駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

何時でも何でも電話?

2017年06月18日 | 医療

   

 24時間連絡の取れる体制を取っていると患者さん一人につき20円の追加料金が頂ける。三、四年前に出来た仕組みだと記憶する。二十五年間そうしてきたからと三、四年前から、当院も届け出て、積算すると月に一万円ほどになるだろうか、その料金を頂いている。現実には、時間外の電話は三十年で三分の一ほどに減った。所謂深夜帯は十分の一になった。今まで二十五年分の三百万円ほどを支払って欲しいとは思わないが、なんとも妙なみみっちい出し遅れの制度だと皮肉を言いたくなる。

 大きな声で言いたいのは、今も昔も緊急性のある電話は五つに一つもない。十に一つと言ってもよい。土曜日の午後や日曜日外出先へ電話が入る。転送された留守電を聞くと「どこそこの**だけど薬がなくなった。出してくれ。」などという無理難題が殆どだ。

 一回千円掛かってもいいから、二十円の上乗せを決めたお役人にこうした電話を転送したい。

 どうしてこうした制度にしたか良くは分からないが、掛かり付け医機能強化の一環とか言うのだろうと類推する。只では人間は動かないから、五円では安すぎる五十円では高すぎる、まあ二十円が良いところと,利益誘導?を設定したのだろう。患者も医者も舐められたものだ。

 至難の業かもしれないが、本筋は患者教育にあるのだ。患者が審美眼ならぬ審医眼を身に付ければ、自ずと淘汰が働き、医療は改善されるだろう。偉そうに響くと困るが、一人一人がもう一寸賢くなれば、無駄は省かれ医療費も安くなる。医療費どころではない、社会のあらゆる所の無駄が削られるだろう。尤も、そうした無駄で儲けている人や生きている人が数多いだろうから、難しい話なのだろう。

 今日は山小屋で鰯の梅煮をご馳走した。滅多に魚料理は出さないのだが大変評判が良かった。値段が手頃なのでたくさん作った、残ったのは明日の弁当に入れることにする。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 誰が信じるだろうか | トップ | いつまでもとは参らぬ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。