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『シダー バスケット』  高宮紀子

2017-04-08 10:23:09 | 高宮紀子
◆シダーの樹皮と材 そしてミニチュアのかご

◆Polly  Sutton

◆Margaret Mathewson

2003年10月10日発行のART&CRAFT FORUM 30号に掲載した記事を改めて下記します。


民具としてのかご・作品としてのかご 16 
 『シダー バスケット』  高宮紀子

 先日、シアトルでアメリカ北西部のノースウエスト バスケタリーギルドが主催するバスケッタリー コンフェレンスがあり参加しました。このギルドは、地域のバスケットメーカーやかご作りの愛好家のグループで、これまでも情報交換のための集まり、例えばサマー リトリートなどといって、避暑地のような所でキャンプしながら、ワークショップを開いたり、素材を売ったりすることを時々行っていました。
2003年にネイティブのかごのワークショップとその研究者のレクチャー、そしてコンテンポラリーなアーティスト(ノンネイティブ)に焦点をあてた、大きなコンフェレンスを初めて行うことになり、ギルドのメンバーでもある友人から、ワークショップの提案を出してみたら、と連絡があったのです。

 それから、企画段階で少々の変更が出たり、またその後、イラク戦争勃発やサーズの流行が続き、ワークショップ提案の提出を長い間ためらっていました。期限をだいぶ過ぎた時、その時、読んでいたColumbia River Baskets の著者、Mary Dodds Schlickの講演が行われると知り、とりあえず行ってみようと思いました。

 このコンフェレンスを教えてくれたのは、ドナ サカモトさんという日系アメリカ人でした。彼女はたまたま数年前に私のインターネットのサイトを見て、メールをくれたのがきっかけで、それから時折、かごのことを質問しあったりする通信が続いていました。今度の訪問では彼女に初めて会えるという楽しみもありました。

 ドナさんは日系といってもアメリカ人ですから、日本語は話せません。わずかに挨拶ができるぐらいです。私の変な英語も彼女にとっては災難ですが、ギャップをのりこえ、バスケットメーカー同士のコミュニケーションは豊かでした。彼女と短い旅をしたのですが、宿舎について夕食を終えると、ドナさんが自分で剥いだシダーの樹皮を取り出し、さあ、材料作りを教えてあげる、と準備をしています。時差ぼけの状態でしたが、彼女の道具を借りてしばらく教えてもらいました。写真は彼女がくれたシダーの樹皮です。これを水に浸けて柔らかくして、道具を使って細い幅に切ります。
 写真手前に見えるのが切った材です。小さなかごはシダーの外樹皮を切って、そのまま曲げて作ったかごのミニチュアで、店で売っていたもの。

 このシダーというのは、ウェスタン レッド シダー(Thuja plicata)で、いろいろな物の材料になります。ヒノキ科のクロベ属でアメリカネズコという名前がついていますが、日本には米杉と呼ばれ材木が多く輸入されていています。シダーの仲間にはやはりかごの素材になるYellow Cedar(Chamaecyparis nootkatensis) があります。

 この樹木は北西部一帯のネイティブの工芸品に共通している素材です。木部で舟やトーテムポール、建材などを作り、外側の樹皮や柔らかい内樹皮、根を使い、縄、かごや衣類などの編み組み品を作ります。まさに捨てる所がない、万能な素材です。
Cedarという題名の本を書いたHilary Stewart がこの樹木を使うネイティブのことをPeople of The Cedarと呼んでいますが、まさに彼らはシダーと共に生きてきたと言えるでしょう。とても太くなる樹で、樹木の外皮は自然に細く剥けて赤くなり、遠めにもわかります。古いシダーの樹皮を見ると、何か神々しいとさえ思えるほどです。実際、これらの樹木が水の浄化と貯蓄を果たし、その水は海につながり、全ての生き物の生態系に関わっています。

 写真のミニチュアのかごのようにシダーの外皮を使ったものもありますが、なんといっても柔らかい内樹皮製のかごが多く作られています。コイリングやトワイニングといった技法のかごで、他の素材と合わせてパターンを編み出したものが多く、生活の道具として、または土産用に作られてきました。特にこの地方では、トワイニングのバリエーションを数種見ることができます。トワイニングというのは、捩り編み、とも言いますが、2本の材を捩りながら、タテ材を挟むようにかけて編む方法です。
こうすることで、1本の編み材で編むよりは組織に厚みが出て、タテ材がより固定されたしっかりした組織ができます。シンプルなものに加えて、この地方の技法は編み材に別の材を被せて編んだもの、または捩り方が違うものなどが加わり見ていて楽しい。技術的なことを書くには紙面が足りませんが、一つの技法がこれほど、いろいろな組織構造に展開されているのをみると、トワイニングという技法も、新鮮に見えてきます。この技術による組織の密度は粗いものからいろいろと幅がありますが、細かいものは信じられないほど細かく、布といった感じです。手で作る一番細かい組織は織物のような印象がありますが、バスケタリーの方法でも、信じられないような細かい組織構造を手で編み出すことができうる、と確証が持てました。

