ゴリぽんのフィリピン暮らし

フィリピンでの出会いの記録

5年目突入!

2008-10-11 02:34:46 | Weblog
「夏休みの思い出:プライスレス。

  お金で買えない価値がある。
  買えるものは マスターカードで」



 あのコピー考えた人はホンマすごいわ。
 ホンマに思い出や経験、体験はプライスレス。

 お父さんとはなんだかんだ対立や争いが絶えないけど、それはやっぱり似たもの同士やからやろうか。お金の使い方というか、かけ方も、うちはお父さんの影響をめっちゃ受けてると思う。


 モノよりも、経験や体験、思い出にお金をかけるとこ。

 なんだかんだで4年が過ぎ、パキットとも5年目を迎えました。

 さすがに4年も経てばお互いのことが少しづつ分かってきて、昔は言い合いやケンカになっていたようなことも、今では笑って冗談にできるようになりました。

 うちのタガログ、ワライもまだまだやし、離れている時間の方が長いし、生活基盤も全然違うし、ホンマの意味で「お互いを理解し合う」というのは言葉で言う以上に難しい。。。

 でも一つだけ、うちらには自慢できることがあります。

 それは二人でシェアしてきた素敵で大切なとても面白い体験、経験の数々。

うちもパキットも、JAPSAMの活動や、二人旅、マニラ散策を通して、またそこで出会った人々を通して色んな特別な体験をしてて、しかもその体験を、同じ場所、同じ時間に二人で共有してる。

 JAPSAMの活動で言えばパキットの方が先輩やし、今でもJAPSAMの活動やソルソゴン村について二人で語らうときもあります。彼にとって14歳から今まで成長する過程で、チョイさんやJAPSAMのメンバーとの日々がどれだけ彼の人生にポジティブでいい刺激と影響を与えているか、パキットと話していれば一目瞭然やし、そこで出会ったうちらが、単なる外部者と現地住民という関係を越えて過ごしたサマールでの時間はすごく大切なものでした。

 二人でミンドロに旅行に行ったときは、マンギャン族の村に行こうとして迷って、ムスリムのちびっ子兄弟に遭遇して案内を頼んで、その子たちのおうちにお邪魔して、ムスリムの家族と色々話したり。
 
 プエルト・ガレラのビーチにたまたま来ていた、フィリピン滞在歴12年、なまりの無いキレイなタガログを流暢に話すドイツ人ミッショナリーご夫婦とじっくり話したり。
 
 そのビーチにこれまたたまたま来てた、フィリピン大好きオーストリア人老夫婦と出会って話したり。お二人は旦那さんの定年後、大好きなフィリピンに移住し、オーストリアとドイツのミッション系NGOで養育放棄、麻薬中毒、売春をしていた子どもたちのリハビリセンターで、子どもたちのお世話係り&おじいちゃん、おばあちゃんをしながらケソン市のスラムの家で生活している。その団体の子どもたちともビーチで仲良くなって、夜のワークショップ、座談会、子どもたちの演劇発表会にも呼んでもらった。マニラに帰ってからも、二人で何度かおばあさんと子どもたちを訪ねたし、行くたびにおばあさんはドイツ料理をもてなしてくれた。

 バナウェに行ったときは、案内してくれた地元のトライシクルのお兄ちゃんと仲良くなって、バナウェのことを色々聞いたり、大雨のせいで土砂崩れに遭遇し、帰りのバスで立ち往生したり。そのバスに乗り合わせた唯一の客がうちらと、中国人男性とオーストリア人男性。ぐしゃぐしゃの道を歩いたり、ジープやバスを乗り継いで2日間かけてマニラに帰る道中、その4人でずっと行動を共にした。

 アンゴノへ行って有名なフィリピン人画家たちの作品を観たり。

 ボーディングハウスのインドネシア人神父さんたちや、日本人みんなで話をしたり、飲んだり、インドネシアの歌を聞いたり。

 国立博物館行ったり。

 そして色々あるけど何よりも重要だったのは、この9月にマニラのロラズハウス(戦争中に日本軍に性奴隷被害を受けたお婆さんたちを支援する団体)で、おばあさんの被害の証言を同じ場で聞いたこと。これは本当にすごい意味を持ってる。当時戦争の加害者だった日本人と、被害者だったフィリピン人。でもお互い戦争を知らない世代の若者が、おばあさんの口からあまりに残酷でリアルで心をえぐられるような「戦争」の実態を聞く。二人とも言葉がわかるから、通訳を介さず、おばあさんの生の声でそのまま。あの場にいた誰もが涙を流していたし、パキットにも、とてつもないショックを与えていた。
 最後に何としても自分の言葉でお礼を言いたかったうちは涙でぐしゃぐしゃになりながらも、気持ちをおばあさんたちに伝えた。ひと段落した後、自分の言葉がちゃんと伝わってるか不安で押しつぶされそうになってるときに、パキットはうちの肩に手をまわして「大丈夫。ちゃんと伝わってたよ。すごいすごい!」と言ってくれた。その後、おばあさんが話してくれたことについて、パキットたちが自分のおじいちゃん、おばあちゃんたちから聞いた戦争の話について、ソルソゴンのお年寄りとJAPSAMの活動について、パキット、うち、ヤス、リンゴの4人で話し合った。
 過去の戦争の実態を、日本とフィリピンの若者がフィリピンの被害者のおばあさんから直接聞くこと自体、歴史の現場に立ち会うというとても意味深いものだ。

