美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

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科学の貢献

2016-01-21 14:48:51 | Weblog

今年のノーベル医学賞は、南米やアフリカ、アジアなどの地域でのマラリアや寄生虫感染症の薬剤発見、開発に寄与した3名に贈られました。残念ながら韓国の研究者は含まれていませんが、2名は中国、日本の学者であり、この分野での東アジアの貢献度高さが示されたことは誇らくあります。近年では先進諸国を中心に、高齢化に伴い罹患者も増加してきた癌、アルツハイマーや肥満、高血圧、糖尿病などに関係する治療薬、そして次世代の医療と見做される再生医学や遺伝子治療に注目が集まりがちです。大手製薬会社が研究開発費を投じるにあたって得られる利益を考えると当然の方向かも知れません。しかし、南米、アフリカ、南アジアでの5歳未満児の死亡率は圧倒的に高く、原因の40%以上が細菌、寄生虫によるものです。また、戦後 日本人、韓国人の平均寿命が急激に伸びに影響を与えた要因をあげるとしたら栄養の改善とともに医学分野ならば感染症対策でしょう。

 受賞者の一人、中国中医学院の屠ユウユウ研究員は東晋時代の古代薬学書『肘後備急方』からヒントを得、青蒿(セイコウ:和名 クソニンジンArtemisia annua)というキク科の薬草から分離された成分アルテミシニンがマラリアに有効である事を発見しました。マラリアはWHOをはじめ国際社会が取り組むべき三大感染症対策の一つに挙げられ、今でも年間 患者数は2億5千万、死亡者はおよそ80万人にのぼります。屠氏は中国本土出身で海外留学の経験もなく、中国文化大革命のさなか徒手空拳で研究を続けてきました。さらに

アルテミシニンは西洋医学ではなく、「伝統薬から開発された医薬品としては、20世紀後半における最大の業績」と称えられだけに、今回の栄誉にたいする中国での反響は当然です。一方、米国ドリュー大学のウィリアム・キャンベル博士と北里大学の大村智・特別栄誉教授は寄生虫に対する抗生物質「エバーメクチン」を発見した功績で受賞しました。この薬は重症化すると失明を引き起こすオンコセルカ感染症やリンパ系フィラリア症(象皮症)の予防に劇的な効果を発揮し、「アフリカを中心に2億人を失明から救った」といわれます。異色の研究者という意味では、大村教授も中国の屠氏に引けを取りません。山梨大学自然科学科の学生時代はスキー・クロスカントリーに打ち込み、「県内に敵なし」というほどの腕前で国体にも出場、卒業後は教師を志し教員採用試験を受け定時制高校で化学と体育を教えます。定時制ということで同年代の生徒相手の授業がうまく進められず、「学び直す」必要を感じ大学院に入ったのが研究者としてのスタートだと述べています。

 その後、紆余曲折を経て米国留学した大村教授が、米国化学会の大物教授に認められた理由は「研究だけではなく学生の指導ができた」為でした。また。スキー選手時代に「レベルの高い環境に身を置く大切さ。人まねはしないで努力を重ねることの重要さを学んだ」と述べています。異色の経歴はけっして無駄ではなかったようです。

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デモ世代

2015-11-19 11:16:45 | Weblog

 「マイクを持って先頭を歩く人に合わせ、まるでお祭りのように皆が声を上げながら進んでいました!ちょっと不思議な光景でした!」先日クリニックの若い女性職員が遭遇したのは、どうも安保法案採決に対する抗議デモの一団だったようです。デモ活動自体は民主主義の国ならば普通に見られる光景です。ドイツではベルリンだけでも一日平均8つのデモ集会が開かれ、フランスではそれこそ日常茶飯事といってもよい程、連日いたる所でデモやストライキが行われます。さすが「フランス革命」成された地ですが、民主主義とは常に個人の権利を守るべく主張することという理念が徹底しているのでしょう。一方、日本ではメーデーなどの定期的な集会を除いては普段デモを目にすることもなく、自分とは関係ないもの、そして参加者に対しては特別な一部の人々という認識があります。当院の職員が感じた違和感も日本ではごく当然のものかも知れません。

