あられの日記

散歩先で心に触れたあれこれを記事にしてます。カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に入ってます。

やってきた江ノ電はカールだった

2017年07月18日 05時34分29秒 | 鉄道のりもの
2017.7.16、朝一に小田急で本鵠沼駅へ。徒歩でしばらく、かつて湿地に7つの蓮池があり、今2つのはす池が残る桜小路公園へ。(目印は鵠沼高校)7時54分出発。近くにあるはずの江ノ電の駅を探す。視線の奥に江ノ電の車両が横切った!あそこだ〜。
線路に近づいたらば、もうギリギリに道があった。辿っていくと、柳小路駅が見えてきた。
無人駅です。どうやればいいんだろか?ふと?「券売機は反対側入り口に設置してあります」という文章を見つけたので行ってみたら?

ちんまりとした建物に券売機が収まってました。
あ!電車が近づいてきた。

惜しい!これは鎌倉行きです。藤沢に戻らねばなのでこの電車は見送り…。
ん??
あれ?
あ!この車両って!!
 
カールだっ!
旦那に「カールって販売終了じゃん?江ノ電のカール車両も消えるのかな?」とたずねたら。
ダンナ「ええっ!カールなくなるの?」と。
知らんかったんかいっ!!
私「そうだよ。どうもべたつくところが敬遠されたみたい。食べながらスマフォに触れないからかも?」
ダンナ「そりゃあ、ダメだわ〜」
しばらくダンナが静かだなあ?と思ったら、スマフォでカールを検索してました。「カールは明治か…」とかつぶやいていたので。
あ!切符買わなきゃ!柳小路駅から藤沢駅は二駅の初乗り運賃なのですがね。まさかの!!江ノ電の初乗り運賃は190円でした!!
た、高い〜〜。坂にひるまずに、小田急本鵠沼駅へ戻るんだった〜。しかしもう江ノ電に着いちゃったのです。
次の目的地の旧俣野別邸庭園は小田急線の藤沢本町駅が近いんです。しかし開園時間は9時なので、藤沢本町駅ー白旗神社ー旧俣野別邸庭園ー遊行寺ー藤沢駅の散策予定を、時間調整で逆回りにする。

藤沢駅に到着。

久々に江ノ電藤沢駅を利用しましたが、今回もアニメのポスターが貼ってあります。湘南・江の島・鎌倉は、物語の舞台にぴったりなのか、前回訪問時は「つり球」の立て看板がありました。
台湾のお客さんには嬉しい提携です。好評につき、現在も延長で共同利用できるみたい。台湾のお客さん向けの切符なので、ポスターは全て台湾語で書かれています。
ちなみに、pasumoを使わずに券売機で切符を買った理由は、前回江ノ電に乗った時は、PASUMOが使えなかったから。でも藤沢駅は自動改札機が設置されてたし、いつの間にか進歩してた。まあ、江ノ電は観光電車だしね。使い勝手は良くしないとね。海外のお客さんも増えてるだろうし。
こちらは江ノ電藤沢駅の改札を抜けたところにあった。最初はアンパンマンのジャムおじさんかアンパンマンかと思ったら、全然違ってました。なぜに間違ったのか?

これは江ノ電からJR藤沢駅へ移動途中に見つけた。つるの剛士くんが観光大使なのね。
遊行寺を目指し歩いてると?道路に不思議なプリントがある。

おそらく自転車の走っていい場所を示してると思う。うちも(相模原市)ねえ、こういう便利なの作って欲しいなあ。
遊行寺までの道々、旧藤沢宿の歴史が写真や浮世絵で舞台になっているポスターがプリントされたあれこれがあって面白い。ついつい歩く速度が遅くなる。
「あ!小栗判官だ。お話知ってる?」と聞いてみたら、「知らない」というので軽く説明したのち、そういえば。
「小栗判官と照手姫のお墓が遊行寺にあるから案内するね」と訪問場所を急遽追加しました。
境川が見えてきた。どうせなら、歴史情緒が盛り上がる道をお勧めしたい。

江の島弁財天道標です。
「この石柱は、江の島への道筋に建てられた道標の一つです。
江の島弁財天道標は、管を用いて鍼を刺す管鍼術(かんしんじゅつ)を、江の島で考案したという杉山検校(1610-1694)が寄進したと伝えられています。現在、市内外に十数基が確認され、市内所在の中で12基が藤沢市の重要文化財に指定されています。いずれも頂部の尖った角柱型で、その多くが、正面の弁財天を表す梵字の下に(ゑのしま道)、右側柱に(一切習生)、左側柱に(二世安楽)と彫られています。この文言には。江の島弁財天への道をたどる全ての人の現世・来世での安穏・極楽への願いが込められています。(後略)」

情緒ある赤い橋を渡る。すぎてしばらく!あれ?前にこんな建物あったっけ??

ふじさわ宿交流館です。利用は午前9時から!え〜と?現在時刻は?8時38分です。残念っ!!
建物手前に木札が並んでます。これはかつてのふじさわ宿の高札場を再現したもの。
え〜と?何が書かれてるのかな??
東海道藤沢宿について
藤沢宿は、慶長6年(1601年)に東海道の宿場として設置され、後に戸塚宿、川崎祝賀追加されて、江戸から数えて東海道53次の第6番目の宿場となりました。古くから清浄光寺(遊行寺)の門前の街として人が行き交う「藤沢」は東国、西国や北相、三浦半島などをつなぐ交通の要衝でした。
清浄光寺の東側に江戸側の見附と小田急江ノ島線を越えた西側あたりに京都側の見附があって、江戸時代、この範囲内が藤沢宿でした」
他にも木札は面白いことを書いてあります。
「宿泊のさいの木賃銭(素泊まりの宿で煮炊き用の薪代として宿に支払う金)
主人 一人 三十五文
召使 一人 十七文
馬 一匹 三十五文
正徳元年(1711)5月 奉」という風にあれこれ書いてあるのですが、字が小さ過ぎ。でも面白いので訪問した際は頑張って読んでみてね。

8時38分、遊行寺さんに到着です。
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きいて!きいて!
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