 ロラズハウスでの体験をはじめ、こんなことはなかなか経験できない。もし同じ体験でも、日本人同士でこれらの体験をフィリピンでするのとは全く意味が違う。うちは日本人でパキットはフィリピン人。違うからこそ、もっと面白い。そして全部フィリピンで起こったことながら、そこには日本でもフィリピンでもない要素も含まれていたりする。フィリピンで、タガログ語で、英語で、でもドイツ人の、オーストリア人の、中国人の、インドネシア人の、そして個々人の視点。

 これまで一緒にいた時間は、計約1年3ヶ月。

 1年3ヶ月でこれだけの経験や考えを共有できるカップルはなかなかおらんと思う。お金はけっこーかかるけど、ただご飯食べたり、プレゼント買ったり、買い物したり、遊んだりよりも何倍も濃い。

 経験や色んな人との出会いは、人生を心を豊かにしてくれる。


 これからもこんなプライスレスな体験で埋め尽くされる時間を人生を、二人でシェアしたいな。
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最近のウチ

2007-11-26 16:55:57 | Weblog

 ネット環境がよくなって、毎日ブログを更新すると宣言したくせに、やはり3日坊主でした…。毎日マメにこういうの書くの、どうも苦手なようです…。

 選挙があって11月に入ってからは、1日、2日にこっちのお盆があって、ようやく12日から正式にウチのサマールでの活動が始まりました。

 ソルソゴン村も属しているSta.Margarita町のECCD(Early Child Care Development0−6歳までの子どもたちの就学前教育プログラム)の子どもたち&先生全員のプロファイル作りと、子どもたちの健康状態やECCDプログラムの各バランガイにおける実施状況などを調べ、バラバラになっているECCDに関するデータを整理して一冊の本にするというのが、ウチに任された仕事です。はじめは、インタビュー用とかプロファイル用の質問シート作りをして、先々週から毎日Sta.MargaritaでECCDプログラムのある村々に行って、授業を見学したり先生たちにインタビューしたりしております。
なんせ先週は毎日毎日、雨、雨、雨、台風。。。外に出て村々を渡り歩くのは無理だったので、なんとも悶々とした1週間でしたが、今週になってようやく晴れてくれました。

 なんせ、正式に始めるまでに通過せなアカン関門が多い多い・・・。サマールでのECCDは政府とプランが協力して各村のボランティアとともに実施してるから、まずこのMunicipalとプランの承諾を「正式に」とるのに恐ろしい時間がかかりました。英語で履歴書とAction planと、letter of intentと最終提出項目と色々とまぁ正式な書類が必要で、それを書いては、持って行って、さらに修正、書いては持って行ってさらに修正の繰り返し。なんせ英語でそんな正式文書書いたことないから時間かかる時間かかる…。最終的にはMayorと、DSWDのmanagerと、Planのproject managerとregion managerの承諾とインタビューを経てOK。いい勉強になりました。

 実際他の村にいろいろ行ってみて、(ちなみにSta.margaritaの36の村の中でECCDやってるのはそのうち13なので、その13の村全部を何回も訪問しないといけません)Sta.Margaritaがかなり大きいということを実感。。。ウチらが行ったガホなんて距離的にはしれてます。こっちの人が丸一日かけてようやく到着するのが一番山奥の村。もちろんそんな山奥の村にはECCDもないし、一応1−3年生までの小学校があって、先生が一人そこにassignedされてるはずやけど、きちんと授業が実施されているかといえば、それは先生次第。行く日もあれば行かない日もある。交通手段が極端に限られているため、援助もほとんど届かない。やっぱりNGOの活動ってなんだかんだ言って色んなバイアスが働いて、援助の偏りが激しいと思う。最も貧しい、最も援助の必要な人々への援助が一番難しい。サマールの山にはNPAよりたちの悪い、gunsがいっぱいいるし。

 先週は雨続きだったので、持ってきた本を読みあさってました。とくに、『NGO主義でいこう―インド・フィリピン・インドネシアで開発を考える―』という小野行雄さんの本を何度も何度も繰り返し読んで、いろいろ考えにふけっておりました。この本、JAPSAMのみんなにぜひ読んでほしい一冊です。非常にわかりやすく、実際の経験をもとにした気持ちに訴える活動記録です。共感できる部分も学ぶ点も本当に多くあります。ぜひ読んでみてください☆

 新しい面白い発見も多くて楽しいのは楽しいです。あさってはカニプランという山の村に行って参ります。休日はたっぷり遊んでます。先週の大雨の日はソルソゴンのコートで、子どもたちとずぶ濡れになりながら3on3をしたり、タンバイの輩たちと一緒に飲んだり。フィエスタや誕生日パーティーも多いです。そしてパスコ(クリスマス)まで残り一ヶ月!!!!なんだかんだ言ってやっぱり、ソルソゴンが一番落ち着くなぁ。。。

