲んで虚偽の報告をしていることが明らかだからだ。あるものをないことにはできない、行政が歪められているのを黙視することができなかったと言う。しかし、自分は権力に立ち向かうヒーローではないという。行政官僚というものは表では政治を立てつつ、自分たちに与えられた権限の範囲内で、できる限り国民のためになる政策を実行する「面従腹背」の精神が必要だという。
 
国民から選ばれた政治家の権限を強化して、国民のためになる政策をより実行しやすくすることが、政治主導の主眼だったはずなのだが、現実は政治を私物化して、お友達を登用し、便宜を図る。森友学園や今回の加計学園に見られるような形の政治の関与が「政治主導」の結果なのなら、まだ官僚主導の方がよかったのではないか。彼らは頭がよく、行政に精通していることは確かなのだから・・・・
 
リテラ編集部が具体的な取材を基に前川氏の信じられない誠実さを報道している。
 
今回の加計学園の報道に関して、政権の人格攻撃は下劣で恥知らずなものだった。菅義偉官房長官は「貧困調査のために行った」とする前川氏の説明について、「さすがに強い違和感を覚えた。多くの方もそうだったのでは」「教育行政の最高の責任者がそうした店に出入りして小遣いを渡すようなことは、到底考えられない」などとせせら笑いながら、ワイドショーのコメンテーターよろしくコメントした。
NHKや産経新聞も、前川氏が会見で、出会い系バー通いについて弁明した際に大量の汗をかいていたことを強調した。実際は、この会見場は暑くて、前川氏は最初から汗をかいていたし、記者たちも汗だくだったのだという。
「週刊文春」(文藝春秋)によると、出会い系バーで前川氏と出会った女性は買春行為を全面否定し、「口説かれたことも手を繋いだこともない」と証言した。この女性は、問題の出会い系バーで前川氏に声をかけられ、その後、前川氏と頻繁に会うようになったという。「あの店で会った子の中で、私が前川さんと一番仲がいい」と語り、友人などもまじえて、3年間で30回以上会ったと証言している。
「夜10時くらいから食事を始めて、いつも12時くらいになると前川さんは『もう帰りたい』って一人でそそくさと帰っちゃうんです」
また、この女性は、前川氏が自分や友人の悩みについて親身に相談に乗ってくれたエピソードを具体的に明かしたうえ、「前川さんに救われた」とまで語っている。
そして、今回、「文春」で証言した理由についても、こんな説明をしていた。
「記者会見のあった25日に、お母さんからLINEが来て『まえだっち(前川氏に彼女がつけたあだ名)が安倍首相の不正を正してる』。それで、お父さんとテレビ見て『これは前川さん、かわいそうすぎるな』と思ってお話しすることにしました。私は前川さんのおかげで今があると思っていますから」
 
「貧困の調査」という前川氏の説明が"苦しい言い訳"でもなんでもなく、本当の話なのではないかという声は、会見の直後から、前川氏をよく知る人たちの間で静かに広がっていた。
前川氏は本当に熱心に「貧困問題」に取り組んでいたからだ。在職中は高校無償化や大学の給付型奨学金の実現に奔走し、退官後も二つの夜間中学校の先生、子どもの貧困・中退対策として土曜日に学習支援を行う団体の先生として、三つのボランティア活動をしている。
前川氏は今年1月の退職時に文科省の全職員に「文部科学省のみなさんへ」と題してメールを送っているのだが、そのなかで「特に、弱い立場、つらい境遇にある人たちに手を差し伸べることは、行政官の第一の使命だと思います」としたうえで、「文部科学省での最後の日々において、給付型奨学金制度の実現の見通しがついたこと、発達障害や外国人の児童生徒のための教職員定数改善に道筋がついたこと、教育機会確保法が成立し不登校児童生徒の学校外での学習の支援や義務教育未修了者・中学校形式卒業者などのための就学機会の整備が本格的に始まることは、私にとって大きな喜びです」と綴っている。
さらに、低所得の子どもの学習支援をするNPO「キッズドア」代表の渡辺由美子氏も、同団体の活動に前川氏が参加していたことを明かしている。渡辺氏は直接面識がないというが、前川氏を知る担当スタッフによると「説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ」「2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です」といい、渡辺氏も「年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない」と、前川氏が決して付け焼き刃で活動しているわけではないことを語っている。
 
