誰が袖 

藤間亜寿賀の日々

始まりは・・・・・

2010-12-04 | 師匠
始まりは・・・この日でした・・・。

師・寿賀子に初めて稽古して頂いた日の写真です。







世界で一番大切な人でした。
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“和”の発信地@神明宮

2010-12-03 | 日本舞踊
11月20日(土曜日)快快快快快晴〜〜〜の空の下、
第一回「“和”の発信地@神明宮」が開かれました。






阿佐ヶ谷駅より徒歩2分の神明宮には、緑に囲まれた立派な能楽殿があります。





この舞台に流れる澄み切った空気と、体を優しく包み込んでくれる陽の暖かさに、出演者全員大感激致しました。





画像を提供して下さったのは、「叱られて」を歌って下さったオペラ歌手の浅野美帆子さんです。




橋掛りに一歩踏み出す所から、心憎〜〜い♪演出を繰り広げて下さって・・・・・・・・、
ありがとうございました。

画像もいっぱい提供して下さいました。ありがとうございます!!!

http://gallery.me.com/mihoko_asano#100015





「西日が自然の照明になり、能楽殿が金色(こんじき)に輝くのですよ。」と
宮司さまが仰っていましたが・・・・・





その通りになりました♪♪♪




ご出演下さった皆さま、
お手伝いに奔走して下さった皆さま、
野外で長い時間見守って下さった皆さま、
そして、お忙しい中、惜しみなくお力をお貸し下さいました神明宮の皆々さまに、
心より感謝申し上げます。



次回は来春、桜の頃に・・と思っていましたが
スグにでも能楽殿に立ちた〜〜い!私・・・・。


「寒い〜〜〜〜〜ィ!」  (回りからの声、こえ、コエ・・・)


そうですよね・・・・・・ェェ。




踊る時間を短くしますから・・・
2演目にしますから・・・
ホッカイロを今回の3倍配りますから・・・
ひざ掛けも用意しますから・・・

ダメ〜〜〜かしら?




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初めて泣けました

2010-07-01 | 日本舞踊
昨日、T大病院から電話がありました。


師匠は、献体のお仕事を全て終えたそうです。



去年、
「ありがとうございました」と頭を深々と下げ、
それと同時に「先生が望んでいたお仕事に行ってらっしゃい」と別れてから、
11ヶ月が経ちました。


師匠は、20年以上前からT大病院に献体の約束をしていました。


私はあの日、師匠を稽古場に連れて帰りたかったけれど、
師匠が一番望んでいるのは医学に貢献することだから…と、、、、、とても早い別れをしました。



師匠の長年の希望通りのお仕事をしているのだなぁ〜と感じて過ごした11ヶ月・・・・
師匠は、生き生きと、この世に存在していました。

だから、戒名を頂いても、お仏壇に向かっても・・・、
なんだか不思議で不思議で、実感がありませんでした。




昨日の電話で、、、、、、

初めて、師匠が仏さまになったと感じました。


電話は、稽古中に頂きました。
こみ上げてくる想いを押さえられず、チョッとの間、階下に行かせてもらいました。

初めて、泣いたように思います。



トボトボと階段を上がり、お稽古に戻り・・・・
今目の前で稽古している人たちは、師匠を知らない事に気付きました。



そうだ・・・・
時は止まっていないんだ・・・・・

ハッとしました。

私の11ヶ月は、ずっと止まったままでしたから。







ズッコケながらも、歩いて行くのですょね・・・。

時は、、、動いているのですね。



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“和”のお稽古広場

2010-06-18 | 日本舞踊
阿佐ヶ谷の稽古場を拠点とした、“和物のお稽古”の集まりを、

“和”のお稽古広場・・・・・と名付けました。



☆地唄舞  ・・・・ 吉村流
☆日本舞踊・・・・ 若柳流
☆日本舞踊・・・・ 藤間流
☆小唄   ・・・・ 春日流
☆端唄   ・・・・ 栄芝流
☆お囃子  ・・・・ 藤舎流
☆着付け  ・・・・ 桜花会

(中野、新宿、幕張教室あります)



【ココで和文化に出逢いましょう♪】が、“合言葉”です


和のお稽古が、どんどん膨らみますように



師匠は、私に言いました。

「私が居なくなった後、舞踊教室を繁栄させて欲しいとは思っていない。
この舞台が無くなるのがイヤなの。
私がここで半世紀以上舞台と共に生きていたことを、残したいの。」


