アートの周辺  around the art

美術館、展覧会、作品、アーティスト… 私のアンテナに
引っかかるアートにまつわるもろもろを記してまいります。

奈良美智 for better or worse

2017-09-17 | 展覧会

頭がゴチャゴチャして寝付きが悪い夜、心を落ち着かせようと思い浮かべるのは、奈良さんの「絵」だ。美しい色彩が塗り込められた、深い思いを湛えている眼を持つ女の子の肖像画が、もし手元にあったなら、飽きず眺めることだろう…。

横浜の個展から5年ぶり、奈良さんの作品たちに豊田市美術館まで会いに行ってきた。前回の展覧会は、ほぼ新作で構成されていたが、今回は奈良さんの30年の制作を辿る回顧展となっていて、作品の変遷を見ることができるのが、とても興味深い。

初期の作品は、今の奈良さんらしくはない。でも、私は好きだ。少しけぶったような色味と筆跡、象徴的な場面、何か深い世界が繰り広げられているようで、じっと見てしまう。そして留学したドイツで、今につながる奈良さんのスタイルが生まれる。その初期作品からの変貌ぶりは、それぞれ画風は全く違うのだけど、私には藤田嗣治を思わせる。

その変換点とされる作品「The Girl with the Knife in Her Hand」(1991)は、勢いと迫力があってすごく良かった。実物には画像ではわからない、筆跡の主張がある。奈良さんってペインターなんだな、と今回の展覧会でしみじみと感じ入った。特に初期の作品には、ペインティングの様子がうかがえる筆跡、少し絵の具が飛び散ってたり、髪の毛の消した跡が見えたり、そういうのがあるからこそ、すごくいいのだ。

展示の後半は、今描き続けている単身の女の子像の近作をたくさん見ることができた。画面全体の色彩の美しさには、本当に惚れ惚れする。初めの頃、反抗的な眼を持って鑑賞者を見返していた女の子は、じっと深い思いを湛えた素直な眼になっている。その瞳の表現も、近くで見るとたまげるほどに繊細で美しい。どこを見ているのだろう?少し離れた二つの眼は、近くと遠く、現実と非現実、その両方を見通しているようだ。

この女の子たち、奈良さんの作品世界に住む現実ではない女の子と思ったら、それは大間違い!奈良さんが撮影した女の子の写真を見ると、びっくりするほど奈良さんの絵にそっくり。そう、奈良さんはある意味、写実画家でもあるのだ!奈良さんにしか描けない絵、撮れない写真。

今回、奈良さんの展覧会に行くのを楽しみに待つ間、予習したのはコレ。

 ユリイカ 2017年8月臨時増刊号 総特集◎奈良美智の世界

展覧会をまず入ったところに、奈良さんという人をつくってきたモノたち…聴いてきた音楽、眺めてきたレコードジャケット、読んできた本、集めてきた人形の数々が展示されている。ユリイカを読んでいると、奈良さんが長い学生時代やその後に出会ったいろいろな人との関係がもたらしたものが、作品を生み出す上でとても重要なのに、なぜか、この展示物を見ていると、とても孤独感を感じる。いったい何故なんだろう?でもそこが、多くの人を惹きつけるところなんだとも思う。

今回の展覧会では、奈良さんが東日本大震災以降取り組んでいる陶芸作品はほとんどなかった。また、今後は写真展が企画されるなど、新たな表現にも取り組んでおられる。回顧展といってもごく一部、今回はド直球の「ペインティング」だったんだな、と思った。

twitterでもよくつぶやいてくださる奈良さんは、とても親近感を感じる。同じ時代に生きるアーティストが活躍し、また変遷していく様を目撃できるのは、本当に興奮することだ。また、たくさんの作品を見ることのできる機会を心待ちにしている。

豊田での展覧会は、9月24日(日)まで。終了間近ではあるけど、ぜひ足を運んでほしい!

