駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

紙芝居は続きが見たくなるものだ

2017年10月10日 | 

    

 人工頭脳を解説した本を買って途中まで読んだのだが、続きを読もうとしたら見つからない。本を読む場所は五カ所くらいしか無いのだが、その何処を探しても無い。二三年前からこうした不思議な現象が時々起きるようになった。本というのはネジやビスと違いそこそこの大きさがあるので、見つかりにくいということはないと思うのだが見つからない。読んだ内容はほぼ憶えているのに題名と著者名が思い出せない。忘れることは人工頭脳では起こらないことで、人間力否老人力の素晴らしさだと自嘲している。

 素晴らしいとまではゆかないが、成る程とうなづきながら読んだので、何というか中途半端の後味の悪さが残って、とても不快だ。逃がした魚は大きいというが、だんだんまたとない名著だったような気がしてくる。一週間ほどでなんだこんな所にと見つかればよいのだが、出て来なかった本もあり、どうも心に引っかかる。

 なんだ詰まらないでも、無理に辻褄を合わせたなという結末でも、終わりを見届ければ多少不満は残っても不全感は残らないものだが、結末が分からないとどうもすっきりしなくて嫌なものだ。

 まさかミクロブラックホールに落ち込んで消えてしまったわけではないだろうが、思い当る場所にないのは不思議だ。昨日少しだが本を整理して動かしたので、その中に紛れ混んだ可能性が高そうだ。悪い癖で本のカバーを外してしまうので外見が似てしまう。棚から一掴み高々五六十冊だが、倉庫に移動させた中に入ったのかもしれない。解説で物語ではないのだが、それでも起承転結があり、ディープラーニングの先はどうなるのだろうと気になる、出て来なければ週末に箱の中を調べてみよう。

 紙芝居ではないが一体どうなるだろうと先が知りたくなるのは人間固有の本能かも知れない。犬や猿が紙芝居の続きを見に来たと言う話は聞かない。選挙も結果が分かっていれば、投票に行く人は減るだろう。投票率を上げるには結果がどうなるか予測がつかないと報道するとよい。政治評論家には軒並み予想させて後で厳しい点数を付けるようにすれば、視聴率も上がるだろう。私の予想より駄目な政治評論家はセミプロに格下げしたい。 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 果たして景気は良いのか悪いのか | トップ | 頭を冷やして考える »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

」カテゴリの最新記事