今、素敵なお仲間に恵まれた私は・・・・

師匠の遺志を少し叶えてるカナって、思っています。


心優しいお仲間 & 支えてくれる弟子たち & 心強いママ軍団 に、感謝です


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お子さまランチ♪

2009-12-26 | 日本舞踊
数日前、高円寺にある“大人も食べられるお子さまランチ”を食べに行って来ました。

風邪で3日間寝ていたので、何か食べに出たいナァ〜と思っていたのですが、“お子さまランチ”で意見が一致し、愚息その1と出かけました。
ウチからは歩いて7分位のお店です。


お店はおこさま連れ大歓迎で、店内にブランコやオモチャがいっぱいあります。
幼児を遊ばせながら、ゆったりとランチをするご夫婦や、童心に返ってオモチャで遊ぶ若いカップルたちが、まったりと楽しい時をすごしています。



そんな中に、、、、、26歳になる愚息その1と、それなりの年の愚母の2人連れ〜〜〜〜〜。


お子さまランチには、オマケ付き♪


愚息と、踊りの稽古の話をず〜〜っとしていました。
永年の不満があった愚息です・・・・
(そりゃそうです・・・あんまり育てていませんから〜〜〜)
日々の改善策を考えてくれたようです。


時間や金銭で割り切れる仕事では無いこと・・・
集まってくれる人たちが、皆大切なこと・・・
私がとっても充実していること・・・
いっぱい聞いてもらいました。


とっても暖かな、のんびりとした午後でした♪。



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依羅娘子

2009-12-23 | 日本舞踊
「依羅娘子」について・・・


柿本人麻呂が赴任先・石見で愛した現地妻を、依羅娘子(よさみのおとめ)と言います。
水の刑にあった人麻呂をひたすら待ち続け、人麻呂を求め続けた彼女の和歌は、
万葉集に幾つか収められています。


京都の高折さんと言うお医者さまが作詞、まだ推峰さんだった藤舎名生さんが作曲された「依羅娘子」を、33年前、師匠がリサイタルで踊りました。

推峰さんの笛、呂悦さんの鼓、禄三さんの三味線、尚之さんの唄、沢井忠夫さんの琴による演奏でした。

舞台上手に設えた黒い紗幕の掛かった枠の中に入り演奏され、それは、まさに“水底の歌”でした。
魂をこめた演奏と、その斬新な素晴らしい曲に、能の形式で臨んだ師匠の舞。。。


師匠の祖母は京地歌の師匠をしていて、高折さんというお医者さまの奥さまが女学生だった頃、そのご実家にお琴の出稽古に伺っていたそうです。

これは、師匠がこの曲を踊ることになって、偶然わかったことです。


当時新邦楽として扱われていたこの曲は、今は名生さんの作られた“一奏”というジャンルに入っていて、CDも出ています。
ただ、一番主題となる人麻呂の辞世の句が全部カットされています。
“水底の歌”という主題がすっぽり無いのです。


私は2度踊ったことがありますが、この一奏のCDで踊りました。
完全バージョンで舞台に掛けなければ、「依羅娘子」ではないように思います。
沢井さんの激しく胸を揺さぶるお琴はもう頼めませんが、皆様が演奏して下さる内に踊らなければ。。。と思っています。
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ミニミニ発表会♪

2009-12-21 | 日本舞踊
昨日は稽古場のミニミニ発表会とクリスマス会で、若い人&気持ちの若い人&子供達が集まり、稽古場は暖房が要らないほど熱気ムンムンでした。

皆、2分づつ踊りました。

初心者の人が殆どでしたので、これが初舞台(!)の人が多かったのですが、
皆一生懸命で、清々しく・・・。
2分とはいえ、細かく稽古してきた自信に、顔が生き生きしていました。

決して、上手なワケではありませ〜〜〜〜んョ
これから、これから〜〜〜の人たちばかりです!!!


あとは飲んで、食べて、お喋りをして、ワ〜〜イワイ
(残念ながら、めっきりお酒に弱くなった私は飲めませんでしたが・・・)



集合写真を撮る時に、フト師匠の事を思いました。
新年会などの写真では、いつもいつも嬉しそうな顔をして皆の真ん中に座っていたのですょね〜〜。
ここに居ないことが不思議でした・・・。

真ん中は師匠の席・・・と思うから、私はこれまでと同じ端に座りました。


私が真ん中に座ってもイイカナ〜という気持ちになるのは、ずっと先のように思います。



☆画像のサンタ・タワーは、玄関で皆をお出迎え・・(~O~)/

1人だけウィンクしているサンタさん・・・♪
お仕事でクリスマス会に出られなかったAちゃんと思っています
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キス・チョコ♪

