🌸さらすな日記🌸

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「監督不行届」/安野モヨコ2

2017年05月29日 | 日記(2016/11~2017/06)



なんていうか、あの病んだアダルトチルドレンが、現実に等身大に「幸せになったんだね〜!」って思ってしまいました。

あんなに、「女はキレイでなきゃ!」という強迫観念に縛られていた(ように見えた)安野さんが…。(^_^;)

「美人画報の一コマ」

もう安野さんは、「自分を絶対に好きにならないような素敵な男に愛されたいジレンマ」に陥ることはないのじゃないでしょうか…。
そういう意味で、結婚にはやっぱり救いの力があるんじゃないかという気がします。
それは庵野さんもまた、結婚によって救われた(作風が変わった)ように思えるからです。
あ〜、羨ましい〜٩(๑´0`๑)
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8 コメント

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Unknown (たま♪)
2017-05-29 20:04:57
モヨコさんの漫画でマトモに読んだのは『働きマン』だけなのですが、これは作者が仕事を頑張りすぎてしまう自分を言い訳するために作った作品なのだとか。

花とみつばち も、ちょこっと読んだけど、モヨコさんはギャル系の女の子は計算で描いてるだけで、ご本人を表してる感じはあまりしなかったっす☆

多分、働きマンの主人公のような真面目な男っぽい性格なんじゃないかなあ、と思って。

この人は女性の気持ちを掴むのが上手いと思うのです。漫画でも自分の事はキューピーちゃんのような2頭身だし。地位もお金も伴侶も手に入れた自分を嫉妬されないように、実際以上に笑われキャラとして描いているし。

アタシはアタシを好きになるような男は嫌い っていうのは、若い女の子に共通する気持ちでもあって、そんなにアダルトチルドレンな感じはしないというか。誰でもそういう気持ちは若いころにあったんじゃないかな、と。
そうは言っても。人間生きてれば謙虚にもなるってもので。若いころは好みじゃない男の人にナンパされると、ものすごくムカついたのに、40も過ぎたら、誰にナンパされようが「ああ、騙されてくれてありがとう」という気持ちにもなるし 笑

ただ、アダルトチルドレン系の本は何度か読んだことがあるのだけど、キリキリ系の女性が、ちょっとだらしない男性と結婚することで、「人間って完璧じゃなくてもいいんだ」みたくホウッとするというか、旦那の御蔭で連鎖しない子育てができたみたいな本を読んだ時に、そうなのかあ、と思ったことはある。また、途中で縁が切れちゃった、ACで治療も受けてた子の旦那さんが、めっちゃのんびり系でおっとりしてるのを見て、世の中うまくできてるかも、とも思ったりした☆結婚によって救われる人は確かにいるとは思う。
でも、モヨコさんはちっと違う気がするわあ。
たま♪ちゃん (Sarasz)
2017-05-29 20:36:57
そうかぁ…、安野モヨコは私小説的というより、女の子というものを客観的にとらえて描ける作家さんだったってことかぁ…。
まぁ、「美人画報」も職業作家として、「キレイになりたい女」のカリカチュアをやっていたのかもね~。

もし安野さんにとっての結婚は救いじゃないのなら、なんだろう?
人助け?
女としての勝利?
実家の家族を、自分の腕一本養う義務からの解放?(ネットでそんな噂があったの)
まぁ、人様の私生活や本心なんて他人に分かるわけないけど、アダルトチルドレンみたいな人が肝っ玉母さんみたいなっていくのって、人間のたくましい回復力が感じられて嬉しいことだよね。(^-^)

Unknown (たま♪)
2017-05-29 21:54:54
「救い」って言葉って大げさというか、「ど不幸からの救出」的な匂いがあると私は思うのよね。そういう意味の救いではないと思ってしまったけど。
「ありがたい」っていう意味でも救いって使うから、そういう意味では、モヨコさんの結婚も「救い」だと私も思うわ^0^
この人はもともと肝っ玉母ちゃん的な要素があると思ってて。漫画にもそういう面が出てた気が私はするのであった☆
たまちゃん♪ (Sarasz)
2017-05-29 22:54:28
ド不幸からの脱出か〜!Hahaha(*´∀`)