 就活も遅れながらもスタート。といっても就活サイトを眺めているだけやけど。
やっぱり日本で就活するなら、今の時期の合同説明会とかイベントとかに参加できひんのは痛いなぁと思う。なんだかこっちにいると、思うように就活に気合が入らない。。。こっちの活動と上手く平行できたらいいけど。

 ではでは、今からMagsohonに行って、その後CagsumjeとSolsogonに行って参ります!!
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恒例TCお化け屋敷

2007-10-31 00:02:16 | Weblog
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ワライ語文法整理その1

2007-10-31 00:00:33 | Weblog

 サマールに移ってきて早1ヶ月。タガログとワライが頭の中でごちゃごちゃです。。。でも、きちんと日本で大上先生の授業を受けてタガログ文法の基礎を固めておいたおかげで、ワライもなんとなくではなく、きちんと文法的に整理することができるようになり、応用がきくようになってきました。

 そこで今日は、少しワライ語の文法整理をしてみたいと思います。タガログとの比較で書くので、タガログの文法わかる人しか理解不能な日記になるけど、ご理解ください。

=====================================

 ≪ワライ語文法整理その1≫
 とにかくハッキリしてることから書いていきたいと思います。

 1.各人称代名詞の変化(タガログ→ワライ)
【ANG形】
 ako→ako/ak ※文中ではakとなることが多い
 ikaw→ikaw
kami→kami
tayo→kita/kit ※文中ではkitとなることが多い
kayo→kamo
 siya→siya ※発音は異なる→T:シャ、W:スィヤ(ヤにもアクセント有)
 sila→sira
 ito→ini
 iyan→iton
 iyon→iton
【SA形】
 akin→akon
 iyo→imo
 amin→amon
 atin→aton
 inyo→iyo
 kanya→iya
 kanila→ira
dito→dinhi/didi
diyan→dida
doon→didto
nandito→adi
nandiyan→ada ※このadi,ada,adtoは別の意味の使い方もある…
nandoon→adto
【NG形】
 ko→ko
 mo→mo
 namin→namon
 natin→naton
 ninyo→nimo
 niya→niya ※発音は異なる→T:ニャ、W:ニィヤ(ヤにもアクセント有)
 nila→nira

2.リンカーと所有表現・対象補語のNG
 ワライ語でのリンカーは"nga"です。
 例)malaking bahay→dako nga balay (dakoが「大きい」、balayが「家」)
batang ito→ini nga bata(※これ・それ・あれとときは前に出ます)
 でも数字の後につくリンカー「何個の〜」というときは、言い方が二つ。
 ・モノを個数単位で数えるときは→数字+nga+モノ
   例)isang saging→usa nga saging
apat na libro→upat nga libro
 ・セットや単位で数えるときは→数字+ka+モノ
   例)dalawang dosena→duha ka dosena(ダース)
     limang peraso→lima ka bu-gos(個)
isang sako→usa ka sako(サック)
     anim na kilo→unom ka kilo(kg)

 所有表現・対象補語のNGはワライ語では"san"です。
 ・所有表現の"san"
   例)kuwarto ng mga bata→kuwarto san mga bata
may-ari ng kunpanya→tag-ada san kunpanya
 ・対象補語の"san"
例)Nagbigay ako ng piso sa kapatido ko.
        →Naghatag ak san piso sa akon bukto/bukto ko.
Sumakay siya ng bus.→Sumakay siya san bus.
  注意:
   Ang kulit ng batang ito!→Kakulit sini nga bata!
上記のように、ito,iyan,iyonがリンカーでついていて、さらにNGもあるとき、正確に記載すればワライではsan ini nga bataとなりますが、sanとiniをくっつけて、sini nga bataという言い方をします。同じようにsitonがあります。

 3.感嘆表現
 タガログの感嘆表現はAng+形容詞の語根+NG形となります。
 ワライでは、Ka+形容詞の語根+NG形またはsanです。
  例)Ang ganda niya!→Kahusay niya!(形容詞:mahusay)
    Ang laki ng katawan niya!→Kadako san katawan niya!
Ang sarap!!→Karasa!!! などなど

 疲れたのでこのへんで。。。
 次回は動詞について書きます!
 