2009-12-03 | 日本舞踊
金色の紙で三角形に包まれたストラップを頂きました。
その包み紙の中から現れたのは・・・・キス・チョコ♪

シリコンで作られたそうです。

本物みたい!
美味しそう!!
食べたくなりました〜〜〜!!!。
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かつてのお仲間は、今も同志・・・

2009-11-27 | 日本舞踊
昨日は、33年前に一緒に名取になった賀寿海さんが札幌から師匠のお参りに来て下さるとのことで、同じく一緒に名取になった埼玉在住の寿賀路さん、姉弟子の静賀さん、賀寿衣さん、そして“元禄チーム”の瑛子ちゃんもいらして、稽古までのひと時を楽しく過ごさせて頂きました。

30年以上前、学生だった私たちは、稽古場でドップりと踊りに浸かっていました。
月に16回の稽古日でしたので、喜びも、哀しみも、悔しさも・・・いつも稽古場の皆と一緒でした。


稽古場の台所でお昼を頂きながら、皆で師匠の事を話しました。
それは、まだ偲ぶと言うには及ばないのですが・・・・。

今はそれぞれ違う道を歩いているけれど、凛とした師匠の厳しさの元で育ててもらって来た仲間たちは、今も大切な同志なんだなぁ〜と改めて実感した昨日でした。



平然として来たつもりでしたが、喪失感や虚しさばかりの4ヶ月間でした・・・、
昨日のぬくもりに感謝致します。



稽古場は・・・・、いつでも誰でも、フラッと帰って来られる故郷なんでしょうね・・。
私は、管理人かな〜。

長年かかると思いますが、稽古場の住人になれるよう、精進して行きますね。
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長唄 「狂獅子」

2009-11-12 | 日本舞踊
16日の『弥生会』の最終稽古日でした。
今日は「狂獅子」に胡蝶を踊るネネも、先生方皆さんの前で踊りました。


ネネの10倍以上のお年の先生方・・・・
皆さん美しく輝いていらして、その品の良い踊りには眼も心も引き付けられてしまいます。
ものすご〜〜〜く後輩の私に、優しい笑顔で気さくにお話して下さり、それはどんなお話も胸にストンと入って、とても勉強になります。
その暖かい眼差しの前で踊れる幸せを、私はいつも有難く思っています


ネネは4月の藤若会でも、「狂獅子」の胡蝶を踊りました。
(その時の画像です)
今回は振りを少し難しくしました。
幼児の踊りではなく、ひとつ階段を登れる・・と確信したから。


踊りは、眼の前に聳え立つ山に、いつもいつも挑んでいくように思います。
何年、何十年踊っていても・・・です。
山の頂上に着いたと思ったら、又次の山が現れます。

お稽古は悔しかったり、焦ったり、哀しかったりすることがたくさんあって、決して楽しいことばかりではないけれど、
「こんなの無理〜〜〜」と思っていたことが出来た時のハッピーな気持ちは、心を膨らませ、ずっと忘れることはありません。
そんな山を私も登り続けています。


稽古所を開いて33年・・・、幾人の涙を見てきたことでしょう。
特に小さなハートを震わせるのはチョッと可哀相ダナ・・と思う時もモチロンあります。

でもね・・・・「みんな〜〜、山の頂上まで行ってみようよ・・!空気が美味しいよ!綺麗な景色だよ!」

この思いは、きっとず〜〜〜っと持ち続けていく私でしょう。 


  

今日は、こんなことを書いてみたくなりました・・・。


それで、タイトルの「狂獅子」・・・・
鳥羽屋さんの稀曲の一つです。
もう一つ残る稀曲は「臥猫」で、これは8月に踊りました。
「臥猫」も「狂獅子」も大好きです・・

「臥猫」は師匠の振りでした。
「狂獅子」は、オコガマシクも、私が振付しました・・・
8月の邦楽の集いでは、友人3人に助けて頂いて4人立ちで踊りました。
これからも、踊って行きたい、練って行きたい2曲です。




☆11月16日(月)
日本橋教育会館で開かれる『弥生会』で、御祝儀『蓬莱』と『狂獅子』を踊らせて頂きます。















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長唄 「近江のお兼」

2009-11-09 | 日本舞踊
11月1日(日)杉並区総合文化祭・杉並舞踊会(杉並区舞踊連盟:企画制作)で近江のお兼を踊らせて頂きました。

この文化祭では、30年以上前に長唄小曲「吊り橋」でデビューしてから、随分たくさんの舞台を勉強させて頂いてきました。



今年の文化祭は特別でした・・・・

そこに師匠はいません。



そして、前日は大切な身内とお別れの日でした。
朝、京都に行きました。
下浚いでしたので、1時半に東京に戻りました。
50年間たくさんたくさん世話になったのに、私は40分しかお別れ出来ませんでした・・・・。