 うって変わって隣の韓国はアジアの中でデモが最も盛んな国です。最近は労働組合や政府の政策への抗議デモが主ですが、地域の再開発反対、女性地位向上、その他個人的な主張を掲げた小規模なもの、中にはプラカードを持って立っているだけの一人デモまで様々です。韓国でこれほどデモが民衆の中に根付いているのは、近代の韓国史はそのまま民主化運動の歴史とも言えるからです。1960年3月に行われた大統領選挙の不正に反発した学生や市民による4月19日の大規模デモにより李承晩大統領が下野した4.19革命から、その後1980年代軍事独裁政権打倒を叫んで繰り広げられる民主化デモは、その時代を創り上げ象徴するものでした。私が留学していた時期もまさに80年代、デモが日常の世界でした。大学のキャンパス内で自然と起きるデモ集会とそれを制圧しようとする機動隊(戦闘警察)、そして普段は隠れていてもデモが起きると皮の手袋を嵌めて学生を追い回し、時には殴打するジャプセと呼ばれる人間たち。私のような留学生もあまりの横暴には憤慨するものの、生まれて初めて味わう催涙弾になすすべもなく逃げ回るしかありませんでした。韓国社会の現実が未だに多くの問題は抱えているとしても、一人一人の行動がなければ何も変わらないことは過去から学んだ教訓でしょう。

 今回国会前で開かれた数万人規模のデモの様子は世界のメディアでも広く取り上げられました。特に英国BBCは無関心、無気力と普段批判されている日本の若者の行動に驚きをもって伝えています。韓国の例に限らず、小さな行動が大きな力に成り得ること、そして

えてして若い世代から始まることは歴史が示す通りです。

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長寿(チャンス)商会

2015-10-06 18:22:04 | Weblog

「若さは若者に与えるにはもったいない」とは風刺家として知られるアイルランド出身のノーベル文学賞作家のバーナード・ショーの言葉です。多くの若者は青春という掛け替えのない瞬間を、短慮と経験不足から無駄に浪費している事にたいしての皮肉と、経験は十分でも、情熱や体力、純真さを失った老人たちの若さへの嫉妬心が込められています。しかし、人生の後半になってもう一度10代をやり直せといわれたら、是非!と答えるか、少し躊躇するかは人それぞれでしょう。

70歳になって、青春の1ページを彩る‘初恋’を経験できたら・・・韓国映画「チャンス商会」は、そんな淡い恋と家族の愛情、そして韓国に限らず高齢化が進む今の社会が抱える現実をテーマにした物語です。主人公のキム・ソンチル爺さんは、長年チャンススーパーで働く頑固者店員。地域の再開発計画が進む中、チャンス商会の社長をはじめ、地元の住民の説得にも一人首を振らずに古い一軒家で一人暮らしを続けてきました。ある日迎えの家に花屋を開業した女主人(イム・グンニム)が娘、孫と共に引っ越してきます。何かと気にかけ心遣いをしてくれるグンニムにいつしか惹かれるようになるソンチル爺さんは、社長や周囲の人々から恋の手ほどきを受け初デート。徐々に二人の距離は近づいていきますが、やがて隠された真実があきらかになります。登場人物は皆心優しく、最後のどんでん返し?はあっても若干出来すぎ感は否めませんが、そこは「シュリ」「ブラザーフッド」、そしてオダギリジョー、チャン・ドンゴン共演で話題となった「マイウェイ 1200キロの真実」など数々の話題作を手掛けたカン・ジェギュ監督の手腕と老年カップルを演じるパク・クニョン、ユン・ヨジョンをはじめ、韓国俳優陣の演技力で最後まで持って行かれました。(恥ずかしながら鬼の目に涙・・)しかし、韓国社会の現実、未来は決して感動的とは言えません。国連の資料から2050年に予測される超高齢化国として、日本次いで2位、さらに世界の高齢者の生活環境を調査しているNPO機関「ヘルプエイジ・インターナショナル」による「高齢者が住みやすい国ランキング」ではアジア諸国の中では最下位、全体96か国中60位とかなり厳しい結果でした。

