ART&CRAFT forum
子供の造形教室/蓼科工房/テキスタイル作品展/イギリス手紡ぎ研修旅行/季刊美術誌「工芸」/他




◆岸辺にて / The Shore / Dialogue 2002 Gallery Kobo & Tomo
ポリエステルオーガンジーにミシンステッチ

母親としての自分に問いかけてみる。
一体誰が自分の息子を自爆させたいか。
戦場で命を失う瞬間の息子を誇りに思えるだろうか。
暴力の連鎖はあらたな憎悪を生み続ける。
大きな力に屈服させられた者に
心の平穏は訪れるのだろうか。

岸辺に立って考える。
我々は見かけも、内なるものも全く異なる。
しかしその差がどんな意味を持つというのか。
我々は同じ方法で呼吸し、同じ方法で発声し、
同じように聞く耳を持っているではないか。
対立はいらない、必要なのは
穏やかな波のように繰り返される対話だけ。

岸辺に寄せる静かな波、
その波の彼方に立っているのは
敵ではなく、対話の相手となるべき人。

2004年4月10日発行のART&CRAFT FORUM 32号に掲載した記事を改めて下記します。

「さざ波に寄せて」 原すがね


日常の中で

 「申し訳ありませんが、家の中の物を全部、家の前に出して写真を撮らせて下さい。」ということばが添えられた、とても興味深い写真集がある。「国連国際家族年1994」に発行された「地球家族・世界30か国のふつうの暮らし」※1というその本は、様々な地域の家庭で、家財道具を全て家の前に並べて見せてもらうというユニークな内容である。アメリカ、ヨーロッパのG8加盟国からアフリカや中東そして南米、ボスニアやハイチなどのようにその国の内戦により日本のメディアに登場する国、勿論アジアの国々も紹介されている。ページをめくるごとに人間という生き物はこんなものを抱えて生きているのかと妙に感心してしまう。その中でひときわ異彩を放つのが日本の一家。東京に暮らすその家族の持ち物は、全てふつうの日本人が見慣れた家電製品や家具調度品など、ごく当たり前のものばかりなのだが、その数の多さとスペースの狭さゆえ異様な光景に見えてしまうのだ。生活に必要な最低限のものしか持たない暮らしが非常に健全な状態に見えてくるから不思議だ。これほどまでに物が溢れた日常の中、さらにものづくりをしていかなければならない根拠がどこにあるのか。その答えが簡単には見つからないのは、芸術が現代の混沌とした時代にどのような意味を持つのか、という深い問題にも繋がっているからだ。

 創作活動というのは自分を探す行為だと考えている。「確固たる自分というものがないから自分探しなどというのだ」と批判めいた言葉、また若い芥川賞作家は「自分探し」それ自体が自分という存在を固定概念にはめてしまうことになるので嫌悪感を感じる、と書いていた。しかし、生きていく上で自分と自分を取り巻く社会がどのように繋がり、自分の存在がどんな意味を持つのかを探る行為は、制作とは切り離せないことだと思う。美術のみならず、芸術というのは社会を映す鏡のようなものだ。自分も一表現者として、作品を発表することだけで自己完結してしまうのでなく、そこから、かすかなさざ波が湧き立てば、と願っている。

私を後押ししてくれたもの
 大学へ入る前は、本の装丁やパッケージデザインにも興味を持っていたため、グラフィックデザインと、テキスタイルデザインのどちらを勉強するか非常に迷った。結局、グラフィックは流行を自分で創り出す仕事、そしてテキスタイルはこつこつと手に技をつけ長く続けられる仕事というイメージから、自分には地道な染織の方が向いていると考えた。そうして入学した多摩美術大学では2年次に染と織のどちらかを選択しなければならなかったのだが、絵を描くという直接的な表現に苦手意識を持っていたので、迷わず織機を通して表現できる「織」を専攻した。思い返してみると随分安直な理解の上で人生の大事なポイントを選択してきたものだと感じるが、今、大学でテキスタイルを教える身になってみると、決して間違った選択ではなかったのだとつくづく思う。

 多摩美での課題制作はとても充実していた。一つの課題が終わるごとに厚い織りサンプルのファイルが一冊できた。白黒の糸による織りの組織の勉強にはじまり、様々なタペストリーの技法から、もじり織りなどの透かし織、二重織りなど、多様な技法を学び、そのひとつひとつが面白くて仕方なかった。折しもその頃は小説から端を発した「女子大生ブーム」などというものが流行し、都心の大学に通う女子大生達はかなり華やかに遊んでいたらしい。しかし八王子の大学の織機に張り付いていた私には全く無縁のことだった。そうして卒業制作では同級生たちも皆、大きな機で広幅のタピストリーなど、力作を発表していた。私は和紙を墨で染めたものを紙縒(こより)状にしたものを織り込んだタピストリーを制作した。子供の頃から浮世絵が好きだったこともあり、日本的な造形に関心があったこともあるが、素材や技法の選択についてはお世話になった橋本京子先生の影響が大きかったと思う。先生の作品にはいつも「織でこのような造形も可能なのか」と驚かされた。微妙な色彩に染め分けられた糸を更に多重構造の複雑な組織で織り、日本の美意識をモダンに解釈するというコンセプトも明快で、常に羨望の対象となっていた。

