アート日記

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美の巨人たち「平田郷陽」特集アート日記

2012-02-19 19:34:48 | アート情報

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今週の美の巨人たちは、昭和に活躍した人形師の平田郷陽の特集で

した。横浜の山下公園の近くにある横浜人形の家にある"児戯興趣"

が今日の作品です。幼い子供が二人ついたてによじ登って遊んでい

ます。しもぶくれの頬と血色の良い肌、真っ赤な唇、白い歯が見え

ています。足の親指は力が入って反り返っています。かすかな緊張

感が見えています。もう一人の子が必至に手を伸ばしていたずらを

しています。作品の高さは40センチ、子供達の大きさはわずか

20センチ程度です。それなのにこのリアルさ凄いですね。

人形師としての仕事は木を掘ることから始まります。しかし、絵も

描かないといけないし、工芸部分も大事だし、服も大事なので総合

芸術の部類に入ります。彼にはそれら全てにおいて究極の腕を持っ

ています。彼の作品の素晴らしさはその肌になります。艶っぽさ、

みずみずしさ、肌の透明感など。そこには人形を芸術レベルに持って

いくために深い探究と厳しい鍛錬がありました。最も難しいのは肌

を作る胡粉塗りだそうです。この技が人形美を生むのだそうです。

通常肌の色は胡粉ににかわを混ぜ、赤と黄色の岩絵の具で作ります。

しかし彼は肌に奥行を出すためにこれに墨を混ぜたそうです。相当

胡粉を薄く塗っていたそうですが、腕がないと薄い塗りが出来ない

のだそうです。明治39年浅草の生人形師の長男として生まれまし

た。生人形とは等身大の超リアルな人形のことで皺や筋肉の隆起、

血管の様子まで表現するのだそうです。彼は徹底的な写実を叩き込

まれその道をひたすら歩んでいきました。

転機が出来たのは昭和2年に日米親善として青い目の人形が送られ

そのお返しの人形のコンクールでした。彼が初めて作る市松人形で

見事1等を取りました。24歳で無名の人形師だった彼が一躍有名

になったそうです。翌年他の人形師とともに人形研究団体「白澤会」

を立ち上げ人形は玩具だという固定概念を打ち破ろうとしたのでした。

そして"粧い"という傑作が生まれたのでした。この作品に世間は

驚嘆したそうです。

その8年後の昭和11年に帝国美術院展覧会が人形の出品を認めた

のでした。人形が芸術として認められ賞を取ったのでした。

そして女性の次は子供を表現することを始めたのでした。自らの子供

の成長を見守る中でその無垢な表情の中と動きに魅せられたのでした。

子供というモチーフの中に更なる人形芸術の高みを見つけたのでした。

そして生まれたのが今日の作品です。

彼の作品が劇的に変わったのは戦後です。"風"という作品があります

が木枯らしに舞い上げられる着物の裾などその一瞬が本当にリアルに

表現されています。そして多少デフォルメすることでより人間の内面を

表現しようとしています。子供の表現も手足はよりふっくらして、様式

化して、髪も一本一本植え込むのではなく子供という柔らかなイメージ

を膨らませています。変わったのが視線の力を生かしているところです。

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