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ブリューゲル「バベルの塔」展@国立国際美術館

2017-09-10 | 展覧会

久しぶりの投稿です!いろいろあって、美術館に出かけるのもほぼ2カ月ぶり。眼が「美」に飢えていました。秋はガシガシ出かけますヨ~。

さて訪ねたのは「バベルの塔」、オランダ・ボイマンス美術館からの24年ぶりの来日です。ブリューゲルの「バベルの塔」は、現存している作品が2点あり、もう1点もウィーン美術史美術館で見ました。今回の作品と、構図はほぼ同じですが、塔の階層も少なく、人物も大きめで、何となく明るい牧歌的な雰囲気が漂います。対するボイマンスの作品の方が後に描かれたのですが、塔がずっと巨大になり、そこここに人間の営みが垣間見れるものの、神のいる天を脅かす建造物の威容さが際立っているように感じます。

ところが!実際この作品を目にして驚くのは、イメージに比べてずっとずっと小さいこと!情報として、とても細密な描写であることを知っているものだから、実際の作品を前にすると、どうやってこれほど細密に描くことができるのか、驚嘆してしまいます。会場にめっちゃ拡大したパネルが貼ってあるのですが、その大きさでフツーに見えるほど描き込まれているのです!今の感覚からすると、いったん大きいサイズで描いたものを縮小コピーしたんじゃないか?!って思えるほどに。ひええ~~

そして会場で作品を眺めていると、ブリューゲルがこの大きさ(小ささ?)で描いた意味、みたいなことを考えてしまいました。調べてみたら、先に描かれたウィーンの作品の方が2倍ほどの大きさがあるとのこと、それよりも塔をずっと大きく描いているのに、サイズは小さくしたんだ…。細密描写の技術の誇示もあったのかもしれませんが、以前の記事で書いたように、宗教をテーマに教訓を込めた作品を多く描いたブリューゲル、このサイズに人間の愚かさ、傲慢さを眺める神の視点が込められていたのかもしれません…。

ブリューゲルの油彩画はこの1点だったのですが、版画作品を多く見ることができました。そこには、この展覧会のもうひとつの目玉であるヒエロニムス・ボスの異様な空想世界の影響も見られ、独特の系譜を生み出しているなあと感じました。ボスってどんな変な人やったんやろ~、と思ってたら、裕福で名士で工房も運営して…と、けっこう現実的な人だったようで。意外!

展覧会の前半は、1500年前後の宗教画や木彫などが展示されており、北ヨーロッパらしい素朴な表現が興味深かったです。「表現」の進歩というか変遷っておもしろいなあ!

展覧会は10月15日(日)まで。休日はけっこう混んでいます。ぜひお早めに!

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ART OSAKA 2017 @ホテルグランヴィア大阪

2017-07-09 | 展覧会

怒涛の6月があっという間に過ぎ去り、気付けば1本も記事を書かぬまま、7月になってしまいました。梅雨も真っ盛りで、九州の豪雨災害で被災された方には、心よりお見舞い申し上げます。

さて、きょうは、久しぶりにホテルで開催されるアートフェア「ART OSAKA 2017」に出かけてまいりました。以前出かけたときの記事はこちら

オープン直後に入ったこともあり、かなりゆったりサクサクと見ることができました。参加しているギャラリーは地元・大阪はもとより、東京、京都、愛知から台湾、韓国、マカオまで、全54ギャラリー。それぞれが、ホテルの一室という小さなスペースを駆使して、自慢の作家たちの作品を展示しています。初日ということもあってか、作家ご本人たちもけっこう立ち会われていて、作品の解説をしてくださったりして、かなり楽しい時間を過ごすことができました。

ホントにいろいろな技法やスタイルや制作のコンセプトがあって興味深かったし、今この時代に生まれ出たアート作品を、ライブに鑑賞できるってのは、なんだかワクワクするものです。また、世の中に、こんなに(どころかもっともっと)たくさんのギャラリーがあって、こうやってアーティストの作品を売買して生きていってるんだ…ってことにも改めて感心したり。今はインバウンドでホテル業界は活況を呈しているので、このフェアのためにお部屋を借り上げるのも、けっこう大変(高額?)だったのでは?という要らぬ心配もしたりして…。やはり「アートフェア」には、どうしても「商売」という視点を持たずにはいられません。

今回、作品がおもしろいな~という何人かの作家さんに出会うことができましたし、何より思いがけず嬉しかったのは、前回のヨコトリで見ることのできた坂上チユキさんの作品を扱っているギャラリー(東京のMEMさん)があって、最近の作品をたくさん見れたこと!ギャラリーの方は、実際お会いしたこともあるらしく、謎に満ちた作家の輪郭が少し見えた気がしました。ちょっくら頑張って背伸びすれば作品を手に入れられないこともない、ということもいっそう興味を掻き立てました。いつか…手に入れられるかな??

