夢のあと

釣りには夢があります。夢を釣っていると言っても過言ではありません。よって、ここに掲載する総ては僕の夢のあとです。

『心』を頂く

2017年07月11日 14時34分40秒 | 渓流釣り
 『心』と言う事葉はよく使われる単語ですが、“『心』とは何ぞや?”と問われても、それに対して僕は正確には答えられません。人そのものというか。。。人の本質というか。。。人間味というか。。。いずれにしても「何かを思う気持ち」なのかもしれません。漠然とは解っていても正確に言葉にするのはとても難しい言葉です。
 こんなはっきりしない抽象的な言葉ですが、とても大切な言葉であることに異論はないと思います。それは自分に関する総ての関係の源はこの『心』に発していると思われるからです。
 ちなみに、昨今の自民党の支持率の下落も、自民党にこの『(国民に対する)心』が見えないことを各々の国民が感じているのではないでしょうか。もっともああいう不誠実な党員が集まっている集団ですから、そうでなくとも行く末は見えています。


 愛も心に起因する感情だと思います。人を好きになったりすることもしかり。飼っている犬に対する愛情や、親に対する愛情も、はたまた友達に対する愛情も、みんなこの『心』に起因していると思います。

 先日(2017年7月5日)、釣りを通じての旧友が他界しました。彼は誰もが羨むほどの強靭な肉体を持っていました。しかし、白血病を患ったあとに肺炎を併発したりしていました。肺炎は一度乗り越えたのですが、その後に再燃。しかし当の本人も経験済みの事ですから治ると信じていました。そんな中、突然心不全を起こしてしまったようです。奥様の話では全然苦しまなかったとの事ですのでそれが唯一の救いであります。でも、もう彼と話す事も意見を交わす事もあり得なくなってしまったのです。今年の僕は最悪で、今年の2月に愛犬が旅立ち、それを追うように翌月に母も他界。ダブルパンチの僕ですのでなかなか『心』の整理ができずにいました。しかし、時間が経過する連れて心が平常に戻り始めていた矢先の出来事でした。彼が僕をどう思ってくれていたのかは知る由もありませんが、友達関係であった事だけは間違いない事実です。彼からは沢山の幸せを頂きましたし、僕も彼に出来る総てのことをして来たつもりでいます。つまり『心』と『心』がつながっている状態が何十年も続けられてきたのです。これを友と言わなかったら何なのでしょう?事実彼は僕を友と言ってくれていましたし、僕の『心』は彼を「友」以上の存在の「親友」と位置付けしていました。そんな彼の突然の死、そしてその前から引きずっている母と愛犬の死。結果、頭の中がボーっとしてしまって、脳がオーバーレブしてしまった感じです。
 少しでも早く元に戻らないとと、なるべく考えないようにしています。でも、今の僕に考えるなと言われても無理なのです。『心』が壊れると体も壊れて来ます。僕の場合、『心』に一番効くのは釣りなのですが、それが今回は無理なのです。彼は釣り友ですから。しかも釣りをする気にもなれないです。心身共にかなりきつい状況となってしまいました。
 そんな中、また他の知り合いから突然お肉が届きました。それも牛とか豚ではなく熊の肉です。熊肉は体を暖め、滋養強壮に効き、肌をスベスベにすると言われています。今までも何度か熊の肉は食べたことがありますが、時々匂いがきつい事もあります。しかし今回頂いた熊肉にはほとんど匂いはなく(僅かに熊の匂いがしていました)、とても美味しいお肉でした。きっと熊の肉の中でも食べやすいいい部分だけを送ってくれたのではないかと思っています。その肉は美味しさはもとより、彼の『心』の味がしました。彼は僕の『心』を気遣ってくれたのだと思います。まだそれほどお付き合いはないので、まだ友達とも呼べるほどのレベルに達している間柄ではありませんが、こうして彼が僕に『心』を使ってくれたことに僕の『心』が共鳴し、また活動を始めたように感じています。そして今はつらいですが、頑張らなくちゃと思えるようになってきました。流石にしばらく釣りに行くことはないでしょうが、頑張ろうと思えるようになっただけ進歩しました。
 彼の『心』は間違いなく僕の『心』の滋養となりました。ありがたいことです。そしてまた素晴らしい友が出来そうで、こんな辛い中でもひとすじの光を感じております。
 天野さん、『心』をありがとう!
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