さらに渡辺氏は、前川氏がこの活動にかかわるようになった経緯をこう明かしていた。
 
「素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた」
「現場のスタッフから「この方はもしかしたら、前文部科学省事務次官ではないか」という報告は受けていたが、私が多忙で時間が合わず、また特になんのご連絡もなくご参加されるということは、特別扱いを好まない方なのだろう、という推測の元、私自身は実はまだ一度も直接現場でお目にかかったことがない」
 
また、5月28日放送の『週刊報道LIFE』(BS-TBS)では、前川氏が読売報道が出るずっと前に、自分から貧困調査のために出会い系バー通いをしていることを関係者に告白していたことも明らかになった。
前川氏は義務教育を十分に受けられなかった高齢者のための学習支援のボランティアに参加していたのだが、同番組ではそのボランティア団体のスタッフが取材に応じ、前川氏が新幹線を使って地方に通ってきていたこと、勉強を教えるだけでなくお茶の時間も生徒たちとにこやかに話すなど溶けこんでいたこと、いつもはカジュアルな格好の前川氏が、今年2月天下り問題で国会に参考人招致された日はその足で背広姿のままやって来て生徒たちが感動したエピソードなどを紹介。さらに、生活保護を受けた経験があるという女性の話をきいた前川氏が、「僕も貧困に興味を持ってバーとかに行ったりしてるんだよ」と話していたことを明かしたのだ。
 
このスタッフは前川氏の会見で語った「貧困調査のため」という説明についても「前川さんを知っている者からすれば、前川さんの言う通りだと感じた」と感想を語っている。
 
しかも、前川氏の"無実"を主張しているのは、前川氏と親交のある人たちだけではない。実は、"出会い系バー通い"を使って人格攻撃を仕掛けている御用マスコミの報道からも、逆に前川氏に違法性がないことが浮かび上がっている。
たとえば30日放送の『直撃LIVEグッディ!』(フジテレビ)では、前川氏が通っていたとされる出会い系バーの店員に直撃。「あまり女性とお話を率先してされるというタイプではない。基本的にゆっくりしていた」「店内でお話しても2〜3時間1人の女性と話をされたりしている印象」「(女の子を店外に連れ出すとかは)記憶では1回あったかないかくらい。印象がない」「遊びではなく、見学に来ているように見えた」「前のめりになってるほかのお客さんとは、ちょっと違った」「領収書は渡したことがない」などと語った。
 
『グッディ』ではこれらの証言をもとに「女性と話さないと調査にならないのでは」とか「調査なら領収書をもらわないとおかしいのでは」などとツッコミをしていたが、むしろ領収書をもらっていたほうが問題だろう。
 
証言などしなければ、こんな人格攻撃や誹謗中傷にさらされることはなかったはずだ。それでも証言に踏み切ったのは、前川氏が、大きな権力に屈して黒を白と言ってはいけない、行政は権力者のお友だちだけのものでなく、国民に等しく公正でなければならない、そうした強い危機感があったからだろう。
本サイトは今後も前川氏の人格を不当におとしめる動きや、でっちあげ逮捕などがなされないよう、官邸、御用メディアの動きを注視していきたい。(リテラ編集部)
 
ネットには政権の応援団の「前川氏を貶める発言」ばかりが目立つ。前川氏の言葉を肉声で聞きながら、その所作を画面で見ながら、いまだ政権の肩を持つ方々がおられる現実は空恐ろしい。
戦争を知らない世代が80%を超えた現在、戦争の足音が聞こえてくる。
 