 大学院に進む頃から織にこだわらない造形に興味を引かれるようになった。これは銀座界隈の無数にあった画廊で、それまでの芸術の概念を覆すような作品に出会ったり、様々な繊維素材による造形が「ファイバーアート」というジャンルとして生まれ、熱を帯びていた時代に触れたこともある。そして心の片隅には、いくら織にこだわっても橋本先生を超える作品は創れない、という意識があったからだと思う。そうして立体造形から更に空間を意識する作品へと興味の対象を移していった。

作品と社会性
 大学の図書館で洋書の中にアメリカのバスケタリーの作品集を見つけ、繊維素材による造形の多種多様さに驚き、そこにローマ字表記の関島寿子さんの名前を見つけた時、その凛とした作風にしばし見入ってしまったのを覚えている。のちに実際に関島先生にお目にかかることができ、作品とご本人のイメージがピッタリ合致したのだ。余計な物はすべてそぎ落とした、素材の動き全てに必然性が感じられる作品に接すると、いつも背筋が伸びるような思いがする。やがて自分なりの素材を模索するうちに、空気を孕む造形作品が可能な「籐」に出会い、手の動きはイメージに対して従順になり、空間を支配するようになった。こうして大学で織物を専攻していた私が立体作品やインスタレーションを制作するようになってから約20年が過ぎた。

 最近では布を用いた作品が多くなっている。昨年制作した「彼女の悲劇は消費に値する」、これはリトアニアで行われた「Rigth And Wrong Sides」というテーマの展覧会に出品したものだ。この作品は表面はベビーピンク、裏面はボルドーのオーガンジーで、部分的に布を焼いて溶かすことにより、互いの色が透けて見えるようなっている。残念ながら我々の生活は、芸術・文化そして生活におけるすべてが経済活動に依存している。特に若い女性はその肉体も精神をもすり減らし「自分の悲劇」を歌や物語にして売り物にすることも多い。女性の悲劇が商品価値を持ってしまうというこの現実。それはまるでかけがえのない自分を安く切り売りしているように見えるのだ。この作品はそうした女性の肉体の表面と内面をあらわしている。しかし現代の大量消費社会では、どちらが正しく、どちら側が間違った面なのか断定することは不可能だというメッセージを込めた。ベビーピンクという色を選んだのは肌の色に近い上、日本の女性は「かわいい」というイメージに自分を押し込めがちで、その「かわいい」色の象徴がベビーピンクだと感じるからである。そしてボルドーの布との間には鮮やかなピンクと赤を挟んでミシンステッチを施し、わずかに覗くその色は傷口のようにも見えることを意識した。幸いこの作品は大変好評で、展覧会のカタログに主催者のコメントとして最も印象深い作品として紹介されていた。実際に会場に足を運ぶことはならなかったが、空間の中で存在感があると同時に、テキスタイルやファイバーの作品が、いかに社会性を持つことができるか、テキスタイルアート、ファイバーアートといった壁の中に囲われたカテゴリーではなく、アートとして自立できるかという問題にも立ち向かっているとの評価を受けた。この点は常々私の意識にあることで、作業としてはミシンワークという非常に手工芸的なテクニックを用いながらもジャンルの垣根を意識しない作品でありたいと思っている。

 昨年の個展では「No one won the victory」という作品を発表した。冷戦以降の内戦やテロは、宗教の対立に端を発した文明の衝突だという解説をよく目にするが、本当にそうなのだろうか。それは確かにわかりやすい説明だが、実際には経済格差による不満が蓄積されたためではないか。そして憎悪の連鎖が断ち切れなくなってしまっているのではないだろうか。アメリカではイラクの泥沼化は第二のベトナム戦争といわれているが、〈永遠に勝ち負けは決まらない〉、そんな意味を込めたタイトルであった。この展示はギャラリー巷房の階段下スペースで行われたが、階段に添って傾いた天井を真っ赤な布で覆うインスタレーションだった。ちょうどオープニング前日にサダム・フセインが拘留されたので「フセインの穴」と呼んだ人もいた。

