Vばら (ある創作&つぶやき)

ある少女漫画を元に、エッセーと創作を書きました。原作者様および出版社とは一切関係はありません。

ランブイエ城

2016-09-19 00:01:33 | つぶやき

 1789年10月5日、飢えに苦しむパリの女性たちが、武器を取ってヴェルサイユへ行進を開始した。その数は6千人を超えていた。

↓  ただならぬ気配を察し緊急事態を告げようと、フェルゼンを含めた側近たちが王妃のいる部屋に急ぐ。「一刻の猶予もなりません!! 王后陛下、王太子さま王女さまと共に、ランブイエにお逃げください。」フェルゼンがアントワネットに進言する。(7月14日のあと、共に死ぬためにスウェーデンから戻ってきたフェルゼンは、ちょうどこの時、ヴェルサイユ宮殿で国王一家のそばにいた。)

 フェルゼンが口にしたランブイエ(城)は、パリの南西約50kmに位置する。1375年、城塞として建てられたが、代々の王によって狩猟用の館に改装された。ルイ16世はこの城を買い取り、のちにナポレオンも使った。現在は大統領の別邸になっているが、ガイド付きツアーで一般公開されている。(1975年、第1回先進国首脳会議が開かれたのがここ。)周囲を22平方キロメートルの広大な森に囲まれ、大理石の間、貝の渦巻き曲線が特徴の「マリー・アントワネットの間」、ナポレオンの間など調度品や室内装飾が豪華なことで知られている。城にはフランス式庭園があり、運河と6つの小島がある。ルイ16世はアントワネットのために酪農場を作ったが、使うことはほとんどなかったらしい。

↓  城の外観

↓  広大な森の中にあり、運河が流れている。

↓  豪華な部屋。

 緊急時にフェルゼンの口から「ランブイエにお逃げください。」と出るくらいだから、過去に何度かフェルゼンもここで狩猟を楽しんだことだろう。ルイ16世はランブイエ城以外にも、狩猟用の館を複数所有しているので、オスカルは国王や王妃がヴェルサイユを離れるときは、護衛のためお供をしたはず。今でいう出張?もちろんアンドレもオスカルと行動を共にした。狩猟と言いつつ実はこの森のどこかで、アントワネットとフェルゼンは秘かに逢引きを重ねていたかもしれない。オスカルもそのことは薄々気づいていたが、静かに見守るしかなかった。切ない想いをぐっと胸の奥深くに押し込め、近衛連隊長としての任務を全うするオスカルを、アンドレもまた哀しい想いで見つめていた。

 ヨーロッパの王侯貴族は本当に狩猟が好きだなあと思う。1789年7月14日以後も、ルイ16世はヴェルサイユ周辺で狩りをしている。かつてないほど政情が不安定で、いつまた大暴動が起きてもおかしくない時期であるにもかかわらず、狩りはやめない。温厚な性格だったと言われるルイ16世も、銃で動物を殺すことに楽しみを見出していたのか?狩りをしている時だけは束の間、現実を忘れることができたのだろう。

 読んでくださり、本当にありがとうございます。

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4 コメント

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 (伽羅)
2016-09-19 10:09:42
ランブイエのお城・・・すてきですね
後ろに見える森とともに おとぎばなしの世界のように見えます・・・・が・・・
「狩」の文字を見たとたん パッパーヤッパッパーヤッパッ・・・・いきなり頭の中で鳴り出したのはモーツアルトの弦楽四重奏曲 K458「狩」の冒頭・・・・・・・・すんません病気(オタク)です♪♪♪(この曲は1784年の作品)

モーツアルトは1789年このころ借金まみれだし妻は病気だし・・・でもそのころ創ったので有名なのはクラリネット五重奏(K581) 彼は五線紙に向かい 作曲をしている間は現実から逃避していたのでしょうか・・・混乱の中でも狩にでかけたルイ16世のように

どうも私はモーツアルトとリンクさせているのではなく 勝手にそっちへ跳んで行ってしまうようです・・・このコメントもひとしきり「狩」を聴いてから書いております
伽羅さま (りら)
2016-09-19 15:52:37
 コメントをありがとうございます。

>いきなり頭の中で鳴り出したのはモーツアルトの弦楽四重奏曲 K458「狩」の冒頭

 私はクラシックに疎いので、この曲をネットで検索してみました。喫茶店とか皇室関係の番組のBGMで聴いたことのある曲です。しかし「狩り」というタイトルが付いていたとは知りませんでした。何とも優雅な、生き物の命を殺生することとは程遠いメロディ。モーツァルトは、どこから曲想を得たのでしょうね。

「ベルばら」では、オスカルがモーツァルトの曲をヴァイオリンで弾く場面が登場しますが、いったいどんな曲だったのか?伽羅さまのように、音楽面から捉える「ベルばら」は、きっと新しい発見があって面白いと思います。出動前夜、アンドレが「お前にはちょっと役不足だ。」と言ったのは何の曲だったのか、私には皆目見当がつきません。

 モーツァルトは幼いころ、自分がアントワネットに求婚したことを、大人になっても覚えていたでしょうか?

 伽羅さま、興味深いお話をどうもありがとうございました。
 (伽羅)
2016-09-20 08:59:07
おはようございます
りらさま・・・説明不足でした・・ごめんなさい
「狩」というのはいわばニックネームで
1楽章冒頭のメロディーが狩の角笛を思わせるところから付けられたようです
この曲は「ハイドンセット」と呼ばれる6曲の中の4番目の曲で、6曲目には「不協和音」というニックネームが付けられています

他には交響曲31番が「パリ」 41番が「ジュピター」など ニックネームが付いたものがあります
「パリ」はパリにいたとき・・「リンツ」はリンツで・「プラハ」はプラハで作曲したのでそう呼ばれているようです
そうそう 「パリ」を初演した時、聴衆を熱狂させてうれしくて・・パレ・ロワイヤルで上等のアイスクリームを食べたとお父さんへの手紙に書いています・・・まだ22歳のころです

オスカルとアンドレはこの演奏を聴いたでしょうか
そして一緒に盛り上がって・・・なんて考えると楽しくなります
ひょっとしたら・・・どこかでニアミスしてたかも・・・ふっふっふ

あの夜の曲・・・最近ますます分からなくなってきました
まあ彼女がパガニーニをらくらくと弾きこなす腕を持っていたなら「役不足」も分からないではないですが(笑)・・・妄想はふくらみます
伽羅さま (りら)
2016-09-20 20:05:13
 コメントをありがとうございます。

>1楽章冒頭のメロディーが狩の角笛を思わせるところから付けられたようです

 そうなのですね。獲物を狙うにしては、ずいぶんゆったりとしたのどかな曲だなあと思っていました。でもニックネームのほうが親しみが湧きますね。どういう経緯でその曲が誕生したのかわかり、興味深いです。パレ・ロワイヤルでアイスクリーム…これもなかなか面白いエピソードです。

 アンドレはクラシックに詳しかったのかなあ?オスカルとああでもない、こうでもない、今度この曲を弾いてくれないかなど、オスカルと音楽談義をしていたでしょうか?二人で宮廷で室内楽を聴いたりして。

>あの夜の曲・・・最近ますます分からなくなってきました

 私などまったく見当がつきません。オスカルが高まる心を鎮めるため、どんな曲を弾いていたのか?池田先生はきっと「それは読者の皆さんの、御想像にお任せします。」と言うだろうなあ。

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