オータムリーフの部屋

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憲法9条はアメリカに押し付けられたものか?

2017-08-13 | 政治
日本国憲法の三大原理は<基本的人権尊重・国民主権・戦争放棄>である。そして、もうひとつの特徴は象徴天皇の定めである。
「米国から押し付けられた」と宣伝されている日本国憲法。誰が作ったものであろうと、よいものはよいわけで、押し付けられたからといって改正しなければならない理由にはならない 。
 
しかし、事実として、少なくとも日本国憲法の根幹第9条は、日本人の「発案」によるものと認める学者が増えてきたようだ。「GHQ押し付け憲法論」を主張する論者は、自説に不都合な憲法研究会のことや幣原喜重郎首相とマッカーサーのやり取りについて無視することに務めているようだ 。
 
 
改憲派はしばしば、日本国憲法はわずか九日間でGHQの素人たちがつくったお粗末な憲法にすぎないというのが常なのだが、果たして事実なのか。
民政局長コートニー・ホイットニー准将や民政局次長チャールズ・L・ケーディス大佐を始め、運営委員会のメンバ-はロ-スク-ルを卒業し、弁護士資格を持つ法の専門家、人権論者、学者などで構成され、改憲論者の主張するような素人集団ではなかった。更に、日本国憲法の原案であるGHQ憲法(マッカーサー憲法)は、開戦直後から知日派の米国知識人たちが準備してきたものをもととして、練り上げ準備されてきたものであって、9日間で素人たちが作り上げた粗末なものではない。
 
さらに、改憲派の目の敵にされている9条はどのような経過で生まれたのか?その真の発案者を紐解くと、幣原喜重郎という人物が浮かび上がってくる。
新憲法の草案をGHQから心ならずも「押しつけられた」はずの日本政府の代表者(総理大臣)自身が、実は「9条の真の発案者」であったというのだから、驚きである。
 
終戦当時の首相であった幣原喜重郎氏による証言をぜひ読んで欲しい。この証言は、国会図書館内にある資料からのもので、戦争放棄条項、憲法第九条が生まれたいきさつが、詳細に記述されている。
 
 
此処だけの話にしておいて貰わねばならないが、実はあの年(昭和二十年)の春から正月にかけ、僕は風邪をひいて寝込んだ。僕が決心をしたのは、その時である。それに僕には、天皇制を維持するという、重大な使命があった。元来、第九条のようなことを日本側から言い出すようなことは、出来るものではない。 まして、天皇の問題に至っては尚更である。この二つに密接にからみ合っていた。実に重大な段階であった。
幸いマッカーサーは、天皇制を維持する気持ちをもっていた。本国からも、その線の命令があり、アメリカの肚は決まっていた。ところが、アメリカにとって厄介な問題があった。それは、豪州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関しては、ソ連に同調する気配を示したことである。これらの国々は、日本を極度に恐れていた。日本が再軍備したら大変である。戦争中の日本軍の行動は、あまりにも彼らの心胆を寒からしめたから、無理もないことであった。日本人は、天皇のためなら平気で死んでいく。殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の、不可分とも言うべき関係であった。
これらの国々のソ連への同調によって、対日理事会の評決では、アメリカは孤立する恐れがあった。この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を、同時に提案することを、僕は考えた訳である。
豪州その他の国々は、日本の再軍備化を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。故に、戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は、廃止されたと同然である。もともとアメリカ側である豪州、その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆に、ソ連を孤立させることができる。
この構想は、天皇制を存続すると共に、第九条を実現する、言わば一石二鳥の名案である。もっとも、天皇制存続と言っても、シンボルということになった訳だが、僕はもともと、天皇はそうあるべきものと思っていた。
元来天皇は、権力の座になかったのであり、また、なかったからこそ続いていたのだ。 もし天皇が権力をもったら、何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。日の丸は日本の象徴であるが、天皇は日の丸の旗を維持する神主のようなものであって、むしろそれが、天皇本来の昔に戻ったものであり、その方が、天皇のためにも日本のためにも良いと僕は思う。この考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮にも日本側から、こんなことを口にすることは出来なかった。憲法は押しつけられた、という形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら、実際に出来ることではなかった。そこで僕は、マッカーサーに進言し、命令として出してもらうように決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば、首相自らが、国体と祖国の命運を売り渡す、国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。幸い、僕の風邪は肺炎ということで、元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰い、それによって全快した。そのお礼ということで、僕が元帥を訪問したのである。それは、昭和二十一年の一月二四日である。その日僕は、元帥と二人きりで、長い時間話し込んだ。すべてはそこで決まった訳だ。マッカーサーは、非常に困った立場にいたが、僕の案は、元帥の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。しかし、第九条の永久的な規定ということには、彼も驚いていたようであった。僕としても、軍人である彼が、直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、賢明な元帥は、最後には非常に理解して、感激した面持ちで、僕に握手した程であった。元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの侵略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。それについて僕は言った。日米親善は、必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが、果たしてアメリカのためであろうか。原子爆弾は、やがて他国にも波及するだろう。次の戦争は、想像に絶する。世界は亡びるかも知れない。世界が亡びれば、アメリカも亡びる。問題は今や、アメリカでもロシアでも日本でもない。問題は世界である。いかにして、世界の運命を切り拓くかである。日本がアメリカと全く同じものになったら、誰が世界の運命を切り拓くか。好むと好まざるにかかわらず、世界は、一つの世界に向って進む外はない。来るべき戦争の終着駅は、破滅的悲劇でしかないからである。その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は、自発的戦争放棄国の出現を期待する以外にないであろう。同時に、そのような戦争放棄国の出現も、また空想に近いが、幸か不幸か、日本は今、その役割を果たしうる位置にある。歴史の偶然は、日本に、世界史的任務を受けもつ機会を与えたのである。貴下さえ賛成するなら、現段階における日本の戦争放棄は、対外的にも対内的にも、承認される可能性がある。歴史の偶然を、今こそ利用する時である。そして、日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う、唯一つの道ではないか。また、日本の戦争放棄が、共産主義者に有利な口実を与えるという危険は、実際ありうる。しかし、より大きな危険から遠ざかる方が大切であろう。世界はここ当分、資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。それを不動のものと考えることが、世界を混乱させるのである。未来を約束するものは、たえず新しい思想に向って、創造発展していく道だけである。共産主義者は、今のところはまだ、マルクスとレーニンの主義を絶対的真理であるかのごとく考えているが、そのような論理や予言は、やがて歴史のかなたに埋没してしまうだろう。現に、アメリカの資本主義が、共産主義者の理論的攻撃にもかかわらず、いささかの動揺も示さないのは、資本主義がそうした理論に先行して、自らを創造発展せしめたからである。それと同様に、共産主義のイデオロギーも、いずれ全く変貌してしまうだろう。いずれにせよ、ほんとうの敵は、ロシアでも共産主義でもない。このことは、やがてロシア人も気付くだろう。彼らの敵は、アメリカでもなく資本主義でもないのである。世界の共通の敵は、戦争それ自体である。
 
