Augustrait





[提供:キネマ旬報社]
 溝口吾市は,父の遺書を携えて京都の驟閣寺を訪れた.昭和十九年の春のことである.彼は父から口癖のように,この世で最も美しいものは驟閣であると教えこまれ,驟閣に信仰に近いまでの憧憬の念を抱いていた.父の親友でこの寺の住職・田山道詮老師の好意で徒弟として住むことになった.昭和二十二年,戦争の悪夢から覚めた驟閣には,進駐軍の将兵を始め観光客が押しよせた….

 鹿苑寺(通称金閣寺)は,1950年7月2日未明,放火により国宝の舎利殿46坪が全焼,創建者・足利義満の木像,観音菩薩像,阿弥陀如来像,仏教経巻などの文化財6点が焼失した.放火犯人は,同寺徒弟・林養賢,21歳である.逮捕後,動機を尋問され「美に対する反感」と述べたことに注目し,三島由紀夫は吃音,生い立ちが養賢に劣等感を植え付け,美への破壊衝動に至ったと見て『金閣寺』を著した.約20年後,水上勉は養賢が仏教と寺院のあり方に対する矛盾に憤り,その象徴である金閣寺の破壊を決意したと考え,『金閣炎上』を書いた.

 権力の象徴としての金閣寺が炎上する瞬間を,純文学的に昇華することを目指した三島と,住職,執事,副司に対する不信感を募らせていった養賢の精神状態と行動原理を追尾するノンフィクション・ノベルの様式を採った水上では,同じ題材に対する視点の違いが,それぞれ作品に異質感をもたらしていた.市川崑が監督することになった本作は,三島の『金閣寺』を下敷きにしている.日本の伝統美のひとつの模範とされた国宝の破壊,養賢の内面描写,独特の美意識に貫かれた三島の文体.

 これらが渾然一体となり,三島の代表作となる原作は高い完成度を誇った.その映像化の困難を予測した市川は,三島から取材ノートを借り,養賢の生い立ちや交友関係,寺徒弟での位置を再考,和田夏十,長谷部慶治に脚本を担当させた.三島の美の観念に支配されつつも,現実的な人物造形に製作陣は腐心したのである.水上の『金閣炎上』は1979年発表で,本作製作時には存在していなかった.進駐軍や観光客が押し寄せて拝金主義に侵された国宝の寺院,尊敬すべき老師の破戒の行いに幻滅した養賢は,金閣寺の神聖を汚す不埒な存在を否定するために,舎利殿を炎上させ夜空を焦がす.

 息を切らして恍惚の表情を浮かべる養賢(溝口吾市)を演じたのは,現代劇初出演となった市川雷蔵,煩悩に漬かった老師は,中村雁治郎.試写室で鑑賞した三島は,脚本の難を指摘するが,2人の演技を絶賛.映画として「全体に重厚沈痛の趣きがあり,しかもふしぎなシュール・レアリスティックな美しさを持つてゐる」と賛美した.三島文学の金字塔の世界観に一定を越えた接近に成功し,三島本人から讃えられたという1点を見ても,本作は傑作である.

金閣寺 [DVD]
キングレコード

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原題: 炎上
監督: 市川崑

製作: 永田雅一
企画: 藤井浩明
原作: 三島由紀夫「金閣寺」
脚本: 和田夏十 長谷部慶治
撮影: 宮川一夫
美術: 西岡善信
編集: 西田重雄
音楽: 黛敏郎
助監督: 田中徳三
出演: 市川雷蔵 仲代達矢 中村鴈治郎 浦路洋子 中村玉緒
  • 99分/日本/1958年
    (C) 1958 大映