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バランガイ選挙速報in Solsogon

2007-10-31 00:00:00 | Weblog
 《Barangay.Solsogon選挙速報》
  ※数字は獲得票数

 ●SK
chairman: Catalan Kimberly Ann Collano (キンバリー)
councilors:
       Agban Ronaldo Tabogoc
       Bolivar Jane Mejarito
       Calimbo Jener Manongtong
       Lugo Josephine Mari Panoy (ジョイ。ちなみに獲得票数一位)
       Manongtong Juli Ann Vallespin (ジュリアン)
       Rebucas Merlyn Cailo (メーリン)
       Raypan Jossibel Balleras
        ※残念ながらマリクリスは落選

 ●Barangay ※=以下は落選
chairman: Moreno Natividad Pereto 490(ナナイさんの前回の敵。liberal)
(ちなみに負けたnational, Roncioさん405票)
council:
Raz Loreta 544 (national)
Obong Renato 461 (national、パレックスさん)
Rebucas Paquito 456 (liberal,パキンさん)
Raz Jhon Jason 450 (independent,ジェイソンさん)
Pesidas Juliana 428 (national,ナナイさん)
Giolagon Rico 423 (national)
Tabogoc Pedro 387 (liberal,小学校PTAの会長、ペドロJrのお父上)
 ====================================
8.Raz Renante 385(リナデルのお兄さん、イスタンバイの元締め)
9.Catalan Pepito Camelotes 378
10.Rebucas Nida 320
11.Lugo Richard 312(リチャードさん、残念ながら落選)
12.Andulte Florencio Tomale 266
13.Zamora Jay Catalan 251
14.Bolivar Romeo Calarum 234(メオさんも落選)
15.Andulte Gloria Blando 211(タイェンさん)
16.Bagolor Joie Balagwis 156
17.Tuquib Antolin Manongtong 132
18.Bolivar Pelagio Damgo 69
19.Caamud Ludegario 53
20.Taladoc Imelda Diola 39(ボンさん)

 ※Victory Ball(勝利祝い)は11月5日。引継ぎ会議は12月頭。
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quack doctor

2007-10-30 23:19:33 | Weblog

 私は今、奇跡を目の当たりにしています…

 超自然的な力の威力を目の当たりにしています…





  実は先週の木曜日の夜に急に持病のアトピーが悪化し、経験から言ってフィリピンでは決して治らないと思われる、最も深刻な状態におちいっておりました。。。あごから首全体、鎖骨あたりまでと、両腕、両足に、無数の発疹と、膿のたまったつぶつぶができて、体を動かすだけでも痛いし、患部が熱をもって体が熱いし、くびにはなんか腫瘍みたいなんもできて、もうホンマに今まででも最悪の状態でした。。。

 ウチとしては原因ははっきりしてて、木曜日にちょっと上手くいかないことがあって精神的に沈んでいたところに、衛生管理をさぼって夜にお風呂入らんくて、しかも暑かったから床で寝たせいで、かき傷からバイ菌が入って、バイ菌が猛威をふるい、上記のような状態になってしまったと思われます。同じアトピーに悩む人は分かると思うけど、アトピーにはバイオリズムみたいなんがあって、精神的なダメージも症状が悪化する大きな原因なんです。精神的にダメージがあると、免疫力が低下して、症状が悪化しやすくなり、症状が悪化することで、さらに精神的にしんどくなる…醜いから外に出たくなくなるし、かゆくてイライラするし、ホンマに悪循環。。。ホンマにしんどい病気です。

 フィリピンの人の肌は強いのか、日本のように工業化されて環境ホルモンとかダイオキシンとかがさほど問題になっていないせいか、豊かな自然に囲まれた生活スタイルのせいか、フィリピンでは、アトピーのような皮膚病を患っている人は少ないです。突発的な皮膚病は、小さな子どもたちを中心にスラムなどの非衛生的な環境が原因でよく見かけますが、皮膚科のパンフレットによれば、やはりアトピーは先進国に多い病気だそうです。

 そのせいか、フィリピンにいると、行く先々で、みんなウチを一目見た瞬間、10人中10人が「一体どうしたのそれ?!」と驚き、心配してくれます。(^^;
新しい人と会うたびに、久々に再会するたびに同じ会話を繰り返しているような…
「一体どうしたのそれ??!!」
「アレルギーなんです。」
「あれだわ、フィリピンの気候のせいでしょ!それか水よ、こっちの水飲んでるの?」
「日本でもこんな感じなんですよー生まれつきの病気なんで。。。」
「そうなの??何のアレルギーなの?」
「汗をかいたり、暑かったり、寒かったりするとスグかゆくなるんです…。」
「んー水よ水!!こっちにいる間はミネラルウォーター買いなさいよー!それから、鶏肉とえび、カニは食べちゃだめよ。あぁーかいちゃダメよ!傷になっちゃってるじゃなーい!食べちゃいけないもの食べてるんでしょー。」
「食べもののアレルギーじゃないんです…。これは生まれつきで…」
「とにかく、鶏肉とえびと、カニと血のある魚は食べちゃダメよ!」
みんなとにかく同じこと言うから。。。

 ウチはいつもまたかよ・・・と思いながらも聞き流しておりました。
衛生面をきちんと管理すれば、症状の悪化は防げるので、薬も最低限して持ってきていませんでした…。でもあまりにひどいので、こうなったらステロイドさんの力をお借りするしかありません。ステロイドはアトピー始め皮膚病の特効薬として非常に長方されていますが、さまざまな副作用や、使用し続けると体が慣れてしまいステロイドがないと生きていけなくなることから、慎重に使用しなければならない薬です。早速mercuryへ行ってステロイドが含まれている薬を購入。250ペソ。若干高級です。説明書を読んでみると、けっこうステロイドが強めの薬だということが判明。早速塗ってみましたが、アトピーのかき傷はスグに治っても、やはり膿んで腫瘍ができてしまっているところには効果がないらしく、症状は改善されず。。。