この映画「チャンス商会」の別題は「Salut d'Amour(愛の挨拶)」。イギリスの作曲家エルガーの楽曲にも同名のものがありますが、関連はわかりません。ただ無名時代のエルガーが周囲の反対を押し切って、年齢の差、宗教の違い、陸軍少将の娘という身分違いの女性アリスとの婚約記念に贈った曲として知られています。愛があれば年齢やその他の障害も乗り越えられるという意味が込められた題名かと勝手に想像してみました。

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社会と会社

2015-10-06 18:21:16 | Weblog

日本語で社会という言葉をひっくり返すと会社。日常的に頻繁に使う用語ですが、改めて考えると双子の関係のように伺えます。明治8年(1875年)に「東京日日新聞」で「ソサイエチー(society)」にルビ付きで「社會」という語を使用したことで訳語として定着しましたが、社会という言葉自体はそれ以前、中国の「近思録(1176年)」の中でも見られます。中国の村落では「社」は土地神を「会」は土地神を祭る集会を意味し、土地ごとに祭りの為に開かれる集まりを「社會」と称していました。一方「会社」という表現は、江戸後期の蘭学者が、騎士団や学校を意味する単語の訳として登場しますが、companyの訳語としては福沢諭吉の著書「西洋事情」が最初です。勿論、近代化の直前で植民地となった韓国では「社会」「会社」のまま用語として受け入れましたが、中国では現代の意味での「社会」は、日本から逆輸入されましたが、「会社」は中国では「公司(コンス)」。微妙なニュアンスの違いがあったようです。

 世界史の中で登場する会社といえば、まず思いつくのが「東インド会社」です。ここで言うところの「インド」は、ヨーロッパ地中海沿岸地方以外の地域を指し、東インドをアジア地域、西インドはアメリカ大陸を指すことから、植民地支配を基とした商業政策を目的にイギリス、オランダ、デンマーク、フランスが運営した会社です。中でも1602年にオランダで設立されたオランダ東インド会社(連合東インド会社)は、オランダ連邦議会の決議によって誕生した世界最初の株式会社といわれます。会社はジャワ島のジャカルタに本拠を置き、国家から東インド地域での独占的な貿易権とともに、植民地での立法権、徴税権、通貨の発行権、裁判権、さらには条約の締結権から戦争の遂行権まで認められていました。最盛期には約40隻の戦艦、約150隻の商船、約1万人の軍隊を擁し、現代の株式会社の印象とは相当かけ離れたもので、貿易も行えば行政や戦争も代行する、いわば植民地に根を下ろしたもう一つの国家とも考えられます。そして貿易や植民地からの徴税による莫大な利益は、国家への上納金や株主への配当金として還元され、株主には年間約20%、多いときは50%の配当が支払われたようです。英語のCompanyは、ラテン語の compāniōn で、ともに(com)パン(panis)を食べること(ion)という意味から来ているとされますが、当時はパンどころか植民地のすべてを食い尽くす存在でした。

 世界最初の株式会社はオランダですが、世界最古の会社といわれる企業が日本にあります。神社仏閣建築の設計、施行を手掛ける株式会社金剛組(こんごうぐみ)の初代は、聖徳太子の命を受け百済の国から招かれた3人の工匠のうちのひとり、金剛重光です。工匠たちは、日本最初の官寺である四天王寺の建立に携わり、その後も日本に留まり代々寺を守り続けました。古今東西、社会も異なるように会社も様々です。

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文学の力

2015-09-25 11:35:58 | Weblog

お笑いコンビ ピースの又吉さんが文芸誌デビュー作「花火」で見事芥川賞を受賞しました。 ご存じ芥川賞は、1935年より直木三十五賞とともに創設され、純文学分野の新人に対して与えられる文学賞として最も名誉あるものでしょう。今回の受賞は、お笑い芸人出身初の快挙というだけではなく、純文学作品としては受賞前から異例の60万部以上のベストセラー作品が芥川候補となり且つ受賞した珍しいケースです。報道によると既に120万部を超える勢いで、購入者も通常多くない10代、20代の若い世代に多く、長く出版不況に喘いでいた業界にとっては待ち望んでいた救世主と言えるかも知れません。