僕は、天皇陛下は実に偉い人だと、今もしみじみと思っている。マッカーサーの草案をもって、天皇の御意見を伺いに行った時、実は陛下に反対されたらどうしようかと、内心不安でならなかった。僕は、元帥と会うときはいつも二人きりだったが、陛下の時は、吉田君にも立ち会ってもらった。しかし、心配は無用だった。陛下は言下に、徹底した改革案を作れ、その結果、天皇がどうなってもかまわぬ、といわれた。この英断で、閣議も納まった。終戦の御前会議の時も、陛下の御裁断で日本は救われたと言えるが、憲法も、陛下の一言が決したと言ってもよいだろう。もしあのとき天皇が、権力に固執されたらどうなっていたか。恐らく、今日天皇はなかったであろう。日本人の常識として、天皇が戦争犯罪人になるというようなことは考えられないであろうが、実際はそんな甘いものではなかった。当初の戦犯リストには、冒頭に天皇の名があったのである。それを外してくれたのは、元帥であった。だが、元帥の草案に天皇が反対されたなら、情勢は一変していたに違いない。天皇は、己を捨てて国民を救おうとされたのであったが、それによって天皇制をも救われたのである。天皇は、誠に英明であった。正直に言って、憲法は、天皇と元帥の聡明と勇断によって出来た、と言ってよい。たとえ象徴とは言え,天皇と元帥が一致しなかったら、天皇制は存続しなかったろう。
 
 
 
9条を亡き者にして戦争のできる普通の国にしたがっている安倍政権、そして現代の政治家に幣原の世界観は到底理解できるものではないだろう。自衛隊を海外派兵できるように、アメリカの手下となって活躍できるように、戦争放棄を宣言した9条を亡き者にしようとしている。戦後、9条を拡大解釈して戦力を増強してきた日本。確かに自衛隊が憲法で禁止する戦力になっていることは明白だ。しかし、自衛隊を含む国民の命をこの72年間守ってきたのは他ならぬ9条である。海外で武力を行使できないという歯止めがあったからこそ、朝鮮戦争にもベトナム戦争にも湾岸戦争にも駆り出されずに済んだのである。
安倍政権になって、またぞろ拡大解釈によって集団的自衛権を認定した。存立危機事態とかいうわけのわからない事態に陥った場合、アメリカの盾になって、北朝鮮と戦わなければならないのである。
小野寺五典防衛相は8月10日の衆院安全保障委員会で、北朝鮮が米領グアムを狙って弾道ミサイルを撃った場合、集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」に認定し、自衛隊のイージス艦が迎撃することは法的に可能だとの認識を示したのである。この発言に対して異議を唱えるメディアはない。かくして、攻撃が正当化され、国民は戦争に巻き込まれていくのである。
 