 シーサイドにいても一人やし、寂しいし、外の空気も吸いたかったので、選挙が2日後にせまっていたこともあって、ソルソゴンへ。案の定みんなめっちゃビックリして、あーでもないこーでもないと心配してくれます。

 と、そこへAnti Normaが登場。新しい提案をしてくれました。「ソルソゴンで有名なquack doctorに診てもらおう!」quack doctorは直訳すれば偽医者(やぶ医者)、でもどうやらフィリピンでは自然の中にいる精霊たちとコミュニケーションをとり、患者の病気を治すお医者さんのことだそうです。フィリピンは人口の8割以上がカトリックですが、これはあくまでスペインによって持ち込まれた宗教であって、ここにもともとある様々な土着の精霊信仰などは、現在でも人々の生活に密着して残っています。いろいろな場所(特に川、山、ビーチ(海)、大きな岩のあるところ)に行くときは、必ずそこを通るとき、到着したときにそこに住む精霊たちに敬意を表し挨拶をしなければならないそうです。もしそれを怠り、精霊たちに嫌われると、病気になったり、ひどい場合は家族に不幸が起こったりするそうです。ドワーフ信仰もあって、いわいる地底人が山や岩場の地下にはいて、こちらは逆に彼らに好かれると、病気になったり体に異常が起こったりするというもの。

 紹介されたquack doctorはヒルさん。前回のBrgy.Councilでもあり、顔見知りだったのですが、彼は今までに様々な奇跡的な治療をされていて、サマール、レイテ中の有名な医者(ウイさんも含む)も治せなかった原因不明の病気を3日で治したり、様々な食べ物や動植物の毒を解毒したりしているそうです。このままほっといても絶対によくならないので、試してみることに。

 ヒルさんのおうちにAnti Normaと一緒にいって、状況おを説明して治療をお願いすると、まずヒルさんはバスタオルを二つ折りにして床に敷いて、タンドゥアイの空のビンと、卵、白いお茶碗にボールペンを準備。何か呪文みたいなんを唱えてボールペンでお茶碗を叩いて、精霊たちとの会話開始。まずはかたっぱしから、うちがどこへ行ったときの精霊が原因なのかを聞いていきます。聞きながら卵を寝かせたタンドゥアイの空ビンの上に置き、もし卵が直立不動したら、そこが原因。卵がすべり落ちたらハズレ。なかなか卵は立たないし、ホンマにガラスびんの上に卵が立つんやろうかと疑いはじめていたそのとき…!!!!

 卵が立った!!!もちろんガラスびんとはいえ、目に見えない凹凸はあるわけで、それが卵の形と合致すれば、物理的にガラスびんの上に卵が立つことは十分ありえるかもしれない。でも、それはそれはとにかく不思議な光景で、ウチはまさに目を丸くしてその様子を見つめておりました。どうやら、だいぶ前やけど、マラホビーチに行ったときが原因らしく、たぶんウチらがうるさかったか、土地の精霊に敬意を払わなかったからだろうということでした。次にヒルさんは、治療方法も精霊と相談して、卵が立ったら、それを紙に書き出して、結局ウチは約25分間の治療の間、計4回、卵がヒルさんの質問に答えるかのようにびんの上で立ったのを見たのです。最後に座っている私のおでこに手をおいて、頭の上でなにやらまた呪文をとなえ、特にひどい首の部分にまるで悪いものを追い出すようにヒルさんが息をふきかけて終了。ヒルさんは薬草にも大変詳しい方らしいけど、ウチに処方してくれたのは、2種類の抗生物質と、市販のかゆみどめ。
しかも、料金が高いんやろうと思っていたウチは驚愕!お礼の方法も精霊に相談して、結果、もしキレイに治ったら、13ペソ(1ペソ硬貨を13枚)と、8onzのRoyal(ファンタみたいな炭酸飲料)をヒルさんちに持っていくというもの。金額にしても、全部で30ペソ弱…。しかももし治ったらなんて、、、なんて良心的なんや…!!!!!

 日本人がヒルの治療を受けているということで、たちまち近所の人がヒルさんちに集まって、ウチのアトピーを見ながらあーだこーだのひそひそ話。その日はウチ以外にも何人かお客さんが待っていたし、今まで数々の奇跡的な治療をほどこしてきたヒルさんの治療を受けて、もし治らなかったら、ヒルさんの評判を下げてしまう・・・なんとしてでも治ってくれーーー!!!

