ART&CRAFT forum
子供の造形教室/蓼科工房/テキスタイル作品展/イギリス手紡ぎ研修旅行/季刊美術誌「工芸」/他




◆フローレス島
イカットを着て、椰子の葉で編んだ篭を頭から下げた女性達の出で立ちも、手にはポリ袋、後ろの若者はTシャツにジーンズ…全てがあたりまえの風景である

2005年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 38号に掲載した記事を改めて下記します。

『インドネシアの絣(イカット)』-今も息づくイカット-(前編) 富田和子

◆日々の暮らしの中で

 イカットの用途は何かとよく聞かれることがある。最も多いのは衣服としてであり、 日常着としては姿を消した地域でも、冠婚葬祭などの儀式の時には、正装や装飾のためにイカットは欠かせないものである。婚礼の贈与品や結納品として、葬儀の屍衣や副葬品として、また祭壇を飾る布として等々、その用途は広く、各民族のアイデンティティーを示す重要な役割がある。
 インドネシア随一の観光の島、バリ島には年間30~40万人の日本人観光客が訪れるが、バリ島から東へ足を延ばす観光客は極めてまれである。せいぜい隣のロンボク島までか、世界最大の大トカゲであるコモド・ドラゴンを見に行くコモド島へのツアーに参加するのが一般的なコースのようだ。更に東の島々を訪れるのは、ダイビングの達人かイカットの魅力にとりつかれた「物好き」な人達であったりするが、バリ島やジャワ島とはまた異なったインドネシアに出会える。
 バリ島の東に位置するヌサ・トゥンガラ諸島の島々では、現在でもイカットが盛んに製作され、日常着としても活用されている。コモド島の隣、フローレス島の玄関口であるマウメレへはバリ島から飛行機で約2時間余り。 空港より町へと向かう車窓から、庭先でイカットを織っている風景を目にすることもある。市場に出掛けてみれば、イカット姿の女性達の多さに目を奪われる。女性用の衣服の場合、イカットの布を筒状に縫い合わせて用いる。腰に巻いたり、肩から掛けたり、寒い時や雨が降った時には、頭からすっぽり被ったりと自由に着こなしている。片方の肩からたすき掛けにして、懐に荷物をしまい込んだり、赤ちゃんを抱きかかえるのにも便利そうな服装である。また、冷え込む夜には毛布にも寝袋にもなる。最近ではレーヨン製のイカットも盛んに織られている。布の風格としては天然繊維、天然染料に及ばないのだが、彼女たちにしてみれば、木綿よりもレーヨンの方が、軽く、柔らかく、涼しく、洗濯の乾きも早いので人気があるようだ。それは日常着としてのイカットが今なお息づくための宿命かもしれない。

◆祝いの席で
フローレス島の南に位置するスンバ島のイカットは人物や動物などの具象的模様が独特で、イカットの産地として良く知られている。このスンバ島における婚礼には贈与品が欠かせない。家畜の世話をする男性は水牛や馬を花嫁側へ、布を作り豚の世話をする女性からは、それらを花婿側に贈るのだが、それはむしろ、婚姻を成立させるための支払い義務であり、一定の価値基準に基づいて両家の交渉が慎重に行われるという。贈与品は両家の地位と名誉を顕示する意味を担っているので、イカットもまた当然重要な財産となる。
インドネシアの西端に位置するスマトラ島は面積世界第5位の大きな島であり、多数の民族が居住している。そのうちの一つ、北スマトラのトバ湖周辺に居住するバタック族は伝統的な慣習を踏襲している民族でありる。バタック族もまた特有の伝統的な布を所有し、それは「ウロス」と総称されている。 ウロスには儀礼用の聖なる布と日常用の俗なる布、また、儀礼用の中でも「魂のウロス」「死のウロス」といった名称がある。さらに模様や技法、構成や大きさなどにより約50種類の名称があり、個々に固有の役割や意味やランクが決められていたというが、現在ではそれ程厳密な用いられ方はされていない。また、かつては衣服としても身に着けていたが、今ではすっかり洋装となったバタック人の日常生活で、洋装に仕立てたもの以外、布のままのウロスを衣服として用いることもない。しかし、冠婚葬祭など様々な儀式において、ウロスは重要な役割を持っている。儀式に参列する場合は、必ずウロスを肩から掛ける。女性の場合はショールのように掛ける時もある。たとえ服装が平服であっても、その上からウロスさえ身に着ければ正装として認められる利点もある。婚礼の儀式では、それぞれの両親、叔父、叔母、兄弟など多くの親戚や式の参列者からウロスが贈られ、新郎新婦をウロスで包む。また、両家の間でもウロスが交換される。人々は2人をウロスで包みながら門出を祝い、両家の幸福と繁栄を願うのである。

◆死者と共に
 スンバ島東部、イカットの村として有名なレンデを訪れた時のことである。実は死んだ人がいるのだと、茅葺きとんがり屋根の大きな家に導かれた。その人は亡くなってすでに2年経っており、6日後に葬儀が行われるという。入り口から恐る恐る中を覗いていると、家の中へ入るよう勧めてくれた。その人は26歳の若さで、病気で亡くなったという。 若くして未亡人となってしまった奥さんが隣に座っている。しかも娘が一人いたが、その子もすでに亡くなってしまつたとのことだった。
 遺体は、普段は屋根裏に安置され、重要な儀式が行われる日だけ下に降ろされるのだそうだ。遺体はまるで胡座をかいているように見えるが、足を前に出し膝を立てて座らせ、手は頬づえをついた格好にして紐で縛り、イカットなどの布を掛けてあるという。布の枚数を聞くと60枚ということであった。遺体には特別な処理を施すそうで、家の中は異臭があるわけでもなく、嫌な気配を感じるわけでもなく、毎日、コーヒーや煙草が供えられ、家族と共に静かな日々を過ごしているかのようだった。そして、何十枚ものイカットに包まれて埋葬され、死者はイカットと共に来世へと旅立っていくのである。[続く]


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 『微熱色の庭... 「古代アンデ... »
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 
 
・30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております
・送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております
・このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。