都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



國徳商事
所在地:港区三田1-9
構造・階数:木造2F
備考 :2007解体
Photo 2006.4.23

 再開発によってなくなった、三田小山町の問屋さん。

 よく見ると、平入り木造2階の一種の看板建築だったことが判る。平入りでやや間口が大きいためか、2F前面には左右にバルコニー状の部分があった。一方、中央のアーチ型装飾の後ろには窓がない。シャッターには車庫とも書かれていたが、もしかしたらシャッターを開けると吹き抜け状の空間だったのだろうか。内部がどのようになっていたのか今頃になって気になる。

 玄関前には植木鉢やプランターがたくさん並べられていた。

 右奥に少しだけ見えているのは東京さぬき倶楽部。現在進行中の、三田小山町西地区の市街地再開発事業に参加しているといわれているので、建築家大江宏設計のこの施設も、あと数年で無くなってしまうのかもしれない。

中央部分を正面から
Photo 2006.4.23

 國澤徳五郎という方が経営していた菓子問屋であることが大書されていた。アーチ部の錆びた四角い鉄板には、國と徳の字が書かれていたようだ。中央には紋章かなにかが掲げられていたのかもしれないが、外されたか取れてしまったかして、U字型のモルタル製草紋様飾りだけになっていた。

 上方右に装飾のようなものが見えるが、実はこれは「會」という文字の上半分。一枚目の写真の左端には「場」の下半分が写っている。写真を拡大してみてみると、上部のこの欄には、右から「合名會社國徳製菓工場」という文字が付けられていたらしいことが、痕跡から判る。昔は問屋ではなく工場だったようだ。

 シャッターには「尊皇民意 立正安國 立憲不二誠統」とも書いてある。立憲不二誠統って何だろう?と思って、ググってみたら、なんと、この國澤徳五郎という方は1960年代に「尊王民意 立正安国 立憲不二誠統」という政党!から、衆議院議員総選挙に出馬されておられました。でもって下位で落選。政党名だったのか・・・。しかしWikiとかGoogleって、ほんと、いろんな検索結果が出てくるなぁ。

 一帯の建物群は、2007年までに全て解体され、跡地にはパークコート麻布十番 ザ タワーという超高層マンションが建設された(2010年完成)。

超高層ビルとパソコンの歴史パークコート麻布十番 ザ タワー
備忘録 > 三田小山町第3・5地区再開発/ツインタワーで1400戸

Wikipedia - 東京都第1区(中選挙区)
Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 港区


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