都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



金万証券
所在地:中央区日本橋兜町3-8
建設年:1927(昭和2)
構造・階数:RC3
解体:2001年
Photo 2001.6.17

 撮影した2001年6月までは少なくとも存在していたのだが、どうやらその年の内に取り壊されてしまったようで、隣のエース証券東京支店(野村証券の貸ビル)と一体的に建て替えられ、現在はマンションになっている。

 下記の「変貌著しい兜町界隈」木村輝久氏著には、「千葉の醤油商・かぎさ商店が建て、後に金万証券所有となった」という一文がある。当初は醤油会社の建物(店舗?)だったようだ。

 ちなみに金万証券は1903年創業、2001年に日本アジアホールディングズが金万証券の経営権を取得して、現在は日本アジア証券となっている。ちょうどこの頃、建物は手放されたのかもしれない。

 また、余談だが、カギサ醤油は富津市にあった会社で、創業は江戸中期の1746年(延享3)で250年の歴史があったという。だが、2003年(H15)に残念ながら倒産してしまったのだそうだ。

 いやはや・・・。無くなった建物をきっかけにネットでちょっと調べてみたら、二つの歴史ある会社の変転を知ることになってしまった。

社団法人・日本証券経済倶楽部変貌著しい兜町界隈(PDF)
日本アジア証券株式会社 > 会社沿革
君津地方歴史情報館富津市歴史4

ぼくの近代建築コレクション > 郵船兜町ビル、金万証券/兜町

Tokyo Lost Architecture   #失われた建物 中央区 



コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
日本橋兜町界隈 (とおる。)
2010-03-04 23:25:12
このあたり、醤油屋とか、多いですね。もともと魚河岸があった名残でしょうか。

蛎殻町から箱崎に向かうあたりには醤油会館とやらもあった気がします。数年前に醤油会館も建て替えされているんじゃなかったかと思います。
 
 
 
小網町 (asabata)
2010-03-05 00:25:42
とおる。さま
醤油会館は小網町のようですね。
ちょっとだけネット検索してみたところでは、
野田や銚子から運ばれてきた醤油の荷揚げ場がこの界隈にあったのだそうです。
当然、魚河岸との関連もあったのでしょうね。

どちらかというと、江戸期以来そういう業種の多かった場所が、
後から証券会社の多い場所になっていったのでしょうね。
そう気づくと、金万証券の建物がもともとは醤油会社だったのも納得されます。
 
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