🌸さらすな日記🌸

😰これから数ヶ月間、多忙期に入ります〜😰
😉できる範囲でマイペースにやって行きますので
よろしくお願いします〜😉

「リリーのすべて」/トム・フーパー

2017年12月11日 | 映画


親しげな二人の美女を写したこの写真。
実は二人は、夫婦なのです。
うつむいているのが妻のゲルダ、カメラ目線でこちらを見ているのが、夫のアイナー・ヴェイナーです。
彼は世界で初めて、性転換手術を受け、男から女になった実在の人物です。


1900年代のベルギー、画家のゲルダは、同じく画家のアイナーにモデルをしてもらいながら、創作活動に勤しんでいました。
しかし夫のアイナーは、ゲルダを愛しながらも、心の奥に「女になりたい」欲求を抱えていました。
そしてそれが、ゲルダの絵のモデルをする際、女装したことから、徐々にエスカレートしていきます。
初めはふざけ半分で夫の女装を手伝っていたゲルダは、ついにアイナーから、装いだけでなく、心も女であると打ち明けられます。



アイナーの心は、完全に「リリー」という女性に乗っ取られてしまったように、ゲルダには感じられました。
ある日ゲルダは泣きながらリリーに叫びます。
「お願いだから、私の夫を返して!」と。
しかしリリーは、悲しげなからも確信に満ちた顔で、ゲルダに答えます。
「アイナーはもう、いないのよ」

そしてリリーはついに、世界初の性転換手術を受けることを決意します…。
しかしそれは、リリーの求めた「男性と結婚して、子どもを持つ」という目標を、叶えてはくれませんでした…。


「自分の人生に責任を持つ」「苦労を引き受ける」とは、一体何なんでしょう…。
何が努力で、何が逃げなのか…。

少なくともゲルダは、それらすべてを引き受けた女性でした。
愛する人のために…。


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寄宿舎の少年愛「トーマの心臓」「寄宿舎〜悲しみの天使〜」

2017年12月10日 | 映画

萩尾望都さんの作品に「トーマの心臓」という漫画があります。
「ポーの一族」とともに、サブカル系少女漫画ファンたちの間で一世を風靡した作品です。
ストーリーは、寄宿舎(ギムナジウム)の中で起きた、トーマの自殺と、その遺言書を受け取ったユーリ、そしてトーマに生き写しの転校生、エリックの織りなす、観念的な罪と愛、そして赦しの物語です。
「観念的な」と書いたのは、同じ少年愛をテーマにした竹宮恵子さんの「風と木の詩」が、完全に「性愛と生活」を描いていたのに対し、「トーマの心臓」における少年愛は、精神的なものだったからです。

このことから、後に「トーマの心臓」のパロディギャグ漫画を描いたしりあがり寿さんのように、「萩尾望都は好きだが、竹宮恵子は下品だから嫌いだ」と語る男性クリエイターが多かったように記憶しています。
ただ下品と言われた竹宮さんも、パロギャクを描かれた萩尾さんも、しりあがり寿さんを作家として上品か下品かで云々してはいなかったように記憶していますが。
ただその後にしりあがりさんは「真夜中の弥次さん、喜多さん」という男色関係の二人の旅を描いた弥次喜多道中の漫画を描いているので、「男色を描く女の作家に対しては、当事者の男である作家は物申す資格がある」という思いがあったのかもしれません。

それはともかく、なんだかんだ言って女性が少年愛を描くということは、ある種自分たち少女が女に成長する過程での、ジェンダーがあやふやな思春期の心情を仮託するのに「使った」とも言えるし、多少なりとも「興味本位」の部分もあったのではないかと思います。
それこそ、当事者ではない人間が、当事者たちの苦しみを描くことに対しては。

そして、当時流行ったギムナジウム少年愛もののモチーフになったと言われているのが、ジャン・ドラノワ監督の60年代のフランス映画「寄宿舎〜悲しみの天使〜」です。



20世紀初頭、カソリックの寄宿学校に転入してきた侯爵家の嫡男ジョルジュは、下級生の美少年、アレクサンドルに友情以上の感情を抱いてしまいます。
ひとけのない温室で逢瀬を重ねる二人。
しかしそのうちに、そんな二人の関係を教師である神父たちは怪しむようになり…。



結果的にアレクサンドルは、帰省中の列車から飛び降り自殺してしまいます…。
ジョルジュへの愛を貫くために…。

しかしその後、ジョルジュはどうやって自分の気持ちに折り合いをつけたらいいのか…。

「悲嘆」だけで終わったしまったジョルジュの後日談を、彼の罪と愛と精神的な救いを、萩尾望都さんは自分の作品で創ろうとしたのかもしれません。


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性同一性障害についての作品「つるばら、つるばら」「ぼくのバラ色の人生」