美術館で展覧会を見るのとは、また違った意味でアートを楽しめます!「ART OSAKA 2017」は、明日9日(日)まで。入場券を購入すると、会場の出入りは自由なので、途中、お食事や休憩をはさみながら、マイペースで鑑賞できます!

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木×仏像 飛鳥仏から円空へ 日本の木彫仏1000年

2017-05-29 | 展覧会

ドーン!と、迫力のこのチラシと、Twitterの噂「ほとんどの仏像が、ナマで全方位ビュー!」に魅せられて、大阪市立美術館に出かけました。

お寺の展覧会の中心的な展示物となる仏像ですが、この展覧会は「木」という素材が切り口。な、なんと飛鳥時代、7世紀につくられた仏像(これは、さすがにケース入り)から、平安・鎌倉・江戸・昭和の仏像まで、時代によって異なる作風なども概観できるのですが、全体を通して、日本という国にとって、樹木がいかに身近で恩恵をもたらす存在であったのか、それがために木を崇め仏像に仕立てさせた、日本人の樹木に対する深い思いを知ることのできる内容となっています。

チラシの気になる仏像は、重要文化財「宝誌和尚立像」(平安時代)。中国南北朝時代の僧・宝誌は観音の化身で、割れた額の中から金色に輝く十一面観音像の姿が現れたという説話があるそうです。よくよく見ると、鑿の跡がハッキリ見られて荒々しい印象。不思議な説話を、なんとか形にあらわそうとした、仏師の心情を想像してしまいます。十一面観音とか、千手観音とか、優れた技術が必要とされる造形は、もちろん信仰心があってのこととは思いますが、やはり腕に覚えのある仏師にとっては、挑戦しがいのある仏像だったのだろうなあ…とか思ったり。

今回、全方位からナマで見ることのできる仏像たちは、臨場感たっぷり。宗教色がほとんどないからこそ、仏像ひとつひとつに、すごく親密感を覚えます。あらためて横顔に注目してみると、どの仏さまも、耳がでかい!長い! 作り方がわかる展示も興味深かったし、木材のちがいなどもわかりました。やはり鎌倉時代の仏像は、躍動感に充ちていて魅力的ですね。今、奈良国立博物館で開催されている「快慶展」への、よい導入にもなっていたようです。

「木×仏」展、「快慶展」とも、来週6月4日(日)まで。秋には、東京で「運慶展」も開催されますね!

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「海北友松」@京都国立博物館

2017-05-16 | 展覧会

来春、開館120周年を迎える京都国立博物館が、記念展覧会として開催するのは、狩野永徳や長谷川等伯と同じ時代に活躍し、桃山最後の巨匠といわれる「海北友松」の回顧展。GWに訪ねました。

お名前の読み方もわからなかったこの絵師のことを知ったのは、2012年辰年のお正月に建仁寺を訪ねたとき。方丈の襖絵の雲龍図が大迫力で(これは複製だったのだが)、辰年だもんだから喜んで拝見しました。近寄っては見れなかったのだけど、雲のグルグル渦巻とおおらかな龍の様子が印象に残りました。でも、これまで展覧会で友松の作品を見たことはなかったように思います。

そして、ついにこの絵師の全貌が明らかに…?!と期待しましたが、やはり謎多き人物のよう。もともと武家の出身であり、絵師になったのも決して望んでいたわけではなく、いつかは没落した海北家を再興させたいと願っていたとのこと。今回、50才代に描かれたとみられる初期作が出品されていますが、それ以前の制作についてはわかっていません。

最初は狩野派に学び、その初期の作品には狩野派の画風が色濃くあらわれていましたが、やがて狩野派から離れ、彼独自の自由な境地で描くようになります。60才を過ぎて、彼を一躍有名にしたのが建仁寺の仕事でした。障壁画、屏風絵、掛幅など、友松の作品で装飾された建仁寺は、当時「友松寺」と言われるほどだったそうです。

展覧会に出品されている作品は、屏風なども大きな作品が多く、迫力があり見応えがあります。以前複製を拝見した「雲竜図」は、いまは掛軸に仕立てられていて、繋がっていないのが残念でしたが、墨の濃淡を駆使して、龍と龍を取り巻く雲や空気の動的エネルギーが描かれているのを間近で見ることができて、大変よかったです。

友松の龍の絵は評判が高く、海を渡った朝鮮にまで名声が届いていたとか。ひとつの展示コーナーに雲龍図が集められていました。北野天満宮が所蔵する屏風の龍は、顔が人間みたいで、えらく邪悪な表情!きっと請われて龍を描く機会が多かっただろうけど、さまざまな表情で描かれていて興味深い。さらに、ここの展示がよかったのは、全体に照明を暗くしていて、龍が本当に暗闇から迫り来るような迫力があったこと!

