都市徘徊blog
徒然まちあるき日記
 



東京新旧写真比較(1981/2007) No.12 千代田区神田錦町1-16

古い建物がなくなって街は退屈になった。

Photo 1981(ノーマル時)、Photo 2007.1.27(マウスオン
所在地:千代田区神田錦町1-16
建設年:1932(昭和7)
構造・階数:RC3
備考 :2002年解体 建て替え
    Site Y.M. 建築・都市徘徊明治書院
Photo 1992.1.15

 明治書院は、神田小川町交差点近くの本郷通り沿いに建っていた、付け柱が印象的な建物だったが、築70年で残念ながら解体された。

 左端の北日本相互銀行は北日本銀行になっていたが、建物は変化なし。道路沿いの街路樹は伸びて、大きくなっていた。また、電線の地中化が行われ、電柱が無くなる代わりに、道路際にトランスボックスが設置されている。

 しかし、なんというか、つまらない景色だ。現在の建物は、建物に顔がないというか、表情がない。1981年の撮影者は、昭和7年(1932)に建てられた、この様式建築が気になってカメラを向けたのだろうが、今、ここを訪れて誰が現在の建物の写真を撮ろうとするだろうか?

 この景色だけを見ていると、建て替えは経済的には良かったのかもしれないが、景観的、文化的に大切ななにかを失い、後退してしまった気がする。新時代を画する新デザインを生み出しているのならまだしも、お世辞にも新しいデザインとは言えない。これでは完全に、新しい建物を設計した者の負け。

 しかし、これはデザイナーとか施主の精神の問題だけではないのかもしれない。こういう建物しか造ることができない、経済至上主義的な風潮及び仕組みが、施主やデザイナーの前に大きく立ちはだかっている可能性も大きい。その意味では、彼らも負け戦を覚悟で設計をせねばならない、ある種哀しい人々なのかもしれない。

 ところで、手前を走り抜ける車はISUZUのジェミニのようだ。ISUZUはいつのまにか小型乗用車の生産をやめ、トラックなどのみの会社になったので、急速に私たちには馴染みのない会社になってしまった。80年代まではジェミニや117クーペなどが、街を走っていたものだが、経済の激しい移り変わりとともに、自動車の風景も変化していく。

Tokyo Lost Architecture  
#東京新旧写真比較 千代田区  #失われた建物 千代田区  #自動車


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
Unknown (kakijy)
2007-06-27 12:47:39
こんにちは
旧い建物のデザインには自然に対する畏怖の念があったように思います。僕はビル街には用事がない限り出かけず、旧い瓦屋根の木造住宅を見つける散策が好きなのですが、鬼瓦や軒下の装飾に神の存在を感じます。阪神大震災以後急速に瓦が減少しており街並に風情がなくなりつつあるのもイライラの原因でしょうか。今の神は経済の神、頭7:3に分け眼鏡かけて札束勘定しておりますネ。
 
 
 
ディテール (asabata)
2007-06-27 23:50:28
kakijy様
はじめまして。コメントありがとうございます。
東京などでは、最近は立派な瓦屋根の建物も減ってきました。
ディテールが魅力的な建物には威厳というか存在感がありますが、
経済優先の時代、パネルをペタペタみたいな建物が増えているのは残念です。
 
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