2017年12月09日 | 映画

大島弓子さんという作家さんは、先見性の明があるのではないかと思います。
バブル以前に、「性同一性障害」について描かれたこの漫画では、主人公の少年は自分は女の子だという自意識を生まれつき持っていて、男であることにずっと違和感を感じています。
ただそれだけでなく、「夢に出てくる運命の男性と結婚する直感」という、もうひとつの要素もあるのですが…。



ともかく主人子は大人になると性転換手術を受け、そして査収的には、その運命の男性と出会うことに成功するのです。
それは本当の意味で、「最終的には」なのですが…。
それまでには多くの困難がありますが、それでも主人公はどうしてもそうぜずにはいられないのです。

このちょっと切ないハッピーエンドの漫画を読んだ十数年後、フランス映画の「ぼくのバラ色の人生」という映画を観ました。
これがもう、「つるばら、つるばら」をパクったのではないか!?と思うほど、似ているのです。


この映画でも主人公は、生まれつき自分が男の子とであることに違和感を感じている少年。
そんな主人公を、戸惑いながらも見守る家族ですが、漫画と違ってこちらでは一家でいやらがせを受けるなど、性同一性障害者を持つ家族が被害にあうエピソードも描かれています。



「つるばら、つるばら」の主人公と同じように、この映画の主人公もまた、夢は普通のお嫁さんになること。
<

「つるばら、つるばら」では、本当に「運命の男性」を最終的には見つける主人公ですが、「ぼくのバラ色の人生」の主人公の行く末は、特にわからないまま終わっています。
ただ、今がそうである以上、そうであるしかない…。
親はただ、そんな息子がそれでも元気に生きていくことを見守るだけのだと…。

性同一性障害の人が性転換して、しっくりくる性になったところで、心から愛し合えるパートナーと出会えるかどうかはまた別問題です。
さらに「前世」という概念をもつ私は、性同一性障害に対して、どうしてもすぐに「単に前世で女だったかか
らでは?」と思ってしまいがちです。
「今回は男の人生に挑戦するために生まれて来たんじゃないだろうか…」と、ちょっと批判的な心情を持っています。
「性転換手術を受け幸せになれました、ヨカッタ、ヨカッタ」でいいのだろうか?と思ってしまうところがあります…。

難しい問題ですね…。



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ハリウッド俳優、関根さん

2017年12月05日 | 映画
タイトルは忘れてしまったのですが(笑)、関根勤さんの映画本の中に、こんなエピソードがありました。

80年代、関根さんは、渡辺謙さんや真田広之さんらに先駆けて、ハリウッド映画に出演します。
それは、人気ホラーコメディの続編である「悪魔の毒々モンスター2 東京へ行く」というこちらの作品でした。


関根さんはこの作品で、ニュースキャスター役を演じてらっしゃいます。


撮影は低予算でハード、スタッフは「ツカサのウィークリーマンションに宿泊」など、色々むちゃくちゃだったと言われていますが、関根さんは「とてもいい経験ができた」と、非常に楽しげに著述してらっしゃいます。
ただ…、ひとつだけ問題が…。

なんと、あれから20年以上たった今でも、「まだギャランティが振り込まれない」そうなのです…。
そして今も、「いつか振り込まれることを、楽しみに待っている」と…。

おぼろげな記憶なので、多少無意識に盛ってしまったかもしれませんが、大体こんな内容でした。
いつか本当に振り込まれたらいいなぁと思います。


なんと安岡力也さんもご出演!
しかも、「毒々モンスターの実の父は、日本人だった!」というダースベイダー的キャラ。(違うか)

安岡さんはギャラをもらえたんでしょうかね〜😄


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「そして誰もいなくなった」/ クレイグ・ヴィヴェイロス

2017年10月08日 | 映画

これまで幾度となく映画化されながら、そのほとんどが失敗作扱いだった本作を、クリスティの映像化に定評のあるBBCが手がけたドラマです。

実は私はクリスティ好きだったものの、この小説だけは「いざという時(?)のために取っておこう」と思って、読んでおりませんでした。
ですので、あらすじも犯人もしりません。
そんな中、この2015年版が世界中で高い評価を得ていると知り、「とうとうその日が来たか」と、ワクワクしながら観てみることにしました。

お話は、オーエン夫妻という資産家の館に、それぞれ面識のない男女が招待され、その客たちが「見えない犯人」に一人ずつ殺されて行くというもの。


客たちは必死でオーエン夫妻の招待を突き止めようとしますが、オーエンとは、「Unknown」のもじりだったことが判明し、彼らは次第に「この中に真犯人がいるはずだ!」と疑心暗鬼に陥ります。


実質上の主役、身寄りのない家庭教師のミス・クレイソン。
彼女は果たして、真犯人を突き止め、生き残ることができるでしょうか…?