 同じく昨年の作品「Flame」は「Red Earth」というテーマで開催されたメキシコのミニチュア展に発表した。南北、東西という対極で地域を分けて考えがちだが、実際には我々全てがこの「赤い地球」上の難民のようであるという気持ちから制作した。平和であれば美しく青い地球と表現したいところだが、現在の危機的状況は「赤い地球」というにふさわしいと考えた。そして「Far Sea」(ルーマニア・タペストリートリエンナーレ)という作品に、私にとっては平和のシンボルであり、全ての生き物が生まれ出た「海」が、今は遙か遠くに感じられるというメッセージを込めた。それはかすかなさざ波のように人の心に響いてくれただろうか。以前から興味を持っていた真言宗の声明のコンサートを聴く機会に恵まれた。キリスト教のグレゴリオ聖歌とともに並び称されているその旋律は、あらゆる相反するものを受容してくれるような深さを持つとともに、人間の肉体の発する「声」の調和が放つ響きが心に染み渡り、散華の花弁が舞う中、自分自身を含めて心の平穏を願わずにはいられなかった。

創造に対する根源的な歓び
 山形の東北芸術工科大学に勤め始めて1年半が過ぎた。「今時の若い者」のイメージに反して、学生は驚くほど純朴で前向きなのには驚いた。そして色々な場面で学生と接するようになって「自分がオリジナルになる」という気概を持って欲しいと強く望むようになった。それは美術系大学に限らず日本の教育の現状では難しいことかも知れない。学校で教える事には必ず正解が用意されており、皆がそこへ導かれていく。だから、まとめるのは上手だが、誰も想像がつかない突拍子もないものには、なかなかお目にかかれない。その傾向は私が学生の頃からすでにあったのかもしれない。様々な技法を学び、卒業制作に大きな機で大きな作品を織り上げてもその仕事を続けている人は少ない。女性が多いことが仕事を続ける上でのハンディになっているとも考えられるが、大学の中でもっと根源的なつくる楽しさ、歓びを体験したり、自分を取り巻く価値観や既成概念を覆してでもその外へ飛び出すことができれば違った結果になっていたかもしれない。

 そんなことを感じるようになったのは、一年ほど前、島貫昭子先生のプライスプリットのワークショップに参加してからだ。プライスプリットというのはオフルームの技法の一つで、インドに伝わるラクダの腹帯を作る技法として伝わっているもので、先生は日本におけるその研究の第一人者であり、制作者でいらっしゃる。機を使わず糸の撚りの間に別の糸を通し、その糸の撚りにまた別の糸を通し通され、、、という具合に組んでいくのだが、帯状の平面のみならず、自由な立体へと形を起きあがらせることもできる。構造的な面白さに加え、糸の太さや素材を変えることにより全く違う表情に仕上がるのだ。その魅力に惹かれた人たちが集まり、東京テキスタイル研究所を間借りして研究会を続けることになった。島貫先生を囲んでの会は、集まるたびにそれぞれの展開の方法、解釈の違いに驚き合う、とても楽しいものだ。まだ小さい作品しか完成していないが、このようなかたちでの制作が楽しいと感じたのは私にとって意外な体験だった。織機にこだわらないオフルームやバスケタリーの造形は、とかく技術指導に偏りがちな染織の教育の中で、もっと自由な発想を導き出すきっかけになるのではないかと感じている。とはいってもやはり技術は表現するための大事な手段なので、創造性を養うことと技術を身につけることの両輪は、限られた時間の中でのバランスに悩むところである。余談になるが、学生時代、島貫先生の書かれた織りの技法書を一生懸命読んでいたので、今になって先生から直接様々な事を教えていただいているのには感慨深いものがあり、学ぶということは本当に楽しい経験だとつくづく思う。

 自分が教える側に立ち、あらためて勉強不足を痛感しながら、わたなべひろこ先生が理事を務められるテキスタイルデザイン協会主催のTDAスクールにも参加させていただいている。講習の中でテキスタイル産業の存続は、いかにソフト面が大事か痛感し、教育の重要性を感じながら、大学を退かれてからも精力的に後進の育成に熱を注がれる姿には頭が下がる思いがする。この文章を書く機会を与えていただき、あらためて私に影響を与えて下さった方たちの事を思い出しながら、今度は私が微力ながら誰かの背中をそっと後押し、心にさざ波を起こすことができるのだろうか、さらに一人の表現者として目の前の困難な現実と対峙し、作品を通じて、どのくらい深く社会と繋がることができるのだろうか。そんなことを考えた。
                               


1)「地球家族・世界30か国のふつうの暮らし」
マテリアルワールド・プロジェクト(代表ピーター・メンツェル)著/TOTO出版/1994年出版



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