都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



高橋靴店(高橋邸)
所在地:千代田区神田神保町2-11
構造・階数:木2
解体年不明。1997年の住宅地図には記載あり。2000年には無し。
Photo 1995.7.22

 1995年に研究室で東京の都市調査をした際に撮影した看板建築。神保町のすずらん通りか、その西側のさくら通りで撮った記憶があったのだが、詳細な場所を忘れてしまい、最近まで所在地が分からないままだった。

 この時点で既に仕舞屋だったためか、1990年代の住宅地図を見ても、店の名前の「靴橋」は見あたらない。左側はどうやら表具店、右側は新しいビルのようだ。また背後には高層のオフィスが見えている。そこで、すずらん通り~さくら通りで似たような景色を探してみることにした。

 撮影地特定の手掛かりになったのは、右端の新しいビルと、後方のビルだった。特に後者は、窓の中央に外壁のプレキャストパネルの境目が来るタイプで、こういう外壁のビルはそれほど多くない。結局これは靖国通り沿いに建つ北沢書店の南側壁面が、さくら通りから見えていたことが分かった。

 現在は写真左手の表具店と更にその左側も含めて、マンションに建て替えられている。

 恐らく戦前の建物だったろうから、この時点で築60年程度だったはずである。既にビルに囲まれてやや窮屈そうに見えていたので、無くなる前に撮っておこうと思ったのかもしれない。だが看板建築としては、それほど手の込んだ建物ではなかった。1階は大きなガラス張りの2枚引き戸の出入口でちょっとモダン、2階軒先には店名の金文字が付くが、2階の戸袋には特にデザインはなく、普通の看板建築商店。間口も狭く、小規模な建物である。

 十数年前まではこの程度の銅板張り看板建築は、東京では結構たくさんあって、比較的ありふれたものだった。だが、やはりこのような建物は確実に減っている。神田と神保町界隈には戦災を受けずに焼け残った建物が多く、昔の建物を見て歩く楽しみがあったが、最近はタイル張りのマンションやオフィスが多くなって、街並みとしては次第に退屈になってきたような気がしてならない。普通の看板建築だったとしても、残されていれば街の中でワンポイントになって、街並みに彩りを与えるのではないかと思うのだが、住み手じたいが高齢化して、いなくなっていく状況では、このような建物の存続は苦しいと言わざるを得ないのかもしれない。

2008.9.7 追記
 戦前の建物だろうと書いたが、看板の靴橋が左から書かれているので、やはり戦後の建物なのかと考え直した。ところが、ふと、もしかしてやはり戦前の建物で、右から書きで「店靴橋高」だったのが、「店」と「高」が取れて「靴橋」になってしまったのではないかと気が付いた。二つの文字があったと思しきあたりの銅板の色も、よく見ると若干周囲と異なっている。靴橋だとばかり思っていたが、高橋靴店だったのかもしれない。だとするとやはり戦前の建物。いやはや参った。

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 千代田区 


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コメント
 
 
 
弊ブログにも (流一)
2009-05-27 17:04:23
このたび私のブログで高橋靴店がすみっこに写っている写真をアップしました。それに関連して貴ブログの「靴橋」へリンクさせてもらいました。靴店が閉店したのは1986(昭和61)±1年ということになりそうです。
貴ブログの写真を発表当時に見たときは「こんな家は知らないなあ」というふうに見ていたのですが……。
 
 
 
ありがとうございます。 (asabata)
2009-06-06 01:25:32
流一様

リンクについて、わざわざ御連絡頂きありがとうございます。
どちらかというと何の変哲もない銅板張り看板建築なので、
正直言ってあまり印象には残らない建物ですね。
私も本当にたまたま撮っていた、という感じで。

貴ブログ、いつも興味深く拝見しております。
毎日のように更新しておられて、しかもかなり詳細にお調べになっておられて、本当に尊敬しております。
実は、下町の建物の調べものの時に、ちょこちょこ利用させても頂いております。
今後もよろしくお願い致します。

 
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