ちょうどKindleで、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を読んでいたので、昔の日本の家屋の障子を通した淡い光のもとで、または、夜の暗闇の中で灯される蝋燭の火のもとで、いったいこの龍の見え方がどんなにか恐ろしいものだっただろう…!と、想像できてヒエ~と思いました。

最後に展示されていた、友松最晩年の作品といわれる、アメリカの美術館から里帰りした「月下渓流図屏風」は、とっても神秘的な作品でした。墨の濃淡で、線さえも没しているようなシンプルに描き方なのに、実際の情景が目に浮かぶよう。ところどころ植物がリアルに描かれ彩色されているのが、幽玄になりすぎて、この世の情景じゃなくなるのを押しとどめているような気がしました。自由に描いてきた友松が到達した境地に感動しました~。

この展覧会、他館への巡回はございません。貴重な機会をぜひ!会期は、来週21日(日)まで!!

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化石と鉱物に惚れる~大英自然史博物館展

2017-04-30 | 展覧会

私のブログは、美術の記事がほとんどですが、実は博物館もけっこう好きです。今回、東京へ行った機会に、名だたる展覧会がてんこ盛りの上野におきまして、連れがいたこともあり、この展覧会をチョイスいたしました。

ロンドンのサウスケンジントンにある大英自然史博物館は、増え続けてスペースが不足した大英博物館の自然史コレクションが分離・独立した館で、今では8000万点(!)の膨大な所蔵品を誇っているそうです。

この展覧会の目玉のひとつは、やっぱり「始祖鳥」の化石でしょう!(上の写真。会場はフラッシュなしであれば撮影可でした。)石にくっきりと刻まれている始祖鳥の骨格は、1億4700万円前、ジュラ紀のもの!思ったよりは小ぶりです。特に尻尾のところの骨と羽毛はキレ~イに形が残っていて、生きていたことの存在感が際立っています。鳥類と爬虫類の間にいた、ダーウィンの「種の起源」を証明した存在。自分の目で間近に見れたことが嬉しかったです!

展覧会のサイトを拝見していると、人間が恐竜の存在を発見したのはわずか200年ほど前のこと。今なお、続々と新しい発見があり、最先端の研究が行われているそうです。トカゲっぽい体と思い込んでいたティラノサウルスが、全身羽毛で覆われていたかも!という最近のニュースは衝撃でしたもんね~。

展覧会では、このコレクションを礎を築いたハンス・スローンをはじめ、収集家・研究者の肖像画も多く展示されていました。自分たち人類を含む生命の起源の謎の解明をもたらしてくれる化石だとかが、まずは個人のコレクションから出発している、というのも因果だなあ…と思ってしまいます。ニンゲンって不遜だ…。でも、化石や鉱物や隕石や、そういうものを自分の所有物にしたい!という情熱も理解できる気がするんですよね。なんというか、憑りつかれる魅力がある…。

と思いながら、最後にミュージアムショップにたどり着いたら、アンモナイトの化石とかが売ってて、レプリカやろって思ったら「本物」だった!しかも、大きさ・値段がピンキリで、思わず直径3センチくらいの「アンモナイト」を500円で買ってしまった…!これって何なんですか?いっぱい取れるもんですか??

ところで、国立科学博物館は初めて行きましたが、常設展も大迫力の恐竜の化石が見れたり、人類の歴史を辿れるよう展示が工夫されてたりして、大変楽しかったです。自分が含まれる地球という大きな生命体や、古代から現代までの気の遠くなる時間軸に思いを馳せていると、気持ちがおおらかになるように感じました。

展覧会は、6月11日(日)まで。

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オルセーのナビ派展@三菱一号館美術館

2017-03-14 | 展覧会

あれは確か、何かの海外大型美術館展(記憶をたどると、神戸で見たオルセー展だったか?)で、初めて「ナビ派」なる画家たちの作品を見て、その壁紙のような、タペストリーのような画風に魅せられたのでした。中でも、ヴュイヤールという画家の名前が心に残りました。

以来、ナビ派の作品は、そのようないろいろな作品を集めた美術館展の中に、2~3点お目にかかることはあったのですが、まとまって見る機会はありませんでした。なので、今回の展覧会は、非常に楽しみにしていました。ヴュイヤールの作品もいっぱい見れるなんて!