‘読書離れ’といえば、昨年行われた文化庁の調査によると、マンガや雑誌を除く1カ月の読書量は、「1、2冊」と回答したのが34・5%、「3、4冊」は10・9%、「5、6冊」は3・4%、「7冊以上」が3・6%だったのに対し、「一冊も読まない」との回答が最も多く、47・5%に上っています。3年前の調査に比べても「読まない」のポイントは増加しており、年代別では高齢者ほどその割合は高く、必ずしも若者だけの活字離れとは言えないようです。勿論、インターネットの普及とともに、読書数の減少は世界共通の傾向ではあります。韓国出版研究所の調査では、韓国人の一カ月平均読書量は1.5~1.8冊で日本と同様の結果で、やはり4人に一人は一冊も読まないと回答しています。ただ日本以上にネット依存度が高い韓国では今後さらに減少する可能性は高いだけに、国内の読者だけではなく海外でも広く読まれる本、作家の登場が出版社や文学を志す人にとっては切望されるところです。しかし出版の世界ではK-popや韓流ドラマが日本を発端に世界中に浸透したことに比べると真逆といってよい現状です。ここ数年、韓国で出版される日本の翻訳書が年間800冊以上なのに対し、日本で紹介される韓国の本は20冊程度です。この出版格差がそのまま両国の文学力の差を反映するものではありませんが、存在を知られなければ魅力が伝わるわけもありません。より遅れる前に韓国も文学の韓流普及にも目を向ける必要があるでしょう。

韓国で直木、芥川賞に該当する文学賞を挙げるなら、東仁文学賞や李箱文学賞でしょうか。先日読み始めた本は、2009年にこの李箱文学賞を受賞したキム・ヨンス氏の「世界の果て、彼女」(新しい韓国の文学シリーズ10、株式会社クオンCUON)です。あとがきで著者はこう書いています。「僕たちは多くの場合他者を誤解している。僕たちは努力しなければ互いを理解できない。そして他社の為に努力するという行為そのものが、人生を生きるに値ものにしてくれる。」

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刑罰と更生と

2015-09-25 11:34:37 | Weblog

昨年7月、長崎県 佐世保市で起きた高1女子生徒殺害事件の加害者少女に対し、長崎家裁は「第3種(旧・医療)少年院」送致とする保護処分を決定しました。家裁送致時、長崎地検側は「刑事処分が相当」との意見でしたが、最終的に裁判長は「少女の特性からは、刑罰による抑止は効果がなく、治療教育の実施が望ましい」と判断したものです。未成年者であるという以上に、今でも殺人欲求を持ち続けていると伝えられる加害者の精神的特殊性を加味した場合、通常の刑務所での拘留は症状を悪化させるだけかも知れません。刑罰としての意味も与えられず、反省や贖罪の気持ちも生まれない留置生活より、医療少年院での治療による更生の可能性に裁判所は賭けたのでしょう。一方、大切な命を奪われた被害者の家族にとっては、刑罰ではなく更生の為の治療という判断は、事件の内容や加害者の情報公開も一切制限されてしまい納得できるものとは言い難いでしょう。さらに医療少年院の収容期間が最長でも26歳未満までで、その後の社会復帰の問題も国全体の考える課題となります。

紀元前4世紀から3世紀初め遼河流域に存在したとされる古朝鮮には「八条禁法」が定められていました。これによると、人を殺した者は直ちに死刑に処し、人に傷害を加えた者は穀物で賠償しなければなりませんでした。また、他人のものを盗んだ者は奴隷にしたが、許しを請うためには50万銭を払うことになっています。この法律のおかげで、人民は泥棒の心配がいらず門を閉める必要もなく、すべての女性は貞節を守って、淫乱やひねくれたところがなかったと。禁法を通して古朝鮮の社会が一定の法律のもとに統治されていたと伝えられています。社会が存在し、人類が初めて社会という集団体制の中で法を定めたとき、罰は法を犯したものに対する懲らしめや報復でした。ハンムラビ法典や八条法禁も被害者や家族が直接‘かたき’を討てない時に国や社会が代わって刑罰を与えることで、民衆を納得させ秩序を維持させたわけです。やがて近代になり、刑罰の意味に加えて、矯正の意識が生まれてきます。特に人間的に未成熟と見做される未成年者に対しての少年法の理念はまさに更生手段としての考え方にあります。