でも、師匠のことも、身内のことも、、、こうしたことは諸先輩方が通っていらした道だし、これからも私はこの道を歩いていくのだし・・・。



お兼はトビッキリ力強い女性の踊りです

元気に踊りましたよ〜〜〜〜〜〜〜

舞台写真・・・、DVDからチョッと拝借してみました〜〜〜〜











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乃木坂COREDOで踊りました

2009-10-07 | 日本舞踊
9月28日、親しくして頂いている女優さんの酒井麻吏さんが主催する朗読会で、地唄「荒れねずみ」と朗読「雪おんな」の中で‘雪おんな’を踊らせて頂きました。

画像は三塚真理子さまが撮って下さいました。
ありがとうございます、三塚さま



小さな舞台・・・
段差のある舞台・・・
一緒に出るのは俳優さんたち・・・

本番が終わるまで、私は不安でした。
私の踊る意味は何だろう・・。
皆さんの足を引っ張るのでは申し訳ない・・・。




終わって・・・

私は師匠に感謝しました。
いつも感謝しているけれど、涙が出るほど感謝しました。
言葉は届かないけれど、
う〜〜〜んと感謝しました。


踊りをしていて良かった・・。
師匠の弟子で良かった・・。

思いを体の中から表現する・・
格好じゃないよ、踊りは・・
心で感じて・・
息をして・・!

ずっと教わってきたこと。
師匠の足元にも及ばないけれど、師匠と同じ方を向いて踊ってきてヨカッタ・・。

そう感じた舞台でした。


又、一から勉強して行きます!!!

これから、これから・・・!!

師匠の教えを大切にして、稽古を積んでいきます。



踊りをしていて、ヨカッタ・・・!
そんな舞台でした。

酒井さん、私に勉強の場を与えて下さってありがとうございました



‘雪おんな’・・・・スノーマンに見えなかったらしいでッす



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落ち着く・・・。

2009-10-04 | 日本舞踊
友、遠方より来たる・・・。
踊りの話・・・

私の話を冷静に聞いて、的確な答えを出してくれる・・。
ありがとう。
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カルメン症候群

2009-09-29 | 日本舞踊
26日の「カルメン症候群」は無事に終わりました。

いろいろなことで苦しかった公演でしたが、ひとつひとつを糧にし、これからの舞台に向かって行こうと思います。

ご来場下さった皆さま、受付をお願いしました皆さま、ありがとうございました。



「荒れねずみ」・・・

師匠は「荒れねずみ」を大切にしていました。
師匠のようにはまだまだ踊れませんが、いつか自分のものにし、あとに残していきたいものです。

時間の関係で次の曲への着替えが不可能でしたので、銀鼠色の着物ではなく、次に踊る茶系の着物を着ました。
茶色のねずみ・・・ウ〜〜〜ン・・。




所作板が無くとも日本舞踊は踊れる!!!・・・・ これは私がずっと思っていることです。


多くの方に見て頂くこと・・・、
日本舞踊の敷居を低くすること・・・、
日本舞踊の普及に欠かせない事です。


今回所作板ではなく、白いリノリューム(?)でした。
私はこういう舞台は嫌いではありませんが、「荒れねずみ」を踊るのにはムイテいませんでした・・・

滑らない・・・
回り辛い・・・
固い・・・
足を踏む音が違う・・・
所作板が、どれだけ踊りを助けているか、実感しました。

でもね〜〜、
いつもだったら見て下さることのないお客様に踊りを見て頂くのには、これは仕方ないこと・・・なんですよね〜〜。
自分で選択したことですから、お客様に違和感を感じて頂かないよう、踊ってみました。



「依羅娘子(よさみのをとめ)」・・・

師匠の作品です。
師匠の舞台は、人間じゃなく見えました。
海に沈められた人麻呂の死を知らずに待ち続けた妻の彷徨う魂の踊りですから・・・・。

ワタシは・・・・まだまだ俗っぽかったですね〜〜〜。

大事にしていきたい作品です・・・。


赤系の半幅の帯を片流しに結びましたが、無地の着物に無地の帯でしたので、アクセントとして、抱え帯の位置に帯締めをグルッと結んでみました。




「カルメン」・・・

忙しかったです!!!!!!!!!

踊るところは4場面、、、着物を取り替える時間がないので、帯だけ取り替えて、それぞれその役らしくしてみました〜〜〜。
苦肉の策ですね・・。

しかし、忙しかった!


