オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

ソロ充

2016-12-18 | 社会
インターネット上のスラングの一つで、1人でも生活を楽しめる人を指す。他人を気にせず趣味や仕事、食事などに打ち込むことができる人のことで、同じような意味の言葉に「おひとりさま」などがある。
現実の生活(=リアル)が充実している人を指す「リア充」という言葉がまず誕生し、そこから、1人でものごとを楽しむ人を指す「ソロ充」や、他人の目を気にしつつも、自分の学生生活がリア充であることや、行動を共にするグループの一員であることを確認せずにはいられない人を指す「キョロ充」などに派生していったとされる。
 
「ソロ充」には、いくつかのパターンがある。まずは、本来なら複数ですることが多い行動を、あえて1人で楽しむケース。カラオケ、焼肉、飲みに行く、旅に出る、カフェでお茶を飲む、などである。
次に、他の人が興味を示さないため、1人でやらざるを得ないケース。例えば寺院巡り、マニアックな映画・作品展などを見に行くなどが挙げられる。
若者には、トイレや食堂での食事、授業、昼休みなどをどう過ごすか、他者からの評価を気にする傾向がある。
ソロ充は、友人を誘うのが面倒、人といると気を使う、相手のペースに合わせるのがつらい、などというタイプの人が、自由気ままに1人で過ごすことを指す言葉であり、「ぼっち」との違いは、本人が「充実」しているかどうかであるとされる。
 
ふ~ん、ソロ充などと言う言葉がまことしやかに市民権を得てしまうのが驚きである。そんなん、当り前じゃないの。みんなと一緒じゃ、したいこと我慢しなくちゃいけないじゃない。昔から、学校のトイレは一人で行くし、本当にしたいことは一人でするのが一番いいと思っている。
まあ、この言葉が拡がって、一人で行動することが当たり前になることはとても良いことだと思う。周りの目を気にするキョロ充なんて最悪の境遇だものね。
 
 
しかし、そもそもこれらの言葉はリア充から派生したという。このリア充が若者の理想の姿らしい。恋人や友人付き合いに恵まれ、サークル活動や飲み会へ参加し、オタク以外の趣味を楽しむということらしい。しかし、リア充は幅広く、本人が充実していると感じたら、リア充であるらしい。
 
経営コンサルタントの横山信弘氏が、Yahoo!ニュースに「なぜ残業は楽しいのか?モーレツ社員の『リア充』を考える」という一文を寄稿している(2016年11月23日)。
 
   20年近く前、勤めていた職場で2人の上司に「君はなぜ残業をしないのか?」と言われた経験があるという横山氏。当時、自分のチームの仕事に遅延がなければ定時で帰ってもよいと考えていた横山氏は上司に対して「とても嫌な感覚を覚え」たという。 その後「残業をしないと処理できない仕事量」を与えられ、横山氏も22時、23時に退社するのが当たり前の生活に。「不思議なもので、終電を逃すと、さらにダラダラと朝の2時や3時までオフィスに残っている日常を平気で送ることができるようになるのです。毎日その時間に残っている同僚たちの顔ぶれはいつも一緒。仕事の成果ではなく、夜遅くまで残っていることそのものに充実感を感じるようで、オフィスに人がいなくなればなるほど、表情が生き生きとしてくる連中ばかりです。」   へろへろになりながら恍惚の笑みを浮かべるこんな社員にとっては、残業や休日出勤が「リア充」の源泉なのだと指摘する。なぜなら、「仕事によって手にした成果は目に見えませんが、長時間働いているという事実は、簡単に、確実に、他人に見せつけられます」
   しかし、横山氏は改めて思い直す。大きなプロジェクトを期限内に成功させようという仲間との残業なら楽しいのもわかるが、「恒常化した長時間労働が『リア充』を人にもたらすはずがない」と。
   長時間残業社員の「自分の生活を犠牲にして仕事してます」アピールはあまりに痛々しい。だから、小さな子供と遊んで楽しそうに笑ったり、「マラソン大会に参加していい汗かきました」のような「一般的な『リア充』」を体感すべきだ、と横山氏は訴える。
 
長時間労働が楽しいという心理の分析に一驚した。 無理することが美徳というより、無理と感じていないハイテンション。いくら過労死を取り締まっても働く側がこの有様では過重労働は改善しない。
 
私自身には残業が楽しかったという思いは全くなかったので、このような話にはついていけないが、昔を思い出すと確かに、残業たくさん組はそれを自慢する風潮があった。つい先日も電通の新入社員が自殺した話が話題になり、「自分たちの頃は残業200時間も珍しくなかった。今の若い人は柔だねえ。」という人がいた。そういえば傑作な話を思い出した。
自分の残業の多さを面白おかしく、得意げに自慢したそのエピソ-ドは40年たった今も覚えている。
「急な連続4日間の泊まり込みでも対応できる。まず、パンツを裏表にはいて2日間持たせる。次の2日間は後ろ前に履いて裏表だ。」こんなリアルな発想、やっているから話せるんだろう。過酷な労働を楽しんでいるから思いつくんだろう。猛烈社員が流行語だった70年代、迷いなく一億総猛烈社員だった。確かに、その頃の人は報われた。
しかし、これからは・・・・
 
非正規社員であったとしても、以前は正社員だった人は多い。短期間で仕事を辞めてしまった場合、次の仕事は、見つからず、更に、40代になってしまうと、まともな仕事は、殆どない。
今では、契約社員や派遣社員になれれば、まだましな方で、アルバイトのまま、生き延びなければならない。この国の政治家は、自己責任と言う言葉で一蹴し、何もしない。
 
生き延びるのに精いっぱいで充実した生活など夢のまた夢という状況の人も多い。ソロ充と言う言葉が虚しく響く超格差社会である。

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