 言われたとうり、抗生物質をのんで、かゆみどめを塗ること4日。驚くべきことに、全部キレイに治ったんです!!!!このレベルのひどさになると、日本でも皮膚科に行って薬もらってから1ヶ月くらいしないと治らないのに、たったの4日…。しかも、今までは治っても痕が残ってしまっていたのに、今回は痕もほとんど残らず。ウチの肌は以前よりもいい状態に。

 もちろんアトピー自体が完全に治ったわけではないけど、生まれてからずっとお母さんが、あらゆる方法を試してアトピーが治るように努力してくれたのに、全然治らなくて、ここへきて、一瞬でこんなことが起こるなんて。ホンマに超自然的な力を感じざるをえない。

 実はシーサイドにこもっていた2日間はベイビーさんにはアトピーの状態のことは内緒にしてた。もしベイビーさんが知ったら確実に金曜の夜のカリスマティックのヒーリング・ミサに連れていかれてヒーリングを受けるはめになるから。宮崎アニメが大好きだからか、母方の田舎の自然に囲まれた暮らしをいつも体験したいたせいか、はたまたやはり日本人だからか、パワー・オブ・ジーザスでヒーリングと言われても全くもってピンとこないのに、自然に宿る精霊や神々の力と聞くと、妙に納得してしまう。これは育った環境のせいなのか、たんなる偏見かわからんけど、今回の経験も通して、やっぱり大自然には精霊や守り神みたいなんが宿っているんやろうなぁと実感。ベイビーさんは何が起きてもそれはPlan of GODというけど、ジーザスの計画で悪化したアトピーの状態を、またPower of GODで治すってなんか矛盾してへんか??まぁ治ってからベイビーさんにことのいきさつを全部話したら、「治ったからとにかく良かったけど、これはジーザスの力よ、神様に感謝しなきゃ、早く言ってくれればカリスマティっクのヒーリングに連れていってあげたのにー!!!すごく効くのよ!!」やっぱり…。

 ともあれ、薬草や独特の薬、一般的な薬の知識にもたけ、非常に少ない料金(実際には料金といわれるような形ではお金をとっていない)で、確実に患者を治しているヒルさんのようなquack doctorは、貧しいフィリピンのコミュニティーにとって、非常に重要な存在だと思う。土着信仰と、現代医療の混合という点でも非常におもしろい。

 とにかく、ひどかったアトピーは治って、キレイになったので、大矢家のみなさん安心してください☆☆あわよくば、フィリピンでアトピー完全に治ったらいいのになぁ。。。
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KAMIKAZEE LIVE in Calbayog!!!!!!

2007-10-24 02:47:45 | Weblog

行ってきましたよ!!観てきましたよー!!!!
KAMIKAZEE Live in Calbayog!!!!♪♪♪♪さっき帰ってきたばかり☆
(KAMIKAZEEはフィリピンで一番人気なバンドのひとつ)
なんてったって100ペソでKAMIKAZEEのライブなんてマニラではありえないんでね。9月頭のカルバヨグのフィエスタ直前にはあのBAMBOOが来てライブしてたのに、ウチはまだ日本にいて観れなかったんでね。このチャンスを逃すわけにはいきませんよ。ちょうどリンゴが誘ってくれたので、二人で行くことに。

 おいおい遊んでばっかやないかと思われるかもしれませんが、本業のOJTの方もしっかりやってるんでご心配なく!まじめな日記はまた明日更新するとして…

 KAMIKAZEEホンマ最高!素晴らしい!でもKAMIKAZEEにたどりつくまでには長い道のりで…ありえへんことに前座バンドが4組!!!8時に始まったのに2時間ずっと立ちっぱなしで、4組の前座…。
 1組目。全く無名のハードコア系シャウトオンリーのバンド。ボーカルの歌い方と見た目&動き(ほぼ全て)がキモイ。演奏テクもいまいち。オーディエンス全く盛り上がらず。
 2組目。開催場所タンシンコ大学の学生バンド。4曲全部BAMBOOのカバー。ふーんって感じ。
 3組目。出てきた瞬間前のほうの若者が急にギャーギャー騒ぎ出したのでついにKAMIKAZEEかと思いきや、ビサヤ中心に若者に人気のカルバヨグ出身ハードコア・シャウト系バンドの登場。演奏テクのレベルも高いし、ボーカルも安定しているので、まぁ聴けるけど、なんせシャウトばっか。奴らのファンらしき前方の若者たちはすでに頭のふりすぎ、ジャンプのしすぎでトランス状態やけど、KAMIKAZEE待ちのお客たちは、げっそり。うんざり…。
 4組目。そろそろKAMIKAZEEかと思いきや、またタンシンコ大の別のバンドが出てきた。ウチは徐々にイライラし始める。こっちもBAMBOOとかSHAMROCKのカバーだけやったけど、ボーカルの子がカッコ良くて人気らしく、タンシンコの女子たちが狂いだす…。アホな女がウチの耳元で叫びおって、マジで鼓膜破れる寸前。ウチのイライラはつのるばかり。早くKAMIKAZEEを出せーーー!!!

