人生「人として生きる」…重いタイトルだね~

このブログは『訊いて、見て、言って感じたら、そのままご報告』っと言うわけです。

お約束

2017-06-16 10:20:24 | 日記
人間社会は個人から国家に至るまで、約束事を守る事で成り立っている。

大きいところでは条約などがいい例です。

 … まぁ国際法を無視している「馬鹿ん国」や「中狂」などはキチガイなので例外ですが -p。

条約は時にルールと呼ばれ、例えばスポーツでルールを破った場合は、審判に注意を受けます。

勿論、悪質な場合は注意が警告になるのですが、隣国のサッカーなど記憶に新しい所です。

しかし人って差別が多いと言いますか、別にどこの誰とは言いませんがね、人によって言葉や態度を変えるのってどうなんでしょう。

クレームを言われてイライラするのは分かりますけど、言った人を見て態度を変える人いますよね~。

普通は「丁寧な対応をする」のが当たり前ですが、利害関係がある場合と無い場合で態度が変わる人がいます。

身近な事としては、言われた事を守らない事ですか …?

大人だけではありません。

子供でも同じ事が言えます。

親が宿題の確認をした場合の返答です。

宿題を『終わらせていない』と仮定して、返答パターンは色々ありますね。

「うん。終わった」… 嘘つき

「まだやってない」… 正直者、或いは開き直り?

「これからやる」… 逃避、トボケ?

他にも多々ありますが、代表的なものはこんな感じでしょう。

この3つの中では、どれが一番悪質に感じますか?

感じ方は様々です。

受ける時の気分によって、変わりますからね~。

しかし、返答をする側の誠意に関しては、答えが複数存在する事はありえません。

上記3つの返答は、原則として「悪い事を認識」しています。

詰る所、お詫びが無いのです。

お詫びが無ければ、当然反省なんてしてません。

「逆ギレ」して「自己主張」を述べ、相手を責めるのが常套手段です。

これを『しつけ』て教育するのですが、しつけの無い大人が絡みますと、これまた正論が通りません。

強者と弱者、勝ちと負け、常に対立構造に晒されている社会の中では、大人ですら麻痺をしているのです。

冒頭で「馬鹿ん国」や「中狂」を例外としたのは、正論が全く通らないからです。

もはや法治国家とは言えません。

人治国家です。

この例外対象のキチガイが増えると、ルールなどは全く意味を持たなくなり、やがては崩壊します。

この崩壊が怖い人は権力を求め、人を見る判断基準を独自の基準に作り変えて行くのです。

これを独裁と呼びます。

それに対し和を重んじる日本人は、権威によって社会を形成してきました。

権威には、対立構造がありません。

人と人との調和です。

子供の時から対立に慣らされてしまうと、生まれながらに格差が生じてしまいます。

これが不満となり、妬みになり、恨みとなって、人が人を貶めるのです。

社会が公平であるには、人が人を支配してはいけませんが、公平であるが故に「人としてルールを守る」べきなのです。

責(攻)めるのは簡単ですが、守るのは難しいです。

果たしてどうか … 現代に生きる人間は、どちらが多いだろうか?
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