野坂参三共産党議員と吉田茂首相との「自衛権」論争がある。
野坂「古来独立国家として自衛権をもたない例はない。9条も自衛戦争は否定していないはず」
吉田「歴史上、侵略を標榜した戦争はない。すべての戦争が自衛の名のもとに行われた。憲法9条はけっして、自衛の戦争を認めるものではない」
 
しかし、戦後しばらくすると政府の解釈が変わる。自衛隊が創設された1954年、政府は「自衛隊は憲法にいう戦力に当たらないから違憲の問題は生じない」と説明した。
「憲法は国に固有の自衛権を否定していない。自衛隊は、敵国が日本の領土に進攻してきた際に自衛権を行使する実力組織に過ぎない。自衛隊は、自衛を超えて海外で武力を行使することはない。自衛の必要を超えた装備や編成をもつこともない。だから9条に違反しない」。いわゆる専守防衛だ。
明らかに憲法の条文に違反はしてはいるものの、自衛隊の装備や編成、あるいは行動を、専守防衛にとどめて、暴走することのないよう自衛隊への歯止めの役割を果たしてきた。
安倍政権は集団的自衛権の行使を容認することによって、敵が国土を蹂躙したときに自衛するはずの自衛隊が、同盟国とともに海外で闘う組織になった。
 
安倍政権のやりたい放題、政治の私物化も極まった。国会も議論どころか、大乱闘も起こらず、無能な国会議員達が国民を無視し、政権にすり寄る姿だけが目立つ。
元自民党総裁の河野洋平・元衆議院議長が安倍政権を猛批判した。
「理解しようがない。9条はさわるべきではない。(2020年の憲法改正で)突如としてああいうことをおっしゃる言い方に全く驚いている」。
「憲法は現実に合わせて変えていくのではなく、現実を憲法に合わせる努力をまずしてみることが先ではないか。憲法には国家の理想がこめられていなければならない」。
 
知性のかけらもない政権がいつまでも存続することができるのは、国民にも問題がありそうだ。
政権を支えているのは、けっして極右勢力や軍国主義者ばかりではない。多数の国民の声が反映されないのは小選挙区制のせいもあるが、政権が多数の国民に支えられていることは間違いない。自らものを考えようとしない統治しやすい国民をはぐくみ利用しようという政権の思惑は見事に成功している。ナチス政権も軍国主義政府も、「反知性の国民」からの熱狂的な支持によって存立しえた。国民は被害者であるとともに、加害者でもある。反知性主義に毒されてはならず、反知性に負けてはならない。今回の前川氏の勇気ある発言を真っ向から反論する知性を持てず、スキャンダルを流すことで無視、もみ消そうとする反知性政権の無能さを決して忘れてはならない。政権の不当を記憶に刻んで、安倍政権を支える愚行に加わらないことを誓いたい。反知性の政権を支持することは自らが悲惨な被害者に転落する道に通じているのだから。
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政治家の劣化

2017-05-26 | 政治
「文書は間違いなく本物。大臣や次官への説明用として担当の高等教育局専門課が作成した」。
加計学園の獣医学部新設を巡る「総理のご意向」文書について、文科省前事務次官の前川喜平氏が「本物」と認定した。
当時の文科省トップが「正式な文書」と認めた記録を怪文書と決めつけた菅官房長官は、前川氏の“風俗通い”をネタに人格を傷つけ、今なお強弁を繰り返す。現政権の中では穏やかで誠実そうに見えたのだが、化けの皮がはがれた印象だ。
 
8年間で15回も申請を蹴られた獣医学部新設のスピード内定。安倍の「腹心の友」の希望通り、行政が歪められた実態を前川氏は「『赤信号を青信号にしろ』と迫られた」と表現した。そして「『これは赤です。青に見えません』と言い続けるべきだった。本当に忸怩たる思いです」と反省した。文科省の当時の最高責任者が証言した以上、首相の“腹心の友”への便宜供与を裏付ける文書の内容は、一気に信憑性を帯びた。
ところが官邸サイドは血迷ったのか、前川氏が政権に怨恨を抱いていると中傷、“出会い系バー”報道をリ-クした。
 
