ばんざいじゃぱん。

2016-10-16 21:42:01 | 李圜より
横浜市歴史博物館にて、「杉原千畝と命のビザ シベリアを越えて」展を見る。


第二次大戦下、六千人のユダヤ人を救った一人の日本人外交官―

わたしが杉原千畝の名前を知ったのは数年前、たまたま見てゐたTV番組によってだ。

その頃はまだ、杉原千畝の名は、現代の日本にそれほど知られてゐなかったと思ふ。


1940年、リトアニアの日本領事館領事代理だった杉原千畝は、ナチス・ドイツの迫害を逃れて国外へ亡命しやうとするユダヤ人たちのため、“人道的判断”により、本国外務省の意向に反して日本通過許可証―ビザ―を発給し続けた。

しかしその事実につゐて、杉原は晩年まで誰にも語らうとはしなかった……。



杉原千畝の功績はいま、研究者たちによって、少しずつ詳らかにされやうとしてゐる。



自分の身は自分で守る―

それでしか生き抜いてゐけない時代が、すでに訪れてゐると、わたしは確信してゐる。

杉原千畝は、外交官として知り得たあらゆる“正確な情報”を精密に分析し、そこから自身の力で判断を下し、行動した。

“命のビザ”は、その結晶である。


杉原千畝の勇気と、決断と、実行力は、他力本願など通用しなくなりつつある現代におゐて、生きるための重要なヒントを、与えてくれてゐる。



そしてわたしは、1944年にソ連軍の銃撃に晒された杉原夫人を、文字通り体を張って守り抜いたのはナチスの若い将校であった、といふ事実を、この企画展で初めて知る。

杉原夫人を守り抜いたこのの若い将校は絶命し、その場で葬られたと云ふ。



―運命の為せる皮肉さに、わたしはただ歯を食ひしばるしかない。
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