昨年から 古い知人が代表を務めている「スピリチュアルイベント」の
現実的な経営のアドバイスをしつつイベントの運営に手を貸しているのだが
どうもこの「スピリチュアル」という言葉に馴染めない。
商品を愛さないとモノは売れない
という理論は 経営の鉄則であるが
愛せないものを愛せということにも無理がある。
そこで なぜ愛せないのか考えてみた。
理屈が通ってないと動けない性格の私
今度 全国3か所でその例のイベントで
スピリチュアルに関して人前で話をする。
スタッフに「題(タイトル)は どうしますか?」と聞かれて
口をついて出てきた言葉が
「ちょっと待ってスピリチュアル」だった。
自分の顔写真とそのタイトルが刷られたチラシを見て
私は複雑な気分になる。
なぜ そんな気が進まない話を受けるのか?と聞かれそうであるが
それは簡単である。
私の講師料がタダであるから。
これまで さんざん人の人生に関わるインタビューはしてきたが
こと自分の「本音」を人前で話すのは苦手である。
本当の話 というのは 自分には覚悟があっても
人にとっては痛いことがあるから披露の加減が難しい。
かの友人にはこれまで
あまりにも代表としての振る舞いの拙さに業を煮やした折に
「 私が全部話すときはここを離れる時ですよね。 」
などと脅しともいえる言葉を使って スピリチュアルイベントを開催する
会社の代表としての自覚を促すのだが・・・・
今 確実にスピリチュアルブームは去り始め
ふるいにかけられる時を迎えている。
世間もマスコミも「このスピリチュアルという代物が
このまま世間に放置していて害のないものか
はたまた ここでとりあえずは消し去っておかなければならないものか」
答えを出そうとしている。
今年に入って実際に厳しい取材活動をしている現場にも出くわした。
経営の手伝い という立場では当然「スピリチュアル万歳」トークを
展開するのが当然だろう。
しかし 目に見える世界だけがすべてのマスコミから
5年前とあることをきっかけに180度転身した私の眼には
スピリチュアル界の現実を見る中で
「その立場なら それは取材したくなるでしょう。」と思う
問題点が多々見られることもまた真実である。
もちろん私は 目に見えない世界の存在の肯定派である。
すべての科学は非科学の域から証明を通して認知されてきたものであるから
「ない」ものは「ない」ことを証明できない限りは 限りなく「ある」かもしれないわけで
何より私は「ない」ものを「見てしまった経験」がある以上肯定することが最も自然な成り行きであったから 今ここに至っている。
でも 最近 この「見えない世界」に落ち着きが悪いのである。
何かがしっくりこない。
今 自らの稚拙な思考の中で何がどうして「ストップ」がかかっているのか
整理しているところである。
きっと 先のイベントでは もしかして
商品を愛さなければならない私の立場では
通常はタブーとされるスピリチュアルの現実を言ってしまいそうで
気が重い。
そんな 私は 自分の話のときにだけは あまり人が集まらないことを
願ったりしている。
現実的な経営のアドバイスをしつつイベントの運営に手を貸しているのだが
どうもこの「スピリチュアル」という言葉に馴染めない。
商品を愛さないとモノは売れない
という理論は 経営の鉄則であるが
愛せないものを愛せということにも無理がある。
そこで なぜ愛せないのか考えてみた。
理屈が通ってないと動けない性格の私
今度 全国3か所でその例のイベントで
スピリチュアルに関して人前で話をする。
スタッフに「題(タイトル)は どうしますか?」と聞かれて
口をついて出てきた言葉が
「ちょっと待ってスピリチュアル」だった。
自分の顔写真とそのタイトルが刷られたチラシを見て
私は複雑な気分になる。
なぜ そんな気が進まない話を受けるのか?と聞かれそうであるが
それは簡単である。
私の講師料がタダであるから。
これまで さんざん人の人生に関わるインタビューはしてきたが
こと自分の「本音」を人前で話すのは苦手である。
本当の話 というのは 自分には覚悟があっても
人にとっては痛いことがあるから披露の加減が難しい。
かの友人にはこれまで
あまりにも代表としての振る舞いの拙さに業を煮やした折に
「 私が全部話すときはここを離れる時ですよね。 」
などと脅しともいえる言葉を使って スピリチュアルイベントを開催する
会社の代表としての自覚を促すのだが・・・・
今 確実にスピリチュアルブームは去り始め
ふるいにかけられる時を迎えている。
世間もマスコミも「このスピリチュアルという代物が
このまま世間に放置していて害のないものか
はたまた ここでとりあえずは消し去っておかなければならないものか」
答えを出そうとしている。
今年に入って実際に厳しい取材活動をしている現場にも出くわした。
経営の手伝い という立場では当然「スピリチュアル万歳」トークを
展開するのが当然だろう。
しかし 目に見える世界だけがすべてのマスコミから
5年前とあることをきっかけに180度転身した私の眼には
スピリチュアル界の現実を見る中で
「その立場なら それは取材したくなるでしょう。」と思う
問題点が多々見られることもまた真実である。
もちろん私は 目に見えない世界の存在の肯定派である。
すべての科学は非科学の域から証明を通して認知されてきたものであるから
「ない」ものは「ない」ことを証明できない限りは 限りなく「ある」かもしれないわけで
何より私は「ない」ものを「見てしまった経験」がある以上肯定することが最も自然な成り行きであったから 今ここに至っている。
でも 最近 この「見えない世界」に落ち着きが悪いのである。
何かがしっくりこない。
今 自らの稚拙な思考の中で何がどうして「ストップ」がかかっているのか
整理しているところである。
きっと 先のイベントでは もしかして
商品を愛さなければならない私の立場では
通常はタブーとされるスピリチュアルの現実を言ってしまいそうで
気が重い。
そんな 私は 自分の話のときにだけは あまり人が集まらないことを
願ったりしている。