韓国の少年犯出身の3人に2人は成人犯に発展するというデータがあります。韓国だけでなく、日本を含めた先進国が試行錯誤を繰り返しながらも少年法のあり方や更生プログラムに力を入れているのは、罰よりも矯正することが社会にとって最も効率的であると感じているからでしょう。しかし、仇討を禁じた以上、被害者とその家族に対しての精神的ケア―や補償システムも決しても社会全体で進めていかなければ片手落ちです。

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平和の反対語は?

2015-09-18 15:22:30 | Weblog

「健康」の反対語は?という問いに対して「病気」と答える人が多いと思います。しかし、WHO憲章では、「健康」について以下のように定義しています。「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、また社会的にも、すべてが満たされた状態にあることである。」この文章は、疾病と向き合うことが当たり前となり、時に患者さんを病人としてのみ捉えがちな医療関係者のみならず、高齢者社会を迎える全ての人々がその意味を考えてみる必要があるかも知れません。そして戦後70年の節目を迎え、当たり前のように語られる「平和」という言葉に関してはどう認識しているでしょうか。

「健康」を「平和」という言葉に置き換えてみます。「平和」の反対語をあげるとしたら、多くの人が特に違和感なく「戦争」という言葉を思い浮かべるでしょう。しかし、平和の反対が戦争ならば、戦争のない状態こそが平和そのものであり、戦争を起こさせない為にはどのような手段を用いても肯定されることになります。第二次大戦後、平和学といわれる研究が始まり、「消極的平和」と「積極的平和」という概念が初めて提唱されました。「消極的平和」は単に戦争のない状態と定義されるのに対して、ノルウェーの平和学者 ヨハン・ガルトゥング博士は、「積極的平和」(Positive Peace)こそが真の平和であり、「戦争がなく、かつ貧困や抑圧、環境破壊などの「構造的暴力」も排された状態と定義しました。勿論、これは安倍首相が主張する「同盟国である米国を始めとする関係国と連携しながら、地域及び国際 社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に寄与していく」とする所謂 「積極的平和主義」(Proactive Contributor to Peace)とは全く異なる概念である事は言うまでもありません。 私たちは平和という言葉には甘いイメージを持ち易いのかも知れません。戦時中、多くの国の指導者は、自国は平和を追求したが相手側が一方的に戦争を望んだためにやむを得ず「平和を守る」大義の為戦いを選択したことを強調しました。ヒットラーの演説でも暫し平和への意志は強く叫ばれていました。

今、少しずつ戦争の記憶が薄れていく中、平和である事が当たり前の日常と感じる雰囲気があるような気がします。しかし、平和も健康と同様、失った時初めてかけがえのないものである事に気づくのでしょう。「たいていの軍事行動は、平和を目的としています。しかし現実の戦争は、まるで生きた人間を燃料とした火事のようです。」(ダライ・ラマ14世)

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企業のアイデンティティー?

2015-08-25 15:37:42 | Weblog

日本では今年の春頃に老舗家具大手の大塚家具で起きた創業家父娘の対立劇が話題になりました。勿論、株主や関連会社にとっては経営権の行方や会社運営方針は直接利害に影響する重要な問題ですが、一般の人々にはお金持ちの家族争いという感覚であり、メディアもワイドショーのネタとして面白おかしく取り上げた印象です。一方、昨年末より伝えられるロッテ創業者の長男、次男間で繰り広げられる経営権争いは、韓国社会の様々な要因を内包することでより高い関心を持って注目されています。