19世紀から20世紀にかけて、ヨーロッパ、特にフランスの絵画には新しい潮流が次々と訪れました。伝統的な絵画のルールに従わない「印象派」、点描の「新印象派」、それに続くゴッホやゴーギャンなどの「後期印象派」、それに並走する「象徴主義」、そして「キュビスム」「抽象絵画」へと怒涛ののように表現の変革があらわれたのです。

「ナビ派」は、1888年にゴーギャンの美学から影響を受けて結成された芸術家集団で、「ナビ」とはヘブライ語で預言者を指し、彼らは自らを「新しい美の預言者」を称しました。彼らの新しさとは何か?ナビ派の一人であるモーリス・ドニの次の言葉は印象的です。

『絵画作品とは、裸婦とか、戦場の馬とか、その他何らかの逸話的なものである前に、本質的に、ある一定の秩序のもとに集められた色彩によって覆われた平坦な表面である。』

展覧会の冒頭では、ゴーギャンの超有名な「黄色いキリストのある自画像」を見ることができて、ちょっとコーフン!ここからナビ派が始まることが納得できます。会場の前半は、ナビ派の代表的な画家であるピエール・ボナールとモーリス・ドニの作品が多く展示されていました。日本美術の影響を色濃く受けていたことも窺えます。浮世絵のような構図もそうだし、何といっても絵画の形態に「屏風」を取り入れていることがおもしろい。掛け軸ではないのね…、屏風の方がインテリアに使い易いのかな~などと思ったりしました。モーリス・ドニの「鳩のいる屏風」は白を基調にした、本当に夢の中にいるような幸福感に満ちた作品。作家が私的に大切にしていたのもうなずけます。

お目当てのヴュイヤールの作品の中で、やはり一番迫力があったのが「公園」の5枚のパネル。この作品は、依頼者の自宅の食堂の壁の装飾として、あと4枚を加えた9枚の連作として描かれました。大画面のこの作品の中に、私がヴュイヤールに惹かれたすべてが含まれているように思いました。平面的で装飾的な画面、色彩がけぶっているような滋味のある色合いながら、すごく暖かみにあふれている。描かれている人物は、本当に絵具を置いた固まりのようで、それなのに存在感にリアリティがあるんですよね。植物の描き方、地面の描き方、空の色合い、もう何から何まで「好き!」って感じなのです。あー、見れて良かった!

ところで、ナビ派の一人とされているヴァロットンは、実に不思議な絵を描く画家だと感じました。他の画家のような装飾性は全く感じられず、画力も高く、むしろすごくニュアンスを含んだ空気感を充満させているのが際立っていました。3年前に同じ三菱一号館美術館で展覧会が開催され、話題になっていた「ボール」という作品が再来日。これは、本当に不思議な作品です。一般的には微笑ましい風景のようで、あまりに謎めいてます。並んで展示されていた2枚の肖像画も、本当にそこに人が埋め込まれているように本物ぽくて、一瞬ギョッとしました。

私自身が、こんなにも装飾的な絵画に魅了されるのはなぜか?と改めて考えてしまいましたが、大変目に美味しい展覧会でございました。

展覧会は5月21日(日)まで。貴重な展覧会に、ぜひ! 

