朝マナ

人はパンだけで生きるのではなく、神の御言によって生きる。 
聖書を一日一章、読んでみませんか。

ヨシュア記 21章

2017年07月17日 | ヨシュア記
ヨシュア21:41 イスラエルの人々の所有のうちに、レビびとが持った町々は、合わせて四十八であって、それに属する放牧地があった。

イスラエルの各部族には嗣業としての相続地が分割されたことは、すでに見たところです。そして、レビ族だけは分割地がなく、幕屋(神殿)で神に仕えることが嗣業という名の分割地でした。

とはいえ、レビ族の人々の居住地は必要です。そこで、12部族の分割地からレビ族が居住できる町と放牧地を提供することになりました。その町の数は48であったと記されています。

こうして、レビ族の人々はイスラエルの各地に分散して居住することになりました。

彼らが仕えるべく幕屋は、エルサレムの町から北に約30㎞のところにあるシロという町におかれていました。

レビ族の人々は、このシロの幕屋に出掛けて礼拝にかかわる働きをなすと共に、居住地では人々に律法を教え人々の信仰を養う働きをしました。このようにして神は、レビ族を各部族の中に住まわせて神の律法(御言)を伝える働きをさせました。

神の御言を伝え教える働きはとても重要です

もし、レビ族の働きがなかったら、イスラエル民族は雲散霧消していったことでしょう。人々はカナンの習慣に埋没し、異教の神々の影響を受け、信仰を失うことになったことでしょう。

今の時代も同じです。私たちの目や耳を通して入ってくる情報の99%以上が、この世に属するものです。神に属する情報、天に属する情報は、どれぐらいあるでしょうか。

今日、世俗からの情報量はますます増えています。テレビ、雑誌、インターネット等々……。情報の洪水の中で溺れそうです。ある人は、「情報断食」なるものの必要を提案しています。

それほど、現代社会のような環境の中で、イエス・キリストについて知ることは難しいことであるし、だからそれを語り伝える働きは重要です。

祈りましょう。レビ族の人々が地域に分散して、神の律法(御言)を伝えたように、私たちがイエス・キリストを伝えることの出来る存在となり得ますように。(Ω)
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