「安倍首相が『私が働きかけて決めているなら責任を取る』と大見えを切った手前、菅官房長官らは「知らぬ存ぜぬ」と言い張るしかないようだ。文書の信憑性と次官の風俗通いは無関係なはずなのに、人格を貶めて、何もかも否定しようとする。前川氏の弁舌は実に爽やかで、理路整然としていた。獣医学部新設を認めるには4つの条件をクリアしなければならないこと。その条件クリアに対する説明は何もなく、総理の意向だから、おとなしく、速やかに認可しろと迫ったという。
4条件の中でも、特に新しい分野における需要が明らかになっていないという。例えば新薬の開発とか水際の対策とか事柄としては出てきているが、本当にそれは具体的な内実を伴うものなのか。新しい分野の具体的な人材需要に応えるものなのか。それが明らかになっていないのが問題なのだが、それがあったとして既存の大学学部では対応できないという条件も検証されていない。16大学でできないから、新しい大学を作るという理屈になるのだが、さっぱり検証されていない。要するに鶴の一声で規制緩和の名のもとで官邸の意向がすべて通ってしまうということだ。
 
当然、加計学園認可の疑惑に対して官邸側が答える義務があるのだが、菅は、ひたすら前川氏の人格を貶めて、まともな答弁をしようともしない。
前川氏曰く、「文科省の違法な天下り問題を受けて、引責辞任は自分の考えで申し出た。官邸からも大臣からも『辞めろ』とは言われていない」と述べたことに対して菅は「私の認識とまったく異なっている。前川氏は天下り問題については、再就職等監視委員会の調査に対して、問題を隠蔽した文科省の事務方の責任者で、かつ本人もOB再就職のあっせんに直接関与していた。そうした状況にもかかわらず、当初は責任者として自ら辞める意向をまったく示さず、地位に恋々としがみついていた。その後、天下り問題に対する世論からの極めて厳しい批判にさらされて、最終的に辞任された方と承知している」と、前川氏を非難した。
文科省で発生していた天下り騒動その物が首相官邸からの攻撃だった可能性がある。加計学園は愛媛県に新学部の設置を要請するも、文科省は終始反対の姿勢を貫いていた。これが一変したのは、地方創生相が石破茂元幹事長から山本幸三議員に変更された時期だ。山本地方創生相になったのは2016年8月で、加計学園の話が動き出したタイミングと一致している。しかしながら、その後も文科省は抵抗し、官邸側と文科省で認識の違いがあった。そのような情勢下で、2017年1月に文部科学省の天下り騒動が発生した。この天下り騒動によって文科省の関係者が辞任に追い込まれ、前川氏も事務次官を辞任することになる。
安倍政権は2014年に内閣人事局を設置し、全ての官僚の重要な人事権を掌握した。少なくとも、2014年の内閣人事局が出来た時から官僚と安倍政権の攻防は水面下で起きていたと考えられる。
 
前川氏は、年商812億円を誇る世界的な産業用冷蔵冷凍機器メーカー「前川製作所」の御曹司で、妹は中曽根弘文元外相に嫁いだ“華麗なる一族”の出だ。当然、官邸の横やりで天下り先を失っても困らないため、政権の裏側で何が起きているのか、その腐敗の真相を遠慮なく暴露できる。
 
森友学園の「忖度」問題に続き、安倍首相の“お友だち”人脈から次々に出てくる疑惑。ある自民党幹部はこう話す。
「森友学園、加計学園の疑惑が長引き、安倍さんは周辺に『鬱陶しい気分だ』と漏らしている。サミットから戻ってから対応を協議する予定だったが、事態が早く動き出した」
別の幹部はこういう。
「加計学園しか取れない新設の条件なんだから、40年にわたる悪友関係の安倍首相と加計氏のあうんの呼吸で便宜を図ったのは明白。明らかに政治的な動きがあったはずだ」
一方で、別の幹部はこういう。
「背景には文科省の権力闘争があり、天下り問題で処分を受けた前川の官邸への恨みが生々しいこともあり、文書が本物だとして、どれも間接的な表現にとどまり、結局は忖度話になる。野党がいくら騒いでも、うやむやに終わるだろう」
 