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ウォルター・クレインの本の仕事@滋賀県立近代美術館

2017-02-26 | 展覧会

わたしがホーム・ミュージアム(わが心のふるさと的美術館)として愛している滋賀県立近代美術館が、改修・増築工事のため、いよいよ4月から3年間の長期休館となります。

休館前の最後の企画展として開催されているのが、本展覧会。ここ数年、ブルーノ・ムナーリとかシェイクスピアとかビアズリーとか、「本」に関わる展覧会の人気の高さを感じております。その気持ち、とってもわかります!!というわけで、今回も本好きにはたまらない展覧会。

とはいえ、「ウォルター・クレイン」という作家の名前は、初めて聞きました。19世紀後半のイギリスで、現代の絵本の基礎を築いた重要な画家として知られているそうです。当時の絵本は木版です。それまで、カラー印刷は表紙だけに限られ、本誌のイラストは手彩色だったのを、多色刷木口木版を開発した彫・刷師のエヴァンズと組むことで、数々の絵本のヒット作品を世に送り出しました。

木口(こぐち)木版という言葉も初めて知りましたが、堅い木を輪切りにした切り口(木口という)を版面に鋭い線を刻み、銅版画のような精密で繊細な表現が可能になるのが特徴で、また版面が堅牢なので、大部数の印刷に適していたということです。ちなみに、日本の浮世絵は、木を縦割り(板目が見える)にしたやわらかい板目木版が一般的だそうです。

主な絵本が額装で展示されていて、色がとってもきれい!ストーリーを追っていけるのも楽しいです。絵本だけに、子供向けだと思うのですが、実は「マザー・グース」とかけっこう内容も不気味で、絵の表現もリアルというか辛辣というか、大人向け?な感じがします。上のチラシの絵は、「美女と野獣」なのですが、野獣があまりに野獣すぎて、ちょっとイヤやな~、手足も蹄やし…。

さて、このウォルター・クレインの絵本を見ることができて、さらにダウンロードできる素晴らしいサイトを発見しました!特におすすめは、「The Baby's Opera」。会場では、この現物を見ることができるのですが、タイルの大きさとも言われる正方形の冊子に、かわいらしい絵と楽譜の組み合わせがものすごーく素敵で、惚れ惚れと見入ってしまうんですよ!本の展覧会のもどかしいところは、展示ケースの収まっているので、手に取れないことですよね…。

若くして活躍したクレインは、30代以降は本の挿絵の他、ウィリアム・モリスの影響で、アーツ・アンド・クラフツ運動に関わりテキスタイルや壁紙のデザイン、室内装飾なども精力的に手掛けました。

展覧会では、クレインとともに絵本の黄金時代を築いた画家ケイト・グリーナウェイの繊細な作品も見ることができます。これまた、めちゃくちゃ素敵です!

楽しくて楽しくて、長い時間を過ごしてしまうこの展覧会は、3月26日(日)まで。この後、4月に千葉市美術館に巡回します。 

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クラーナハ展 500年後の誘惑@国立国際美術館

2017-02-22 | 展覧会

16世紀、ドイツ・ルネッサンスを代表する画家である「ルカス・クラーナハ」の日本初となる大回顧展が、中之島の国立国際美術館で開催されています。長らく「ルーカス・クラナッハ」だと思っていました。見た目は似ているが、口に出してみるとずいぶん語感は違います。

それはさておき、待ちに待った展覧会、雑誌「芸術新潮」やテレビ「日曜美術館」などで予習も万全に臨みました。感想は…「ス、スゲェ!」でございました。展覧会では、初期の作品から油彩のみならず、木版画作品も数多く出品され、また、彼が主軸となって運営していた工房によって作品が制作されていた様もうかがい知れる内容ではありましたが、やはり何といっても、後半の女性を描いた作品の数々に魅せられました。

画像で取り上げられている目玉の「ヴィーナス」や「ルクレティア」は、想像を覆す小さな作品です。黒く塗りつぶされた背景に浮かぶ白い華奢な、しかしながら非常に妖しい魅力を湛えた裸体の女性。足元の地面の様子がまるで月面に立っているようにも見えて、すごく不思議な存在に思えてきます。まとっている極薄の透明なヴェールが、いっそうエロティシズムを掻き立てる…。そのあまりの小ささ(B4くらい?)が、この作品を慈しみ手元に置いてきた所蔵者の熱い思いをまとっているような気がしました。

クラーナハの作品は、同じドイツのデューラーの作品に比べると技量が足りないような、イタリア・ルネッサンスの画家たちに比べると華やかさや劇場性が足りないような、そんな印象を受けていましたが、一連の女性たちを描く作品の筆はめちゃめちゃ冴えわたり、誰にも真似のできない独特の美の世界を生み出していったのを目撃できます。

一番すごいと思ったのは、「ホロフェルネスの首を持つユディト」(上のチラシ)です。会場内の映像で紹介されていましたが、今回、修復され洗浄されたこの作品は、ユディトの顔がツルツルにきれいで輝いてまして、それだけに、生首を抱えて能面のような表情をしている不気味さというかゾッとする美しさというか、ものすごい迫力があります。加えて、革手袋?をして指輪が剥き出している手の描写にも目を奪われました。いやあ、すごいもん見たわ~!