と、「そんな作風かな?」と予測していたら、全然違いました。
ハッキリ言って、想定外の陰惨さでした…。
なんといっても、観客が主役のミス・クレイソンを全く好きになれないという共感性のなさが、全体を殺伐とした雰囲気にしています。
この記事を書くにあたり、ネット検索をしていたら、このドラマの紹介記事に「不朽の名作のホラー・ミステリー」という記述を見つけました。
ホラー…
そう、確かに、この作品は今でいう、「監禁系ホラー」というか「イヤミス(読んだあと、イヤ〜な気持ちになるミステリー)」というか、「サイコパス・サスペンス」だったのです。
近年のサスペンス・サイコパスを多数観てきた世代にとって、第二次大戦中にこの作品を書いたクリスティの先見性には驚きです。
この時代からすでに、クリスティはサイコパスがこの世にいることを知っていたのでしょう。

「ポアロ」や「ミス・マープル」のような洒脱で優雅な作品だと期待していた私は、かなりのダウナーになってしまいました…。

ミステリーとは、名探偵がいるのといないのとでは、こんなにも「明るさ」が違ってしまうのですね。
陰惨な殺人事件に、人間の持つ悪魔的な要素に、名探偵が及ぼす力とは何なのだろうと、改めて考えました。
物事は、「明らかにする」「解説する」だけで、ある程度の光をもたらすことになるのでしょうか。
名探偵の冷静な解説は、人間の魔の部分を認めることであり、それによって初めて、それに対抗できるということなんでしょうか。

名探偵は殺人を防ぐことの出来ない無力な解説者、一方、必殺仕置人は、殺人者を死刑にする力のある処刑人です。
物語は、世界は、それでも処刑人のいる世界より、悪の存在を「認める」「悼む」名探偵のいる世界ほど、救いがある…。
後者の方が悪に対して、無力であるにもかかわらず…。

「そして誰もいなくなった」の陰惨さは、登場人物の誰一人、自分の中にある悪魔を認め、それを心から悲しむことが出来なかったゆえのものであると思います。
日々の暮らしの中でも、自分や他人の中に悪や魔の要素を見つけたら、それを認め、冷静に考え、そして「悲しいものよのぉ〜\(´Д`)/」と悼む気持ちを持っていればいいのでしょう。
自分の心を明るく保ちたいなら、断罪者や処刑人にはならないことなのですね…。😖


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「24」ジャック・バウアー・サーガ

2017年09月07日 | 映画
先日、シリーズ最新作の「24 レガシー」を観ました。
そしたらなんと!最新作にはジャック・バウアーが出ないのです!
あくまでスピンオフ作品とのこと…。
予備知識なしにレンタルして観てしまった私は、とってもとっても悲しかった!!
。゚(゚´Д`゚)゚。
なぜこんなに悲しいのかを考えた時、私は「テロと戦う人の活躍」が観たいのではなく、ショック・バウアーが観たかったことを思い知りました。
私が観たかったのは、ジャックという人間の「人生」だったのです。
「あのジャック」が、まだ頑張って、過酷な運命を生きているさまを私は観たかったのです…。

そんなジャックの人生を堪能できるのが、シリーズ最高傑作の呼び声の高いシリーズⅤです。


細かいことは言いませんが、本シリーズでもジャックは頑張っています。
アメリカ国土をテロから守るため、テロリストに拷問まがいの取り調べをしてテロを阻止しても、拷問した罪により政府に責められます。
ジャックの敵は、アメリカのリベラリズムでもあるのです。

四面楚歌の中でひたすら自分の手を汚してアメリカを守る、いや、自分の信念を守るジャック…。
ジャックもまた、スサノオなのです。



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「クイーン」/スティーブン・フリアーズ

2017年09月02日 | 映画


ダイアナ元妃がパリで事故死したとの連絡が、休養先のエリザベス女王のもとへ届く。
しかし女王は、「ダイアナはすでに王室を去った民間人」として、英国王室としては「無関係」の立場を取り、休養先にとどまり続ける。
しかしダイアナ元妃の遺体を引き取りにパリに出向いたチャールズ皇太子は、パリでダイアナがいかに大衆に敬愛されているかを目の当たりにする。
おりしも英国では、ダイアナ元妃の死に対し、追悼の言葉も何も発表しない王室に国民の不満は高まり、「王制廃止論」まで噴出する。
ブレア首相も、ダイアナは王室にとってはすでにプリンセスではないが、国民のプリンセスなのだと発言。女王に王室からの声明を出すよう説得する。
事態の打開のために、女王はついに「折れ」、それでも英国王室の女王としての尊厳を持って、ダイアナ元皇太子妃への追悼メッセージを国民に向けて発信する。
ダイアナ妃の事故死から、葬儀が行なわれるまでの、わずか一週間の物語…。

昨日、ダイアナ元妃のテレビ特番を見ました。
冒頭で、ダイアナ元妃が書き付けた書面に、「もしも私が事故死したら…」や、「Cに殺されるかも…」などの記述があったというVTRが流れ、まさかテレビの倫理枠を超えた仮説でも流すのか!?とびっくりしたのですが、結句その書面に関してはウヤムヤになり、後半はダイアナの離婚後の恋愛話になって終わってしまいました…。
むぅ〜。(; ・`д・´)



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