日本では‘お口の恋人 ロッテ’としてガムをはじめとした大手菓子メーカーとして知られるロッテですが、韓国でロッテグループと言えば食品から流通・建設・石油化学・金融まで、韓国経済で大きな比重を占める財界ナンバー5の財閥企業であり、その売上高は日本の15倍以上になります。一代でロッテをここまでに育て上げた創業者の辛格浩氏(シン・ギョクホ=日本名・重光武雄)は在日一世として韓国では立志伝中の卓越した経営者でありますが、さすがに92歳という高齢による衰えは免れません。また日本を長男に韓国を次男に任せ、自分自身は総括会長として統合するスタイルも両国企業がここまで規模の格差が生まれると難しいでしょう。ただ今回は、そうした財閥の経営世襲問題とは別に、日本で創業したロッテがその資本やノウハウを基に韓国で成長した経緯に対して企業の国籍、アイデンティティーを疑問視し、日系企業に支配された韓国財閥といった視点で不快感をもって捉える韓国世論があります。ワンマン創業者のもと、小さな商店から大企業に成長した会社が旧態依然の構造を持っている点を指摘されるのはやむを得ないですが、家族の国籍、血縁関係に注目し、日本社長が韓国紙のインタビューに日本語で応対したことを問題視するのは、親日か反日かを問うような感情論が混在しているように思います。1970年代後半に韓国政府の要請でソウルの中心にロッテデパート、ホテルが開業し、日本式のおもてなし精神に韓国の合理的なスピード感を融合させることで韓国サービス業の発展に大きく貢献してきた事実は誰も否定できないでしょう。

多くの企業家達,特に自分の代で大きくした会社を誰に任せるかという問題には頭を悩ましています。ホンダの創業者本多宗一郎氏は、常々血縁や学歴は社長の条件に関係ないと公言していたとおり、65歳の若さで当時45歳の生え抜きの社員を社長に任命し勇退しました。しかし、実際は、息子の博俊氏はホンダには入社しないものの、ホンダにレーシングエンジンを提供する株式会社「無限」を設立、社長に就任します。その後、ホンダから出向していた社員が博俊氏の名前を使い、数十億円の不正流用、脱税事件を起こしたことで社長の博俊氏は逮捕され、刑務所に収監されることになりました。結果的には、譲らなかったことが正解であったと言えるのか、或は帝王学をしっかり叩き込んで企業としてのアイデンティティーも継承させるべきであったか、やはり難しい選択です。

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誤訳と意訳

2015-07-27 14:42:15 | Weblog

先月、日本の某テレビ局が韓国関連の特集番組で、韓国人へのインタビュー内容について実際の発言と異なる字幕を流したことが話題になりました。日本の印象に関するインタビューで一人の女子高生が韓国語で「文化がとても多いです。そして外国人が本当に多く訪問しているようですね」と話す場面で、字幕は「嫌いですよ。だって韓国を苦しめたじゃないですか」と流れたものです。また、別の男性も「過去の歴史を反省せず、そういう部分が私はちょっと…」と答えているのに対し、字幕は「日本人にはいい人もいますが、国として嫌いです」と表示されました。最終的にはテレビ局は、字幕の発言は実際にあったものの、編集作業の間違いであったとして謝罪しましたが、大手テレビ局の報道特番としてはあまりにも稚拙なミスでありしっくりしないところです。

一方2ヶ月程前でしたが、韓国の大手新聞の日本語サイトに「外国人観光客数、嫌いな日本に抜かれた韓国」という題名のコラムを目にしました。円安の影響と観光政策やインフラの不十分さから観光面で日本に後れをとったという内容ですが、あえて‘嫌いな日本’と付けた理由がわからず、韓国語サイトの原文記事をみると案の定「日本に追い越された観光」というごく自然な原題でした。日本語訳では刺激的に意訳?することで読者の目を引こうとしたのか、私にはその意図が理解しかねますが、果たしてコラムの執筆者は納得しているのか聞いてみたいところです。同じ事象であってもとらえ方は、個人個人の価値観や立場により異なります。まして外国人が外国語を通して相手に思うところを伝えようとするならば、できるだけ正確に言葉を選ぶ必要があります。誤訳にまつわるエピソードと言えば、鳥飼玖美子 立教大学教授の著書「歴史を変えた誤訳」の中に、1945年当時のアメリカ、中国、英国の首脳により日本軍の無条件降伏を迫ったポツダム宣言に関するものがあります。受諾しなければ「迅速且つ完全なる壊滅あるのみ」と迫られた日本は当初、交渉の余地を残す意味も含めノー・コメントの立場をとる方針でしたが、軍部の強硬な要求もあり会見で「政府としては重大な価値あるものとは認めず黙殺」と述べられ、この黙殺(ignore it entirely)が海外通信社でreject(拒絶する)と訳され報道されました。著書ではその後の原爆投下にもこの誤訳が影響を与えた可能性を指摘しています。勿論、あくまでも仮説の一つですが、当時の日本国内の世論の調節や条件交渉のための時間稼ぎを考えた‘黙殺’というニュアンスは‘拒絶’では伝わらないのは確かです。