誰の目にも官邸側が嘘をつき、忖度の事実を隠ぺいしようとしているのは明白だ。さっさと忖度を認めて、国会をまともな審議ができる場所にしてほしいと思うのだが・・・・共謀罪の審議を見てもわかるように、国会の審議はまったく中身がない。政治は官邸のやりたい放題になっているのを見るにつけ、この国の将来は言論の自由が圧殺され、真っ暗闇だと悲観せざるを得ない。
 
学校法人「加計学園」(岡山市)の朝日新聞の報道をめぐり、安倍晋三首相が「朝日新聞は言論テロ」などと書き込んだフェイスブックの投稿に「いいね!」ボタンを押したことについて、朝日新聞の記者が22日の菅義偉官房長官の記者会見で事実関係をただす場面があった。
首相が「いいね!」をしたのは、今月19日に劇作家の男性が朝日新聞について「言論テロといっていいんじゃないか。およそ『報道』ではないし、狂ってる」との書き込み。首相を含め500人以上が「いいね!」をしている。これについて朝日記者は菅氏に「首相が『いいね!』をしたことがネット上で話題になっている。事実関係を承知しているか」と質問した。菅は記者が質問を言い終える前に「承知していない」と即答した。
 
朝日新聞は、18、19両日の一面トップで「加計学園」の国家戦略特区への獣医学部新設計画をめぐり、内閣府から「首相の意向」などと伝えられたとする記録を文部科学省が文書に残していたなどと報じていた。テロ対策を口実に共謀罪法案の成立をもくろむ政権のトップが、朝日新聞は“言論テロ組織”と認定したことになる。
安倍首相がフェイスブック(FB)投稿に、わざわざ「いいね!」と同意していたという報道には目を疑った。誰かが首相のふりをして「いいね!」ボタンを押したのであればよいと本気で思った。国のトップとして、「朝日新聞は言論テロ」と言う言葉に同調するとは、政治家として許しがたい行為だ。一般人が朝日の報道姿勢をどう思おうと勝手だが、総理が数ある投稿から、自分を窮地に追い込む言論機関への批判投稿を見つけだし、「いいね!」と賛同するのは気味が悪い。しかも、この日は衆院法務委で共謀罪法案の採決を強行した当日だ。
「安倍首相は自分の立場や影響力を理解できないのでしょうか。時の政権にとって都合の悪い報道を『言論テロ』呼ばわりする投稿に対し、国のトップが支持する神経を疑います。今まさに共謀罪の恣意的運用が懸念されているのに、その懸念を国のトップが率先して増幅する。共謀罪の成立で危機に立つ『報道の自由』や『内心の自由』の重要性を考慮していないことを自ら告白したのと同じ。軽い冗談くらいに思っているのなら、空前絶後の驕慢です」(政治学者・五十嵐仁氏)
 
総理が国会でヤジを連発し、大手メディアを言論テロ組織呼ばわりする投稿に「いいね!」と喜ぶ。
安倍首相が衆院予算委で「日教組はどうした」とヤジり、蓮舫氏の中谷防衛相への追及に「どうでもいい」とヤジり、衆院特別委でも、自席から民主党の辻元清美・政調会長代理に「早く質問しろよ」とヤジを飛ばしたのは記憶に新しい。その都度、抗議を受けて陳謝しているのだが、懲りない男だ。そのくせ、野党議員からヤジを飛ばされると、「騒がないで。興奮しないでください。」などと注文する。自分勝手などうしようもない男だ。こんな男をいつまでも担ぐ自民党の面々は太鼓持ちだけの集団だ。
 
こんな自民党に憲法改正をやらせてはならない。憲法9条に第3項を付け加えるだけの論理的に破たんした憲法が出来上がるかもしれない。
 
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