この作品に触発された森村泰昌さんの写真作品もちょっと離れたところに展示してあって、彼が作品から受けた衝撃をどのように解釈したのかってのも興味深くておもしろかったです。展示には、この他にも、クラーナハ作品に触発された、ピカソやデュシャン、岸田劉生などなど、近現代の作家の作品が展示されていました。

クラーナハは、宮廷画家を務める一方、宗教改革を行ったマルティン・ルターとも親しく、ルターの肖像画も数多く残すなど、歴史上の出来事にも無縁ではない画家でしたが、そんなことを本当に吹き飛ばしてしまう描かれた女性の妖しい魅力に圧倒された展覧会でした。この本物の迫力に、ぜひ触れられることをおすすめします!

展覧会は、4月16日(日)まで。

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アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国

2017-02-05 | 展覧会

アウトサイダー・アート/アール・ブリュットを代表する伝説的芸術家、アドルフ・ヴェルフリの日本初となる大規模な個展が、兵庫県立美術館で始まり見に行ってきました。

私がアール・ブリュットに興味を抱くきっかけになったのが、2008年にわがホーム・ミュージアムである滋賀県立近代美術館で開催された、パリ・abcdコレクションの所蔵品による「アール・ブリュット」という展覧会。その代表的な60名の作家による作品の、従来の美術の既成概念をひっくり返す多様な表現に驚愕し、非常に興味深く感じたのです。

ヘンリー・ダーガーやアロイーズ、マッジ・ギルらとともに、ヴェルフリの名も確かに記憶に残っていました。幅が3メートルに近い大きな画面に、細かい鉛筆の描写が埋め尽くされた作品でした。

1864年スイスのベルン近郊で生まれたヴェルフリは、31才のとき精神病院に収容され35才で初めて絵を描き始めました。現存する初期の作品は、新聞用紙に鉛筆で細密に描かれたドローイング。全体を構成している形は建物なのでしょうか…?格子や縞やさまざまな模様で埋め尽くされ、そここに謎の顔を持った人物が見える、字や音符が描き込まれたり、意味がありそうで不明な要素が渦巻いている何とも不思議な絵。初期の作品のあふれ出すようなエネルギーはすごいと思いました。

44才から物語の要素を持つ作品を描き始め、展覧会場では『ゆりかごから墓場まで』『地理と代数の書』などの文字と絵で埋め尽くされた作品を見ることができます。この頃の作品は、カラフルに着色され、彼の生み出す壮大な物語世界の膨大さに圧倒されます。そのページ数は、彼が亡くなるまでに25000ページに達したというのですから!

晩年は『歌と舞曲の書』『歌と行進のアルバム』『葬送行進曲』のシリーズで、文章より音階や音符、リズムなどと雑誌の切り抜きによるコラージュを制作しています。その中に、キャンベルのトマトスープ(ウォーホルよりずっと前に!)や日本の図像も出てくるのが興味深い。彼は日常のどのような場面でそれらを目にし、どんなところに興味を感じたのでしょうか?

最後のコーナーには、『ブロートクンスト(日々の糧のための作品)』という小品が展示されていました。ヴェルフリはこれらの作品を色鉛筆やタバコと交換したり、彼の絵を賞賛する人に売ったりしていたそうです。値切られると文句を言ったというエピソードが可笑しかったですが、やはり存命中から評価されていたんですね~。何だかわからないけど、大きな画面の細かい要素をひとつひとつ目で追ってしまい、いつまでも見続けてしまう作品。何ともいえない魅力があって、コレクターを惹きつけるのもメッチャわかる気がします。

もう終了してしまったけど、本展覧会の監修者である服部正さんの講演会が行われました。以前、記事に書いた著書「アウトサイダー・アート 現代美術が忘れた「芸術」」が大変おもしろかったです。

ヴェルフリのこれだけの規模の作品を見ることのできる貴重な機会をぜひ。兵庫での展覧会は2月26日(日)まで。その後、名古屋と東京に巡回されるとのことです。

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