帯だけなので、楽屋のお手伝いはどなたにも頼みませんでした。
みんなにも客席から見て欲しかったし・・。


3時半頃、後輩が楽屋に現れました。

「どうしたの?5時からだよ〜〜〜」

「お付きするよ〜〜」

「頼んでないのに・・・」

「いいの!ずっとソバにいるから!」

1人でするナンテ、ひと言も伝えていなかったのに・・・。

アリガト・・・・



‘序曲’・・・・早舞をしました。
笑えますよね、あの運動会でかかるお馴染みの曲に早舞もどきです!
でも妙に合っちゃいました(笑)
お太鼓で・・・カルメン!!!
素踊りの語り部役でいこうと思いましたので、敢えてお太鼓にしました。


‘ジプシーの歌’・・・・これもグッと古風にやってみました。
前帯風にむすんで〜〜〜。
掛けを持って踊りましたが、
あまりに普通だったかな・・と反省。

あ〜〜〜、口惜しい!!!



‘闘牛士の歌’・・・・帯を取り替えるだけでも時間がギリギリなのに、ポニーテールでやりた〜〜い!!とヘアーの馬場さんに超ワガママを言いました。
絶対絶対やりたかったのです!!!ポニーテール!!!

馬場さんの手の素早さ!!!!
感動モノです

ヘアーをしていただいている間に前で帯を結んでもらって・・・。
立ち上がって帯を後ろに回して、舞台へGO!!!

演出家のツケで走り出て、バ〜〜〜〜〜ッタリ
長い棒を振り回す私は、孫悟空???

ここのテーマは「男ってバカでしょ」・・・・
演出家の八木さんが仰ったので、そんな風に踊ってみました


‘間奏曲’・・・
恐ろしい世界が始まる前のしばしの休止符部分・・・。
フルートの演奏で踊ったことは以前にもありましたが、踊りと合いすぎなほど合う楽器です。気持ち良過ぎるくらいノリます・・・。

演出家さんがやっぱり仰いました!
「音に付かないで!」

そうなんですが・・・・
気持ち良く音にピッタリと踊れてしまいました・・・。
ただ、次への付箋の役目は忘れませんでしたが・・・。

ここは、大輪の花のお太鼓。



語り部、、、
ジプシーの女、、、
闘牛士、、、
可憐な乙女、、、

着物を着替えず踊り分ける・・・中味を、息使いを、気持ちを取り替える・・・。
‘やりがい’がありました。



カーテンコール・・・
私は慣れていない空間です。
恥ずかしいものですね〜〜〜〜〜
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最後の試合

2009-09-22 | 日記
小学校3年生から13年間テニスを続けて来た愚息その2…
彼の学生最後の試合を昨日見て来ました。

子供の時からスクールの練習や試合に付いて行った事もなく、彼がラケットを振る姿を見るのは初めてのことでした

愚息が「朝9時から試合だょ〜」とニコニコと笑って言います。

早ッ


そして、もうヒトコト…

「着物で来てね♪」


そう言えば、前にも聞いたような気がするけれど、まさかテニスの応援に着物ナンテ冗談でしょ、と聞き流していた私でした。


「ヤッパリ本気なんだ(^_^;)」



ハイ着物で行きました
中央線四谷駅近く、車窓から見えるアノ大学のテニスコートに。


今日彼の試合を見て…、
彼が仲間(素晴らしい仲間です)を応援している一生懸命な姿を見て…、
彼がどんなにかテニスを愛し、いかに真摯にテニスに向かって学生生活をしていたか、よくわかりました。

熱い思いを持って進んでいれば、真っ直ぐ成長していくんだなぁ〜と思いました。
家では寝ているか食べている姿しかなかったグータラな彼は、こうして毎日燃えていたんですね〜〜〜


彼の学生最後の試合は、負けました。
私はその試合に呼んでもらって・・・、彼の姿や仲間たちの試合を見せてもらって・・・、とても感謝しています。




コートは舞台と同じでした。

日頃の地道な練習、
本番の数が多いほど上達する、
誰も助けてはくれない本番、
心も体も硬くなると、余裕がなくなる、
腰の安定感、
体の芯がブレナイ、
呼吸の大切さ、
目線が大事、
離見の見・・・冷静に自分を見つめる、
回りの空気を自分のモノにする

そして、コミの重要なこと!!!

テニスは、コミが出来ると、勢いがあって強い球になる・・・・
踊りの舞台での存在感、大きさと同じです。

二人立ちの踊りとダブルスも、スゴク似ています。
信頼感と相手への気配り、、、

何でも根底は同じなんでしょうね
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