 コンフェレンスのため講師として来ていた数人のネイティブと会うことができました。中でもハイダのDelores Churchillという人はとても人気があって、彼女のワークショップはすぐに定員に達したため、クラスを二回したいわ、と話していましたが、私の聞き取りが確かなら、80歳近いというのに、いまだに世界中を飛び回る生活だそうで、どうしたらそんなに元気になれるのか、と聞いてみたくなりました。だいたい、受講する人はネイティブの技術を同じコーカサシアン(白人のこと)が教えるよりはネイティブが教える方がいいと思っているようなので、大概このようなコンフェレンスではネイティブのワークショップから受講者がうまっていきます。

 今回の期間に合わせて、ファンテンヘッドというギャラリーでノンネイティブの講師の展覧会が行われました。広いギャラリーのスペースでは、Polly SuttonとMargaret Mathewsonの二人展、そして、コンテンポラリーな作品を作るMary Merkel-Hess やJo Stealeyらの作品に混じって、飛び入りの私の作品が展示され、コンフェレンスの会場からギャラリーまでシャトルバスが出て見にいけるようになっていました。
二枚目の写真が二人展のDMです。向かって左がPollyの作品で、シダーとワイヤーを使っています。他にもシダーにビーズなどの新しい素材を合わせた作品が多かったのですが、どれも自然に出る歪みが美しいフォームの作品でした。右の作品はMargaretのヤナギの作品です。色の違うヤナギの細い枝をヤナギの樹皮で編んでいます。オレゴン州の彼女の庭には数種類のヤナギがあるそうで、様々なヤナギの枝を割いたもの、樹皮、枝などを使った作品が大半でした。彼女は長い間、ネイティブについて素材の扱い方や編み方を習ったそうで、まるで継承を託されたのように、ネイティブの作るかごと同じ形、技術に徹しています。ウイッカワークや、トワイニングのかごが主ですが、全体のフォームを作るのにはとても高度な技術力が必要ですが、彼女はそれをみごとにクリアーしています。ネイティブのそのままの形を再現することを大切にしていて、現代的なアプローチにはあまり関心がないようでした。

 数日、滞在している内に、この地域では、コンテンポラリーで個性的なアプローチへの興味というよりは、伝統的なかごを軸としている人が多いような気がしてきました。多くのネイティブ達のすばらしいかごがあるので、そこに関心が向くのも自然なことと思います。おそらく私がワークショップの案を提出したとしても、却下されたことでしょう。今回のコンフェレンスではあまりコンテンポラリーな方面での刺激はなかったものの、ネイティブのかごのすばらしい技術で頭はいっぱいになっていきました。

 4日間のコンフェレンスが終わり、自由時間となり、シアトルアートミュージアムを訪ねてみました。期待通り、古い素晴らしいネイティブのかごがあり、その前に釘付けになり、しばらく眺めていました。上の階に現代的な彫刻作品が展示してあるというので、ちらっとだけ見てこようかと行ってみました。彫刻作品といっても金属のキューブとか、木片といったものなのですが、しばらく見ていくうちに、1999年に横浜美術館で開催された世界を編む展を思い出しました。 何故か現代彫刻が編むという行為に近づいてきている、そんな感想をもちながら、ゆっくり見ていったのですが、ばったりMartin Puryearの作品と出会ったのです。この人の作品は世界を編む展でも見たのですがそれ以来縁がありませんでした。樹木の角材で作られた1990年制作のThicketという作品でしたが、これには驚きました。太い角材のいろいろな形や薄さのものを組み合わせて、まるで編んだように作られています。短く角材をつなげる行為は、実際編んではいなくても、材料の柔軟性を利用する編むという行為を見るようですし、コンテンポラリーな組織構造を作り出そうとする私達の行為と同じように思えました。ネイティブの素晴らしいかごのイメージで一杯になった頭の中が、パイヤーの作品を見ることですっきりした、そういう気持がしていました。

 最後の日にシダーの大木をもう一度みたい、と思い、ワシントンパーク樹木園にでかけました。暑い太陽を避けながら、広大な園内をずいぶんと歩き廻った後、帰りにもう一度シダーを見よう、と振り返った瞬間、水蒸気のようなもやがシダーの古木の幹を包むように風にゆれ、赤い木肌が一瞬かすれるように見えました。あれは幻だったのか、幻影だったのか、今でも忘れられない光景です。