得てして直訳では全く意味が通じないのが外国語の難しさですが、意訳に走りすぎると翻訳者の言葉になってしまう恐れがあります。しかし、もっと怖いのは意訳や誤訳に第三者の意図が隠れている場合かも知れません。

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医療文化の功罪?

2015-07-09 10:40:12 | Weblog

つい先日仕事で韓国出張から戻った人の話では、心配していたMERS(中東呼吸器症候群)の影響は全く感じられないとのことでした。実際 漸く感染者数の増加も頭打ちになり、対して治療を受けて全快する人々の数が多く報告されています。しかし、今回のウイルスの感染は、一般の国民は勿論、医療人とっても一部の感染症専門家以外は未知のものであり、それだけに不安と恐怖心からパニックを招いたのも事実です。2012年に最初のMERS感染が報告された後、中東以外で一度に多く感染者を出したケースは韓国が 初めてです。確かに国内で非難されているように第一感染者が確認されたあとの政府、医療機関の対応の拙さがあったのは否定できません。しかし、前回のコラムでも少しふれたように、ほぼ無症状で帰国し数日後に発症した時も、初期は軽度の風邪程度であったことが、感染の拡大に影響したのではと考えます。そして加えてWHOや専門家は韓国独自の「医療文化」にも原因があると指摘しました。

韓国の医学レベルは世界的にも決して 低くはなく、分野によっては最先端を行くものもあります。しかし耳慣れない「医療文化」という言葉の意味するところは、単純に医療水準や技術を意味するものではなく、病気や病院に対する国民の意識や行動パターンを指すものです。そして院内感染が主の感染経路と考えられるMERSウイルスが急激に拡散する原因の中に韓国の医療文化、習慣にあるとされた訳です。その一つは体調不良の人がある病院で治療を受けてもすぐに軽快しなければ「病院に問題がある」と考え、次々と受診先を変えることがよく見られる点です。会見したWHOのフクダ事務局長補はこうした慣習を「医療ショッピング」と呼び、感染拡大を助長した可能性があると指摘しました。事実、中東で感染し帰国した最初の男性患者は8日間に2泊の入院を含めて4カ所を回り、うち3カ所で同室の患者や医療関係者計38人が感染。さらに、この男性から感染した別の男性(35)は1週間に2カ所で受診し、2番目の病院では60人以上の3次感染者を出すことになりました。 そしてもう一つの院内感染者を増やした原因として韓国のお見舞い文化が挙げられました。今回も感染者の10人中4人は本人の病気やけがの治療ではなく、見舞いなどのため病院に行って、MERSに感染した事実を見れば納得です。高麗大学医学部のアン・ヒョンシク教授は見舞い客が多い病室における感染症の罹患比率の高さを指摘したうえ「儒教的な文化が根強い韓国では、入院患者を直接訪ねて励ましたり、面倒を見たりしなければいけないという認識が根強い。韓国の病室はまるで結婚式場や葬儀場のような様相を呈している」と述べていました。

病気になれば家族、友人が寄ってたかって?あの病院が良い、この病院へ行けとおせっかいをやき、入院すればわんさと食べ物やお土産を持って見舞いに押し寄せる・・・疫学的な問題はあるとしても、孤独死のニュースが聞かれる現代において何が正しい医療文化か考えてしまいます。

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