都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



旧目白福音教会宣教師館(日本聖書神学校宣教師館)(メイヤー館)
所在地:新宿区下落合 3-14
建設年:1912(明治45)
構造・階数:木2
設計 :W.M.ヴォーリズ
備考 :2006.9 解体。千葉県東金市へ移築。
Photo 2006.1.15(本記事内の写真全て)

 目白通りから少し南側に入った場所にあった洋館。数年前に解体され千葉県内に移築されたという。上写真は建物北東側からの様子。木の陰に北東側の暖炉の煙突が見えている。

西南側から

 南京下見板張りの木造2階建て洋館。明るい緑色の下見板と、壁面にある煉瓦の煙突が印象的だった。といっても、私がこの建物をまじまじと眺めたのはこの一回だけ。確か、この訪問と前後して、解体・移築が明らかになったような記憶がある。

 木造2階だが、屋根上にはドーマー窓が付いている(写真1枚目)。また妻側2F上部には高窓らしきものも見える(下写真)。屋根裏部屋があったか、部分的に天井が高い吹き抜けになっていたのかもしれない。

西側から。西北側と南側の暖炉の煙突が見えている。

 西北の妻側にある煙突は途中からやや細くなって白色。煙突は3箇所にあったようだ。

 しかしちょっと不思議だったのは、その敷地に対する配置。前面道路はほぼ南北なのだが、建物は約45°斜めを向いていた。後から建てられた他の建物は、全体の敷地形状に合わせて、壁面が東西南北それぞれをおよそ向いているのだが、この建物だけ敷地に対して斜め向きだった。神学校の校地中央を広場のように考え、建物をそちらに向けようとしたためだろうか。

煙突の煉瓦はイギリス積み。

 撮影時には下見板のペンキも剥げたりしていたが、建設から約80年間、比較的よくメンテナンスがされてきたようだ。

北東側の玄関

 神学校の校地内に建てられた宣教師のための住宅だからか、玄関も校地の中央側を向いている。ただ玄関は比較的こぢんまりとしていて、扉も両開きではなく一枚の片開き。建物全体は木と煉瓦だったが、玄関先にだけ様式的な石柱?が建てられていたのが不思議でおもしろい。玄関扉とその両側の小窓だけはこげ茶で、落ち着いた感じだった。

南西角の入口

 勝手口だろうか。こちらは両開きで大きく開く。建物内に入ったことなどは当然ないが、後から写真を見ると、内部が当初どの様に使われていたのか、興味がわいてくる。

 設計者などの詳細は明らかではなかったが、小道さんの調査によって、W.M.ヴォーリズの設計だったことが、移築後の2009年になって判明。下記「喫茶店で瞑想して、銭湯で元気になる」や「Chinchiko Papalog」には、発見の経緯や、移築後の様子、内観などがレポートされている。

喫茶店で瞑想して、銭湯で元気になる
        > ヴォーリズ発見  メーヤー館に会いに行く
Chinchiko Papalog > メーヤー館はW.M.ヴォーリズの仕事だ。
           さようなら、メーヤー館。
           ヴォーリズのメーヤー館を拝見する。
NEW にゅうぽの写真苦戦日記
        > メイヤー館 メーヤー館 メイヤー邸 メーヤー邸
日本聖書神学校
Wikipedia > 日本聖書神学校煉瓦
近代建築散策 > 日本聖書神学校
ニッポン懐景録 > 新宿区下落合
都市風景への旅 > 近代建築 > 東京都新宿区下落合
Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 新宿区  #学校 


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


« 赤羽にて 前傾姿勢 »
 
コメント
 
 
 
メイヤーさん (wy1)
2012-03-15 14:03:33
懐かしい写真です。メイヤー夫人の英語聖書の集まりで
帰国される間で、2年半毎週のように通いました。
現在は目白にはないのですね。」
 
 
 
Unknown (asabata)
2012-03-22 15:50:48
wy1様
コメント頂き有り難うございます。
建物をお使いになっておられた方々にとっては、やはり懐かしく、ある種の愛着のある建物なのでしょうね。
事情がいろいろあったのだろうとは思いますが、目白にそのまま残すことができなかったのは残念です。
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません
 
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。