カラダを科学する本格的整体ブログ

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高橋大輔選手の演技に思う

2010-04-03 17:18:52 | Weblog
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バンクーバー五輪での高橋大輔選手の演技は、テーマ曲フェリーニの映画『道』を彷佛とさせるスケールの大きなものでした。高橋選手の演技が他の選手とくらべ表現として完成されていると感じたのは、身体のもつ躍動感、一体感の高さです。

フィギュアスケートでは、しばしば手を高くかざしたり、足を振り上げる動作があります。しかし、わたしは、トップ選手の動きのなかにさえ、しばしばたんに手足をばたつかせているような、必然性のなさを感じます。あたかも操り人形を見ているような奇妙な気持ちにおそわれます。なぜでしょう?

運動という面から見るとそこに一つの理由があるように思われます。そもそも陸上の生き物、とくに哺乳類の運動は、身体の重みをうまくエネルギーとして活用することに特徴があります。たとえば野球では、「投げる」・「打つ」など、手を中心として動作のなかでも、「踏み込み」とか軸足など、下肢の使い方が重要視されます。これは、身体の重みの利用こそが、高い身体パフォーマンスに不可欠だからなのです。



人間の身体は、骨盤からちょうど肩甲骨の下当たりの領域は背骨がそっています(代償性彎曲といいます)。この弓状の彎曲は背筋の強い引っぱりによって上体を引き起こすテコになっています。これこそが人類の直立二足歩行を支える力学的な基礎なのですが、大切なことは、この脊柱の引っぱりは、下肢の踏み込みによってしっかり大地に固定されてはじめて意味を持つということです。

以前、このブログのなかで、重いものを持ち上げる時、「腕で引っ張ろう」と意識するのと、「足で地面を踏もう」とするのでは、身体の使い方が違ったものになるとお伝えしました。足で地面を踏み込むことによって、実際にどのようなことが身体に起こるのかを詳しく見てみることにしましょう。

足を踏み込むと身体の重みによって、足首や膝、股関節が曲がってきます。この時、足首を伸ばす筋肉や膝を伸ばす筋肉には、身体の重み(勢い)によって引き伸ばされます。そして、引き伸ばしに抵抗するような収縮(遠心性収縮)が起こります。引き伸ばされると抵抗しようとする筋肉の働きを「伸長反射」といいます。

伸長反射によって筋肉に遠心性収縮が起こるとどうなるでしょう? じつは筋細胞は、弾性繊維の網の目のなかに埋め込まれるように分布しています。筋肉が収縮するについて、この弾性繊維にかかる張力はどんどん増大します。ゴムが目一杯引き伸ばされた状態と思っていただくとよいでしょう。

筋肉をおおう弾性繊維は、末端で連結して上位の筋肉へ次々と伝播してゆきます。足首や膝関節で受けとめた身体の重みが、股関節や腹部、胸郭や肩甲骨にまで伝播して、全身を弾性エネルギーの塊のような状態にします。野球のフォームで踏み込みや軸足が重要視されるのは、このようなわけなのです。

野球の打者や投手のフォーム、サッカー選手のボールを蹴るポーズは、全身に貯えられた弾性エネルギーを、いかに間違いなくボールに伝えるかを研究し実践によって鍛え上げた動作なのです。このような弾性エネルギーの流れを見た時に、わたしたちは、選手の動作のなかに、躍動感や力強さを感ずることができるのです。


金本智憲選手(広島→阪神)。あと一本で長島茂雄とならぶ通産444本塁打に迫る。球界屈指のパワートーレーニングで有名な金本選手の筋力は下肢の踏み込みよって貯えられる弾性エネルギーを一気に解放するときに爆発する。

『道』のテーマ曲にのせた高橋選手の演技がすばらしいのは、この大地への踏み込みのエネルギーが、手足の一挙手一投足へ見事に昇華されているからです。フェリーニは、神の愛が信ぜざるものにも及ぶという言葉を胸に、この映画を作ったとされます。

高橋選手の動きを見ていると、貧しさのなかで愛をうしなって精神を病んでゆくジェルソミーナ、その死を知って慟哭するザンパノの深い悲しみ、そこに注がれたフェリーニの深い人間愛があたかも蘇ってくるように思われます。それは、生き生きしたした身体動作こそ、人間の「精神」の輝きに他ならないからなのです。

ここで紹介した「身体の重さ」を活用した巧みな身体運動は、なにもアスリートだけの特別なテクニックではありません。陸上の哺乳動物すべてに備わった基本的な生活の知恵であり、長い進化をへて生命が獲得した地球重力に対する適応の一つの姿です。

前回、統合医療(混合診療)という新しい動きに対する取り組みについてお伝えしましたが、現代の医療は、体内の物質代謝の化学的な性質に対する分析にすぐれている反面、「重さ」とか「形」といった比較的素朴な物理量が身体に及ぼす作用についての取り組みははなはだ貧弱です。

統合医療に向けた取り組みのなかで、整体の技術が、このような未解明な分野に対するアプローチとしてどのような意味を持っているかを、次回から少し詳しく論じてみたいと思います。
(つづく)

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