 この時点ですでに9時半。前座の後、MCの女がARE U READY??とか何回も言って、客をその気にさせておきながら、3回くらいスポンサーと市長、市役所関係者の名前を読み上げてお礼を言う始末。マイクテストや機材のチェックにも時間かかりすぎ。イライライライラ…。んで、チェックも終わってんのに、何待ちやねんと思いきや、カルバヨグ市長のサルミエント待ち。ふざけんなー!!!!
今回のライブ、タンシンコ大ホストで昨日から始まっているREGION8(サマール&レイテ)の国公立大学合同の体育祭の企画の一部。いくら、"in cooperation with the city goverment of Calbayog"やからって、政治と癒着しすぎやろ!(別に癒着はしてへんねんけど…)これがロックバンドのライブかい。「反抗against」の精神から生まれたロック音楽。ロック魂が泣くね。チケットには、"Team Uy Sarmiento Aquino"とまで書いてある。あーやだやだ。まさにフィリピンのポリティコですな。でもこの日ばかりは、市長も出る幕なし。一瞬紹介受けてステージにあがって手ふったけど、オーディエンスは素無視。

 こうして待つこと2時間。遂に現れた本物のKAMIKAZEE!!!!!
おぉー!これが本物のKAMIKAZEEかぁー!でも曲はいっぱい知っててもメンバーの顔を見たことのなかったウチは今ひとつ周りの歓喜具合まではテンションあがらず。。。もどかしい…ウチも盛り上がりたい…。うぅううう。

 でも演奏が始まると、もう、テンションあがるあがる!!!MC部分でタガログで何言ってるかあんましわからんけど、とにかくテンションあがるあがる!!
やっぱり国中で大人気になるバンドって全然オーラが違う。
演奏技術のレベルもダントツに高い。
ボーカルの安定感、ステージ上でのパフォーマンス、MCも全部素晴らしい☆
ルックスもいい。カッコいいとかじゃなくて、人を惹きつけるというか、カリスマ性があるというか。去年出たアルバムから中心に7曲くらい披露。
もうお気に入りのNARDAとMartyr Nyeberaのときは、嬉しくてうれしくて、楽しくて楽しくて☆♪♪隣にいたリンゴがひいてないことを祈るわ…。

 いやぁめっちゃ楽しかった☆ 面白かったのは、ライブが始まるとき、1組目の前座バンドの準備ができたら、国歌が流れて全員で合唱しだしたこと。ロックバンドのライブで国歌斉唱??マニラのライブでも歌うん??誰かマニラでライブ行った人教えてー。

 それにしても良かった。楽しかった。さっきネットでKAMIKAZEE調べてわかってんけど、5人ともUP DilimanのFine Arts出身やって。大学で知り合ってバンド結成したらしい。頭イイんやなぁ。やからかなぁ、途中で市長とかにお礼言ってるときに「ここにいるような若者たちの教育がこの国フィリピンを動かす」って言ってた。なんかホセ・リサールみたいやな。「サマールの人々の生活が良くなるように市長さんたちにもきちんと仕事してほしい」みたいなことも言ってたな。

 歌詞覚えてんの、お気に入りの2曲だけやったから、他の曲みんなの合唱に参加できんくて残念。この先1週間はずっとKAMIKAZEEの曲を聴き続けることでしょう。
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バランガイ選挙

2007-10-23 16:51:29 | Weblog
《バランガイ選挙立候補者リスト》

●National Party
 Brgy.Captain: RONCIO CALAGOS (前councilメンバー)
 Brgy.Council:
1. RICHARD LUGO (初・リチャードさん)
2. LORETA RAZ   
3. JAY ZAMORA (初)
4. YANING PESIDAS (ナナイさん)
5. PALAY OBONG (パレックスさん)
6. NENE REBUCAS 
7. RICO GIOLAGON (初)

●Liberal Party
Brgy.Captain: NATY MORENO (前回のナナイさんの敵)
Brgy.Council:
1. PAKING REBUCAS (パキンさん)
2. MEO BOLIVAR (メオさん)
3. TAYING ANDULTE (水道管工事のときに手伝ってくれたトンボイさん)
4. PEPING CATALAN (初)
5. PEDRO TABOGOC (初・小学校のPTA会長,ペドロJrのお父さん)
6. RENAN RAZ (初・リナデルの兄、イスタンバイの元締めみたいな人)
7. ONOY ANDULTE (初)

●Independent Councilors―無所属立候補者
1. JASON RAZ (前SKchairman、ナナイさんの甥っ子)
2. MENTANG TALADOC (ボンさん)
3. RIKO TUQUIB
4. JOIE BAGOLOR
5. PILAY ROLIVAR
6. LUDY CAAMUD
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Happy 3rd anniversary☆

