アトリエ 籠れ美

絵画制作、展覧会、美術書、趣味、その他日常の出来事について
平成27(2015)年5月4日より

柴又帝釈天「法華経説話彫刻」

2017-07-12 05:52:56 | 巨匠の一作
 やっぱりすごかった。映画「男はつらいよ」シリーズで、ちらっと見たときからぴんと来ていたのだが、「美の巨人たち」の2016(平成28)年10月8日放送で再確認。じっくり見ることができた。

 圧巻としか言いようがない透かし彫り。言葉にならないという表現があるが、これがまさにそれ。日本を代表する彫刻であることに間違いない。国宝に指定されてもおかしくないと思うのだがどうしてなのかしらん。

 とっとと柴又帝釈天へ見に行けばいいのだが、何だかんだと言って行かず仕舞い。いつでも行けると思うと行かないという。

 でもねえ、実際に柴又へ行って、現実の柴又を見て幻滅したりしたら嫌だなあ、とか思って二の足を踏んでいたりする。そんなことじゃあいかん、芸術作品を見に行くのであって、柴又の街並みを見に行くわけじゃあないんだからね。

 とにかく近いうちに行くとしましょう。
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「姉妹」 秋野不矩

2017-05-03 05:32:44 | 巨匠の一作
 これって名画じゃないの? 違うの? 私がこの作品を知ったのは2005(平成17)年8月20日放送の「美の巨人たち」なんですが(「夏休みに行きたい!シリーズ④ 秋野不矩(前編)」)、画面にこの絵が出てきた瞬間に、ああ、この絵が欲しい、と思った。非常に印象的な作品で素晴らしい。

 和服の女性を描いた名手は何といっても竹久夢二なんですが、秋野不矩も負けてはいない。なかなかここまで上手に描けない。私の絵の先生も「和服の女性は難しくて描いたこともあるけど、もう描きたくない。もしそんな話が来たら逃げる」と言ってました。

 いかに和服姿を描くのが難しいか。それは最近の日本画家が和服の女性をめっきり描かなくなったことがそれを証明している。描くだけの、描いて様になるだけの腕前がないからである。いい作品にならないから描かないのである。これはたくさん描かれているけど、いい作品はほとんどない富士山の絵と似ている(富士山も画題としては至難の業である)。

 真っ白の背景に和服姿の若い女性が二人、つまり「姉妹」が描かれているだけの非常に簡素な作品です。私は大好きで惚れ込んでいます。写真を掲載できないのが残念ですが、よろしかったらネット検索してみてください。すぐに見つかると思います。秋野不矩の初期の代表作です。
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「なまず」 高村光太郎

2017-04-26 05:56:08 | 巨匠の一作
 高村光太郎の木彫りの彫刻はどれもいいので、ひとつ選ぶのは難しいと言えば難しいのだが、私がぞっこんなのは「なまず」である。素晴らしい木彫作品だ。さして細かく彫られているわけではないのだが、そのおおまかに、ざっくりと彫られたその様子がたまらなくいいのである。

 ただ大雑把に彫られているだけでなく、ちゃんと中身、つまり骨格だの筋肉だのがちゃんと目に見えない形で表現されているからこそ、非常に存在感が出るのである。これは普段から物事の本質を捉えようと、長い年月、模索をしていないとできないことである。

 何でもっと評価されないのだろうか。私には謎である。
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版画集「ミセレーレ」 ルオー

2017-04-19 05:42:02 | 巨匠の一作
 私がこの版画集の存在を知ったのは、2001(平成13)年8月25日放送の「美の巨人たち」で、この回はルオーの「聖顔」を取り上げていた。この番組の中で版画集「ミセレーレ」の紹介があった。

 私の目はその版画集に釘付けになった。残念ながら、全58枚のうち紹介されたのはごく僅かだったが、それで十分だった。もう虜になってしまった。素晴らしく良かった。白と黒の世界だが、何というか、悲しみの中にも芯の強さとでも言おうか、ただ悲しんでいるのではなく、その悲しみに耐える強さみたいなものも表現されていて、そこにひどく共感してしまった。

 私はこの版画集が欲しくて欲しくて仕方ないのだが、まだ手に入れていません。高価な画集は買えないので、そんなものを買っているお金があるなら当然画材に使うべきなので、安価な画集で出ていないかなあと、以来ずっと探している次第。古本屋にでもあればいいんですが。

 付)この記事を書くのにちょっとネットで調べてみたら、何と宮城県立美術館がこの「ミセレーレ」全58枚の寄贈を受け、収蔵しているというじゃないですか。これって東京へ来ないんですかね。きっと来るでしょう。そのときは是が非でも見に行って図録を買おうと思っています。
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「時 静物画」 長谷川潔

