とうちゃんのぷらぷら日記

アウトドア系の日記及びうんちく

我が家の謎の渡来仏

2017-05-14 08:44:59 | 日記
これは祖父が戦前に中国で購入した仏像だ。
本人が「これはとても良いものだ」と言っていたらしい。
それ以外は、まったく不明だ。

最近ネットで調べたら我が家とまったく同じ仏像を持っている中国の人がいることがわかった。
我が家の仏像


ネットに載っていた中国の人が所有する仏像


光背に刻まれている文字や形までまったく一致する。

書いてある元号の「太平眞君六年三月」をネットで調べると北魏時代(西暦445年)で日本の飛鳥時代よりさらに古い年代だ。(日本に仏教が伝来していない時代だ)
北魏時代を調べると仏教文化が盛んであったことがわかる。
それにしても年代が古すぎる。
元の仏像があったものを後の世の人が鋳造し直したものではないのかとも思う。そのへんは謎だ。

いったい祖父は、どこでこの仏像を購入したのか。
祖父が中国へ行ったのは2回だけだと思われる。

1回目は山東省出兵による山東省高密
大正9年9月から大正10年9月の1年間山東省高密に滞在していた。

2回目は太平洋戦争による湖南省岳陽
昭和17年8月から昭和18年7月の約1年間主に岳陽に滞在していた。
岳陽については、日中戦争の最前線であり、とてもそんなゆとりはなかったものと思われる。
一方高密については、戦闘はなかっただろうし、現地調査として情報収集活動をするのが仕事だったと聞いているので近隣の街へ出かけることもあったのではないかと思う。
仏像を購入するとすれば、この時以外にないと思われる。

北魏の仏像とその発掘場所などを調べると山東省でも多数出土されていることがわかる。
この点も矛盾しない。
ネットではもう一体、やはり同じ仏像の写真が載っている、こちらは高台が失われ、光背も一部削りとられ、やや摩滅している。ただし、もとは同じ型から作られた仏像だ。




庶民の家庭用に量産された仏像であることは、間違いないようだ。
『ささやき』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 日吉の街 | トップ | 溝の口駅から二子神社 新城駅 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。