大抵の地方都市には、街のシンボルとなる城跡や、由緒あるお寺がある。
ところが横浜には、明治時代より前には村の鎮守様ぐらいしかないので肩身が狭かった。
新しい洋風建築は建ったが、はるばる外国から来た賓客に自分達の格調高い文化を見せられないのは格好悪い。
そう思ったのか、原三渓さんは、地元横浜の地に古都のみやびな建物を集めてきて、三渓園というワンダーランドを造った。
古くからの横浜市民憩いの場であり、もちろん自分も何回も来ているが、
前回来たのは、「新婚さんいらっしゃい」の頃だった。
建物は折り紙付きの優良物件ばかりだが(重要文化財だらけ)
少し数が多すぎる気もする。
庭園の石や灯篭も凝りまくり
利休ゆかりの「身代わり灯篭」
襖絵も渋い
これでも、関東大震災や戦災で失われた建物も多いというのだから、もはや明治村や日本民家園状態だったようだ。
展望台からはこんな景色も見れる。(最近マニアが急増中の臨海工業地帯の眺めが素晴らしい)
松風閣跡(インドの詩人で思想家のタゴールがここに数か月滞在し「さまよえる島」という詩を書いたのだそうだ)
合掌造りの旧矢箆原家住宅(やのはらけじゅうたく)は、中が見学できる。
内部の作りの凝りようは、京都の離宮のようでとても民家とは思えない。
旧燈明時本堂
本牧のバス停 男は背中で語らせる
ところが横浜には、明治時代より前には村の鎮守様ぐらいしかないので肩身が狭かった。
新しい洋風建築は建ったが、はるばる外国から来た賓客に自分達の格調高い文化を見せられないのは格好悪い。
そう思ったのか、原三渓さんは、地元横浜の地に古都のみやびな建物を集めてきて、三渓園というワンダーランドを造った。
古くからの横浜市民憩いの場であり、もちろん自分も何回も来ているが、
前回来たのは、「新婚さんいらっしゃい」の頃だった。
建物は折り紙付きの優良物件ばかりだが(重要文化財だらけ)
少し数が多すぎる気もする。
庭園の石や灯篭も凝りまくり
利休ゆかりの「身代わり灯篭」
襖絵も渋い
これでも、関東大震災や戦災で失われた建物も多いというのだから、もはや明治村や日本民家園状態だったようだ。
展望台からはこんな景色も見れる。(最近マニアが急増中の臨海工業地帯の眺めが素晴らしい)
松風閣跡(インドの詩人で思想家のタゴールがここに数か月滞在し「さまよえる島」という詩を書いたのだそうだ)
合掌造りの旧矢箆原家住宅(やのはらけじゅうたく)は、中が見学できる。
内部の作りの凝りようは、京都の離宮のようでとても民家とは思えない。
旧燈明時本堂
本牧のバス停 男は背中で語らせる