逆境のタイ前首相、50歳誕生日に涙

2017-06-22 21:36:53 | タイ旅行
逆境のタイ前首相、50歳誕生日に涙 
2017年6月22日(木) 00時29分(タイ時間)

21日に50歳の誕生日を迎えたタイのインラク前首相は同日、バンコク都内の仏教寺院ワット・サケートを参拝した。
前首相は境内の丘の上にある仏塔前で礼拝した際に、大粒の涙を流し、苦しい胸の内をのぞかせた。

前首相は礼拝後、記者団の質問に応じ、「今年は人生の中で最も困難な年になるかもしれない」「時折、感情を抑えられなくなる」などと涙声で話した。
また、「国家が分断されるのをみたくない」「すべてが終わったとき、私を理解し、同情し、正義を与えてくれる人がいることを望む」と語った。
事実上国外亡命中の兄のタクシン元首相から電話があり、花束を贈られたことも明らかにした。

■タクシン派vs反タクシン派

タイでは2006年以降、東北部と北部の住民、バンコクの中低所得者層の支持を集めるタクシン派と、
特権階級、南部住民とバンコクの中間層を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。

反タクシン派はタクシン氏を反王室の腐敗政治家と糾弾し、2006年の軍事クーデターでタクシン政権(2001―2006年)を打倒した。
タクシン派は2007年の民政移管選挙で勝利したものの、2008年に「司法クーデター」と呼ばれた裁判所によるタクシン派与党解党で反タクシン派に政権を奪われた。
反タクシン派政権下の2009年、2010年、タクシン派は、特権階級が軍官財界を動かし民主主義や法治をねじまげているとして、
政権打倒を目指すデモを行い、2010年のデモでは治安部隊との衝突で、市民、兵士ら91人が死亡、1400人以上が負傷した。

タクシン派は2011年の下院総選挙で再度勝利し、タクシン元首相の妹のインラク氏が首相に就任した。
しかし、2013年10月から、野党民主党が主導する反タクシン派市民のデモがバンコクなどで拡大。
2014年1、2月には数万人がバンコクの主要交差点を長期間占拠した。
同年5月、軍が治安回復を理由に戒厳令を発令、クーデターでタクシン派政権を倒し、全権を掌握した。

軍事政権はその後、タクシン派弾圧を強め、今年3月までに、前首相らインラク政権の閣僚5人の参政権を5年間停止した。
また、インラク政権が導入した事実上のコメ買い取り制度「コメ担保融資制度」をめぐる汚職と巨額の損失を放置したとして、
インラク前首相を職務怠慢と権力乱用で起訴。
前首相は有罪の場合、最長で20年の禁錮刑を受ける上、357億バーツに上る損害賠償を請求されている。


女優にしてもおかしくないほど美人で有名なインラック前首相だが、それと罪は別問題。
要は国家予算を支持層の赤シャツからコメ不当高額買取ということをしたのです。
国家予算でバラマキをしたのです。
軍政はインラックを絶対許さないでしょう。
20年以上の懲役と1000億円以上の賠償請求をされ財産を全て失う可能性大です。
ただ赤シャツが黙っているとも思えず、再び内乱勃発の予感がします。

先ほど新国王がドイツで少年にエアガンで撃たれそうになる未遂事件?がありましたが、
これがタイ国内なら間違いなく少年はどこの国籍で年齢がいくつであろうがその場で有無を言わさず射殺、世論もなにも問題視しないでしょう。

国連の人権団体がタイの不敬罪が厳しすぎると見直しを勧告しているようですが、
これは明らかに内政干渉でおかしいと思います。
不敬罪はタイの秩序そのもの、むしろ自由過ぎる言論や思想の氾濫の方が問題だと私は思います。
西欧の考えや自由が常に正しいとは思えません。
タイに言ってる暇があるならなぜ北朝鮮へ強く行動できないのか??
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