都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



港区六本木6丁目
Photo 1996.5.15

 六本木ヒルズのオープンは2003年、再開発でピカピカの街に生まれ変わった六本木6丁目。2000年頃までは、小さな谷に面して、木造家屋が建ち並び、丘の上には、増築によって冷房のダクトが蛇のように這い回り複雑な形をなしたTV朝日の社屋が建っていた。大谷石でできた高い擁壁の下は、立ち退き跡地で、駐車場になっていた。

 上の写真は、東京都心部の地形調査などと称して、擁壁の高さを測ったり街並みの写真を撮っていたときのもの。この写真撮影の直後に、菓子折の手提げを持ったM社の社員に遭遇。「ここがどんな場所だかは御存知ですよね。話がややこしくなりかねないので、行動には注意してください。」と、慇懃かつ高圧的に言われたことがある。

 大学の人間を使って、開発予定地の事前調査をやっていると勘違いされるということらしく、有り体に言えば、ここで関係ないやつが調査なんかするな、ということだった。でもこっちは、なくなりそうだから調査してたわけで、そんなこと言われても困るのだ。

 変な調査をしたので、地元の方にはあらぬ不信感を与えてしまったかもしれぬ。それはすまんことだった。だけどそういう話は、開発をするときの宿命みたいなものだ。

妙経寺の東側にあった階段
Photo 2000.5.9

 旧麻布保健所の通りへ抜けるクランクした路地で、ややむくりのある階段を上って右へ折れると、また数段の階段があり、それを上って左へ折れると、建物の脇の50cmぐらいの隙間階段を上ることになる。

同じ階段を途中から。正面はテレビ朝日旧社屋。
Photo 1997.6.18
都立城南高等学校わきの巨大な擁壁
Photo 1998.5.23

学校側は再開発区域外だったので、右側の擁壁は現在も残されている。
左側の建物は取り壊されて再開発された。

観賞魚問屋さんの建物があった場所付近
Photo 2000.5.9

 玄碩坂(げんせきざか)を下った先の谷底道は、十数軒の戸建て住宅等が建ち並ぶ通りだったが、住民の立ち退き後、一括して建物群の解体が行われた。通常は、建物一つ一つが囲われて解体されるが、広範囲にわたる解体がほぼ同時に行われたため、複数街区全体を取り囲む格好で囲いが作られた。街がまるごと一つ解体されて消えていく途中ならではの光景だったわけで、考えてみれば、かなり異様な風景だった。

2009.1.12記

 この記事は「Site Y.M. 建築・都市徘徊」内から移設しました。

#失われた建物 港区  #階段・坂 港区  #街並み 港区


コメント ( 1 ) | Trackback ( 1 )


« 成城学園前 神田須田町地... »
 
コメント
 
 
 
テレビ朝日「戦うお正月」を担当しております。 (平山雄介)
2014-12-13 20:08:31
突然のコメント申し訳ございません。

テレビ朝日「戦うお正月」を担当しております
ガッツエンターテイメントの平山と申します。

今回、当番組の
「大東京ビフォー&アフター」という
企画で、ホテル「ザ・キャピトルホテル東急」を説明するシーンがございます。

そこで、asabata様の2011年5月22日の記事にあります、キャピトルホテル東急の
前身の旧東京ヒルトンホテルの写真を
使用させて頂きたく、今回メッセージを
送付させて頂いた次第です。

もしよろしければ、一度私のメールまで
返信を頂けますでしょうか。

お忙しいところ誠に申し訳ございませんが
何卒宜しくお願い致します。

株式会社ガッツエンターテイメント
平山 雄介
東京都港区南青山6-12- 1
TTS南青山ビル3階

TEl 03-5466-9997
FAX 03-5466-2261
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません
 
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
 
 
六本木 (もののはじめblog)
六本木ヒルズ 六本木ヒルズ森タワー(54階建て)は、ブランド街のショッピング・モール、オフィス、上層部は展望台の東京シティビューや文化施設や美術館などで構成される森アーツセンター、森美術館があるのだとか。 上は、青山公園から撮る。 国立新美術館の敷地内から...