2017-04-12 05:41:11 | 巨匠の一作
 いつもは私が一目惚れしてしまった作品を紹介しているんですが、またそうした作品のみを取り上げるカテゴリーなんですが、今回は例外をひとつ。

 私は銅版画を制作しているわけではないので、最初見たときはこの作品の凄味はわかりませんでした。またぴんときたわけではないので、さほど気に入ったわけでもありませんでした。ところが、この作品を見てしまってから、私はたまたまこの「時 静物画」が初めて見る長谷川潔の作品だったのですが、他の長谷川潔の銅版画を見ると、全て質が落ちるというか、がっかりするというか、とにかく物足りない。

 一言で言ってしまえば、この「時 静物画」が長谷川潔の最高傑作ということになるんですが、それにしても異様に突出して出来がいいということになる。普通はこんなことにはならない。どの巨匠も最高傑作と言われる作品がありますが、他と比べて圧倒的にいい、なんてことはそうはないものですが、いったい長谷川潔に何が起きたのかと考えざるを得ない。

 極めた、という意味では、速水御舟の「墨牡丹」に近いのかもしれませんが、では速水御舟の最高傑作が「墨牡丹」かと言えば、それはちょっと違うと思うし、何とも不思議な作品だ、この「時 静物画」は。

 そんなことを考えながら、この作品をじっと見ていると、画面中央やや左にいる小鳥の目が不気味に見えてきてならない。小鳥は長谷川潔の自画像だというのだが、こっちを見ているようで見ていないというか、見ていないようでこちらを見ているというか、何だかこちらを見透かしているような、全てはお見通しというか、全部見られているような気さえしてくる。

 もちろん黒の諧調が特に美しいのがこの「時 静物画」という作品なのだが、そしてそれがこの作品を特別なものにしているのだが、果たして本当にそれだけなのか、そういった技術的なことで片づけてしまっていいのか、他に何か秘密があるのではないのか、と考え込まされてしまう。

 そういうわけで、私にとってこの作品は、何やらただ事でない雰囲気を醸し出している、異様な問題作なのです。
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「サン・ラザール駅裏」 ブレッソン

2017-04-05 05:43:00 | 巨匠の一作
 写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンの代表作、それが「サン・ラザール駅裏」です。

 ブレッソンには傑作が多数あるので、この作品を彼の最高傑作と言い切るにはちょっと抵抗もありますが、私はこの写真に惚れ込んでおり、私にとっては最高傑作です。

 彼の写真は何というか世界の秘密を垣間見せてくれるという感じなのです。まるで西洋絵画の古典のように厳密な構図の彼の写真は、現実世界をただ写真に収めただけなのです。つまりこの世には、彼の写真に見るように、いや彼の写真が証明するように、非常に構築的、幾何学的な瞬間が無数にあり、それはカトリックや仏教の教えの通り、森羅万象は全て密接に関連しあっており、ひとつの大伽藍を構成していることを示していると言っていいかと思います。

 文学的に言うならば、この世界の狂気の瞬間を、ブレッソンは写真に収め、我々の前にまざまざと見せつけてくれるのです。私はただただ彼の写真を偏愛しているだけに過ぎませんが、感受性の強い人が彼の写真を見て、そこにこの世の空恐ろしさ、狂気を見て取っても不思議はないでしょう。見てはいけない瞬間を見てしまった恐怖とでも言った方がいいかもしれません。

 何も賢者は隠遁しているとは限りません。よく小説や映画などのフィクションでは賢者は人里離れたところで独りで暮らしていますが、アンリ・カルティエ・ブレッソンは大都会に住み、写真を使ってこの世の真実、秘密、謎を追究したのです。

 何の変哲もない日常にこの世の秘密が隠されている。そんなことを想起させてくれるのがブレッソンの写真なのです。

 蛇足)私は別にカトリックでもなければ、熱心な仏教徒でもありませんのであしからず。

 付)写真を載せられなくてすみません。「えーっ、ここまで書いておいて、ブレッソンの写真集を持ってないの?」という声が聞こえてきそうですが、そうなんですよ、持ってないんですよ。欲しいんですけど、安価で良いのがなくて。
 昔ブレッソンの展覧会が東京六本木の国立新美術館で開催されたときには行ったんですが、そのときの図録があまりよくなくて買わなかった。ほとんど図録目当てで行った展覧会だけに残念だったんですが、買っとけばよかったですかね。

