元気を貫く考え方(85・95才現役で)

健康寿命はプラス思考であること、良い「気」を持ち、日常の些細なできごとを元気になるような「受け止め方」をしましょう。

老いるから死ぬ?若いから死なない?

2016年10月12日 | 青年・老人
 「老少不定ロウショウフジョウ」という言葉コトバがあります。人間ニンゲンの命イノチは、老人ロウジンだから早ハヤく死シぬ、若ワカいからあとで死シぬようには決キまっていません。

 だって「老少ロウショウ本来ホンライ定サダむる境サカイなし」ともいうくらいですから。 死シぬ時期ジキは年齢ネンレイとは無関係ムカンケイで予測ヨソクはできません。 老人ロウジンが、いわゆる年寄りくさくなっていくのは何故ナゼだと思いますか?  青年セイネンは未来ミライを夢見ユメミ、老人ロウジンは過去カコを夢見ユメミる。青年セイネンは希望キボウに燃モえ、老人ロウジンは思オモい出デのなかで生イきるからともいえますね。
一言ヒトコトでいうなら 「未来ミライのある時期ジキにこれをしたい」という「目的モクテキ」を見失ミウシナっている(持モてていない)状態ジョウタイが年よりくさいというのです

 老人ロウジンボケの本当ホントウの意味イミって あるはずですね? アルツハイマーのボケについて、アイヌの人々ヒトビトは、老人ロウジンの意味不明イミフメイな言葉コトバを「神用語カミヨウゴ」と呼ヨび、尊タットビます。「うちのおじいちゃんはぼけてきた」と考カンガえず、「うちのおじいちゃんは、神カミに近付チカヅいてきた」と考カンガえると見方ミカタが違チガってきます。

 老人ロウジンが持モつすばらしい「逆転ギャクテンの発想ハッソウ」もあります。「老人ロウジンはなにもしないからだめ」なのではなくて「何ナニもせずじっとしているから素晴スバらしい」。「死シが近チカいから価値カチがない」のではなくて「死シに近チカいから価値がカチある」のかもしれません。私ワタシの申モウし上アげたいことはものの見方ミカタによって 価値カチが変カわる。逆転ギャクテンの発想ハッソウも時トキに必要ヒチヨウだということです。

  有川愚鈍  雑感
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