私はね〜、救い=観念的不幸感が、現実生活においてやらなきゃならない生活臭いことに凌駕されること、だと思うの〜。
もうちょっと言えば、自分の心配から他人の心配(世話焼き)へ移ること。
結局救いとは、魂の問題だと思うのよ。
それに対して現実的な、例えばDVや貧困やパワハラなどは、そういう環境から「脱したい」「逃れたい」「解決して欲しい」といった方が合ってる気がする。
だから人間が魂の救いを必要とする時、問題になっているのは自分が自分自身に向ける負の感情なんだよね。
「自分は誰にも愛されない」とか「素敵な男性に愛されるに値しない」「自分は一生独り」とか、そういうセルフDVのドツボから引っ張りあげて、サルベージしてくれる誰かとの出会いとかを「救い」って称しているんじゃないかな、と。
その方法として、素敵な男性に「キミは愛されるに値するよ」ってにわかには信じられないことを言われるより、夫や子どもに「ご飯に塩かけるのやめてー」とか「早く弁当箱出しなさーい」とか小言を言うことの方が有効、というか。
ただそれが行き過ぎると、見下せるパートナーを持つことで自己卑下を払拭するダメンズ・ウォーカーになってしまうから要注意らしい。
Unknown (たま♪)
2017-05-30 00:37:08
「小言」かあ。。。
アダルトチルドレンの事を書いた本の作者さんは、確かに、だらしない男性と結婚することがアダルトチルドレンの女性には有効と書かれていらしたけど。
私は、完璧主義の人が、おっとりした人を見て、自分に優しくなれるからだろう、と解釈してたのね。
小言を言って楽しむためだったのかあ、と目から鱗。
でも、それって肝っ玉母ちゃんの本質じゃないと思うわ。それどころか、相手次第では簡単に離婚される要因だと思う。小言言われて嬉しい人なんていないものー。いや、どMの男性ならばいいのか 笑
まあ、何でもバランスよね。相手が苦痛にならない程度ならば小言も良いのだと思う。
でも、”肝っ玉母ちゃん”てのは小言を言うことが有効っていうようなものじゃないと思うのよ。やっぱ、愛情の塊というか、さー。
Unknown (Sarasz)
2017-05-30 06:11:25
うーん、まぁ小言っていうと表現が悪いんだけど、要するに、ちゃんと相手のことを想って、「構ってあげる」というか…。
ネグレクトの反対というか。
自分は相手に対して無関心じゃないですよ、ちゃんと想ってますよ、っていうことの表現みたいな。
「ご飯に塩」も、相手の健康を願っているからヤンヤ言うわけであって。
もちろん褒める構い方だってあると思うけど、生活の中で100%褒めるだけ、なんてことはムリだし。
褒めるにしても小言を言うにしても、ちゃんと愛情に裏打ちされた想いがあれば、相手はそんなに嫌な気はしないと思うのよ。
まぁ要するに、相手を愛するがうえでのコミュニケーションをちゃんと発信していているっていうのが、肝っ玉母さんのイメージだったの〜。

だから私の中で、ものすご〜い無口な肝っ玉母さんってあまりいないなぁと…。
「じゃりン子チエ」のお母はんはある意味無口な肝っ玉母さんタイプだと思うけど…、とは言え一番はチエちゃんを置いて出ていってしまったわけだし、だから替りにチェちゃんがテツの「肝っ玉母さん」にならなければならなかったわけだし。
やっぱり肝っ玉母さんは、泣いて家を出る無口で大人しいお母はんより、時にテツを椅子で殴り、ケンケンズバズバ言いたいことを言うチエちゃんタイプだと思うのよ。
ちゃんと問題児から逃げすにコミュニケーションを取る、という意味で。
あ、そういう意味で、慶應幼稚舎に通う優秀な息子と文科省官僚の夫をもつ奥さんを肝っ玉母さんとはあんまり呼ばないじゃない?
だから肝っ玉母さんには、問題児やダメ夫がセットになっているイメージというか…笑
訂正 (Sarasz)
2017-05-30 06:14:44
あ、チエちゃんのお母はんは「一度は」チエちゃんを置いて出て行った、ね。
にゃるほど~☆(>_<) (たま♪)
2017-05-30 07:14:18
肝っ玉母さんの認識が変わったよ♪

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