戦争放棄は究極の理想主義のように聞こえる。しかし、幣原元総理の場合、東西冷戦のはざまで戦争放棄が国民を守る唯一の現実的な政策であったと推察できる。戦争放棄と言う幣原の理想はどんな国でも受け入れられるものではない。マッカ-サ-元帥の力を利用して、平和憲法を制定させたのである。その結果、日本は経済的繁栄を謳歌し、戦後72年間、戦争で一人の死者も出さずに済んだのである。今の政治家を見ていると、日本が戦争に巻き込まれるのは時間の問題だと思う。戦争をしたがっているようにしか見えないのだから・・・
 
2度の大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験を強行した北朝鮮に対し、国連安全保障理事会は石炭などの輸出を禁止する経済制裁決議を全会一致で採択した。決議案を作成したアメリカでは、その効果に期待する一方、北朝鮮を現段階で攻撃する「予防戦争」の是非が論じられ始めている。マクマスター米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、安保理決議があった同じ日に、MSNBCのインタビューに対し、政府関係者として初めて、予防戦争もオプションの一つだと言及した。これらを受け、他のメディアも関連記事を掲載している。
 予防戦争(preventive war)とは、敵が有利に戦争を開始するのを防ぐために、先手を打って仕掛けていく戦争のこと。発射直前のミサイル基地を叩くといった目前の直接的な危機を排除するために行う先制攻撃よりも、さらに早い段階で攻撃を仕掛けて敵を無力化することを目指す。将来的な危険を排除する目的を持って行われるため、「予防戦争」と呼ばれる。
 政治専門紙ザ・ヒルは「予防戦争は、冷徹な判断のもと、選択的に行うものだ。今まさに攻撃しようとしている相手に対する先制攻撃や実際に攻撃してきた相手と戦う防衛的な戦争とは違う」と説明する。そして、「普段は堅実なリンジー・グラハム上院議員と一部のホワイトハウスの高官たちが、北朝鮮に予防戦争を仕掛けることを話し合い始めた」と、米国内の情勢を報じている。そして、北朝鮮情勢の現状を「我々が予防したかった状況を既に通り過ぎようとしている」と書く。
 同紙によれば、グラハム上院議員は、メディアに対し、「戦争が起きるのならばアメリカ西海岸で起きるよりは北東アジアで行われる方がましだ」「カリフォルニアで犠牲者が出るよりも同地域で犠牲者が出る方が良い」などと語り、米本土に被害が及ぶ前に北朝鮮を叩く意義を説いたという。ザ・ヒル紙も、北朝鮮が米本土を攻撃可能な核ミサイルを獲得することを防ぐための「推奨されるコース」は予防戦争だと主張する。そして、「誤解を恐れずに言えば、それは北朝鮮との破壊的な戦争の序章にすぎない。韓国と日本に何千人もの犠牲者が出るだろう」と書く。
 
 もちろん、戦争をせずに危険を取り除くことができれば、それに越したことはない。エコノミスト誌は、ずばり「北朝鮮との核戦争をいかにして防ぐか」という記事でその方法を検討している。同誌は予防戦争、あるいは先制攻撃は完全に成功しなかった場合、全面戦争に発展し、事態が悪化するリスクが高いと指摘。その場合、最終的には金王朝が崩壊し、北朝鮮で何十万人もの市民が死に、韓国の首都ソウルは破壊され、日本の駐留米軍や米本土の都市への核攻撃もありえると見る。
 そのため、米側から戦争を仕掛けるのは無謀であり、避けるべきだというのが同誌の主張だ。さらに外交努力も最終的に失敗すれば、「残るたった一つのオプションは金(正恩)氏を思いとどまらせ、自暴自棄な行動を阻止することだ」と書く。そのために、トランプ大統領は、アメリカは自ら戦争を始めることはないと明言したうえで、北朝鮮から攻撃された場合は即座に反撃することも再認識させる必要があるとする。金正恩氏に対し、ミサイルを撃てば独裁者として贅沢な暮らしをする人生を失うことをしっかりと認識させれば、無茶はしないだろうという考えだ。
 同誌はまた、アメリカは日本と韓国に対し、引き続き核の傘で守ることを保証し、両国で展開するミサイル防衛網も強化しなければならないと主張。これは、北朝鮮への抑止力となるだけでなく、日韓に独自に核を保有する道を取らせない意味もあるとしている。一方、中国が恐れるのはアメリカとの戦争の結果、金王朝が崩壊し、統一朝鮮ができて駐留米軍と直接対峙することだと同誌は見る。トランプ政権は「それが起きないことを中国に対して保証しつつ、長い目で見れば貧しく暴力的で不安定な国であり続けるよりも、統一された方が良いことを中国に理解させなければならない」としている。
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