 注)ネットで検索すればすぐに出てきますので、興味のある方は見てみてね。
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「いかさま師」 ラ・トゥール

2017-03-29 05:43:48 | 巨匠の一作
 私にとってのラ・トゥールは、この「いかさま師」一枚ですね。個人的には最高傑作だと思っています。

 人はすぐ「いやいや、『いかさま師』よりも『大工の聖ヨセフ』の方がずっと優れている」とか言いますが、私にはそういう通ぶって言う人の気がしれません。どちらも名画なんですよ。ただ私は「いかさま師」が一番好きだと言っているだけなのです。

 なかなかこれだけの絵を描ける人はいません。横長の画面に4人の人物をこれだけ大きく描き、かつ物語性を出すというのは至難の業です。

 私は惚れ惚れして見てしまうんですが、見飽きることがないんですが、こうした色使いのきれいな絵というのは、都会にさまざまな色が溢れる現代では関心を引きにくいのかもしれませんね。
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「三毛猫」 熊谷守一

2017-03-22 05:40:25 | 巨匠の一作
 平成14(2002)年11月9日放送の「美の巨人たち」は、熊谷守一の『「猫」三態』だったが、この中で紹介された「三毛猫」に私は一目惚れ。

 私は熊谷守一の作品は全般的に好きだが、この「三毛猫」は一番好きかもしれない。名画でしょう、これは。少なくとも彼が描いた猫の絵の中では断トツである。

 彼が若い頃に描いた絵には温かみがあり、その温かみは、その後の経済的に苦しい生活にあっても(つまりその長年の鋭い観察力が彼独特の線描に集約されても)失われることはなく、彼の絵の持つ本質的な力強さとなっている。それは彼が人生というものを、非常に肯定的に捉えていた証である。

 なかなかここまで芯の強い絵は描けないものである。そうした彼の凄味が彼の絵から一切感じられない。そこが熊谷守一の偉大さだと思うのだがどうだろうか。
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「エジプトのヨセフとヤコブ」 ポントルモ

2017-03-15 05:40:03 | 巨匠の一作
 一目惚れというか、見た瞬間に気に入ってしまった。理屈もへったくれもない。ただ気に入ってしまった。私の琴線に触れてしまった感じ。

 ポントルモは初期マニエリストのひとり。私はこの絵でその名を初めて知りましたが、その後彼の絵をそれなりに画集で見ましたが、この絵の印象を超える作品には出合えませんでした。

 とにかくこの絵は印象が強烈で、何というか個人的には奇想画の白眉です。摩訶不思議なんだけど、見ていて心地良い違和感がある。おそらく色使いのせいと、線遠近法はきっちり守られているせいなのではないか。

 私にとって違和感がありそうでないというか、変と言えば変なんだけどそんなにおかしくないというか、気にならない程度の不自然さというか、そんな感じの絵なのです。

 付)そっか、こういうのを偏愛しているというのですな。とにかく私はこの絵を偏愛しているというわけです。
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「滝」 エッシャー

2017-03-08 05:58:23 | 巨匠の一作
 やっぱりエッシャーといったら、この「滝」。彼の最高傑作なのではないか。私はエッシャーの全ての作品を見たわけではないけれど、この「滝」を見てしまうと、他の全ての作品は色褪せて見えてしまう。それほどこの作品の完成度は高い。

 唯一無二という言葉があるが、この言葉は芸術家エッシャーにぴったりの言葉だ。あまりに画期的すぎて、後にも先にも彼しかいない。世界中にエッシャー好きはたくさんいるのに(私も大好きですが)、なぜか後継者もいないし、私淑する者も現れない。

 デ・キリコ(形而上絵画)の後にシュールレアリズムが起こったぐらいなのだから、エッシャーの後継者なり亜流なりが出現してもおかしくないのだが。形而上絵画ほど謎めいていなかったのがいけなかったのか、西洋では絵は読むものだから、そうした意味ではわかりやすいエッシャーの世界は、見た目以上の深み、面白さを提示できなかったということなのかもしれない。

 しかしながら、エッシャーの提示した図と地の、人間の認識力の曖昧さは、線遠近法の不確かさと表裏一体であることは自明である。人間の視覚の盲点を衝いた、新たなイリュージョン(幻影)の示唆と言ってもいい。そうした現象を発見、提起したエッシャーは高く評価されなければならない。世界的にまだまだ評価が低すぎるのではないか。

 彼の木版画制作能力の高さも評価されなければならない。画家で言えば、高いデッサン力があった上に、新しい物の見方を提案したのである。まさに巨匠、巨匠の名にふさわしい芸術家、それがエッシャーである。
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