2007-10-22 00:59:59 | Weblog

  9月21日はウチとパキットのannviversary☆
 もう3年。でもまだたった3年。

 ウチが初めてサマールに行ったJAPSAMのワークキャンプの話から始まって、あんなこともあった、こんなこともあったなぁと二人でこの3年間を振り返る…。

 
 自分で選んで決めたことやから、文句は絶対に言えへんけど、正直付き合い始めて2年半はカナリ異常な状況での付き合いやった。半年毎(2年目は丸1年会ってへん)しか会えない、お互いつたない英語でのコミュニケーション、サマールで会ってもワークキャンプ中はウチはそっちに集中してて落ち着いて向き合う時間がない、ワークキャンプ期間外にサマールにいても周りからの極度の干渉、ねたみ、チスミス(うわさ)…
 付き合い始めてからというもの、自分たちの付き合いのせいで、自分が、彼が、JAPSAMがどういうふうに村のひとたちに思われているか、JAPSAMに、彼の家族に、ベイビーさんに、ナナイさんに、チョイさんに迷惑をかけていないか…そんなことばかり気にして行動していたウチは、ひたすらこうしなきゃ、こうしなきゃ、筋をきちんと通さなければと、周りとの折り合いと、我慢の連続。2年半たった今年の4月、マニラに行く直前、異常な精神状態の中、ウチの心と頭は爆発、大噴火寸前5秒前やった。誤解やすれちがい、ミスコミュニケーション、何よりも二人で向き合う時間が少なくて、ケンカの度も増していた。このままじゃまずい。

 ちょうどパキットも仕事を探さないといけなかったので、二人で一緒にサマールを出て、マニラに行った。

 マニラでの毎日はホンマに全部が二人にとって新鮮で楽しかった。もちろんケンカもいっぱいしたけど、それでも会うたびに、話すたびにお互いの信頼や絆、愛が深まっていくのを実感できた。ウチはご存知の通り、人のいいとこを見つけるのはスゴク苦手…。嫌なとこや悪いとこが見えるとそれが固定イメージになってしまってなかなか取れない…。でも干渉のないマニラで自然体でお互いにきちんと向き合うと、相手のイイところがいっぱいいっぱい見えてくる。パキットは誰にでもオープンで優しく、おもいやりをもって接する。裏表や偏見のない人だ。問題があっても決して感情的に怒って声を荒げたり、手をあげたりはしない。人の話もよく聞ける。自分が100%正しいなんて思ってない。それでいてたぶん死ぬまで少年なんやろうなぁと思うほど、いつもめっちゃ楽しそうに笑う。お調子者でスベることもよくあるけど、一緒にいる人を楽しませる愛嬌と才能をもってると思う。お酒やたばこにも頼らない。一緒にいると、張り詰めた心や頭、体がほぐれて、あったかい気持ちになれる。 ウチにはないイイとこばかり。だから魅力的で尊敬できる。
完璧な人間なんていない。うちがしっかりしているとこもあれば、パキットがしっかりしているとこもある。お互いが補い合ってプラスになればそれでいい。
失敗や間違いもあったけど、二人でマニラに行って本当に良かった。

 3回目の記念日は、日本で考えれば恐ろしく普通な、定番の、でもこっちではかなり"Socailな”(お高級な、ハイソな)デートをした。
SM Northへ行って、好きな本屋さんをうろうろして、アイスクリームを食べて、日本の中古ゲーム機が立ち並ぶゲームゾーンでバスケゲームやって、ちょっと奮発して吉野家で牛丼としゅうまい食べて、映画館でラッシュアワー3観て大爆笑して、またうろうろして、最後はスタバでGreen tea lateを飲みながらいっぱい話した。でもこの日の出費は全部パキットもち。3ヶ月くらい前から、コツコツこの日のために資金を貯めていたらしい。いつもと同じSM Northやったけど、すごく楽しかった☆めずらしく言い争いも一度もなし(笑)

 プレゼントもくれた。なんとピンクのテディーベアとバスケボールのキーホルダー。それに手紙。熊の着ているT-シャツには "Listen to my heart, it says...I LOVE YOU"。見た瞬間、パキットがあれでもないこれでもないとめっちゃ迷いながらオロオロとプレゼントを探している姿が目に浮かんで、思わず笑ってしまった。自分でも驚いた。ウチの人生の中でテディベアとキーホルダーは「もらっても…。なモノ」トップ3にランクインしていたけど、やっぱりくれる人の気持ちがこもっているとこんなに嬉しいもんなんや。ウチも手作りの特別なお守りと手紙をプレゼントした。

 

 この半年やりたいことは全部わがままをやり倒してきた。4年目の今からは、お互いにやらなあかんことに集中して、我慢して、将来のハッピーために人生の道筋をayos(整理)する時期。パキットはまた大学に通いなおします。学費の問題もあるけど、勉強に集中してなんとか頑張って卒業して、自分に誇りをもてる仕事についてほしい。ウチは残りの留学中吸収できるものは全部吸収して、日本に帰って就活して仕事見つけて、卒論書いて、パキットより一足先に卒業。働いて自立して、やりたいことを思いっきりできるようにお金を稼ぎたい。
 Tapos pagdating ng tamang panahon, gusto namin mag-asawa at magkaroon ng magandang pamiliya...



 3年前のフェアウェルパーティーの夜、まだ出会って2週間しかたってないのに、ウチはイエスと言った。理由なんかなかったと思う。直感でイエスと言った。
ずっとずっと後になって、おじいちゃん、おばあちゃんになったときに、あのときの直感はやっぱり正しかった、運命だったと言えるようになりたいな。
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これがもらったテディベア☆

2007-10-21 19:18:16 | Weblog
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