朝マナ

人はパンだけで生きるのではなく、神の御言によって生きる。 
聖書を一日一章、読んでみませんか。

ヤコブの手紙 4章

2017年03月20日 | ヤコブ書
ヤコブ4:1 何が原因で、あなた方の間に戦いや争いがあるのでしょう。あなた方の体の中で戦う欲望が原因ではありませんか。

ヤコブの手紙は、救われて神の子どもとされたクリスチャンが、完全な者となるための手紙です。先の第3章では、完全な者となるために、「舌(言葉)」の問題が取り上げられていました。

つづいて第4章では「」の問題が取り上げられています。

そこで、まず、「あなた方の争いや戦いはどこから来るのか」と問いかけています(4:1)。人間関係における争いだけでなく、個人の内的な戦いも含まれます。これがために、私たちの魂(心)は傷つき、破壊されてきました。完全な者へとされるために、魂がいやされ、魂の中に挑む争いや戦いの原因を、御言によって対処されるなかで、その魂はきよめられ完全なものへと変えられて行きます。

ヤコブ書は、その争いや戦いの原因は「欲」であると指摘しています。他にも、「欲がはらんで罪を生む」とも指摘しています(1:15)

では、「欲」は悪なのでしょうか。だから、禁欲的になることで改善するのでしょうか。そう教える宗教もあります。しかし、聖書は違います。「欲」は善でも悪でもありません

罪悪感を持ちながらご飯を食べますか?。富を所有することや、夫婦の交わりに罪悪感がありますか?。そんなことはありません。神は、生きるための能力として、人に「欲」を与えてくださり、それを祝福しておられます

問題なのは「過剰な欲」です。ですから十戒の最後は、「あなたは貪ってはならない」と教えています。貪(むさぼ)るとは、欲に歯止めのかからない状態のことです。つまり、過剰な欲を戒めています

「求めても得られないのは、悪い求め方をしているからだ」(4:3)と言われてるように、欲を正しく制御することが大切なのです。

エデンの園でも、神は、「園のどの木からも取って食べなさい」と言われました。大いに食べなさいと勧められたのです。ただし、「善悪を知る木からは食べてはならない」と、欲に対する制御を与えられました。

神の御言が、欲を制御する力です

神は男女の性を祝福されました。生めよ増えよと命じられるほどに、神は性を肯定なさっています。性を否定的、禁欲的にとらえるのは聖書の教えから逸脱しています。しかし、「姦淫してはならない」と、性欲に対して神の御言が制御するようになさいました。「盗んではならない」も、所有欲に対して神の御言が制御しています。

すべての欲を神は祝福なさっています。すべては自由です。しかし、そこに神の御言の制御を受け入れなければなりません人は、神の御言によって生きる者だからです

求めても得られないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだと教えられていますが(4:3)、御言を中心にしないことが、すなわち悪い求め方です。御言を無視して悪い求め方をするのは、「世を友とすることだ」(4:4)と教えています。この場合の「世」とは、御言の制御を失った世界のことです。

数式にすると、「(欲-御言)世を友とする罪をはらむ」ということになります。だから、神に従いなさい(4:7)神に近づきなさい(4:8)神の前にへりくだりなさい(4:10)というわけです。

禁欲的なのがクリスチャンのきよさではありません。欲の動機が問題です。神の御言の制御を受けない欲……つまり、世を基準とした欲は自分も他者をも汚します。そして争いや戦いに引きずり込みます。

本当のきよさとは、神の御言の制御の中で、欲し、願いを満たされることです。そのために神は、私たちの中に御霊を住まわされました(4:5)。御霊は私の心に刻まれた神の御言を生きた命令となさいます。この御霊に従うべきです。それが完全な者への道です。(Ω)
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